この先も、ずっと

 

 

 

 日が沈んだ空の向こうで、星がちらちらと瞬き始めた。

 ププビレッジへの道である丘を、カービィを伴ってフームは辿る。

 

「今日は皆すごかったわね」

 

 朝から一日レースをしていて体はクタクタだが、足取りは軽い。自然と声が弾む。

 グランプリのゴールの瞬間を思い浮かべて、フームは思わず顔を綻ばせた。

 

「まさか村長さんが一位になるなんてね。ハナさん、嬉しそうで良かった!」

「ぽよ!」

 

 一歩遅れてついてくるカービィも、相槌を打つように声を上げる。

 波乱に満ちたプププグランプリは、村長夫妻の大逆転ゴールインによって幕を閉じた。

 デデデの企みを阻止するため、ブンと一緒にレースに参加したフームは無事三位に入賞した(と言っても、ほかのメンバーの車が大破したため繰り上げ入賞みたいなものだが)。

 運転手を務め、フームよりレースに夢中になっていたブンは、先に父や母、子供たちと一緒にガングの店で祝賀会をしているところだ。

 そしてフームはというと、レース終盤にカービィがホイールに変身したために、置き去りになってしまった彼の宇宙船兼レースカー。それが気になっていたので、先に彼と共に探すことにした。

 

 カービィが変身した後、パートナーだったトッコリが死にものぐるいでブレーキをかけたためか。幸いなことに、車はコースから少し離れた岩陰に傾いて止まっていた。ボディはすっかり汚れてしまっていたが、エンジンは問題なく動くようだった。

 メタナイト卿に命じられたらしく、程なくやってきたソードとブレイドが、宇宙船は城に隠してくれると申し出てきた。読書が趣味で博識と称されつつも、機械に関しては彼らに知識も技術も劣る。フームは二人に宇宙船を託し、その場を後にすることにしたのだった。

 

 フームは靴の爪先を見ながら、ふとポツリと言った。

 

 

「……ホントはね。私あの時、あなたがあのまま空に帰ってしまうんじゃないかって思ったの」

「ぽよ?」

「あなたの船が、空を飛んだ時」

 

 

 足を止めた彼女の背中を、カービィは不思議そうに見る。

 星の作り出した影を追って、フームは頭上を見上げる。降るような星空は、空の向こうにある宇宙の色だ。

 そんな空の彼方から、ある日星形の船で降りてきたカービィ。

 

 

 あの日。プププグランプリの数日前。メタナイト卿がひそかに回収していた、彼の宇宙船を見た時。

 フームは急に悟ってしまった。カービィが宇宙(そら)からの旅人であることを。彼が宇宙に、帰る日が来るかもしれないことを。

 宇宙船を操縦できるようになれば、彼がププビレッジを出ない理由はなくなる。住むところのなかった彼が、デデデにちょっかいを出されるこのプププランドに無理にとどまる理由もない。ナイトメアの送る魔獣を、何もわざわざこの土地で待つ必要はない。

 即ちそれは、カービィとの別れに繋がる。

 

 彼と離れる日が来るかもしれないということ。カービィの可能性が広がるより先に、そのことに気付いたフームは、怖くなったのだ。

 そしてその手段が、もうすでに手元にあるのだと知って、余計に。

 

 

「だからつい反対しちゃったのよね。もちろんデデデの企みに乗るのもイヤだったけど」

「ポヨ……?」

「結局、私があなたと会えなくなるのがイヤだったの」

 

 

 だから、彼を危険な目に遭わせたくないと主張して。フームはカービィがレースに参加することを頑なに反対した。己の本心がそれだけでないことに、どこかで気付きつつも。

 その気持ちを見透かしていたのか、そうでないのか。メタナイト卿は、フームを強くはたしなめようとはしなかったけれど。

 

 

「勝手よね。ごめんね、あの時怒っちゃって」

 

 

 振り返ったフームは普段よりずっと頼りない声で、苦笑しながら言った。

 そんな彼女を、まんまるとした目をきょとんとさせてカービィは見つめる。

 そのあどけない様子に、フームの口元に微笑が浮かぶ。

 

 

 初めて会った時は、思い描いていたヒーローと全然違う姿に、幻滅すらしていたのに。

 いつの間にか、こんなに離れがたいと思っていたなんて。

 

 

「……でも、そんな心配いらなかった。あなたはもう、ここにいることを選んでたのね」

 

 

 レース終盤、メタナイト卿の狙い通り、カービィは見事宇宙艇を操作できるようになった。

 夕方の空へと急上昇していったマシンは、ゆっくりと地上に降り立った。

 そして元のように、再びコースを走り出した。さも当たり前のように。

 

 

 あの後フームの声に応え、変身して戦った彼の姿が、彼女にとってどれだけ嬉しかったか。

 きっとカービィは知らないだろう。

 

 

 そうして訪れた安堵は、大きな喜びに変わった。

 その感情を噛みしめるようにフームは一度目を閉じると、ポニーテールを揺らして満面の笑みで言った。

 

 

「……戻ってきてくれて、ありがとう。カービィ!」

 

 

 フームの気持ちはしっかりと伝わったようだ。カービィも笑顔になった。

 

 

「さぁ、帰りましょう! みんなが待ってるわ」

「ぽよ!」

 

 

 元気よく頷いた彼にフームは手を差し出し、ピンク色の小さな手とつないだ。

 天空からは無数の星たちが、二人の家路を絶え間なく照らし続けていた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 放送当時からいつか書きたかった話です。

えーと、アニメ放送が2001年だから17年……? 暖めすぎにも程がある。

 

フームの頑なさがずっと気になっていて、考えた結果このような話になりました。

二人の絆のクライマックスはやっぱり最終話近くなんですが、それに至るまでの道筋でもいくつかぐっと来る場面があります。

私にとって、プププグランプリでカービィが空を飛んだ時もその一つです。

あのシーンは、スマブラ版のグリーングリーンズがアニメでも流れて、たくさんの意味で胸が熱くなりました。今でも録画したDVDを見ると無性に胸が疾ります。

 

かなりマイナーな話だと思いますが、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

ご拝読くださり、ありがとうございました。

 

 

 2018.2.27