ぼくらが変わる時

 

 

 

 桜並木の向こうに消えるエレカーを、キラはいつまでも見ていた。

 薄紅色の花弁が降り注ぐのを、いつまでもいつまでも見ていた。

 桜色の花の吹雪は、止む様子は見せない。

 

「……うっ……」

 

 嗚咽をこらえようとすると、掌に乗せていたロボットがちょこんと動いた。

 

「トリィ?」

 

 こちらを見て心配そうに首を傾げる機械仕掛けの鳥の存在に、キラは目を瞬かせる。

 見上げるような仕草をするそれに、得心したように頷く。

 

「……大丈夫、泣かないよ」

 

 そう答えると、言葉を理解したのか、小鳥はキラを窺うように見るのを止めた。羽を繕う動作をし、そしてまたキラを見る。

 そのいかにも鳥らしい動きが可愛らしく、キラは笑みを浮かべた。

 

「君は……トリィ。トリィだよ」

「トリィ?」

「うん、トリィ」

 

 呼ばれた名前を気に入ったのか、小鳥は再度鳴くと肩に移り、キラの顔を軽く突つき始める。

 

「わぁ、くすぐったいよ」

 

 笑い声を上げて、しばらくキラはトリィとじゃれ合う。トリィの様子は、元気がない時にキラを心配してくれるアスランのようだった。

 音を立てて、花びらが道路を舞う。

 

 

「……行こうか」

 

 

 一人と一匹は、桜の下から歩き出した。

 

 

 

 離れた所で、アスランの母・レノアを見送っていたカリダの元にキラは戻る。

 カリダはキラの肩に乗るトリィを見て目を丸くした。

 

「あら、どうしたの? それ」

「トリィだよ。アスランがくれたんだ」

 

 名前に反応して、トリィが一声鳴き羽を動かす。カシャンカシャンと音を立て、羽の継ぎ目が滑らかな動きを見せる。

 

「まぁ、よく出来てるわね」

「うん」

「大切にしなさいね」

「うん」

 

 幼い頃のように、カリダに手を引かれる。その手を素直に握って、キラは家路を辿った。

 

 

 

 

 チャイムが鳴り終わり、あっという間に騒がしくなる教室で、キラは鞄の奥を探る。

 ひんやりとした金属の感触が指に当たる。

 教科書の横に、大事に仕舞っていた友達を取り出した。

 

「トリィ!」

 

 かちっと、小さすぎるスイッチを入れた途端響いた鳴き声に、クラスメイトたちがキラの手元を覗く。

「なんだ、それ? ロボット?」

「うん、トリィだよ」

「トリィ? 何だそれ?」

 

 机の上でパタパタとトリィが羽を羽ばたかせる。コーディネイターの通うこの小学校では、マイクロユニットの課題は珍しくない。てっきり同級生達は、先日出された宿題かと思ったようだ。

 

「キラが作ったのか?」

「違うよ。アスランだよ」

「へぇ、すげぇな。鳥なんて難しいのに」

「おい、見ろよ! こいつちゃんと飛ぶぞ!」

 

 机を蹴って飛び上がり、頭上を旋回し出したトリィにみな歓声を上げる。

 友人たちの反応に、キラも少し誇らしげな気分になる。

 

「アスランの奴、今頃プラント着いたかなー」

「………」

 

 何気ない言葉を聞きつつ、ノートと筆箱を持ちキラは椅子を机の下に入れる。

 ふと、後ろの席を振り返った。

 つい先日まで、彼がいた場所には誰もいない。

 

「キラ、早く行こうぜ」

「……うん」

 

 クラスメイトに促され、トリィが付いてくるのを確認しながら、キラは教室を後にした。

 

 

 

 

 夜。ベッドの中でトリィを突つきながら、キラは今日の一日を思い出す。

 

 

 今までと変わらない学校。授業を受けて、課題をこなして、後は遊んで……

 でも、アスランがいない。

 ほかの誰も変わらないのに、アスランがいない。

 今まで、一緒にいるのが当たり前だったのに。

 鞄が投げ出されたままの、空っぽの部屋をキラは眺める。

 

 

 キラは唐突に、自分の中で何かが決定的に変わってしまったことを感じた。

 学校、戦争、ニュース、……アスラン。

 当たり前だったものが、どんどん形を変えていく。

 これが、大人になることなのかもしれない。どこかでそう思うけど。でも。

 

 

「……どうして?」

 

 

 ずっとこれまでの日々が続くと思っていた。『変わらないものは無い』なんてことはなくて、ほかが変わっても、自分たちだけは変わらないと思っていた。

 だけど、もう。

 

 

『キラもそのうち、プラントに来るんだろ?』

 

「……また、会える」

 

 

 目尻に涙が浮かぶのを感じつつ、くぐもった声でキラは呟く。

 

 

「また会えるよね、アスラン」

 

 

 そう自分に言い聞かせるように呟きながら、キラは指でトリィのくちばしを撫でた。

 キラの言葉に返事をするように、トリィが鳴く。その声に心無しか励まされような気持ちになって、キラは少しだけ微笑んだ。

 会いたいと思っているのは、自分だけじゃない。アスランもきっと同じなのだと、そう思った。

 滲んだ涙はそのままに、キラは微笑し目を閉じる。淋しくも穏やかな眠りの波に、身を委ねた。

 トリィの立てる微かな機械音が、眠りに落ちる最後まで木霊していた。

 

 

 僕たちは、変わる。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

アスランと離れて空っぽになったというか、何かが変わったけど、それを最初は実感として感じず、後からふとそれに気付くキラの話です。

自分にとって当たり前だった「何か」が変わる時って、あまり実感が湧かないものでもあるなと思うんです。例えるなら、学校の卒業式では「自分が卒業する」という実感がまだなくて、実際に学校に足を運ばなくなってから「ああ、高校生活が終わってしまったんだな…」と思うような。

後から思えば人生の中での大きな変換点でも、その時は気付いてなかったりするものだとも思うのです。だから今回はあえて淡々とした描写にしました。

タイトルは「ぼく」、本文の最後は「僕」と一人称を変えているのは、キラが変化した表れです。

 

かなり短い話ですが、何か感じて頂けるものがあれば幸いです。

ご拝読下さり、有り難うございました!

 

2014.1.23