幸せへのプロポーズ

 

 

 

 それは、オーブ国家元首がプラントに来訪し、最高評議会議長と会談をした翌朝のこと。

 

「ねぇ、ラクス」

 

 朝食を終えて一息ついた頃、キラは唐突に話題を持ち出した。

 大抵朝食のあと、キラはラクスを何かに誘ってくる。

 それは散歩であったり、買い物であったり。日によって内容は違うが、どんなものであろうとラクスはいつも「はい」と笑顔で頷く。

 良き友人であるアスランやカガリが訪問していても、そんなのはお構いなしだった。

 

 『ねぇ、ラクス』

 

 キラからそう言葉が出たら、どんなに些細な用事でも承諾してしまうラクスである。

 ほぼ毎日繰り返される惚気に、二人の側近やアスランとカガリはもう馴れっこであった。

 この日もそう。そんな見慣れたやりとりが行われるはずだった。

 

 

「はい」

「結婚、しない?」

 

 

 がたんっ

 

 

 マホガニー製の繊細な彫刻が施された椅子が、盛大な音とともに横倒しになった。

 アスランである。

 

 

 がちゃんっ

 

 

 今まさに飲み干されようとしていた紅茶(フォートナム・メイスン)の注がれたカップが、茶色い雫を飛ばしながらソーサーの上に落ちた。

 カガリである。

 

「キラ…いきなり何を言い出すんだ」

 

 その場に会した一同の中、最初に我に返ったアスランが幼馴染の突飛な発言に突っ込みを入れる。

 

「シン君がいつも『人前でいちゃつくな!!』って言うから。だったら夫婦になれば、ほかの人のがいても大丈夫かなって」

 

 いやシンはそういう意味で言ったんじゃないと思うぞ一体お前はどうしてそう昔から考えが突拍子もない方向へといくんだどうせ仕事中にいちゃついてんたんだろうそれが問題なんだっていうかそもそもまず結婚ってなんだよと、アスランは思いつくことを述べようとしたが、しみじみと頷いたカガリに遮られてしまう。

 

「そうか、お前たちも付き合い長いもんなー」

「カガリ! いいのか!?」

「なんだ? お前は反対なのか、アスラン」

 

 そんなあっさり認めていいのかと、声を上ずらせて詰め寄るアスランをカガリはさも訝しげな目で見る。

 その視線にたじろいでいると「そうなの? アスラン」とキラが続けて問うた。

 唯一無二の親友に少し悲しげに聞かれてしまっては、頭ごなしに否定するわけにもいかない。

 

「いや、そんなことは…」

 

 と、アスランは思わずいつものように言葉を濁してしまった。

 

「そっか、良かった」

「お前が反対なわけないよなー」

 

 よく似た顔で、性格の全く違う双子はのほほんと微笑み交わした。

 一度意見が合致するとこの姉弟は本当にタチが悪い。アスランはその思いを新たにした。

 

「しかし……そんな簡単に決めていいのか?」

「何でだ?」

「だって結婚だろ? もっとこう、段階を踏むというか、ちゃんとしたやり方があるんじゃないのか?」

「そりゃあ世間ではそうだろうさ。でもキラたちにはキラたちのやり方がある」

「だが……」

「お前の指輪の渡し方ほどじゃないだろ」

「うぐっ!」

 

 カガリに至極冷静に、ひそかに抹消したい過去である己の愚行を指摘されたアスランは言葉を失う。

 露ほども気にしていないらしい彼女は彼に見向きもせず、優雅に紅茶を啜った。

 

「いや……でも、だからってこんな急に……」

 

 衝撃に打ちのめされていたアスランは、再び懸念を示した。

 ラクスだって、普段の落ち着いた様子や人を食ったような言動はどこへいったのか、驚いた表情で固まったままだ。

 するとキラは、表情の質を変えて言った。

 

 

「……遅かれ早かれプロポーズはするつもりだったよ」

 

 さらりと吐いた彼の爆弾発言に、カガリは密かに目を丸くする。

 他人の好意に非常に鈍感だった弟が、こんなにもストレートな言葉を口にするとは思わなかったからだ。

 

 

「今までも傍にいたけど」

 

 

 向かい合っていた椅子から立ち上がり、愛しい恋人に彼は近寄る。

 

 

「結婚したら、もっとずっと一緒にいられる」

 

 

 腰掛けたままの彼女の前にしゃがみ込み、姫君に忠誠を誓う騎士のように見上げる。

 

 

「どんな時でも」

 

 

 白くたおやかな手を取り、掌に乗せられたのは、小さなケースに入ったペアリング。

 

 

 例えどんな時、どんな場所にいても。

 薬指に交わされる絆が、二人を結びつけて離すことはない。

 

 

 キラは柔らかに微笑んで、そっと首を傾げてみせた。

 

 

 

「……どうかな?」

 

 

「……はい」

 

 

 

 彼の前でだけ見せるとびきりの笑顔で、ラクスは頷いた。

 

 

 

「結婚、いたしましょうか」

 

 

 

 こうして宇宙最強カップルのゴールインは、あっさりと決まったのだった。

 

 

 ……後日この騒動の遠因となったシン・アスカに、様々な方向から皺寄せが来たそうな。

 

 

 

END

 

 

 

 

*おまけ*

 

 

「…なあアスラン。私たちも一緒に……」

「え……?」

(これは…もしかしてプロポーズ!? でも女性に言わせるのってどうなんだ……? こういうのは男の俺の方から……しかし遮るのもなんだか悪い気がするし…)

 

 ほんの一瞬に頭に様々なことを巡らせ、ドキドキしながら彼女の言葉を待ち。

 

「ジョギングをしないか?」

「え”!?」

 

 アスラン・ザラは、本日一番の間抜けな声を上げた。

 

「一緒にって……ジョギングを?」

「ほかに何がある? ここしばらく運動してなかったからなー、身体が鈍ってるんだよ」

 

 そうだな、体力作りが趣味の君が激務で運動できていないのはストレスだよな……。

 しかしこの流れだったら、ほかに気にすべきことがあるんじゃないか……?

 

「何だ? 何をそんなに驚いてる?」

「……………」

 

 窮屈そうに身体を伸ばす彼女は、アスランの心情を微塵も察していないらしいようだった。

 

「……ちくしょぉおおーーーーーー!!!!

「おお! 早いなアスラン! よし、私も負けないぞ!」

「いってらっしゃーい、二人ともー」

「お昼ご飯はご用意しますので、ごゆっくりー」

「ああ、ありがとう!」

「うわあぁぁあぁぁーーーーーー!!!!」

 

 

完。

 

 

 

 

 唐突に思い付いたキラの「結婚、しない?」という台詞から勢いで出来てしまった話です。

 きっと本編ではもっとドラマチックな展開なのでしょうが、当サイトでは緩いギャグのノリでゴールインという形になりました。

 どんな形であれ、幻の劇場版でも二人には幸せになって欲しいです。

 アスランに関しては…すみませんとしか言い様がありません。すみません(土下座)

 アスカガも好きです。ろくなこと書いてませんが…。

 

 御拝読下さり、有り難うございました!

 

2010.9.26