お題 ss:十二ヶ月の誕生石シリーズ

 


 

 

 

 

1.エメラルド:瞳の記憶

 

 

 

「これ、なんだ? すっげぇキレイだな」

 

 旅荷物を興味深そうに見ていたギンタが、革袋に入っていた小さな石を手に取った。

 周りを鈍色の鉱石に覆われた、透明な緑のガラス質の石。

 

「それは緑柱石だ」

「りょくちゅう……せき?」

 

 さっぱりわかりません、と正直な反応を示す顔と声に、オレは呆れつつもまた答えた。

 

「……別の名をエメラルドと言うらしい」

「え! マジで! これ、エメラルド!?」

 

 かつてダンナさんが言っていた名の方が、ギンタの知識と一致したらしい。

 大きい目を更に大きくして、ギンタはエメラルドをしげしげと見つめた。

 

「すっげぇー! 本物だー!」

「やはりそちらの世界では希少なのか?」

「指輪とかアクセサリーになってるのはあるけど、オレはテレビゲームでしか見たことねぇ!!」

 

 ……てれびって何だ? と思ったが、今のギンタからは答えを聞けないだろう。

 異世界への好奇心振りを遺憾なく発揮する様に、視界に入ってないと知りつつも苦笑しながら息をつく。

 

「マジでキレイだな~」

 

 顔を上げ、子供のような表情で石を覗き込むギンタを再び眺める。

 瞬間、訪れる既視感。

 

 興奮にきらきらさせた緑の瞳。

 鉱石と同じ色のそれが、いつかあの人が見せた輝きと重なった。

 

 

「……やるよ、それ」

「え! いいのか!?」

「ああ」

「ホントに!? やったあ!! サンキュー、アルヴィス!!」

 

 

 喜色満面のギンタを見て微笑ましくなるが、オレは「その代わり」と交換条件を示唆してみせた。

 途端、意表を突かれた表情になったギンタに、得意げに笑ってみせる。

 

 

 

 ————生き残れよ?

 

 

 アランさんも告げたであろうその言葉は、言わないでおいた。

 

 

 

END

 

 

 

  最後の「生き残れよ?」は、アランがダンナにかつて言ったものという設定です。でもダンナは死んでしまった。

だから息子のギンタには言わない。得意気に笑いつつも、心の中でひっそり言うだけ、という話です。

 

 

 

 

 


 

 

 

2.トパーズ:心煌めいて

 

 

 

「うわ……」

 

 修練の門から出た瞬間、迎え出た場景にナナシは感嘆の呟きを漏らした。

 色鮮やかな小道をつくる銀杏、林の小さな隙間から見えるのは高く澄んだ空。

 空と地面に無数に広がる扇形の葉っぱには、午後の陽光が輝いている。

 

「ごっつええ眺めやなぁ……なあアルちゃん」

 

 後方で同じように紅葉に見とれているはずのアルヴィスを振り返る。

 

「? アルちゃん、どないしたん?」

 

 しかしアルヴィスはわずかに唇を開き、胸を突かれたような表情でいつの間にかナナシを見つめている。正確にはナナシの顔の少し横を。

 彼はそこをしげしげと見つめた後、少し口元を綻ばせて言葉を紡いだ。

 

「髪」

「かみ?」

「お前の髪が、光っていたから」

「?」

 

 謎かけにも近い返答に、ナナシが自分の髪に目を落とすと、アルヴィスは幾分軽やかな足どりで先を行く。

 僅かにリズムを踏むように歩を進め、木の葉の擦れる乾いた音を形作る。

 

 

「金髪が太陽の光を受けて、トパーズみたいだな」

 

 

 歌うように続けると、アルヴィスはとても楽しそうに笑った。

 

 

「すごく綺麗だ」

 

 

 

「……どうした?」

「……あー、まぁ…………」

(アカン、今めっちゃ顔緩みそうになった……)

 

 不思議そうに自分を見、再び歩き出した顔を盗み見る。

 

(素、やよな?)

 

 この普段冷静沈着な少年は、時折本来の感性豊かで素直な子供の表情を覗かせる。

 不意打ちにも近いそれは、驚きとともに小さな喜びを緩やかに運んでくる。

 晴れた空から、金色の葉が舞い降りるように。

 

 

「ナナシー! アルヴィスー! 置いてくぞー」

「ああ! 今行く!」

 

 前方から響いたギンタの声にアルヴィスが走り出す。

 その背を追う前に、ナナシはもう一度目前の景色を見た。

 

 

 太陽を浴びる銀杏。秋の黄金を閉じ込めたトパーズは、素直な少年の心を映してくれたのだろうか。

 

 

 

END

 

 

 

「ギンタも金髪だけど、ナナシも金髪だよな…」と書いた話。

執筆当時「アルを崩す!」を意識していたので、かなり無邪気な性格になりました。

 

 

 

 

 


 

 

 

3.アクアマリン:消えない絆

 

 

 

 久しぶりに見上げる故郷の星空は、幼い時と変わらず静かで美しい。

 戦いがあったことなんか嘘みたいに、幾億もの光がきらきらと瞬いている。

 ギンタの世界でも、同じように見えるのかな。

 

「…………」

 

 寂しさにまた胸がいっぱいになって、バルコニーにのせた両腕に顔をうずめる。

 

 ……わかってる。

 もうすぐギンタは帰らなきゃいけない。

 

 チェスを倒して平和が戻った今、異界の住人としての役目を終えたギンタとダンナさん(何とビックリ。生きていた!)は、お母さんや小雪ちゃんが待っている向こうの世界に帰らなければならない。

 そのことを考えるとしんみりしちゃうからか、誰も話題には出さないけど。多分皆わかっている。

 ギンタもどうやって帰るのか、といった事は話さない。

 でも困っているみたいではないから、何か方法があるんだろう。

 

 きっと数日後、ギンタは元いた世界へ帰ってしまう。

 

「…………」

 

 

 いつかはこの時が来ると、知っていた。

 違う世界に住む人だし、そうでなくても別れなんて、どこにでも転がっているもの。

 でも、でも。

 

 

「……やっぱり辛いよ……」

 

 

 もう、会えない。

 そう考えるだけで涙が出る。

 一緒にいた時間があまりにも近すぎて。目の前にある未来を、受け入れられない。

 さよならに伴う寂しさは、時間が経てば、癒されるのだろうか。

 

 

「……スノウ~……」

 

 

 ふと遠くから、声がする。

 後ろにある廊下を振り返ると、星明かりにくっきり照らされた影が近付いてくる。

 

「スノウ~~!」

 

 声の主を理解して思わず、手すりを離れ前に出る。

 息を切らせながら現れた少年を、数歩歩み出しながら迎えた。

 

「ここにいたのかスノウ!」

「ギンタ……!」

「部屋にいなかったから、探し回ったぜ」

「もう夜も遅いのに……どうしたの?」

 

「これ、お前にやるよ」

 

 笑顔になってギンタが差し出したのは、透明な水色をした小さな石。

 落とされた掌を傾けると、光を映した水面のように輝く。

 

「綺麗……」

「アクアマリンっていうんだぜ!」

「あくあまりん?」

「えーと、確か“らんぎょく”とも言うんだっけかな?」

 

 うろ覚え、といった様子で違う名前を口にすると、ポケットから別の石を取り出す。

 

「これは、オレの持ってるエメラルド」

 

 宝石とかにはあまり詳しくはないけど、その名前は聞いたことがあった。

 多分お母様の形見の指輪にいくつかあったと思う。

 深緑の輝きを持つ石を示すように、ギンタは腕を持ち上げる。

 

「見た目は全然違うけど、この二つって同じモンで出来てるんだって!」

「この二つの石が?」

「ああ!」

 

 ギンタの掲げるそれと、私の手元にある空色の石。

 見比べた二つの石はどちらも綺麗だけど、それぞれ異なった印象を与える。

 

「……詳しいんだね、ギンタ」

「アルヴィスの受け売りだけどさ」

 

 得意げに説明していたギンタだけど、そこで罰が悪そうに笑う。

 

「こんな綺麗なもの……私が貰ってもいいの?」

「お前だからやるんだよ!」

 

 はっきりとした返事にギンタを見つめ返すと、そこにあるのは、太陽みたいな笑顔。

 

 

「お揃いだな、オレ達」

 

 

 

 ——消えない絆がある。

 

 

 

「……うん!! ありがとう、ギンタ!!」

 

 

 

 違う世界にいても、私たちは繋がっている。

 

 

 

 

「大切にするね!!」

 

 

 

 

 

 挫けてしまいそうな時は、手の中の石を見て。

 

 明日へ進む、勇気にしよう。

 

 

 

END

 

 

 

原作最終話でスノウがもらったチョコは食べ物なので、形に残るものだったらどんなのだろうと思い書きました。

宝石シリーズは瞳が主題となることが多いのですが、この話は珍しくスノウの持つ色のイメージと二つの石の繋がりから来ています。具体的だ!(笑)

 実は当サイト初のギンスノ小説だったので、アップする時かなりの勇気が必要でした。

 

 

 

 

 


 

 

 

4.ルビー:願いの残滓

 

 

 危ないから離れていて、という彼の言葉に従い、ベルは少し離れた繁みからARMを発動しようとするアルヴィスを見守る。

 月光の冷たい光だけが光源の世界で、古びたダガーを取り出したアルヴィスが人差し指に嵌めたARMを掲げる。

 魔力が、込められ始める。

 

 

 アルヴィスがその身に秘める最大限の魔力を発するとき、その瞳は、赤く光る。

 深い海のようなサファイアの瞳は、真っ赤なルビーに変わる。

 彼が自覚しているかどうかはわからないけれど、そこまで魔力を高めるのは、それほどにまで強い決意の表れ。

 世界が救われるか否かの、賭けへの。

 

 

 地面に十字目のピエロの顔が浮かび上がり、ARMの中心を奔る鎖が、ゆっくりと切り裂かれた。

 

 

 扉が開く。

 

 

 夜空に現れた光の柱は、天の頂点に達するまで伸びていった。

 異世界に繋がる光の中心で、メルへヴンの希望の行き先を見上げるアルヴィスの瞳は僅かに赤い。 

 

 

 かすかに残った魔力を宿したその色は、切ない程の未来への希求に思えた。

 

 

 

END

 

 

 

アニメル第一話冒頭時のアルからです。

クラヴィーア編でゾンビタトゥに支配されてるときも目が赤いですよね。あれってどういう理屈なんでしょう…。

 

2010.4.2

 

 

 

 

 


 

 

 

5.サファイア:本物の青

 

 

 

 彼を初めて見た時、何よりも印象的だったのはその瞳だった。

 涼しげなのに燃え滾る焔を持った、苛烈な青。

 自分の身を省みず、圧倒的な力の前に立ち塞がった、幼い少年。

 

 

 彼のそれが己を射抜いた瞬間から、心の半分は決まっていた。

 

 

 

 躊躇わずハンマーの切っ先を向ける。

 怯えが宿る。

 

 

 

 しかし純度の高い青は俗悪に染まらず、透明な色を保ったままだ。

 

 

 

 

 この世の存在は全て灰色。出来損ないのサファイア。

 濁りきった世界の中で、君の持つ青だけが輝く。

 

 

 

 痛みに崩れ、倒れ込んだ身体が大地に落ちる。

 次にそれが開いた時。そこから彼は自分を追いかけて来てくれるだろう。

 

 自分だけを、映してくれるだろう。

 

 

 

 ……出来損ないの青は本物に焦がれる。

 

 

 

END

 

 

 

灰色が出来損ないのサファイアというのは、非常に純度の低い安物のサファイアは灰色をしていることからです。

(灰色でなくても、とにかく青色ではない)

よくインド等で旅行者が「本物のサファイアは灰色なんです」と騙され、詐欺にあっているそう。

私の中のファントムのイメージは紫と灰色(というか、銀?)なので、今回は灰色verです。

 

2010.4.2

 

 

 

 

 


 

 

 

6.真珠:光る、涙

 

 

 

「眠れないの?」

「……ちょっと」

 

 淡く白い満月の夜に、漆黒のドレスを纏う少女は十字を背負う少年を見つけた。

 城の大きなベランダで、夜風に吹かれている彼を見つけた。

 少年に近付いた少女は、少年の身体に彼のものとは違う魔力が絡みついているのを見てとる。

 

「……痛むのね」

「……少し」

 

 少年が正直に返した答えに、少女は愁眉を作る。

 とても短い一つの言葉を、彼女は時間をかけて言った。

 

「……ごめんね」

 

 

 私の所為ね。

 

 続いた発言の意味を取れず、少年は訝しそうに眉を動かすが少しして理解する。

 

「……この呪いはファントムから受けたものだ」

「前も言ったでしょ。ファントムにゾンビタトゥに与えたのは、ディアナよ」

 

 少年の言葉に被せて、少女は言い募った。

 

「お姉ちゃんの狂気に気付かなかった、私の所為よ」

 

 

 強く握りしめられる少女の手を見遣った少年は、一時辛そうに顔を歪めるが、その掌をほぐすように話し出す。

 

 

「……別に誰の所為とも思っていない」

 

 

 何歩か歩き、少年はベランダの端から世界を照らす月を見上げた。

 

「それに、悪いことばかりじゃないさ」

 

 小さく笑った彼の横顔を、少女は思わず見つめるが、そこにあった表情を認めてさらに指を握りしめる。

 ……同じだったのだ。

 彼の表情が、呪いから解放されなかった時のものと。

 

 

「呪いを受けてから、色々なことを考えた」

 

 

 隠しきれない感情が、歪みとなって表面に現れた

 

 

「当たり前のように紡がれる命の営みを、素晴らしく思える」

 

 

 綺麗なのに、痛みを知覚させる

 

 

 

「この世界が、メルへヴンがもっと好きになった」

 

 

 優しいやさしい、笑顔。

 

 

 ——怖いくせに。

 本当は不安で堪らないくせに。

 強がって、前を向いて。

 

 

「……だから君も」

 

 

 “傷ついていない”と、笑みを浮かべて。

 

 

 

「気にしなくて……」

 

 

 暗い想いを全て、飲み込んで

 

 

 

「————ごめん!!」

 

 

 

 知らず涙が溢れ、夜の闇に落ちる。

 

 

「ごめんね!!」

 

 

 いくら言っても足りない気持ちが、零れる。

 

 

「……君が謝る必要なんかない」

「それでもごめん!!」

 

 背中から強く抱き締めた少年の、優しい響きの言葉を遮って、少女は宵闇色に染まった髪に頬を寄せた。

 

 

「もう、言わないから……」

 

 

 首に回した両腕に、痛いほどの力を込める。

 

 

 

「今だけ、謝らせて……」

 

 

 

 ごめん、ごめんね。

 

 こんなに辛い思いをさせて。

 どうすることもできなくて。

 

 ——何も出来なくてごめんね——

 

 

 

 月夜に落とされる、四文字の言葉。

 

 幾粒も落ちる、光る雫。

 

 

 首に回された腕に手を重ねて、少年は幼子のように少女が繰り返すのを、ただ黙って聞いていた。

 真珠のように淡い光と囁きが落とされるのを、ただ黙って、受け止めていた。

 

 

 

END

 

 

 

 

ドロアルです。いつもと雰囲気を変えようと試みたもの。

満月は月長石(ムーンストーン)を意識して。真珠と同じ六月の誕生石なので、ちょっぴりかけてみました。

 

2010.4.30

 

 

 

 

 


 

 

 

7. ペリドット:当たり前のような幸福

 

 

 

 旅を始めて間もない頃、彼女に訊ねたことがある。

 どうしてあの時、オレに声をかけたの?

 

「うーん……何だかね、放っておけないって思ったの」

 

 小さな指を口元に当てて、しばらく考えた彼女は屈託なく言った。

 

 

 旅の途中、何度か彼女に提案した。

 一緒に旅をするのは、止めた方がいいんじゃないかと。

 ただでさえ旅に危険は付き物である上に、妖精は珍しい種族だ。盗賊などに狙われてしまうかもしれない。

 しかし彼女は首を縦には振らなかった。

 

 

「アルヴィスといるのが、ベルの幸せなの!」

 

 

 

 いつの間にか、そんな話はしなくなって。

 二人で旅の相談をするのが、当たり前になって。

 彼女とオレは同じ季節を過ごした。

 

 

 春風が顔をくすぐる。

 横たわった野原一面で、豊かな色彩の花々がそよいでいる。

 足元に咲くタンポポの近くで、彼女は花を摘み熱心に何かを作っていた。

 

 

「はい! アル」

 

 

 鈴の音のような声に身を起こすと、彼女は完成させたそれを差し出した。

 白詰草を器用に結んだ花冠だ。

 

 

「ありがとう、ベル」

 

 

 屈めたオレの頭に小さな作品を乗せ、彼女は嬉しそうに笑う。

 光が透けて、花の茎が宝石のように輝いた。

 柔らかい緑は、さながらペリドット。

 

 

「どういたしまして!」

 

 

 

 太陽の匂いのする、君。

 

 

 ねぇベル。

 オレにとっても、君といるのは幸せなんだよ。

 

 

 

END

 

 

 

ベル視点でのアルベルはいくつかありましたが、アルヴィス視点でベルとの関係性を描いた話はなかったので書いてみました。

私の中では、アルヴィスにとって彼女は姉のようであり、家族みたいな、守りたい女の子。一番素顔を見せられる相手だと思います。

白詰草はご存知、幸福の象徴です。

 

2010.6.5

 

 

 

 

 


 

 

 

8. ガーネット:落つる陽

 

 

 

 ナナシが胡散臭い“かべちょろ七ツ道具”を披露し始め、いかだを組み終えたアランは自分の仕事は終わったとばかりに一行の輪から外れた。

 岩蔭に寝かせたアルヴィスの傍に腰を下ろす。

 徐々に太陽が傾いてくる中、健気にベルが看病を続けていた。

 

 ぽん、と瓶の蓋が外れるような音がして、何とも言えぬフォルムのいかだが完成する。

 ギンタたちが無言になった。

 看病の手を休めたベルも、呆れた様子でタコ型のいかだを眺めている。

 「馬鹿じゃないの!?」 と全員の気持ちをドロシーが代弁し、ナナシが慌ててたじろいだ。

 

「……何やってんだか」

 

 ナナシは彼なりに、緊迫した空気を和らげようとしているのだろう。

 ドロシーもそれを半分承知で乗っている。

 悪態を吐きながら、彼女は間抜け面のタコに蹴りを入れた。

 

 タコが墨を吐いた。

 

 ドロシーが頭から爪先まで、真っ黒に変わる。

 が、無視して話を進めるナナシに、彼女の強烈なパンチが入る。

 少しばかり、スノウが安心したように笑顔になった。

 

 

「アラン……さん……」

 

 騒がしいやりとりに紛れて消えてしまいそうな、小さな声が己を呼んだ。

 目を移すと、熱に潤んだ瞳が自分を見上げている。

 

「悪ィ、起こしたか」

 

 気休めに乗せられた濡れタオル越しに、額に手を置いた。

 

「日が暮れたら奴らの島に潜入する。それまで寝てろ」

 

 身を焼きそうなほど支配する焦燥は消して、汗に湿った髪を撫でる。

 その行為に辛いだろうに、アルヴィスは熱い息を零しながらかすかに笑った。

 

 

 

 ……この少年はいつもそうだ。

 苦しいのに痛みをこらえ、笑おうとする。

 周囲を気遣って、大したことないと笑い、安心させようとする。

 

 

 なぁ、お前今自分がどんな顔してんのかわかってんのか?

 辛いなら笑うなよ、頼むから。

 

 

 越えようとしている海には、血のように紅い夕陽が降りようとしていた。

 直に夜を連れてくる、ガーネット。

 

 

 

 青空を漆黒に染め上げていく太陽の名残よ。

 どうか彼を連れていくな。

 

 

 自分たちの届かぬ淵に、彼を連れていくな。

 

 

 

END

 

 

 

アニメル「城塞都市パルトガイン」突入前のシーン。

 

 

2010.6.5

 

 

 

 

 


 

 

 

9.ラピスラズリ:星追い人

 

 

 

 東京の星は、少ない。

 コンクリートで覆われた大地の頭上は、墨を零したみたいに黒一色だ。

 時折、ビルの隙間にきらりと光る星を見つけて、あ! と声を上げる。そんな行動は、オレたちみたいな都会の子供には普通のこと。

 

 

 けどオレは知ってる。

 本当の星空は、もっと凄い。

 林間学校で行った山、田舎のじいちゃんの家から見えた天の川。

 

 

 

 そして夢の中で見る星空は、もっと凄い。

 

 

 

 写真集で見る以上の、それこそ嘘みたいな数の星。

 それら一つ一つが生き生きと輝いていて、ほんの少しの間に何個も流星が落ちてくる。

 いつだったか鳥になって、流れ星の落ちた先を追いかけたことがある。

 翼をはためかせる横で、それは雨のように降っていた。

 互いを追いかけ合うように、次々と夜空を踊っていた。

 月ももっと大きくて、もっと眩しい。

 

 

 そんな世界とはかけ離れた、嘘の夜空に手をかざしてみた。

 紺碧の空に、たった一つ浮かぶ一等星。手の届かないラピスラズリ。

 

 

 大都会の真ん中で、オレは今日も星を探す。

 

 

 

END

 

 

 

古代ローマの博物学者プリニウスは、ラピスラズリを「星のきらめく天空の破片」と表現したそうです。

そのため青のイメージが強い石ですが、サファイアと被ることもあって星の話に。

メルヘヴンの存在をたった一人で信じている頃のギンタ。

友達はいるけど、やっぱり孤独だったんだろうな。

 

2010.7.8

 

 

 

 

 


 

 

 

10.アメジスト:それは、愛

 

 

 

 ——私は、囚われている。

 

 

 

 初めて彼の強さを躰に刻んだ時から、私は彼の虜だ。

 

 

 

 彼の名前を呟くだけで、粟立つような気持ちになる。

 彼の目に映るだけで、煩わしいほど胸が鳴く。

 これは、一種の魔術だと思う。

 ゾンビタトゥなどなくても、私はあのアメジストの瞳に束縛されている。

 彼から離れて生きていくことなど出来ない。

 

 

 

 

 ————私は、囚われている。

 

 

 

 

 あの紫に。底のない程に深い闇を抱く、至高の色に。

 

 

 

END

 

 

 

初めてに近いキャンディスさん。ファントムのイメージカラーの一つである紫をモチーフにしました。

紫は、古代の日本では最高位の官僚に許された色。地中海沿岸ではロイヤルパープル(帝王紫)と呼ばれていたそう。

文化を問わず、紫って高貴な色なのですね。ファントムにぴったりな気がします。

 

2010.7.8

 

 

 

 

 


 

 

 

11.オパール:グッバイ、マイドリーム

 

 

 

「……ギンタ」

 

 口を震えながら引き結ぶ自分を見て、父が促すように声をかけた。

 涙を無造作に拭い、ギンタは満面の笑顔で仲間たちに振り返る。

 

 

「じゃあな!  皆!」

 

 目の前で待つ光に向かって歩き出した。

 幼いころから見ていた世界。メルヘンに満ちた夢の国。

 あったのは美しい景色だけじゃなかったけど。でも、夢は自分を裏切らなかった。

 魔法があって、不思議があって、人がいた。

 元の世界と同じように、人が生きていた。

 外国よりも遠くて、何所よりも近くにあったメルヘヴン。

 

 

 来た時とは違う、光の渦を描く虹色のトンネル。

 メルヘヴンに溢れていた色の洪水のよう。

 まるで、オパールだ。

 

 

 トンネルを通り抜ける。重い音を立てて、ピエロが扉を閉じた。

 

 

 

 さよなら、オレの大好きな世界。

 

 

 

END

 

 

 

トンネルの色はアニメ設定ですが、話は原作設定です。

寂しさよりも、ギンタの大好きな世界への思いを念頭に置きつつ書きました。

 

 

2010.8.4

 

 

 

 

 


 

 

 

12.ダイヤモンド:可能性という名の原石

 

 

 

 ————誰もが可能性を秘めている。

 

 些細なボタンの掛け違いで、一つの物質は全く違うものになりうる。

 輝くダイヤモンドにもなれば、煤けた黒鉛にもなりうる。

 

 

 ふと右手を持ち上げ、もう壊れて存在しない人差し指にあったARMを思った。

 それに選ばれた、癖の強い金髪を束ねた、心根と瞳だけは真直ぐな子供。

 ファントムが使っていたARM・バッボを目覚めさせた少年。

 この世界の命運を握る異界の住人。

 

 

 

 ————ギンタ。

 

 

 お前はその手の可能性を、希望に変えることができるか?

 

 

 

 

END

 

 

 

最初の接触の後。ギンタの可能性を信じようとしているアルヴィス。

思い付いたときから、宝石シリーズの最後の締めくくりにしたかった話です。

 

2010.9.3