道中

 

 

 

 

 

「ありがとね、ジョーカー」

 

 天堂地獄を倒しに行く道すがら、そっと言った薫に、ジョーカーはキャップを被った顔を向ける。

 

「何が?」

「紅麗のこと、生きてるって言ってくれて」

 

 ほかの面々より歩幅の狭い彼は、やや小走りでいつも歩いている。そんな彼の足取りが少し遅くなったのを感じて、自身も足の動きを緩めながら隣の位置をキープする。

 

「……あの人がそう簡単に死ぬタマやないやろ」

「そうだよね」

 

 同意には、懇願に似た響きが滲み出ていた。ちらりとジョーカーが盗み見た横顔は、小さな笑顔だ。

 

「オレも信じてるんだ、紅麗が死んでるわけない。きっとどこかで生きてるって」

 

 眉を曲げながらも笑ってみせる薫を見つめ、ジョーカーはかすかに胸が痛むような気持ちを覚えた。

 

 

 ……そういえば彼は、紅麗と兄弟として育てられたのだと言っていた。

 ジョーカーの気まぐれな行動を基本的に黙認している紅麗だが、裏武闘殺陣の際、唯一と言ってもいい命令をした。「小金井を斬れ」と。

 それは弟のように大事にしていた薫を、試合に出してみすみす死なせないためだった。

 

(ま、自分が勝手に最澄さんを斬ってもーたけど)

 

 最澄が死ぬかもしれないという状況で、自分と戦っている時は一つも見せなかった涙を。

 彼は紅麗と対峙した時、惜しげもなく、ぼろぼろと零していた。

 それほど慕っていたのだと。それほどの絆が二人の間にあったのだと傍目にもわかる反応だった。

 今の彼には騒がしい火影の仲間がいるが、心の奥底では、きっと兄と慕う彼とも一緒にいたいはずなのだ。

 

 

 ……十四歳、やったっけ?

 烈火たちと遜色ない戦いぶりを見せる彼だが、本来ならまだ守られるべき子供であるのに。

 彼は、やっぱり強い。

 

 

「………ジョーカー?」

「いや………」

 

 

 不意に子供らしいあどけない顔つきで見上げてきた彼に、ジョーカーは言葉を探しあぐねる。

 

「……自分こそ、ありがとな」

「ん?」

「自分のこと、信じるってゆーてくれて。あん時、君がああ言ってくれなかったら、烈火さんたちに信用してもらえんで、無駄足踏むとこやったわ。……紅麗さんの力になるために、自分も向かわんといけないからな」

 

 最後のくだりは感情が入って、自分でも少し熱い調子になってしまった。恥ずかしいような気持ちを隠すように、片手でキャップを下に向ける。

 しばらくそんなジョーカーを見ていた薫だったが、やがてにぱっと笑った。裏のない、無邪気さを感じさせる笑顔だった。

 

「んじゃ、おあいこだね!」

「おあいこ?」

「うん!」

 

 試合で戦った時と同じ、後腐れのない、清々しいほどの笑顔。

 それにつられるように、ジョーカーもまた口の端を上げる。ほかのメンバーはどうかわからないが、背丈の低い彼にはきっと笑顔が見えているだろう。

 

 

「せやな! あいこや」

「そう!」

「あはははは!!!」

「にゃははは!!!」

 

 

「あいつら仲いいな」

「敵同士ってこと忘れてんじゃね?」

 

 

 

 

 

 

ザ・ヤマなし、オチなし作品です。

ずいぶん前に大筋だけ書いたままお蔵入りしてたssを、先日たまたまツイッターで烈火の話題で盛り上がったことから勢いで完成させました。

烈火ではカオリンが好きです。人懐こい顔と、麗で戦士として鍛え上げたれた顔とのギャップにクラクラきます。

アルヴィスに似てる、というのもありますが(いや、アルヴィスがそもそも薫くんに似てるのか)、やっぱりその二面性が好きです。

 

タイトルは、当時の原作「別れ路」などの表現を意識して。そのまますぎますが、シンプルにしました。

彼のキャラクターはギンタの性格のベースに通じるものがあり、また恐らくそれを意識して中の人が同じであることを思うと、かなり安西先生の中で大きな存在になったんだろうなと思います。

 

では、短いですが、ご拝読くださりありがとうございました。

 

 

 

初出:2017年頃 privatter