彼と彼女の関係

 

 

 

「ラクス様って、なんでキラさんとお付き合いすることになったんですか?」

「……はい?」

 

 私が以前からずっと気になっていたことを聞くと、ラクス様は不意を突かれたような、普段滅多に見せない驚いた顔をした。

 

「ええと、ラクス様はアスランさんと婚約してらっしゃるじゃありませんか。それなのに何でだろう……と思って」

 

 内心その反応に刮目しつつ続けると、彼女は通路を歩みながら小さく笑んで答えた。

 

「アスランとの婚約は、前回の戦争の時に解消したのですよ」

「嘘! そうだったんですか!?」

「プラントの皆様には、あまり知られていなかったようですけれど」

 

 思わず大きな声を上げた私に落ち着いた様子のまま、ラクス様は「私自身もアスランに対して恋愛感情はありませんし」ときっぱりと言った。

 ……じゃあアスランさんには、私にもまだチャンスがあるってことだよね。よーし!!

 脳内でひそかにガッツポーズをする私を、ラクス様が不思議そうに眺めている。

 

「では、キラさんとはどこでお知り合いに? やっぱりザフトですか?」 

「……いえ」

 

 しかし、さらに訊ねた質問に帰ってきた言葉は、私の予想と全く違っていて。

 

 

「……キラはプラントの方ではありませんから」 

「え……そうなん……ですか?」

 

 ラクス様が前大戦時に、クライン派と呼ばれるザフトの一部の同志たちとプラントを離脱して、アークエンジェルを含めた第三勢力として戦ったことは有名なことだった。

 キラさんはフリーダムを操縦するくらいの優秀なパイロットだし、二人の様子はそれこそ何でもわかっているような親密な感じ。

 だからその時からのお付き合いなのかな、そう思ったんだけど。どうやらそうではないみたい。

 

 ……あんなに綺麗なコーディネーターなんだもの。てっきりプラントの人かと思ってた。

 でも、カガリ代表と兄妹とか言ってたし、だったらオーブの人なのかな?

 うーん……よくわからない……

 

「……それが良かったのかもしれませんね」

 

 首を捻らせていると、ラクス様は独り言のようにぽつりと呟き、ほんの少し遠い目をした。

 僅かに憂いを帯びた横顔が立ち止まり、私もつられて立ち尽くす。

 艦内のどこも見ていない瞳は、少しだけ寂しげな色を湛え、でもとても嬉しいことを話すように、ゆったりとした声音で言った。

 

 

「キラだけは、本当の私を見て下さいましたの」

「……本当の……?」

 

 

 意味を計りかねる私に、彼女は少し固い笑みをして答えた。

 

「……あなたも私のことを、“ラクス様”と呼ばれるでしょう?」

「……あ……」

「そう呼ばれることは、決して嫌ではありませんのよ?」

 

 指摘されて口元を抑えてしまった私を気遣い、ラクス様は取り為すように柔らかく笑って答えた。

 

 

「ただ……いつもどこか寂しいような、満たされない感じで」

 

 

 白くほっそりした手が、思い出すように左胸に当てられる。

 

 

「キラと会うまで、私はずっとそんな気持ちでいたんですの」

 

 

 艦内には空調のゆるやかな空気の流れがあるだけなのに、ラクス様の髪がふわりとなびいた。

 まるで初めてラクス様の心が動いた、そんな瞬間を表すように。

 

 

 ピンクの妖精、ラクス・クライン。

 私がその存在を知ったときから、彼女は公的な立場にいた。

 プラント最高評議会議長・シーゲルクラインの娘。追悼慰霊団代表を担う平和の歌姫。

 年が二つしか違わないのにこんな人もいるんだーって、憧れと尊敬の眼差しで幼い私は、テレビに映る彼女を見つめてた。

 

 

 でも昔から、ずっとそうだったんだよね。

 本人の意思と関係なく、歌姫の看板や肩書きが先行してしまい、取り巻く人たちは普通の少女としては見てくれない。

 知らず知らず態度を装い、無意識に彼女を「妖精のように浮世離れした少女」と決めつけていて。

 素顔のラクス様を見ようと、見ていなかったのかもしれない。

 きっと婚約者だった、アスランさんも。

 

 

「キラは強くて、一度こう、と決めたら道を曲げない真直ぐな方で」

 

 

 キラさんの話をするラクス様は、演説の時の揺るぎない姿や、歌う時の凛とした姿とは違い、恋した時の、ふわふわした雰囲気が周りに流れていて。

 見ているだけで幸せになれるような、そんな空気を持っていて。

 

 

「そして、とっても優しいんですの」

 

 

 何て言うか……女の子だなぁ、って、思った。

 

 

 

「あ、ラクス」

「キラ!」

 

 通路の後方からの想い人の登場に、彼女はピンクの髪を弾ませながら一段と華やいだ声を上げる。

 沢山の人を惹き付ける紫色の瞳を持つ青年が、機械仕掛けのグリーンの小鳥を連れ小さく微笑みながら歩み寄ってくる。

 

「メイリンも一緒だったんだ。こんにちは」

「こんにちは、キラさん」

「ラクス、バルトフェルドさんがブリッジに来てほしいって」

「そうですか。メイリンさん、またお話いたしましょうね」

「はい!」

 

 笑顔でしっかりと頷くと、ラクス様は楽しそうに微笑んだ。

 早く行こうと彼女を促すように、キラさんのペットロボットが「トリィ!」と鳴いて彼女の肩に降りてくる。

 それに気付いたラクス様は、今までで一番素敵な笑みを浮かべ、隣に立つ恋人を、キラさんを見上げた。

 

「ではキラ」

「うん、行こうか。じゃあメイリン、失礼するね」

「はい、お疲れさまです」

 

 仲睦まじく、並んで歩く二人を見送りながら、私はラクス様と距離がちょっと近くなった気がしていた。

 最初抱いたイメージは変わらない。とても尊敬できる人だけれど。

 

 

 恋をする時の表情は、皆と同じ、一人の少女。

 

 

 

「何話してたの?」

「キラには秘密ですわ」

「え、どうして?」

「女の話ですから」

「お……おんなの?」

「はい」

 

 

 戸惑った様子のキラさんに、にっこりと笑顔で話す彼女を見ながら、私も早くあんな恋がしたいなぁと羨ましく思ってしまった。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

ラクスは凛とした強い女性という印象が強いですが、キラといる時は一番自然で等身大に思えます。

See-Sawの「Jumping fish」という歌が、私の中でのラクスのイメージソングです。

掴めない雰囲気であった彼女の人間味が、キラと触れ合うことではっきりしていくのを表しているようで。

この曲を時折聞きながら、世界を達観する彼女が普通の少女になれる瞬間を、メイリンの気持ちにシンクロしつつ楽しく書きました。

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

ご拝読下さり、有り難うございました!