スパークリング・シルエット

 

 

 

「そろそろ時間だよね」

 

 パチパチと火花が続く合間に、公園に設置された時計の音をゴンが耳聡く捉える。

 

「ホントにここから見えるのかよ」

「ああ。昼間試し打ちしてるのも確認したしな」

 

 キルアが手元から目を離さずに聞くのに対し、レオリオも手元から目を外さず自信たっぷりに返す。

 

「こんな住宅街の中心にある場所が、穴場とは信じ難いが」

「百聞は一見に如かずってな。騙されたと思って待ってろ。…あ」

 

 ぽとり。レオリオの持つ先で、丸々と膨らみ、弾けていた花火の固まりが落ちる。

 地面に落ちたそれは最後にチリッと光ると、あっという間に黒ずみ暗闇に紛れてしまった。

 

「チキショ〜。またオレが最下位かよ」

「オッサンは放出系だから、線香花火も離れるのが早いんじゃない?」

「それは関係ねーだろ、多分」

 

 レオリオは立ち上がり、花火の燃え滓をバケツに放り込む。まだ花火を保っているクラピカが言う。

 

「いや、そうとも言い切れないぞ。オーラを一定に保つ集中力という点においては、念もこれと通じるものがある」

「そうかぁ?」

「…あ。落ちちゃった」

「へへ、ゴンも負けー。…あっ」

「やーい。キルアも落としてやんの。余所見してるからだよ」

「くそ〜、またクラピカが一番かよ」

「さっき言ってた集中力とかの話が当てはまるなら、具現化系はこういうの得意なのかもね」

 

 やがてじりじりと、クラピカの花火も静かに落ちて消える。

 屈んでいた身体を皆と同じように起こし、クラピカは得意そうに笑んだ。

 

「では勝ち星の多い私が、お前達に何でも命令していいんだな」

「うん」

「そうだな…それじゃあこの後の夕飯代、電車賃、その他費用を全て出してもらうことにするか。レオリオに」

「「さんせーい!!」」

「はぁ!? オレだけかよ!!」

「最下位に拒否権はないぞ」

 

 クラピカはしれっと言う。

 

「オレね、焼きそばとりんご飴食べたいな!」

「オレはクレープと綿飴と〜、ベビーカステラ予約ね」

「私はとりあえずたこ焼きかな。帰りに頼むぞ」

「くそ〜、いつか絶対負かしちゃる!」

 

 息巻くレオリオに笑っている所で、ヒュルルル…と空気を切るような音がした。

 

「あ! 始まったみたい!!」

「お、どれどれ?」

「……見えた!! あれ!!」

 

 ゴンが指差した方向の夜空の真ん中に、大きな花火が上がっていた。

 時刻は丁度七時。花火大会のスタートだ。

 

「すっげー!! ホントに見えた!!」

「どうだ? オレの言った通りだろ」

「すごいすごい! 思ったより大きく見えるね!」

「ああ…確かにここは穴場だな」

 

 四人のいるこの公園は、普段は地域のお年寄りたちの休憩所として使われている手狭な場所で、公園というにも小さな敷地だった。しかし、だからこそ客の大半が正規の会場に集まる中、人混みに邪魔されず絶好のポイントで楽しめる場所となっていた。

 様々な色が、星の代わりに夜空のキャンパスを彩る。

 

 

「あれ、何の形だろう?」

「ネコ…かな?」

「あ、キツネグマじゃねぇ? ほらほら!」

「あ! ホントだ! コンタにそっくり!」

「コンタ?」

「ええとね…」

 

 

「ちょっとお腹空いたね」

「だな。花火は九時まで続くし、今のうちに何か買ってくっか」

「クラピカ、レオリオ、オレ達かき氷でも買ってくるけどいる?」

「それなら私も行こう」

「大丈夫だよ、二人で十分」

「そうか?」

「うん! 味は何がいい?」

「そうだな…ではレモンで」

「オレはメロンな!」

「わかった!」

「レオリオー、財布貸せよー」

「ちっ、覚えてたか…余計なモン買ってくんじゃねーぞ!」

「はいはい」

 

 浴衣姿のため、いつもより荷物を減らし、手持ちの少ない軽い財布を投げ渡した。キルアは難なく片手で受け止める。

 下駄の音を響かせて、大通りの方に出ている屋台に向かう二人を見ながら、クラピカはくすくすと喉の奥を震わせる。

 

「まるで父親だな、レオリオ」

「まったくだ。お子ちゃまのお守りは大変だぜ」

 

 お手上げ、と大仰な仕草を取りながらレオリオはベンチに腰掛ける。

 クラピカも着物の裾をおさえながら隣に座った。

 背中の帯に差していた団扇を取り出す。

 

「でも良かったな。皆の予定が合って」

「ああ。それにこんなに近くで見ることができるとは思いもしなかった。…綺麗なものだな」

「…もしかして、初めてか? 花火」

「テレビの中継などで見たことはあるが、生で見るのは今日が初めてだ」

 

 団扇の風がクラピカの髪を撫で、隣のレオリオの顔も撫でる。

 

「何だ…だったら先に言えよ。わかってたら、会場のチケット押さえるとかできたかもしれねーのに」

「いいんだ。花火も勿論だが、私はお前達と見られたのが嬉しい」

 

 微笑んだクラピカの言葉に呼応するように、また花火が光る。クラピカの瞳の中で、いくつもの色の火花が瞬いていた。

 その光を見るレオリオの胸に、ほんのりと温かい気持ちが広がる。

 

「…いつもそういう態度だと、オレとしても助かるんだけど」

「そういう、とは?」

「素直な態度ってコト」

「な、何を言うんだ。私はいつも素直だぞ。お前が毎回変なことを言うから…」

「ったく、言った端からこれだぜ」

「ほら! 大きいのが上がるようだぞ」

 

 弁明のために少し早口になったクラピカが、話題を変えるように空に視線を映す。

 夜空を上っていく光を追うクラピカの顔へ、ベンチに手を付き、レオリオは一気に自分の顔を近付けた。

 

 

 頭上で花火があがった。火花に照らされて、クラピカの頬にくっきりとしたシルエットが出来る。

 驚きと先程の感覚に、クラピカの瞳は別の色に染まっている。

 

 

「…今のお前、花火と同じ色の眼してるな」

「…馬鹿者」

 

 

 ぽっと花が咲くように、クラピカの頬にも赤い色が灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時期もあったので、夏らしい話を意識しました。

本編沿いですが、もしかしたら暗黒大陸編が終わった後かもしれません。

 

初出:2015年夏コミ無配ペーパー