朝を待つ人々

 

 

 

 都会の道路では、車は沢山の群れとなって列を作り走る。

 ヘッドライトとブレーキランプの光がいくつも連なって、酒で酔った頭で見ると、天の川のようで綺麗なんだよなと思う。

 先程の雨で、時折水しぶきを作る車の影に目を凝らしながら、ゼパイルは空港からつながる大通りに立っていた。

 すると、数時間前見たレンタカーのヘッドライトが、ゼパイルの顔を照らした。

 手を上げると車はライトを点滅させ、道路脇に停まる。

 運転席のドアウィンドウが開く。腰を低め、ゼパイルは中に声をかけた。

 

「よぉ。おまえら無事だったか」

「ゼパイルさん!」

 

 後部座席から、顔に喜色を浮かべたゴンが言った。隣のキルアも少し微笑んだのが見えた。

 

「ゼパイル、話はあとだ」

「ああ、わかってる。とりあえず隠れられそうな場所の目星はつけてるぜ」

「よし、案内を頼む」

「おう」

「センリツ、後ろに移動してくれ」

「ええ」

 

 運転席のレオリオが言うと、助手席の人物がシートベルトを外し車から降りる。小柄な彼女(……のようだ。声と口調からして)は、ゼパイルの前を軽く会釈して横切り、後ろの席へと乗り込んだ。空いた助手席にゼパイルは座る。

 後部座席にはゴンとキルア、そしてゼパイルの知らない人物がいた。

 どうやら少年のようだ。とても整った顔立ちをしており、睫毛の長い顔は少女のようにも見える。苦しげに歪んだ表情から、具合が悪いことがすぐに見てとれた。

 意識を失っている彼を、隣に座るゴンが支えていた。車のドアを開けたセンリツが乗り込みながら言う。

 

「ゴン君、代わるわ」

「ううん、大丈夫。センリツさんは追っ手が来てないか確認してもらえる?」

「ええ、わかったわ」

 

 センリツは少し身をよじり、バックウィンドウから後ろを覗けるような体勢をとった。

 

「いいか、出すぞ」

「ああ」

 

 キルアの返事に、レオリオがサイドブレーキを外し、アクセルを踏み込んだ。

 車の群れの中に戻る。

 道案内をしながら、ゼパイルはちらりと視線を後ろに遣る。

 エンジン音に紛れ、少年の苦しそうな呼吸が車内に響く。熱があるのか、暗い車内でも頬を伝う汗が見える。それをゴンがハンカチで拭っている。

 バックミラー越しに、レオリオが時々、心配そうな視線を後ろに向ける。

 

「次の角を右だ」

「ああ」

 

 レオリオはスピードを不自然でない程度に、しかし出来る限り速い速度で車を走らせた。

 やがて車は人通りの多い道から外れ、街外れのブロックまでやってくる。

 車だけでなく、人も自分たちしかいないようだ。

 ある廃屋の前まで来て、ゼパイルは言った。

 

「ここだ」

「よし」

 

 レオリオが車を停車させる。

 

「……大丈夫、追っ手はないよ」

 

 センリツと共に、ずっと周囲を警戒していたキルアが言った。

 当座の隠れ家として選んだビルを、ゴンが車の中から見上げる。

 

「ここが隠れ家……?」

「数年前倒産した会社のものだ。今はまったくの無人さ」

 

 ヨークシンは一夜にして大金を為したという夢のような話もあれば、栄枯盛衰の激しい場所でもある。このビルもそういった「つわもの共が夢の跡」だった。

 

「電気は通ってんのか?」

「崩れて配線が通ってない箇所もあるが、大方は大丈夫なはずだぜ」

「なら十分だな。とにかく中に入ろう。ゴン、キルア、先に降りてろ」

「うん」

「あ、オレ鍵かけとく。貸して」 

「おう」

 

 車を降りたレオリオはキルアに鍵を渡し、後部座席に屈み込み少年の身体を抱えた。

 車から出ると、少年がずり落ちないよう、しっかりと横抱きにして運ぶ。

 

「入り口はこっちだ」

 

 レオリオの腕で荒い呼吸をする少年を見て、ゼパイルは自然と足を早めた。

 

 

 

 少年の寝室には、崩れかけている入り口から一番遠い、奥の部屋を宛てがうことにした。万一彼らの追っ手に見つかった場合、少しでも時間を稼ぐための判断である。

 

「二階のどこかに、布団とか毛布があったはずだぜ」

「よし。オレ取ってくる!」

「オレも行く!」

 

 走って部屋を出るゴンにキルアが続く。センリツも周囲がどんな構造になっているか調べてくると言い、手荷物を置いて出ていった、

 レオリオは抱えていた少年を下ろし、とりあえず壁に寄りかからせる。改めて首元に手を当て、少年の脈や体温を確かめている。額に手を当てると、レオリオは渋い顔をした。

 手持ち無沙汰なゼパイルはしばらく二人を眺めていたが、じっとしているのも憚られ、部屋にあった瓦礫やゴミなどを拾える限り拾い、どかしていった。

 

「レオリオ! 布団と枕、持ってきたよー!」

「おう、サンキュ……って何でクッションばかりあるんだ?」

 

 二階から戻ってきたゴンとキルアは、マットレスや毛布と一緒に、何を思ったのか大量のクッションまで持ってきた。レオリオは呆れた顔を作ったが、固い床には丁度いいからと結局全部使うことにした。

 即席の寝床を作ると、レオリオは上着を脱がせた少年を寝かせる。

 

「ほかに探す物ってある?」

「そうだな……この部屋から一番近い水道の場所、もちろん綺麗な水が出るやつな。あと冷蔵庫とかがあるかどうか探してくれ」

「わかった!」

「私は買い出しに行ってくるわね。食糧と水と氷と…なにか必要な物はある?」

「ええと…清潔な布と……こいつの着替えとかあったら助かる」

「わかったわ」

「あ、一人で行くのは危ねぇだろ。誰かもう一人付いていった方がいい」

「そうね……それじゃあキルア君、ボディガードをお願いできる?」

「オッケー、任せて。でも怪しい奴がいたら、先にアンタが気付くんじゃない?」

「そんなことないわ。頼りにしてるわよ」

「行ってらっしゃい!  二人とも気を付けてね」

「ああ。そっちもな」

 

 軽く手を振り、キルアとセンリツは外へと向かった。

 

「それじゃあオレ、水道とか探してくるね」

「ああ」

 

 忙しく走っていくゴンを見送り、レオリオは布団の横に座り、少年の様子をまた看始めた。

 

「……何か手伝うことはあるか」

 

 ゼパイルが声をかけると、レオリオは今思い出したように振り向いた。

 

「ああ……悪ィ、アンタのこと忘れてた」 

(だろうな)

 

 とゼパイルは思う。このアジトに来る前から、レオリオはほとんど彼のことしか見ていなかった。

 

「とりあえず落ち着いたから、アンタは休んでくれていいぜ」

「そうか? まぁオレは夜型だから、ゴンの手伝いでもしてるよ」

「悪ィな、助かるぜ」

 

 少し微笑むと、レオリオはまた少年に向き直った。相変わらず容態は芳しくないようだ。

 

「病気か?」

「いや、多分疲れが溜まっちまっただけだと思うが…‥わからねぇな」

 

 熱が高いらしい。少年の額にはつい先程レオリオが拭ったにも関わらず、新しい汗が滲んでいる。乾いた唇から、忙しない呼吸が漏れていた。

 レオリオは再びハンカチで少年の汗を拭く。

 

「う……」

 

 少年が呻いた。意識が戻ったのかと思ったが、依然として眠ったままのようだ。

 レオリオは少年のものらしき名前を小さく呟くと、布団の端から出た手をそっと握った。

 自分のものより細い手を、両の掌で握り込む。

 その大事そうな仕草から、彼がレオリオにとって大切な人間であることがわかった。

 

 二人と同じ空間にいるのは悪いような気がして、ゼパイルは部屋を後にした。

 

 

 

 少年の名はクラピカというらしい。二階で合流したゴンは、彼がハンター試験で知り合った仲間であることを話した。

 

「クラピカはすごく頭が良くて、色んなことを知ってるんだ。それにとても強くて。試験の時はいっぱい助けてもらったんだ」

 

 それから少し迷ったそぶりを見せて、彼は幻影旅団と深い因縁があるのだと言った。

 彼がこんな風に寝込む事態になったのも、つい先程まで彼らと戦ってきたためなのだと。

 

「そうか……とりあえず、皆無事で良かったじゃねぇか」

「うん…」

 

 頷いたゴンだったが、浮かない顔のままだった。

 

「でも本当は、もう……」

「……?」

 

 言いかけた言葉を、ゴンは途中で止めた。ゼパイルが見るが「ううん、何でもない」とゴンは首を振って、探索に戻った。

 

 

「レオリオー、冷蔵庫あったよー」

「おっしゃー、それ使えるかー?」

「大丈夫、使えるー!」

 

 

 眠らない街、ヨークシン。雨上がりの街をそれぞれの想いを胸に人々が行き交うが、朝は、まだ遠い。 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

初めて出したコピー本「Walk along with...」に載せた短編の一つ。初めて思い付いたハンターの話です。

ゼパイルさんの立場は今だったらミザイストムになるんだろうな。クラピカとの会話も書いてみたいです。

 

サイト掲載:2015.5.17