『……いい加減、出てやったらどうだ』

 

 光るだけの携帯を見るクラピカに、部下は言った。

 ちらりとリンセンに寄越した視線に、感情の揺れは見られない。その本心は奥にあるのだ。

 

『無視もそこまで徹底されていると、さすがに相手がかわいそうだ』

『……今更相手にするなど、面倒なだけだ』

『じゃあ何故、奴の電話を拒否しない?』

 

 本当に面倒ならば、電話番号を変えるなり、それこそ着信拒否にでもしてしまえばいいのだ。

 機種変更は何度もしているから、その機会は何度もあったはずだ。それなのに、わざわざ奴の番号を残している。

 

『自分からは切り離せないくせに、拒絶はするんだな』

 

 相手が離れないという確信でもあるのか?

 

 少し挑発的に言ったリンセンに、クラピカはとっさに掴みかかった。

 襟首をつかみ、乱暴に手前に引き寄せる。

 そして緋の目にならないまでも、凄んでみせた。

 

『……お前に何が分かる』

 

 しかしリンセンは動じず、冷静な様子で聞き返した。

 

『……自覚してないのか』

 

 そのあまりに静かな様子に、クラピカの表情が逆に揺らされた。

 

『……何を、』

 

 動揺に、わずかだが声が震えた。

 

『だとしたら重症だな』

 

 リンセンは軽く手で払い、クラピカの腕から逃れる。

 

 

 たとえば、電話が鳴る時、一瞬だけ眉が柔らかい形になることとか。

 特別な香りを嗅いだ時、足をわずかに止めることとか。

 

 そこまで態度に出すほど、心を許しているのに。

 

 

 クラピカは、努めて平静に言う。

 

『……あまり私のプライベートに干渉するな』

 

 だがその裏にある感情は、隠せていなかった。

 

 

 

 

「……なんで他人にわかることが、あいつらにはわからないんだろうな」

『仕方ないじゃない。距離が近すぎると、逆に見えないこともあるわ』

 

 ぼやくリンセンに、電話の向こうのセンリツは穏やかに言う。電話越しに彼女が微笑んでいるのが目に見えるようだ。

 二人に対し、リンセンの中には呆れると同時に、かねてから感じていた、悔しいような思いがある。

 クラピカと出会って、約二年。年月自体は、レオリオとそう変わらない。

 だがそれでも、二人の距離には到底及ばない。

 

『クラピカには、あの人じゃなきゃダメなのよ。きっと』

 

 全てを見透かしたようなセンリツの言葉に、リンセンはそっと苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 ドアを壊す勢いで、レオリオは部屋に入った。

 驚くセンリツだったが、心音から全てを察したらしい。

 理由は聞かず「お願いね」とだけ小さく言い置いて、席を外してくれた。

 激しい息を整え、レオリオは未だ眠るクラピカに近づく。ベッドの縁に腰を下ろす。

 ゆっくりと、ただ呼吸だけをくり返しているクラピカに、

 己の唇を、レオリオは押し当てた。