生まれた時からの絆

 

 

 

「キラ!」

 

 フリーダムの微調整を終え、コクピットから降りたのとほぼ同時に響いた声に、キラは首を動かす。

 

「キラ!」

 

 何度か名前を呼びながら、たった二台のモビルスーツの並んだ格納庫へカガリが駆けてくる。

 「どうしたの?」とキラは問うが、傍まで来た彼女は「ああ、えっと…」と言い淀んだ。言葉が見つかる前にキラの姿を見つけ、とりあえず声をかけたらしい。

 国の代表となりしっかりとした落ち着きが身に付いてきたものの、そういったところは変わってなくて、キラの口元には思わず微笑が零れてしまう。

 

「その……すまなかった!!」

「え?」

 

 ところが、しばらく黙っていたカガリは何を思ったか、勢いよく彼に頭を下げた。彼女のつむじを見ることになったキラは、呆気にとられたまま立ち尽くす。すると

 

「……あの時、バカとか色々言ったから」

 

 と囁くような声が聞こえて、キラは納得した。

 彼女が指しているのは、結婚式場からフリーダムで花嫁姿の彼女をかっさらったことだろう。あの騒動は自分にも非があることなので、苦笑しつつキラは返す。

 

「気にしないで。カガリの気持ちも、よくわかってるつもりだから」

「うん……でもごめん。それと……ありがとう。私を連れ出してくれて。考えてみたら、礼も言ってなかったと思ってな」

 

 まっすぐな彼女らしく、正面からキラの顔を見つめ話していたカガリだったが、そこでふと目を伏せた。襟足の長いショートカットのブロンドが頼りなく揺れた。

 

 

「大西洋連邦との条約は、オーブのためを思って選んだことだけれど。……ユウナとの結婚は、アスランの気持ちを裏切ることだったから……」

 

 

 右手で左手の指をいじりながら、カガリは言葉を途切らせる。薬指にある指輪が光った。アスランに贈られたという、赤い石のそれ。

 かつて戦争中にキラを救ってくれた、彼女の開けっ広げな明るさはなりを潜めていて。キラは痛ましいような思いでカガリを見る。

 祖国とそこに生きる人々のため、全てを捨てようとしたカガリ。不器用な彼が精一杯の気持ちを込めて選んだであろう指輪を、手紙の中に隠した彼女の苦悩をキラは改めて見てとった。

 思い出されたのは、夕日に照らされたエレカーの中で、絞り出すように心情を吐露したアスランの姿。

 

「……ねえ、カガリ」

 

 キラはあの頃より低い位置にある、カガリの肩に両手を置いた。

 

 

「幸せになることを忘れないで」

 

 

 琥珀色の彼女の瞳を覗き込み、キラは言った。

 

 

「カガリはオーブの首長だから、国の立場とか国民の人たちのこととか、考えなくちゃいけないことが多くて難しいと思うけど。幸せな人にしか、幸せは作れないんだ」

 

 

 言い募るキラの眼差しを、カガリは見つめ返す。

 

 

「自分が幸せになることを、忘れないで」

 

 

 彼女の立場を十分に理解した上で、それでもキラはその言葉を伝えた。一人の人間としての幸せを、見失わないで欲しかった。

 

「キラ…」

 

 目を見張っていたカガリは、どこか呆然とした様子で呟く。

 泣きそうに瞳が歪んだかと思うと、キラの首に彼女の腕が回る。

 頷くような、言葉を噛み締めるような仕草だった。

 

「ああ。……ありがとう」

 

 少しくぐもった声と首に回された腕から、彼女の気持ちが伝わってくる。腕の力が、ぎゅっと強くなった気がした。

 

 

「……私とお前たちの道が、どれだけ重なるかはわからない。でも私が最善だと思うことを、私自身が選びたいと思う道をこれからは行く。皆と、自分のために」

 

 

 顔を離し、目を逸らさずに決意を語ったカガリに、キラは大きく首肯いた。

 それにカガリも頷く。そしてちょっと悪戯っぽく笑ってから、彼女はキラの胸を小突いた。

 

 

「……でもそれは、お前だって同じだからな」

「え?」

「お前は強いし色んなことできるけど、お前だって私と同じ一人の人間なんだ」

 

 

 不意をつかれた顔をしたキラに、カガリは昔と同じ、どこか危なっかしい彼を見守る、暖かみのある表情で笑った。

 

 

「昔みたいに、先急ぐなよ?」

「………大丈夫。今は皆がいるし」

 

 

 傍らにいる大切な人たちの顔を思い浮かべ、キラは微笑み

 

「…カガリもね」

 

 と添えた。太陽のような笑顔を返してくる彼女に、キラもまた笑みを深めた。

 笑い合いながら二人は艦の通路を歩き出す。まるで子どものように、どちらからともなく手を繋ぎ合った。触れた体温がくすぐったくて、お互いにまた笑う。

 

 

 

 こうしてまた、きみは手を引いてくれる。

 出逢った時から変わらない、その優しさに何度も救われた。

 今までも、ずっと。これからも、きっと。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

思い付いたのは例のごとく、六年くらい前です。

これを書くのが滞ってたのは、実は理由がありまして…

キラの「幸せになることを…」という台詞が、『裏切りは僕の名前を知っている』という作品の、アニメ版最終話の台詞と被ってしまったんです。

本当に偶然なんですけど…しかも奇しくも保志さんが演じられていたキャラの台詞で、アニメで聞いた時は思わず「え…」と固まってしまいました。

短いものとはいえ、この話を思い付いた時からあった、自分の中で大切な台詞だったので…有名な作品と被ってしまったことで、下手に手を出せなくなってしまったんです。

しかしもうアニメ放送から何年も経ち、自分の中でも折り合いが付いたので、この度形にしてみました。

 

SEED内での人間関係はどれも好きです。キララクなどCPも勿論ですが、キラとカガリの双子の関係も好きです。

無印のコーディネーターとナチュラルの違いを話すシーンとか、オーブで再会する所とか良いですよね。

ある書籍によると、無印のカガリはキラに恋愛感情があったという解釈が合ったんですけど…私の中では恋というより、二人はやはり親愛かなと思ってます。

 

短い話ですが、二人のやりとりから少しでも何か感じて頂けたら幸いです。

ご拝読下さり、有り難うございました!

 

2014.9.30