closer
大通りでタクシーを呼び止め、後部座席にレオリオとクラピカが乗り込む。
「空港までお願い」
「空港ですね。わかりました」
助手席に座ったセンリツの声に従い、自動扉を閉じたタクシーはゆっくりと発進し始める。
景色が後ろに流れていく。往来の激しい通りを眺めた後、レオリオは隣のクラピカを見遣る。
少ない荷物を詰めた鞄を膝に乗せ、鎖を具現化した手を添えたクラピカは、どこを見るでもなく座っていた。
「クラピカ」
「……何だ?」
「お前まだ病み上がりなんだから、空港着くまで寝てたらどうだ?」
「平気だ。問題ない」
間髪入れずに返す声はそっけない。クラピカは彼の視線をそらすように、窓の外へと視線を動かす。
血の気の戻っていない顔を、レオリオはじっと見ていたが、難しい表情になり腕を組む。
頭を軽く掻いた後、急に腕を伸ばし、レオリオはクラピカを自分の方へ引き寄せた。
「!? 何をする!!」
「いいから。オレの肩にでももたれて、お前は寝てろ」
「私はもう大丈夫だ!」
「よく言うぜ! まだ顔色良くねーくせに」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ後部座席の二人を、ミラー越しに見たセンリツはあらあらと苦笑する。
離れようと暴れるクラピカの身体を、レオリオは対格差を生かし、がばっと思い切り引き寄せ
「大人しくしてろって。でないと運転手さんが困るだろーが」
と呟く。
運転手である初老の男性は迷惑そうな顔もせず、二人のやりとりを微笑ましそうに見守っていたのだが、クラピカはぴたりと動きを止めた。
レオリオに肩を預けた、そのままの姿勢で固まる。
抵抗がなくなったのを感じ、レオリオはクラピカから腕を離した。観念したクラピカは、改めて座席に深く座り直す。
エンジン音だけが車内に響く。
今の己の体勢に存外な心地よさを覚えたクラピカは、体に入る力を抜き、レオリオの体にさらに身を預ける。
そのうちに周りの風景がぼやけてきたので、頬をすり寄せるように、クラピカは無意識にレオリオの肩に身体を寄せる。
そのまま、目を閉じた。
視覚からの情報が遮断される。
クラピカの五感には、車の音と振動と、レオリオの肩の感触だけが残った。
ふっと、クラピカの右手に現れていた鎖が消えた。
程なくすぅ……と、耳元でゆっくりとした呼吸が聞こえる。
視線を横に向けると、クラピカはすでに意識を落としていた。
(やっぱな。完全には回復していないくせに、無理しやがって)
肩越しに触れる体は、まだほんの少しだけ熱いようにも感じる。
もう、無理をすることが当たり前となっている身体。
(そりゃあこいつの立場じゃ、ゆっくりするなんて許されねーのかもしれねーけど)
この街を出るまでは。せめて自分の前では、安らかな顔をしていて欲しいと思う。
少し姿勢を正し、レオリオはクラピカの身体がより安定しやすいようにしてやる。
そしてほんの少し迷ったあと、鎖の消えた手を、そっと上から包んだ。
レオリオの掌にすっぽりと納まったクラピカの手は、あたたかい。その体温に、レオリオは小さく微笑んだ。
一連の仕草を見ていた運転手が、唐突に尋ねた。
「お二人は恋人で?」
こいびと。単語を聞いたレオリオの顔が赤く染まる。
「へ!? ち、違うっス……」
「いやぁ、すいません。野暮なことをお聞きしましたね」
何を思ったのか、笑ってそう言葉を添えた運転手に、レオリオの顔がさらに赤くなる。
クラピカはレオリオの肩で、気持ちよさそうに眠ったままだ。
その光景に笑みを浮かべたセンリツは、二人の重なった心音の音色に浸る。
緊迫した数日前と同じ、車の中という場所ではあったが、その時とは違い、車内には暖かな空気が通っていた。
了
思い付いたのは去年(2014年)のハンターオンリーの頃だったと思います。「丁度9月でヨークシンの時期だな」と思いながらメモしました。
無配ペーパーを手にされた方はわかるかと思いますが、ペーパーの最後にも書いたように、イメージソングはKenoの「ありがとう」です。
『左の肩にもたれたまま…』という歌詞から思い浮かんだ情景を書きました。
優しい気持ちになれる曲ですので、機会があれば是非聞いて頂ければと思います。
タイトルそのものは、web掲載時に考えて「寄り添う、傍にいる」といった意味合いで付けました。ほんのりGARNET CROWの曲「closer」を意識してもいます。
ちなみに仮題は「タクシー」でした。…そのまますぎる…。
日頃支えて下さる方への感謝の意味も込めて、Kenoの曲名と一緒にペーパーに掲載させて頂きました。
少しでも、皆様へのお礼となっていたら嬉しい限りです。
ご拝読くださり、有難うございました。
初出:2015.5.4 スパコミ無配ペーパー
サイト掲載:2015.5.9