君がいるから、朝が来る

 

 

 

 ずっと同じ気持ちだったって、もう知ってるよ。

 

 

 星がよく見える夜。宵の口も過ぎた頃。リビングでコーヒーを準備していたユキに、カウンター越しにモモが声をかけてきた。

 

「ねぇユキ、これ」

 

 書いてみたよ、と言う彼の手には、一枚の紙があった。先日依頼された曲の歌詞だ。

 来季から始まるドラマの主題歌ということで依頼されたそれは、Re:valeのほかの曲と同じように、最初の形は曲も歌詞もユキの手によって作り始められた。

 だが書いているうちに、あまりにユキのある特定の個人への思いが溢れすぎて脱線してしまい、お蔵入りにせざるを得なくなってしまったため、メロディは残して歌詞は一から作り直すことになったのだ。その特定の個人とは、言わずもがな目の前の人物だったりする。

 歌詞の方はオレが書いてみる、書かせてと、と言い出したのはモモだ。夢見る人々に、未来を見る人に寄り添ってくれる曲にしたいと。かつての自分を重ねながら、モモが作詞作業に取り組み始めたのは数時間前。

 モモが夕食後も奮闘を続けるのをユキは楽しげに見守っていたが、そろそろ気分転換にと、モモの好みの甘いカフェラテ風味のコーヒーを用意していたところだった。

 

「出来たんだ。またずいぶんと早いな」

 

 手をタオルで拭った後、歌詞を受け取り、出来たばかりのコーヒーをモモに渡す。ありがと、とはにかんだ彼に笑い返した後、彼の視線を感じながらユキは紙に視線を落とした。

 手紙をしたためるように、モモは歌詞を丁寧に綴る。ユキは音が降りてきたら所構わずメモしたりして、トリップしている時は作曲部屋に譜面と歌詞が散乱してしまうことも多いのだが、モモはノートにいくつか単語を並べたり書き殴ったりしたのち、一文字一文字をわざわざ別の紙に綴っていく。じっくりと鍋を煮込むように、じっと机に向き合っている姿は記憶に新しい。

 どこか男っぽさを感じる、少しクセのある文字をなぞっていく。頭の中にメロディを再生させながら追っていくうちに、ユキは読み始めた瞬間から感じていた感覚が確信であることを悟った。

 その表情の変化を、モモも気付いたらしい。どこか照れ臭そうに口元を綻ばせながら、両手でマグカップを持ち、コーヒーの湯気越しにユキを見つめている。

 

「お前、これ……」

「わかった?」

 悪戯っぽく、ピンクの瞳がきらりと光った。少年みたいな笑顔を覗かせた後、モモはネタばらしをするように話し出す。

 

「この前ユキが、あれだけのものを聞かせてくれたから。オレも答えたくなっちゃって」

 

 一口息をつきながら、モモはカフェオレを啜った。モモの顔と歌詞を見比べるユキにくすぐったそうに笑いながらモモは続ける。

 

「前にさ、ユキが曲は生き物みたいだって表現してたじゃない?」

「ああ……」

 

 新しいものを作ろうとして、我武者に向き合っている時はなかなか来ないのに。思いがけない瞬間に急にやってきたり、望んでいたものとは違う音を与えてきたり。

 作り手はこちらのはずなのに、制御なんか全くできない、気まぐれなミューズの采配によって、落とされているとしか思えない。ままならない、けれど狂おしく胸を揺さぶるもの。

 困ったものだよねぇなんて、以前曲が出来ない時、ぼやき混じりに聞かせた話だ。

 

「最初はちゃんと元の方を書いてたんだけどさ、ユキのあの歌を思い出しちゃって。そうしたら、どんどん言葉が出てくるの。『違う、テーマはこっちだから』って軌道修正しようと思っても、止められなくって。そうだ、こっちも大事なオレの言葉なんだって気付いたら、ブレーキなんかもうかけられなかった。オレも同じ気持ちだよ、って伝えたくなっちゃった」

 

 中身を飲み干したカップをカウンターに置いて、モモはユキと真正面から向き合う。

 

「すごいね。歌って本当に生き物みたい。ユキへの想いがどんどん溢れ出てきて、オレの手じゃないみたいに、どんどん動いてくの。ユキは、いつもこんな世界に触れてるんだね」

 

 

 モモの言葉を聞き終えたユキは、もう一度歌詞に視線を移すと、切れ長の目を柔らかく細めて何度も歌詞を指でなぞった。紙に綴られた文字の温度を辿るように、何度も長い指を動かした。初めて彼からもらったファンレターを読み返す時のような感慨が、胸の裡を暖かく満たしていくのを感じていた。

 幼子がお気に入りのページを繰り返し眺めるように、立ったままその動作を繰り返す。

 その仕草を止めず、飽きもせずモモは眺めていた。ほのかな熱を残していたマグカップが冷めた頃、優しい静寂を壊さぬように気をつけながらも、モモは口を開いた。

 ユキが長い前髪を揺らして、顔を上げたのは同じ時だった。

 

 

「「ねぇユキ(モモ)。提案なんだけど……」」

 

 

 二人して揃った声に一瞬目を丸くして、クスクスとどちらからともなく笑い出す。

 

「ダーリン、もしかして同じこと考えてない?」

「多分ね。僕ら、Re:valeだから」

 

 その言葉に、何よりも嬉しそうにモモは微笑む。モモの笑顔に、ユキも破顔した。

 

「この続きは、一緒に書こうか」

「うん。一緒に、朝になるまで歌っちゃおう」

 

 そうしてベッドの上で二人、一晩中声を合わせながら。時に指を重ねながら一枚の紙の上に徹夜で作り上げた歌は、最高のものだったけれど。今度こそ二人だけの秘密となった。

 置いてけぼりになった本題の曲は、まだ途中だ。

 

 翌朝。収録のため迎えにきた岡崎は、二人そろって寝不足な顔で現れたRe:valeを見て苦笑をこぼした。運転しながらミラー越しに曲の調子はどうですかと尋ねると、後部座席の二人が顔を見合わせたのでおやっと思った。

 

「それがねぇ、まだ!」

「まだなんだよね、これが」

 

 しかし期待と裏腹の答えが力強く返ってきたので、ついガックリと肩を落とす。

じゃあ昨日は一体遅くまで何をしてたんですか?と喉にまで出かかったが、二人のやる気を削いでしまっても良くないので辛うじてこらえる。

 

「大丈夫だよ、おかりん。形はもう見えてるんだ」

「そうそう、任せて」

 

 けれど笑顔を交わす二人があまりにも楽しそうで、幸せそうだから。余計な言葉は言わないことにした。

 

 

「わかりました、期待してます。早く聞かせてくださいね、お二人の歌」

 

 

 座席の下でこっそりと手を繋いで、同じ方向を向いた二人は同じ返事を返した。

 

 

 

END