ふたりの肩

 

 

 

 最近「キラ」が何か作っている。

 僕の翼に似た形のパーツを使ってかちゃかちゃ、ごそごそしているなぁと思っていたら、ある日「できた!」と子供の頃みたいに嬉しそうな声を上げたので、僕は肩の上で首を傾げた。

 手の中のそれを起こすと、キラは大事そうに抱えて僕に見せてみせた。

 

 初めて見た時、僕だ!と思った。

 でも僕と体の色が違った。けど目の色はおんなじだ。

 体のほとんどを占めるのは、僕が飛ぶのが好きな空と海の色。

 この子は「ブルー」だよ、とキラが僕に言った。

 ブルーと呼ばれたその子はメタリックな翼をはためかせてブルー、ブルーと鳴いた。鳴き声、それでいいの?

 ブルーは今日から僕のパートナーになるらしい。仲良くするんだよ、と微笑んだキラに言われて、僕は元気よく「トリィ!」と返事をした。

 

 

 ブルーは普段、「ラクス」と一緒にいる。

 ピンクの桜の花びらと同じ色の髪をした、ふわふわしたかわいい女の子だ。

 やさしくて、料理が上手で、歌も上手い。キラの「とても大事な子」らしい。

 おたがいに忙しくて、なかなか近くにいられないのもあるから、その子のためにブルーを作ることにしたんだって。

 

 僕がキラのそばにいるみたいに、ブルーはいつもラクスのそばにいる。

 二人がお仕事の時は、邪魔しないように部屋の外にいたり、近くの空に散歩したりして帰りを待つ。

 偉いおじさんたちは僕らがキラとラクスの近くにいると難しそうな顔をするから、僕らは二人が大きな建物の中にいる間、外で待っていることが多い。

 頭が固い人たちは、空へのロマンに理解がないから困っちゃうよね。

 

 

 かつては「おぉばぁてくのろじぃ」と呼ばれた僕だけど、ブルーはもっと頭が良い。

 僕はアスランに作られてだいぶ後になってから、キラがどこにいても帰ることができるようになったけど(キラが僕をポケットに入れたまま洗濯に出しちゃったんだ。濡れたCPUを取り替えてもらって、お陰で少し利口になった)、ブルーは生まれた時からラクスの居場所がわかるみたい。

 それに、僕の居場所も。庭のどこで遊んでいても、ハロたちの山に埋もれていても、すぐに僕のところへ飛んで来るんだ。

 すごいなぁと思っていたら、キラが僕のCPUも少し賢くしてくれた。そして僕らが寂しくならないように、いつもどこにいるかわかるようにしてくれた。

 これで大きな船で隠れんぼしても、ブルーを見つけることができるぞ。

 

 

 久しぶりに遠くまで出かけた。

 ラクスが作ったたくさんのお弁当とハロと一緒に、キラのバイクで僕らはプラントの郊外へ出かけた。

 久しぶりの広い空は気持ちが良くて、ブルーと一緒に目一杯羽を動かした。

 花びらが舞う中、ハロがぴょんぴょん跳ねている。お弁当を広げるキラとラクスは、なんだか難しい顔をしていた。

 最近のキラは、いつもしんどそうな顔をしている。それを見て、ラクスもなんだか悲しそうな顔をしていることが多いと、ブルーは言っていた。

 僕もブルーも、ハロたちみたいにお喋りはできないけど、みんなの言うことは分かるし、おたがいの言葉はわかるんだ。

 

 

 ブルーが帰ってこない。船の中のどこにもいない。

 傷だらけで帰ってきたキラは、何度もラクスの名前を呼んでいる。

 二人とも遠くに行っちゃったの?

 うつむく顔を覗き込むと、キラは僕をいつかの時みたいに壊れそうな力で握り締めた。

 でも、キラの瞳から雨は降らなかった。

 ……辛いのに、泣かないの?

 

 

 キラが帰ってきた少し後に、アスランと会った。

 久しぶりに会ったアスランは僕を見て緑の目を細めると、そっと指を差し出した。

 人差し指を足場に降りると、僕のくちばしを撫でながら「久しぶりに見たな、キラの泣き顔」と呟いた。

 

 

 キラ、泣けたの? アスランの手も、濡れちゃった?

 

 

「お前も寂しいよな、ブルーと離れて」とアスランは続けた。

 

 

 寂しい?

 

 

「早く会いたいだろ?」

 

 

 会いたいと思うのは、寂しいってこと?

 

 

「キラとラクスを頼むな」最後に頭をひと撫ですると、アスランは言った。

 

 

 

 ねぇブルー、早く会いたいよ。

 

 

 ひとりで飛ぶ空より、ふたりの方がずっと楽しい。

 ひとりでキラとラクスを待つより、ふたりなら寂しくない。

 

 

 

 

 夜よりもっと深い色をした宇宙。そこに浮かぶ月の女神の名前を模した大きな砦。

 要塞と呼ばれる、宇宙船をもっと大きくしたみたいな建物の中を飛ぶ。

 僕を見上げるキラの先を、まっすぐに飛んで案内する。

 こっちだよ。ブルーはこっちにいる。僕にはちゃんとわかる!

 ハロたちが「さいみんガス」を撒いてくれたおかげで、たくさんの光線が飛び交う外に比べてとても静かだ。

 さすがアスランが作った僕の兄弟。基地中にいる怖い人たちは皆夢の中だ。

 

 

 ドアの向こうに、ブルーがいる。キラの仲間の人たちが開けようとすると、奥からバシュンと大きな音がした。

 ブルー、大丈夫かな。ラクスも大丈夫かな。

 扉が開いた先には、ラクスと青い髪の女の人がいた。

 ブルーと同じ色だ。でもブルーの姿が見えない。

 すると、ラクスの結ったお花みたいな髪の中から、ひょこっと小さな頭が顔を出した。

 その拍子にラクスがキラのところへ駆け出した。

 ブルー! ブルー!!

 小さな部屋の中、二人が抱きしめ合う頭上で、僕らも再会を果たした。

 

 

 地球の空は、プラントよりもずっと広い。色彩のグラデーションも鮮やかだ。

 潮騒が絶え間なく聞こえるその上空を、ブルーと一緒にどこまでも羽ばたいていく。

 波打ち際で、キラとラクスは長い話をしていた。

 手を取って、触れ合って、時々僕らみたいに唇をついばみ合ってる。

 きっとそれは、ずっとそばにいるための儀式だ。

 

 

 もう少し、この本物の空を飛んでいよう。

 そしてふたりで、僕たちの肩へ降りよう。

 

 

 

 

 END