One song ~Return to Love~

 

 

 

 南の島のあざやかな緑の木々が、砂と海のコントラストを背景に太陽を反射させる。

 潮騒の合間に、子供たちのはしゃぐ声が響いていた。

 砂地を転がるボールが、誰かに蹴られ遠くに跳ねていく。

 

「あらあら、それではいけませんわ」

 

 ログハウスの庭で、涼やかで柔らかい声が少女たちをたしなめた。

 

「お洗濯物はちゃんと広げましょうね。少しでもお日様がたくさん当たりますように」

「はーい!」

 

 元気な返事に笑みを零した少女の髪は、南国の花々とは少し趣の違う淡いピンク色だ。

 頭の左側には、三日月を模した髪飾りを付けている。

 大人数の服を干し終え、籠を抱えて小屋に戻った彼女に、部屋の奥から藍色の髪の少年が顔を出した。

 

「ラクス、昼食の時間だ」

「はい、わかりましたわ」

 

 ラクスと呼ばれた少女は洗濯籠を置くと、ログハウスの入り口で「みんなー、お昼ご飯ですわよー」と声を上げる。知らせに子供たちが駆け戻る中、彼女はひとり反対方向へと足を向けた。

 浜辺にせり出したデッキに置かれた、木製の椅子。砂浜を望めるそこには、長い間、一人の少年が座っていた。

 海風にまばらに揺れる前髪は鳶色。瞳は深い宇宙の色をしており、今は眼前にある海の青を映している。

 細めの肩には、小さなロボット鳥が留まっていた。

 

「キラ」

 

 ラクスが呼んだ名に、ロボットの方が動いた。鳴き声を上げ、金属の羽を広げ旋回しながら彼女の許へ飛んでくる。

 ややあってから、キラという名の少年はゆっくりと首をこちらに向けた。

 

「お昼ご飯ですわ。参りましょう?」

「……」

 

 彼女の言葉に彼は頷いたようだったが、その動作はとても小さなものだったため、彼女の位置からは定かではなかった。

 ヤキン・ドゥーエでの戦いから、半年が過ぎようとしていた。

 

 

 

 

 温暖なオーブは、春先でも十分暖かい。ノースリーブのワンピースを着たラクスは、子供たちと一緒に庭にトマトの苗を植えていた。

 

「ねぇねぇ、ラクスお姉ちゃん」

 

 土を整える手伝いをしながら、年下の子がたずねる。

 

「アスランお兄ちゃんとカガリお姉ちゃんは、恋人なの?」

「ええ、そのようですわね」

 

 年頃の少女らしい、ませた可愛らしい問いにラクスは微笑む。

 戦時中、急速に距離を深めた友人たちの恋路は、ラクスも見守っているところだ。

 

「ラクスお姉ちゃんと、キラお兄ちゃんもそうなの?」

 

 だが続いて聞かれた問いに、ラクスは言葉に詰まった。

 苗と支柱を結ぶ紐を持つ手を止め、プラントより色味の濃い空の彼方を見つめた。

 

「……どうなのでしょうね」

 

 不思議そうな顔で見る少女に、ラクスは曖昧に笑った。

 

 

 

 二人の関係は、ひどく不確かなものだった。

 ただの友人ではない。しかし、恋人でもない。ラクス自身は彼に好意を持っていたが、キラの方の気持ちはラクスにはわからなかった。

 

 

 …最後の出撃の際、ラクスが渡した指輪をキラは受け取り、無事に帰ってきてくれた。

 父の死に泣き崩れた体を、静かに抱きしめてくれた。人としての好意ならば、十二分に感じられる。

 だがそれが男女関係に当てはまるかと言えば、正直微妙なものと言えるだろう。

 ほかの人々のように、普通の恋人として愛を育むことを望むには、二人は戦争であまりに傷付きすぎていた。

 

 

 戦後住み慣れたプラントを離れたラクスは、キラとカガリの故郷のオーブで、さまざまな者たちの思惑が交差する政局に追われることのない、穏やかな時間を得た。

 そこで己の心を癒しつつ、同じように……いや。メンデルで発覚した出生の事実にも苛まれているだろうキラの傍にいて、出来ることなら、隣で肩を支え歩いていきたいと願い、こうして共に暮らしている。

 しかし、キラは未だ戦争に心を囚われたまま、誰かと深く関わることもせず。このまま人生を閉ざしてしまいそうな、そんな希薄な雰囲気を纏っていて。

 日がな一日、ラクスにはわからないどこかを見つめるだけの日々だった。

 

 

 彼の横顔を見る度に、募る痛々しさと、もどかしさ。

 胸に凝(しこ)りのように潜み痛むそれに、ラクスは瞳を歪めるのだった。

 

 

 

 

 マルキオのいる孤児院で暮らし始めて数ヶ月、孤児院にキラの母親であるカリダが移り住んだ。

 キラとは戦時中、アークエンジェルがオーブに密航した際、遠くからガラス越しに見つめあって以来の再会だった。

「離れていた分、少しでもキラの傍にいたかったの」と彼女は言った。だがその母の愛も、キラの心を癒すことは出来ないでいた。

 それは隠し続けていた、彼の秘密が暴かれてしまったせいか。

 キラはカリダを拒絶することはなかったが、以前と同じように心を開くまでには至らず、親子であった二人の会話は少ないままだった。

 

 本島では早めの桜が満開の頃、ラクスはカリダの部屋の掃除を手伝っていた。

 棚から物を運び出し、うっすらと積もった埃を布巾で拭いていると、一枚のディスクが手に触れた。

 

 C.E65~71 KIRA

 

 

「カリダさん、これは…?」

 

 タイトルを読んだラクスが問うと、「ああ、それね」とカリダは少し皺の入った目元を細めた。

 

「キラのアルバムよ」

 

 手渡されたそれを、カリダは愛おしそうに胸に抱く。

 

「ヘリオポリスから避難する時、このデータだけは持ち出せたの。…本当はあの子が子供の時作ったプログラムや、私の誕生日にくれた物とか、たくさん持っていきたかったんだけれど」

 

 あんなことになるなんて、思いもしなかったから。カリダは寂しそうにそう言葉を結んだ。

 些細で、けれど個人にとっては大きい、戦争の傷跡。だからこそこうして思い出の品が残っているというのは、端から見ても奇跡のようなことだった。

 彼女の手の中のディスクを見つめ続けるラクスに、カリダは声をかける。

 

「見てみる?」

…よろしいのですか?」

 

 湖水のような色合いの目をラクスは見張った。

 メンデルを訪れた後、赤子であったカガリと二人で映った写真を持って帰ってきたキラは、カリダのことを実の両親ではないと語っていた。

 しかしラクスの目の前に立つ女性は、彼ととてもよく似た笑顔を浮かべ、優しく微笑んで言った。

 

 

「勿論よ」

 

 

 

 ボタンを押すごとに、色々な表情のキラが映る。

 アスランと一緒の幼年時代。少しだけ大人びた少年時代。

 カレッジ時代の友人との交流の記録。

 それはラクスが見たことのない、キラの表情の数々だった。

 

「驚いたかしら?」

「はい…とても…

 

 言葉が自然と零れた。画面の向こうから手を振る彼の姿に、思わず笑みを返しながらラクスは答えた。

 

「……こんなに、無邪気に笑われるのですのね」

「あの子の笑顔は、人の心を暖かくするって言われたわ」

 

 カリダは誇らしげに、モニターに映る幼い彼の笑顔を指でなぞった。

 

…私は……」

 

 ラクスは一瞬ためらったが、ひと息に言った。

 

「今まで、キラのこんなお顔を見たことがありません」

「…辛いことが、沢山あったものね……」

 

 寂しげに言ったラクスに、カリダもまた沈痛な面持ちで答える。

 しばしの沈黙の後、カリダは表情を硬くして聞いた。

 

…あなたは私達が隠していた、キラの秘密を知ってる?」

「…はい」

「…そう」

 

 予想していたかのように、カリダは驚いた様子は見せずラクスの答えを受け止めた。

 

「…キラも多分気付いているのよね。私達の本当の子ではないことに」

 

 正直に頷くか迷ったラクスは、悩んだ末に口を開きかけるが、カリダは首を振り、全て承知しきった顔で続ける。

 

 

「本当なら、話さずに一生黙っていようと思っていたの。あの子のためにも、カガリ様のためにも。それがウズミ様とお約束したことでもあったから」

 

 

 研究者であった両親のことは伏せ、普通の少年と少女として。それは当時赤児であったキラとカガリの幸せを願った上の、大人たちの決断だったのだろう。

 けれど遺伝子の導きか、生き別れた二人は出逢ってしまったし、キラもその身に秘められた出生の事実を最悪の形で知ってしまった。

 想うが故に、隠していたことが傷となって愛する者を苦しめる。

 これも戦争と共に、繰り返される人の業なのだろうか。暗い思いに囚われそうになったラクスだが、それを振り払うかのようにカリダは言う。

 

 

「……でも、あの子はとても強い子だから」

 

 

 俯いていた顔をラクスは上げる。

 

 

「いつか立ち直ってくれると、そう信じてるの」

 

 

 静かな、しかし芯の通った面持ちに、ラクスは感心させられる思いでカリダを見つめた。

 母親というのは、こうも強いものなのか。

 手に填めた指輪に自然と指が触れる。

 

 

 ラクスは改めて、画面の中のキラを見た。

 幼いキラの表情はくるくると鮮やかに変わって、ラクスが知る彼と同じ人物が見せるものとは思えない。

 今の彼にはあまりに静謐な雰囲気が馴染みすぎていて、想像ができないものだ。

 叶うのなら、ラクスは、このキラの笑みを

 もう一度見たいと、思った。

 

 

 

 

 

 

 その晩、ラクスは夢を見た。

 色を変える木々の下で、笑う少年がいた。

 桜の下で笑う少年がいた。

 光の中で笑う、少年の夢を見た。

 幸せそうな情景が映ったあとで、場面は唐突に変わる。

 破壊されたモビルスーツ、砕け散った星の欠片。

 ユニウスセブン。知らないコロニー。核の光。

 ラクスが見ている間に、次々と戦艦や機体が燃えて堕ちて、消えていく。

 それは戦時中、幾度となく引き起こされた、命が消える瞬間だった。

 

 

 絶え間なく続く悲惨な光景に、戸惑うラクスの前にまた少年が現れた。

 暗い世界でたった一人、少年は泣いていた。

 小さな腕で顔を覆い、声にならない声で泣いていた。

 

 

 爆発音が遠くで聞こえる。泣き伏す少年の背をラクスは見つめた。

 

 

「あなたは…」

「─────…」

 

 

 発した声に、少年が顔を上げた───。

 

 

 

 ラクスは天井を見つめていた。

 夢から覚めた状態のまま、瞬きもせず見つめていた。

 途切れた夢の余韻を、しっかりと感じながら思う。

 

 

 あれは、キラだ。

 確証があった訳ではないが、キラだと、ラクスは思った。

 

 

 

 

 それから毎晩、ラクスは彼の夢を見た。

 星の海の中心で、泣き続ける彼の夢を見た。

 

 おそらく彼の心を深く占めているその凄惨な景色は、ラクスにはどうにもできず、ただ彼を見つめるだけの日々が続いた。

 

 

 その晩も、ラクスは彼の夢を見た。

 寂しげな場所で泣き続ける、幼い少年を見下ろしていた。

 

 ラクスは思い切って、彼の傍に歩み寄り、屈み込んで訊ねた。

 

 

「…あなたはどうして、泣いているんですの?」

 

 

 少年は大きな瞳を、涙で溢れさせながら言った。

 

 

「…夜がおわらないんだ」

 

 

 顔を上げた少年は、藤色の瞳に初めてラクスを映した。その色が湛える切なさに、堪らずラクスは手を伸ばす。

 ラクスの動作を見て、少年もまた、手を伸ばす────。

 

 

 気が付くと、涙を流していた。

 

 

「………」

 

 

 天井を見上げたまま、ラクスは涙を流していた。

 

 

「…キラ…」

 

 

 呼べなかった名前を口にすると、嗚咽が自然と喉に上ってきた。

 涙の流れ出る顔を、ラクスは両の手で覆う。

 唇がまた、彼の名を紡ぐ。

 

 

「キラ……」

 

 

 もう一度、貴方の───

 

 

 

「……あなたの夢を見てた…… 子供のように笑ってた……」

 

 小さな声でメロディを口ずさみ、慣れた様子でラクスは紙にペンを走らせていく。

 単語を変えて何度も呟いては、響きを確認して歌詞を紡いでいく。

 

 幼い少年と言葉を交わした日から、ラクスは一つの歌を作り始めた。

 物心ついた折から歌手活動をしているラクスの歌の詞は、プロの作詞家に提供してもらったものも多い。

 しかし思い入れのある大事な歌は、いつも自分の言葉で作っている。代表曲の「静かな夜に」や「水の証」は、ラクス自らが作詞したものだ。

 その二つは、平和への祈りや戦争、世界に対する、彼女なりのメッセージを込めていた。

 だが今回のように、大勢の誰かのためにでなく、一人の人のために歌を作ることは、ラクスにとって初めてのことだった。

 

 

 …これまでは、自分の歌でほかの人から何か反応が返ってくることが嬉しかった。

 それと同時に、歌は気持ちや理想を表現する手段だった。

 

 

 

 でも今は、たった一人の人に。

 

 

 声を届けたい。言葉を伝えたい。

 

 

 

 ────笑って、欲しい。

 

 

 

 

 

 そう日数はかからずに歌詞はできた。

 夢の中で見たことを、感じた想いを言葉にするだけだ。

 

 そして新緑が一層あざやかな輝きを見せる頃、孤児院でキラとカガリの誕生日パーティが開かれることになった。

 朝から子供たちが総出で、パーティの飾り付けを行うのにラクスも加わる。

 次期国家元首であるカガリも、多忙だが夜の食事には参加できる連絡が入っている。

 

「キラ」

 

 昼食の片付けを終えたラクスは、いつものように一人で海に行こうとするキラを呼び止めた。

 

「ちょっと宜しいですか?」

 

 キラはゆるりと振り返り、訊ねる。

 

…どうしたの?」

 

 ラクスはにこやかな顔で言った。

 

 

「貴方にプレゼントがありますの」

 

 

 キラは僅かに、目を大きくした。

 

 

「…プレゼント?」

「はい」

「…僕に?」

「はい」

 

 

 ラクスの言葉を聞いたキラは、少しばかり困ったような様子を見せた。

 己の秘密を知ってから初めての誕生日であるこの日を、彼が複雑な思いで迎えているのはラクスも勿論察していた。

 カリダや子供たちが一生懸命にパーティの準備をしているのを、素直に喜べていないであろうことも。

 だからこそ、伝えたいことがあった。

 

…歌を作ったのですけれど、貴方に一番最初に聞いて欲しいのです」

 

 そこまで言った所で、ラクスは一度、息を止めて続けた。

 彼の透明な瞳を覗くのに、少しだけ、時間をかけて。

 

 

「……聞いて、くれますか?」

 

 

 彼の顔を、見上げる。

 

 

「……うん」

 

 

 彼女の面差しから何かを感じたのか。

 表情からは読めなかったが、キラは了承の返事を返した。

 

 

 砂浜をぐるりと廻って、孤児院の裏手までやってくる。

 海鳴りが絶え間なく響き、波とともに耳の奥を揺らしていた。

 海の方へと数歩進んだラクスは、ワンピースを翻して振り向き、ステージに立ったようにゆったりとお辞儀をした。

 キラはそれを、黙って見守った。

 

 

 目を閉じて、浮かぶのは幼い彼の顔。

 息を吸って、ラクスは歌い出した。

 

 

 思いが音となり言葉となり、大地に染み込むように紡がれていく。

 自然のささやきに調和して、歌声は空を震わせる。

 

 

 

  あなたがここにいること

 

 

  あなたの前に私がいること

 

 

  あなたを、必要としている人が

  今、ここにいるということを

 

 

 

  思い出してほしい

 

 

 

 

 最後の音まで伸ばし切って、歌は終わった。

 と、

 

 

 

 驚く間もなく、ラクスの目の前を、腕が横切っていた。

 

 

 

 

「───ありがとう」

 

 

 

 

 頭のすぐ上から、声が降ってくる。

 

 

「すごく、素敵なプレゼントだった」

「キ……」

 

 

 耳元で言われた言葉を理解して初めて、ラクスはキラに抱きしめられているのだと気付いた。

 

 

「今まで何度も、生まれてきて良かったのかって、ずっと考えていたんだ」

 

 

 キラの腕の中にいるラクスには、彼の表情はわからない。だがキラはラクスの反応が見えているかのように、切ない顔付きになる彼女に何度か頷いた。

 

 

「あの時君が言ってくれたこと、全部覚えてる」

 

 

 ラクスを抱き寄せる力が、ぎゅっと強まる。

 

 

「でも、僕の存在は、人を不幸にするばかりで。守ろうとしても、守れなかったものもいっぱいあって。

 生まれた時から、ずっと誰かを傷付けてた。そんな僕が本当に生きていいのかなって、ずっと、思ってたんだ」

「キラ…

 

 

 戦時中苦しみを吐露した時と同じような声音に、ラクスはキラの名を呼んだ。

 

 

「でも生きていける。皆が、君が傍にいてくれるから、生きていける」

「……キラ…………」

 

 

「僕はやっと、生きていてもいいって、そう思える」

 

 

 

 そうはっきりと言い、顔を上げたキラの表情は、涙に濡れた笑顔だった。

 けれどそれは、今はないラクスの家で、再び戦場に戻ると決めたときの悲しいものではなく。

 幼い頃と重なる、彼女がずっと、待ち望んでいたそれだった。

 胸に涌き上がる感情に、ラクスの瞳にも涙が溢れる。

 

 

「……ラクス」

「……はい」

「     」

 

 

 言葉を含んだ唇が、吸い込まれるようにそっと近付く。

 ラクスはゆっくりと、目を閉じた。

 

 

 二人を包み込んでいた潮騒が、一瞬、音を奏でるのを止めた。

 全てのものの時間が止まる。

 

 

 口づけを交わす彼らの存在を、地球だけが、知っていた。

 

 

 

 

 

 夕方、カガリと共に家にやってきたアスランがラクスに尋ねた。

 

…何かいいことでもあったのか?」

 

 ラクスは少し驚いた顔を作り、彼に聞き返す。

 

「…どうしてですか?」

「…キラの雰囲気が、ちょっと違って見えるから」

 

 アスランは小さく笑って、子供たちの輪の中心にいるキラを見遣る。

 二人の視線の先で、カガリと一緒に子供たちにプレゼントを渡されているキラは、普通の少年がするように、照れ臭そうに笑っていた。

 そこに、これまで浮かんでいた翳りは見えない。

 

 

 やっと見られた、彼のその笑顔。

 

 

「……内緒です」

 

 

 アスランの質問に、ラクスは口元に指を持ってきて答えた。

 

 

「私と、キラだけの」

 

 

 そう嬉しそうに微笑んだ彼女は、子供たちやカガリの呼びかけに促され、彼の元へと駆けるのだった。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

とにかく「やっと、終わった…!」と感慨深い作品です。

この話を思い付いたのは、深夜にDESTINYの再放送があった今から六年近く前だったと思います。

 

お読み下さった方にはすぐにお解り頂けたと思いますが、ラクスがこの話で作ったのは「Fields of hope」という設定です。

サウンドトラックでラクスの「Fields of hope」を初めて聞いた時(TVで歌が流れた回は見ていなかったのです)、すごく具体的な歌だなと感じました。

彼女のこれまでの歌である「静かな夜に」「水の証」はとても抽象的で、私の主観ですが、「世界」「祈り」「平和」、そういった大きなものを歌っているイメージでした。

けれど「Fields of hope」は、「暗闇に浮かぶ草原」といった景色がすぐに浮かびました。

そして2番の「今はこの胸で あなたを暖めたい」などといった歌詞がすごく具体的で、歌全体からとてもはっきりとしたイメージを感じたのです。

 

「生まれてきた日に抱き締めてくれた 優しいあの手を探してる」の部分を聞いた時、私は「これはキラの為の歌じゃないかな」と思いました。

メンデルでの事件のあと、ラクスに縋り付き子供のように泣いたキラ。

自分自身が何なのか、SEED最終回までずっと悩んでいたキラ。そんな彼の為に作った歌のように感じたのです。

その時には、もう「キラの為に歌うラクス」の姿がイメージとして生まれ「いつか書こう」と、大事に大事にずっと暖めていました。

…他のジャンルや作品にかまけている間に、恐ろしいほど時間が経ってしまいましたが、DESTINYのHDリマスターが放送しているこの時期に、書き上げることが出来て本当によかったと思います。

 

キラの「    」の台詞の中は「愛してる」です。でも、まだ言えない。

口に出してはっきりと言葉にすることが出来るのは、まだ先。だから、彼の言葉はラクスだけが聞いてたということで、あえて書いていません。

 

タイトルはキラ役の保志さんの歌「One song」から。この歌はキラがラクスの為に歌ってるようにも聞こえます。

本当に良い曲ですので、知らない方には是非聞いて頂きたいです。

 

空白の二年間が未だ本編で描かれていないので、ラクスが自分で歌詞を書いてるなど捏造設定全開な上、色々説明が足りないことと思います。

ですが、思い入れも含め気持ちを沢山込めて書いたので、少しでも皆様が楽しめるものであったら幸いです。

最後までご拝読下さり、また長い後書きまでご覧下さり、有り難うございました!

 

2013.10.2