少女達の明日

 

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

 アスランの操縦するジャスティスによってエターナルに収容され、格納庫でシンと所在なく突っ立っていた私に、見慣れたモスグリーンの制服が駆け寄ってくる。

 その人物の肩で揺れた赤い髪を認識した途端、隣にいたシンを置き去りにして私は走っていた。

 

「メイリン!!!」

 

 もう二度と逢えないと思っていた存在。失った筈の温もり。

 

「お姉ちゃん!!!」

 

 自分の半身とも言える、血を分けた大好きな妹が強い力で抱きついてきた。

 

「メイリン…本当に良かった…」

「お姉ちゃん…」

 

 色々言いたかったはずの言葉は涙に混じり、頬の横へと流れていった。

 視界の端で、シンやアスランが少し微笑みながら見ている。

 先に着艦していたらしき茶髪の青年も、ブリッジからやってきたラクス様と一緒に私たちを見ていた。

 大勢の人に見られているのに涙は止まらなくて、場所をわきまえず、私たちは子供のように泣いた。

 

 

 

 それから、エターナルでメイリンに支給されている部屋(ラクス様と同室らしい)に籠って長いながい話をした。

 どうしてハンガーでアスランの手を取ったのか。人伝でしか知らない状況を彼女の口から聞くと、それは至極真っ当な判断に思えた。

 無茶だという印象は、拭えなかったけれど。

 

「私たち、そんな扱いにされてたんだ」

 

 スパイ容疑で脱走犯扱いされていたことを知ったメイリンは、ひっどぉい、と唇を尖らせて憤慨した。

 その正直な反応が自分の中で妙にしっくりきて、議長の語った言葉だけが世界じゃなかったことを思い知る。

 

「アンタ、あのとき軍基地のホストにまでアクセスかけてたでしょ」

「うん」

「それが『アンタがスパイ』っていう、決定的な証拠になっちゃったのよ。もっとマシな方法使えば良かったのに!」

 

 再び会えた今だから叩ける軽口に、昔と同じようにメイリンは言い返してきた。

 

「だって、何とかしなきゃって必死だったんだもん!」

「バレないようにすればよかったのよ! 仮にもミネルバのCICでしょ!」

「あんな短時間でアクセスの痕跡なんて消せないよ! キラさんじゃあるまいし!」

「……はぁ?」

 

 キラって、さっきラクス様と格納庫にいたフリーダムのパイロットよね?

 ……あの人ハッカーなの?

 

「キラさんはハッキングが趣味なんだって。だからプログラミングとか、すごく得意なの」

「……趣味がハッキング!?」

 

 意味がわからない。てかあの人、物腰柔らかそうなのにそんな大胆なことするんだ……。

 

「アスランさんも笑ってたよ。幼なじみだけど時々理解できないって」

 

 メイリンがその様子を思い出してか、くすりと笑う。そりゃあそうだ。

 しかしそう言うアスランも、モビルスーツの操縦は凄いけどあんなんだしねぇ。結構根暗な趣味だったりして。

 

「アスランさんの趣味は機械いじり。マイクロユニットとか作るの好きなんだって。ラクス様が連れてるハロも、アスランさんが作ったんだよ」

「……アスランがぁ!?」

「うん」

 

 あの馬鹿みたいに堅物な様子と、丸い球体をしたロボットが全く結びつかない。

 

「………どういうセンスしてるのかしら」

 

 さっきから驚きの連続で、大声ばかりあげてる。

 ……天才と変人って紙一重なのかしらねぇと、当人たちに失礼なことを遠い眼をしながら考えていると、不意におずおずとメイリンが話題を変えた。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃんは、その……いいの?」

「なにが?」

「アスランさんのこと」

 

 耳に馴染んだ名前に込められた意味に、一瞬なんて返せばいいのか考えてしまう。

 

 

「好きだったんでしょ?」

 

 

 上目遣いで、もっとも近しいライバルは窺うように見てきた。

 悪いことなどしてないのに、姉である私の反応が怖くて小さくなって聞いてくる。

 ……こういう所は変わってないんだから。

 

 

「……別にもういいの。私は憧れてただけのようなものだし」

 

 

 てゆうか、死んだと思ってたし。

 

 

「今はシンがいるし、ね」

 

 

 格納庫で別れた紅い瞳のアイツを思い出して、私はきっぱりと言い切った。

 

 

 シンとの関係は、互いの傷の舐め合いから始まった。

 シンは戦争で妹を亡くして、妹のように大好きだった女の子も亡くして、尊敬してたアスランも撃たなきゃならなくて。

 自分を襲う負の連鎖を、断ち切ることが出来なかった。

 そして、戦い続けることしか出来なかったシンに、妹と好きな人を撃たれた私、

 お互いどうすることも出来なくて、戦争の大きな流れに抗うことも出来なくて、欠けた穴を埋め合うように、私たちは距離を縮めていった。

 

 

 それまで、男としてシンを見たことはなかった。

 アカデミー時代からずっと、手のかかる生意気な弟。そんな目で見ていた。

 

 

 でも出撃前、私を力強く抱きしめる腕が、愛しくて。

 震えながら自分をかき抱くこの人を、離せない、と思った。

 

 

 ある意味、気持ちがそんな風に動いていったのは、必然だったんじゃないかって思う。

 

 

 アスランとメイリンが生きているとわかってからも、それは変わらなかった。

 今も私たちは同僚兼恋人として、ミネルバクルー公認で付き合っている。

 

 

「知ってた? シンって意外と料理上手なのよ」

「うっそ、へー意外! 良かったじゃん。お姉ちゃん料理全然できないもんね」

「出来ないんじゃないわよ、やらないの!」

「料理が苦手な人って、皆そう言うよねぇ」

「生意気〜」

 

 おでこをぴんと弾くと、ごめんごめんとメイリンは慌てた様子で笑った。

 

「アンタはどうなのよ、アスランのこと」

 

 仕返しのように尋ねると、メイリンは「…うーんとね」と膝で両手を遊ばせながら考えあぐねる。

 

 

…私もね。最初は憧れだけしかなかったよ」

 

 

 彼女は昔から惚れっぽいところがあるから、アスランへの気持ちも一時的なものだと、そう思っていた。

 ルナマリア自身も、初めは彼の経歴に対する物珍しさが勝っていたからだ。

 前大戦で活躍した伝説のエース。歌姫ラクス・クラインの婚約者。

 しかし持って生まれた積極性と同じMSパイロット同士という地位を生かして、彼と確実に距離を縮めるルナマリアとは対照的に、大人しく控えめなメイリンは彼と近付けぬままだった。

 軍の個人データを探ったり、遠目から見ていたり。

 時々ありったけの勇気を振り絞って、何でもないことを話しかける。それぐらいしか出来ていなかった。

 二人の接点は、出撃時のモニター越しぐらいだっただろう。

 

 

「アスランさん、いつも悲しそうな顔をしてて。どうしてだろうってずっと思ってて」

 

 

 “…敵って、誰だよ”

 “キラもアークエンジェルも…敵じゃないんだ!”

 

 

「その理由も知らないまま、二人で逃げ出して」

 

 

 “アークエンジェルを探す”

 “え? だってあの船は…

 “沈んじゃいない! きっとキラも!”

 

 

「シンに撃墜されて、大怪我して。ボロボロなのにそれでも出撃していって」

 

 

 “君も、俺はただ戦士でしかないと__そう言いたいのか?”

 “貴方は確かに戦士なのかもしれませんが__アスランでしょう?”

 

 

「あんなに沢山傷付いてるのに、必死で進もうとしてる姿が」

 

 

 どちらかの道を選べず、傷付きながらしか歩むことの出来ない。その優柔不断とも言える優しさが。

 英雄ではなく、彼も等身大の人間なのだという証のようで。

 

 

 

「不器用だなぁって、思って」

 

 

 

「私に出来ることなら、何かしてあげたいって思ったの」

 

 

 

 気が付けば、その背中を支えたいと願う自分がいた。

 

 

「……そう」

 

 長いメイリンの独白に、ルナマリアは小さく言葉を返した。

 納得したと微笑んでみせると、メイリンは照れ臭そうに笑った。

 

…何だかずいぶん話し込んじゃったわね。お腹空いてきちゃった」

「私もお腹ペコペコ。食堂に行こう! お姉ちゃん」

 

 ここのうどんおいしいんだよと言って、艦の構造を知らない私を先導する。

 少し見ないうちに、何だか凛々しくなった気がする横顔を見つめながら、不意に先を行く彼女に問いかけた。

 

「アスラン、オーブに戻るんでしょ?」

「うん、そうみたい。今はオーブの制服着てるし」

「オーブに戻ったらカガリ代表だっているじゃない。あんた勝てるの?」

 

 前の大戦からの付き合いじゃない。手強いわよ、と囁くと、メイリンは軽い足取りでステップを踏んで振り返った。

 

 

「頑張るもん!」

 

 

 笑顔でそう言い切ったメイリンの頭で、二つに結んだ髪が揺れた。

 

 

 その時のメイリンは、私が今まで面倒を見ていた頼りない妹じゃなくて。

 恋をして強くなった、一人の女性だった。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

これも結構数年前から暖めていた話。キララク話の「彼と彼女の関係」の後日談ということになっています。

アスランに対するメイリンの思いや、この姉妹の関係は、劇中で触れられることが意外に少なかったので、漫画や小説版を参考にしながら自分なりに解釈して書きました。

色んな方が仰っていますが、アスランの魅力は良くも悪くも不器用な所だなと。女性からしたらそんな所を支えたいと思わせるのかなと、書きながらそんなことを思いました。

…いや私も女性ですけどね(汗)アスランは恋人より友達かなぁと思います。

 

かなりマイナーな話かと思いますが、恋する少女達の会話を少しでも楽しんで頂ければ本望です。

最後まで御拝読下さり、有り難うございました!

 

2010.9.26