I'm waiting for you.

 

 

 

 不思議な人だと思う。

 誰かを責めることもせず、ただ守りたかったと言って泣く少年。

 遠くを見つめる姿は儚げで、今にも消えてしまいそうなのに。

 その瞳から、目が離せないのだ。

 

 

 彼と初めて会ったのは戦艦の中だった。

 地球軍の船と遭遇し、話の雲行きが怪しくなったのを案じた仲間に救命ポッドに乗せられ、その場からひそかに脱出させられた。

 自分では操縦できないポッドの中、婚約者のくれた小さなロボットと長いあいだ待った。

 ようやく開いたドアの先、無重力で流れてしまった身体を迷わず掴んでくれたのが、彼だった。

 

 キラ・ヤマト。

 

 

 会話を交わしたのは、ほんの数度だった。

 手を取ってくれた時のこと。

 食事を持ってきてくれた時のこと。

 大きな声で、泣いているのを見つけた時のこと。

 

 

 彼は孤独だった、ように思う。

 ナチュラルで構成された地球軍の中で、唯一のコーディネイターであるからか。

 友人と呼ぶ人はいたようだけれど、どこか居心地が悪そうな、絶えず悲しそうな顔をしていた。

 赤い髪の少女が自分に向けた言葉に傷付いたのは、きっと彼の方だった。

 

 

 ……孤独なのは自分も同じだった。

 そして自分の傍らにハロがいるように、彼の肩にはトリィがいた。

 

 

 

 

 大声で泣いているのを見つけた時は、恥ずかしそうに涙を隠したけれど、彼は心を偽らなかった。

 戦うのは嫌だと言った。友達と戦いたくない、人殺しなんてしたくないと彼は言った。

 次々に軍に志願していく友人たちを見ていたからか、欲にまみれる政治家たちを見ていたからか。その言葉はとても新鮮であった。

 飾らない、それでいて自分も辛いだろうに気遣ってくれる彼の存在が、優しさが。ラクスにはとても心地よいものに感じられた。

 だから、夜中に突然起こされて脱走を促された時、迷いなく彼に身を預けることが出来た。

 コクピット内で体を支えてくれる手つきも、優しくて。

 アスランと話すときとは違う、ときめきに似た感情を、別れてからも感じている自分がいた。

 

 

「キラの夢は、いつも悲しそうですわね…」

「……悲しいよ……」

 

 

「たくさん…人が死んで………僕も…たくさん殺した……」

 

 

 頬に触れたラクスの手を、止めどなく涙が濡らす。

 傷だらけの背中は、多くの命を背負うにはあまりにも小さいのに。

 それでも彼は、守りたかった、守れなかった、と言って涙を流す。

 

 

 優しい人なのだ、とても。

 そしてそれに見合う、強い心を持った人。

 だから、己の身を顧みず助けてくれた。

 モビルスーツを無断発進させてまで、敵の船の人間である自分を返してくれた。

 

 

 この人なら託せるかもしれないと、心の中でもう一人の自分が囁いた。

 けれどその思いとは別の気持ちが、胸の奥で膨らんでいく。

 この気持ちは、一体何だろう?

 進むべき道を探すキラと同じように、ラクスも疑問の答えを己に問うていた。

 

 

 

 

 

「……キラ?」

 

 予定通り雨が上がって、明るくなっていく庭を目にしながら立ち尽くす彼の名を呼んだ。

 すると、これまでの日々のゆっくりとした動作でなく、風になびくように、キラはラクスを振り返った。

 

 

 

 泣いて、いた。

 

 

 でも、微笑んでいた。

 

 

 

「僕は……行くよ」

「……どちらへ行かれますの?」

「地球に……戻らなきゃ」

「何故……? 貴方お一人戻った所で、戦いは終わりませんわ」

 

 

 

 あえて残酷な事実を突き付けた自分に、キラは全て承知しきった顔で頷いた。

 

 

 

「でも……ここでただ見ていることも……もう出来ない」

 

 

 

「何も出来ないって言って、何もしなかったら……もっと何も出来ない。何も変わらない……何も終わらないから」

 

 

 

「……また、ザフトと戦われるのですか?」

 

 

 

 キラは首を振った。

 

 

 

「では地球軍と?」

 

 

 

 また首を振った。

 

 

 

「僕たちは……何と戦わなきゃならないのか……少し、分かった気がするから」

 

 

 

 

 涙は、拭われなかった。

 

 

 

 

 トクン、と、心が音を立てた。

 

 

 あんなに、泣いていたのに。

 

 

 運命を、嘆いていたのに。

 

 

 今も、涙を流しているのに。

 

 

 それでも行くと言うの。

 

 

 

 

「……わかりました」

 

 

 

 私はずっと、この人を待っていたのだ。

 

 

 

 

「キラはこれに着替えてください」

 

 執事が差し出した赤い軍服に、キラは不思議そうにラクスの顔を見た。

 微笑んだまま、ラクスは傍に控える執事を仰いだ。

  

「あちらに連絡を。ラクス・クラインが平和の歌を歌います、と」

 

 

 

 

 言葉で世界を変えたいと思う。

 

 

 

 大勢の人の思惑が溢れている中では、容易く飲み込まれてしまうものだけれど。

 

 

 

 私の“歌”は、誰かの心に届くだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ゲートの前で待機していた仲間に頷くと、カードキーが通され扉が開いた。

 彼の手を引いて、慣性のままラクスはキラを伴ってゲートを通った。

 ライトが照らし出したシルエットに、キラは驚きの声を上げた。

  

「!! ガンダム……!?」

「……ちょっと違いますわね。これはZGMF-X10Aフリーダムです」

 

「でも、ガンダムの方が強そうでいいですわね」

 

 笑って言葉を添えると、キラは目を大きく見開いたまま機体を見上げた。

 

 

「奪取した地球軍のモビルスーツの性能をも取り込み、ザラ新議長のもと開発された、ザフト軍の最新鋭の機体だそうですわ」

「……これを、何故僕に?」

「今の貴方には、必要な力と思いましたので」

 

 

 

「思いだけでも、力だけでも駄目なのです。……だから……」

 

 

 

「キラの願いに、行きたいと望む場所に、これは不要ですか?」

 

 

 

 真直ぐに横顔を見据えると、キラはフリーダムを仰ぎ見たまま繰り返した。

 

 

 

「思いだけでも……力だけでも……」

 

 

 

 思い出したように、振り向いた。

 

 

 

「……君は誰?」

 

 

 

 澄んだ瞳に向かって答えた。

 

 

 

「私はラクス・クラインですわ。キラ・ヤマト」

 

 

 

 宇宙で漂流していたのを助けてくれた時から、自分はこの人に惹かれていたのだ。

 

 

 

 コクピットの前で手を取ると、パイロットスーツに着替えたキラが訊ねた。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 軍でも最重要機密である機体(フリーダム)を渡すことで、これから自分たちに降り掛かる火の粉を指しているのだろう。

 やはり彼は優しい。

 

 

「私も歌いますから。平和の歌を」

 

 

 気負いなく彼の藤色の瞳を見返すと、決意を悟ってかキラは「……気をつけてね」と微笑んだ。

 

 

「ええ。……キラも……」

 

 

 彼の肩に手にかけ、顔をそっと寄せる。

 

 

「私の力も共に………」

 

 

 頬に唇を当てると、キラが息を飲んだのが伝わってきた。

 目元が朱に染まる。

 顔を離すと、彼の瞳に同じ表情をしている自分が映っていた。

 

 

 ……こんなことは、初めて。

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 目を丸くしてラクスを見つめていたキラが、首肯した。

 

 

 

「では、行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 互いに互いしか目に入らない場所から、ラクスはフリーダムの装甲を蹴ってゲートへと向かう。

 キラは、ラクスが向こう岸に降り立つまで見送っていた。

 

 

 

 頭部のメインカメラが、鋭く閃いた。

 フリーダムの体からコードが外れる。

 PS装甲が色づき、かつて乗せてもらったストライクを彷彿とさせる、青い翼のモビルスーツが目覚めた。

 バーニアから勢いよく空気が吹き出し始める。

 

 カメラを通してキラが、手を振っている自分を見てくれた気がした。

 

 

 

 格納庫の扉が閉じ、両隣の二人が扉にロックをかける。

 

「では、ラクス様」

「はい。私たちも参りましょう」

 

 共に追われる立場となった彼らに伴われ、ほかの兵に見つからぬ脱出ルートを辿る。

 唇が覚えた柔らかい感触と感情が、ふと胸をよぎった。

 

 

 

 初めての、自分からのキス。

 

 

 

 剣(つるぎ)を託す人への期待だけでない気持ちの正体を、ラクスは実体として意識した。

 それは生まれて初めて、彼女が抱いた好意以上の感情だった。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 ブログ時代に書いていたssを修正、大幅に加筆したものです。

 小説版では、この時点のラクスはキラをフリーダムを託すに値する人物かどうかを見定める裁定者のように描かれていますが、アニメ本編からはアスランに対してはなかった「頬を染める」と言う仕草などから、キラへのそれ以上の感情=恋愛感情が見受けられるように感じます。

 

 裁定者としてのキラへの期待と、一人の少女としてのキラへの感情を自覚するまでの過程を、断片的にですが想像し綴ってみました。

 

 「彼と彼女の関係」でも書きましたが、幼い時から政治家の娘兼アイドルとして有名だった彼女には、普通の人であるキラの存在はとても鮮烈だったのではないかなと思います。

 アスランに「私、あの方好きですわ…」と言ってましたしね。もしかしたら一目惚れ?

 

 この辺りでのキラはかなり恋愛意識は薄いと思いますが(笑)、いつか戦後の二人が恋人同士になる過程も描いてみたいなと思います。

 殆ど本編の流用な感じですが、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

 ご拝読下さり、有り難うございました!

 

2010.11.17