Many Happy Returns

 

 

  

 冬の間に膨らんでいた木の芽が少しずつ綻び、春が近付いているある日。

 台所で昼食の準備をしている最中、唐突にコール音が響き渡った。フライパンの中身を片手で器用に炒めながら、ポケットに入れていたビートルを取り出す。

 発信相手の表示を確認せずに、レオリオは携帯の通話ボタンを押し耳に当てた。

 

「はい、もしもーし」

「もしもし」

 

 鼓膜を震わせたのは、男にしては少し高めだが、落ち着いたトーンの声。

 懐かしい人物のそれに、レオリオは思わず目を見張り聞き返す。

 

「……クラピカ? クラピカか?」

「ああ」

「何だよオイ、久しぶりだな〜!」

 

 菜箸をキッチンの脇に置き、コンロの火を止めると、レオリオは携帯を利き手に持ち替える。狭いリビングの椅子に向かいながら、気持ちはあっという間に共につるんでいた頃に遡っていた。

 

「何だぁ? お前から電話なんて珍しいじゃねぇか」

 

 からかうように言うと、

 

「……こういうことは、やはり直接言うべきかと思ってな」

「ん? 何をだ?」

 

 レオリオの問いかけに、ほんの少し迷うような間を置いた後、クラピカは口を開いた。

 

 

「……誕生日おめでとう、レオリオ」

 

 

 クラピカにしては意外な程、やわらかく、穏やかな声音で紡がれた言葉。

 そのフレーズと暖かさの滲む口調に、レオリオは数秒思考を止めた。

 

「……もしや、違ったか?」

 

 電話口で少し焦ったような声がしたので、慌てて言う。

 

「いや、合ってっけど……何で知ってんだお前?」

 

 確かに今日はレオリオの誕生日だ。だがそんな細かいことなど、話した覚えはなかった気がする。わざわざ自己申告するような年でもない。

 

「ハンター試験中に話していただろう。ハンゾー達と」

 

 ゼビル島の時か……? などと考えているとクラピカが答え、レオリオはその出来事を思い出した。

 

 

 

 

『何!? お前三月三日生まれなの!?』

『うるせぇな。だから何だってんだよ』

 

 ぎゃははは!! と大声で笑うハンゾーに、レオリオは怪訝そうな顔をしつつ食ってかかる。

 誕生日が話題になったのは、例のごとく年上疑惑をかけられたレオリオがハンゾーに 「オレはまだ十代だ!」と主張したことから始まった。

 

 

 何? じゃあいくつだってんだ?

 今年で十九だ!

 えぇ!? 俺と一つしか変わんねーの!? 嘘だろ!

 嘘じゃねぇ! ××××年三月三日生まれ、正真正銘の十九歳だっつーの!

 

 

 ……そしてこの爆笑である。

 おしゃべりな彼は笑い上戸でもあるらしい。レオリオの返答がそんなにツボに入ったのか、膝を叩き、涙を流しながらハンゾーはまだ笑っている。つくづく忍者らしくない男だと、その場に会した受験生の何人かが思った。

 

『お、俺の国じゃ、三月三日は“雛祭り”って言ってな。くくっ、女子のための祭りがある日なんだよ!』

『ひな祭りぃ?』

『そ! 別名・“乙女の日”!』

『なにー!? お、乙女—!?』

 

 ぷっ、と近くで話を聞いていたキルアが吹き出す。

 

『確かにオッサンには似合わねーな』

『だろぉ!?』

『畜生、笑い過ぎだっつーの! 大体キルア、今の話聞いてたか? 何度も言ってるがオレは十代!! オッサンじゃねーぞ!』

『あー、そうだった。ごめんごめん、見た目オッサンで十九歳のリオレオ♪』

『レ・オ・リ・オだ!!』

 

 ムキになるレオリオの姿に、ハンゾーは尚もひーっひっひっひっと笑い続ける。

 

『〜くそぉ、お前なんかハゲゾーだから、ハゲの日で八月がお似合いだ!』

『んだとぉ!? ハゲじゃねぇよ、剃ってんだよ!! 大体ゴロになってねぇし!』

『知るか! いちいち眩しいんだよ!』

『……ぶふっ』

 

 レオリオの反撃に、傍観していたポックルが堪えきれずに笑う。すると聞き逃さなかったハンゾーがすかさず突っかかった。

 

『あぁ? てめぇ他人事だと思って笑ってんじゃねぇぞ!? この×××帽子!』

『うん……!? ポックルだ!! いい加減人の名前覚えろよ!』

 

 戦場では優秀な射手であるポックルだが、こう何度も品の無い呼び方をされては、流石に頭にくるらしい。彼も加わり、口喧嘩のヒートアップした三人はそのまま取っ組み合いを始める。

 そんな彼らを気にする様子も見せず、受験生はそれぞれ自分の世界に戻ったり談笑したりしている。耳と頬を引っ張られながら、ハンゾーにコブラツイストをかけるレオリオの視界の端では、ゴンがのんびりと『キルアの誕生日っていつ?』などと話しかけていた。

 

『七月の七日。お前は?』

『オレは五月五日! クラピカは?』

『私は四月四日だよ』

 

 

 

 

「ハンゾーが言っていた“雛祭り”というのは、ジャポンで桃の花が咲く季節に行う行事で『桃の節句』と言われるらしい。幼い子どもが病気や災害で命を落とさぬよう、身代わりとして紙で作った人形を川に流したことから始まり、それが女の子の健やかな成長を願うものになったようだ」

「へー……」

「この雛祭りの“雛”というのは、雛人形のことを指していてな、ジャポンの昔の貴族を模した人形のことだそうだ。独特の着物を身に付けた人形で、高価な物は何段にも重ねて人形を飾る。昔の時代では、立派な雛人形を置いていることがその家のステータスを表しているらしく、それを題材とした小説もあるのだよ」

「はー、そうなの……」

 

 てっきり思い出話になるかと思いきや、どこで得たのかわからないクラピカのうんちく話が披露され始める。最初はそれにも懐かしさを覚えていたが、徐々に説明は頭に入らなくなり、レオリオはつい生返事を返してしまった。

 

「……っと。いかん、あまり時間がなかったんだ。ともかく誕生日おめでとう。私が言いたかったのはそれだけだ」

 

 我に返ったクラピカの言葉に、レオリオも現実に引き戻される。目的を達成してか、それとも久々に知識を語ってか。心無しかすっきりしたような様子の彼の名をレオリオは呼んだ。

 

「クラピカ」

「ん?」

「ありがとな、忙しいのにわざわざ」

「……君には、世話になってるしな。プレゼントは用意できなかったが」

「いや、お前から電話もらえたってだけで嬉しいぜ。ありがとよ」

 

 相変わらず素直でない彼にしっかりと礼を言ってやる。すると、スピーカーの向こうから、小さな照れ笑いが聞こえた。

 

「……どういたしまして」

 

 彼の微笑が目に見えるようで、レオリオもまた笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、私はこれで」

「ああ。またな」

 

 程なくして携帯が切られ、通話は終わった。すっかり冷めてしまった昼飯を余所に、レオリオはあることを思いながら、暗くなったビートルの表示画面を見ていた。

 

 

 

 耳から携帯を離し、クラピカは電源ボタンを押す。微かな電子音のあとは、屋敷の外にある樹々のさざめき以外、何も聞こえなくなった。

 先程口にした言葉を、自分の中で反芻してみる。

 

 

『誕生日おめでとう』

 

 

 親しい人への、祝福の言葉。

 その言葉を伝えた後の彼の嬉しそうな声に、自分もどこか幸せな気持ちになった。

 同胞を亡くして以来、忘れていた感覚。

 誰かに言葉を伝えられるということ。それが、すごく胸を暖かくして。

 余韻に知らず頬を緩ませながら、携帯を仕舞おうとする。しかし、クラピカの手の中で電話が震えた。

 

「……もしもし?」

「よう、オレだ」

「レオリオ? どうした?」

「わり、忙しいのに。おまえ来月休みある?」

「? ああ、特に仕事に支障がなければだが」

「そんだったら久しぶりに会って飯でも食おうぜ。その時オレにプレゼント渡してくれよ」

 

 思い掛けない提案に、クラピカは呆気にとられていたが笑いを零す。

 

「……何だ、催促か? 大人げないぞレオリオ」

「うっせー。誕生日なんだから、ちょっとぐらいわがまま言ってもいいだろ」

 

 駄々をこねるようなレオリオの返事に、クラピカは更に笑う。幸せな気持ちが続いて、何だかいつもより笑えている。

 

「わかった。期待に沿えるよう尽力するよ」

「おー。ハンター試験の時のスシとかじゃなきゃ何でもいいぜ」

「ふふっ、そんなこともあったな。じゃあ、来月に」

「ああ」

 

 再び電話を切った後、クラピカは声に出してまた笑った。

 

 

(変わらない奴だ)

 

 

 プレゼントは何を用意しようか。待っている様だから、仕方ないが短い休みをやりくりするとしよう。センリツにも付き合ってもらうか。

 そう言えば、雛祭りには“ちらし寿司”なる物を食べるらしいな。話し損ねてしまった知識を思い返しながら、携帯を胸ポケットに仕舞う。

 来月、四日頃かな。そう遠くない休暇の日に思いを馳せつつ、クラピカは仕事場へと足を向けた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

レオリオ誕生日記念の話。

クラピカの誕生日とも関連するような話にしました。

 

2015.3.3