Afterglow

 

 

 

 

「クラピカ。あなたもそろそろ、スーツを揃えた方がいいんじゃない?」

 

 ヨークシンシティから戻って数週間。ネオンの占いの能力がなぜか発動しなくなり、茫然自失となってしまったライト・ノストラードの代わりにクラピカが仕事をこなすようになってから少し経った日のこと。

 冒頭の提案を、センリツがした。

 

「今後は公の場に出ることも多くなるし。あなたの衣装、私は好きだけれど。この世界ではちょっと悪目立ちしかねないわ」

 

 センリツの指摘はもっともである。クラピカが裏社会に生きることを選択し続ける限り、いずれ避けられないことだ。

 クラピカは自身の格好を見下ろす。クルタの民族服。もう、世界で自分以外は知らない、一族の文様。

 この服を纏う必要のないことに、クラピカの胸が小さく疼いた。

 覚えたのは、かなしいとも、さびしいとも言えない感情。

 その痛みに気づかない振りをして、クラピカは彼女に微笑みかけた。

 

「そうだな……明日買いに行こう」

 

 

 

 翌日の夜。街での仕事を終えた二人は、帰り道に足を伸ばしてスーツ服の専門店に入る。

 

「お客様でしたら、こういった青みがかった色もお似合いかと思いますが……」

「いや……黒で」

 

 センリツに手伝ってもらいながら、クラピカは己の仕事に最も適したスーツを選んだ。

 袖口はできるだけ鎖を隠すために長く。

 やるからには、妥協をせずに。

 いっそ頑なほど、クラピカが淡々と店員と受け答えをするのを、悲しげな色合いの瞳で見ていたセンリツだったが、不意に「あ、ほら」と言った。

 

「ネクタイなら、多少自由が利くわよ。どれにする?」

 

 

 

 そうして選んだのは、上下セットの黒いスーツが数着と、ネクタイが数本。

 ノストラード家の屋敷で、クラピカは着慣れたクルタの民族衣装をハンガーにかけ、クローゼットにしまう。

 

(まさかアイツと同じ格好をするようになるとはな)

 

 頭に思い描くのは、勝負服のつもりなのか。過酷なハンター試験にそれを着てきた彼だ。

 もっとも、動きにくいことは彼も自覚していたようで、一次試験の後半には上半身裸になっていたが。

 スーツというと、いつの間にか彼を思い出すのが当たり前になっていた。

 店内でも試着していたが、クラピカは改めて袖を通してみる。真新しいシャツにはノリが効いている。

 

 クローゼットの内側の鏡に映してみる。サイズはピッタリであるが、違和感の方が強い。

 これがいわゆる「着られている感」というものかもしれない。

 さりげなく着こなしていた彼とは大違いだ。

 クラピカはネクタイを袋から出し、試しに首に付けてみる。布の端を持ち上げ、首にかけて、襟の下に通す。……思っていたより、上手くいかない。

 ムキになって輪っかを作ったり、後ろに流してみたりするがやはりサマにならない。

 

 

 クラピカの脳裏に、数ヶ月前の情景が思い出された。

 流れるような手つき。布の滑る音。

 背の高い彼が、かがんで正面に鏡に合わせていた姿。

 振り返った顔。

 

 

『この柄、どうだ? 似合う?』

『知らん』

『つれねぇなぁ。ん、まー、これでいいか』

『……ネクタイ、持ちすぎではないか?』

『お前、シャツ替えたらネクタイもそれに合わせるのは基本だろ〜?』

『そ、そうなのか?』

『そうなの!』

『なるほど……それはともかく、医療品より先にネクタイが出てくる君のカバンはどうかと思うが』

『う……こ、こいつはオレの奥の手だからな。簡単に見せるわけにはいかねぇんだ』

『ふむ。一応筋は通っているな』

『一応とか言うなよ』

 

 

 

 ネクタイの結び方、一つから始まり。

 この世界に来てから知るのは、初めてのことばかりなのに。事あるごとに彼を思い出している。

 その度に、世界に置いてけぼりにされていたようだった感情が、そうではないのだと言われているようで。

 俯きがちの視線は、前を向く。

 

 

「……奴みたいに、上手くはいかないものだな」

 

 

 初めてのスーツ姿で、ネクタイを手にしたクラピカの表情は、確かにほぐれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オンリーで発行した無配ペーパーに載せたssです。

当初ペーパーを作るつもりはなかったのに、前日の晩ふと思い切って一晩で書いたという…無茶をした感はあリます。

「Afterglow」の意味は「残像」です。いろんな表現がありますが、glowに「輝き」「光」などの意味もあることからこれにしました。

 

 

初出:2017.9.18