ジングル・ベルが鳴るまで

 

 

 くるくると渦巻きをまく植物がびっしりと生えた、奥深い森。

 数日前から降り出した雪は、しんしんと音もなく積もり森に静寂を与えていました。

その中を、木枯しのようにぴゅうっと駆け抜ける者が一人いました。

 まるで小動物のような軽い身のこなし。短く切った太陽の色をした髪を肩で揺らしながら、少年が一人、たんっ、たんと飛び跳ねるようにして移動しています。

 背格好はまだ小さく、先日母親に編んでもらったマフラーを首にしっかりと巻いています。

 やがて少年は、森の中の洞窟へとたどり着きました。

 それなりに長い距離を走った彼でしたが、息もつかずに勢いよく、隠れ家の中へと踏み込みました。

 

「なぁパイロ! 東の国だと今日はクリスマスらしいぞ」

「くりすます?」

 

 きょとんと分厚い本を片手に振り向いたのは、金髪の少年と同い年くらいの少年です。

 髪はやさしげな栗色。興奮に目が真っ赤になった訪問者を見て、少年はぱちくりと瞬きをします。

 

「知らないのか? 異教徒のお祝いの日だよ。神様が生まれた日で、この日は良い子にしていたらプレゼントがもらえるんだって」

 

 おそらく勢いのあまり、だいぶ大事なところが端折られている説明のようでしたが、パイロと呼ばれた少年もクリスマスというものが気になりました。

 親友に椅子を勧めながら「とりあえず座りなよ、クラピカ」と言います。クラピカという名の少年は、素直に言われるまま、隠れ家にもう一つあった木の椅子に座ります。

 隠れ家の端には、寒くないように火が焚かれていました。

 狭い空間で火が燃え移らないよう、灰カスを敷き詰め、その上に古くなった煉瓦を積んで、豊かな森からもらった薪をくべています。子供なりに知恵を凝らした暖房は、二人の自信作です。

 その「暖炉」に小さなもみじのような手をかざしながら、クラピカは話します。

 自宅でこっそりと読んだ父親の本に書かれていた異教徒のお祭り、クリスマスのことを。

 

 遠い遠い東の国では、今日、12月24日はクリスマス・イヴであり、イエス・キリストという神様が生まれた日らしいのです。

 この日は神様の誕生日(厳密には誕生日ではないそうですが、ここでは説明を省きましょう)をお祝いし、家族と共にすごし、モミの木の下にプレゼントを置き合うのだと、クラピカは説明しました。

 

「あ、でも、良い子にしていたら、サンタクロースがプレゼントをくれるんだって」

「さんたくろーす?」

 

 またまた初めて聞く言葉に、パイロが首を傾げます。

 

「ひげもじゃのおじさん……おじいさんみたいだよ。ジイサマみたいな感じかな。あ、でも本で見た感じはジイサマより優しそうだった!」

 

 そんなこと言ってると、またお説教されちゃうよ、とパイロは苦笑しました。

 バカもの、クソじじいと呼び合うクラピカとジイサマ……クルタの長老の二人ですが、自分たちがジイサマにとても可愛がられていることを、クラピカもパイロももちろん知っています。

 冬に入る前に、体に良いからと森で集めたたくさんの胡桃を、二人で渡したりもしました。

 それをジイサマが大事に毎日一粒ずつ食べていることも、こっそりと窓から覗いて知っています。

 そんなジイサマに似ているという白い髭を蓄えたサンタクロースは、よくわからないけれどクリスマスにプレゼントを持ってきてくれるそうです。

 

「なんでサンタクロースがプレゼントを持ってくるの? そのイエスって神様の使いか何かなの?」

「オレもよくわからない。でもソリに乗ってくるんだって」

 

 と、クラピカはまた別のことを話しました。どうやら家族にこっそり読んでることがバレないよう、急いで斜め読みしたのか、どうも情報は飛び飛びでバラバラのようです。

 まぁ、異教徒の神様もきっとたくさんいるだろうし、色んな土地の話がまざったんだろうと、パイロは自分の頭のなかで結論づけました。

 ふだんであったら、その他所の土地の神様についてあーだこーだと二人で考えを話し合うところでしたが、クラピカはサンタクロースの正体よりも、プレゼントがもらえることに興味が向いているようです。

 

「あーあ、クルタにもクリスマスがあったらいいのに。そしたら誕生日以外にもプレゼントがもらえるのになぁ」

「でもこの森にはモミの木はないから、サンタクロースが来てもプレゼントが置けないんじゃないかなぁ」

 

 もっともらしく言ったパイロに、クラピカがくるっと振り向きます。

 

「もー、パイロ。このサンタってのは、大人だよ。親が子供のプレゼントをさりげなく聞き出して、夜の間にこっそりと置いてるんだよ、きっと」

 

 てっきりサンタクロースの存在に思いを馳せているのかと思いきや、現実的なことを言い出した親友にパイロはつぶやきました。

 

「……クラピカって、夢みがちのようで意外とシビアだよね」

「そこは想像すればわかるだろ。大体ジイサマぐらいのじーさんが、子供全員のプレゼント配りきれるわけないよ。クルタの森ですら回りきれるか怪しいよ」

「そこはほら、ソリがあるから平気なんじゃない?」

「ソリを引くトナカイが、いつも言うことを聞くとは限らないしさぁ」

 かと思えば、サンタクロースがいることを前提に真面目に考えているものだから、パイロは思わずけらけらと笑いました。

 

 なんで笑うんだよと唇を尖らせていたクラピカでしたが、しだいに自分もおかしくなって笑い出しました。薪がパチパチと爆ぜるあたたかい隠れ家で、二人はひとしきり笑いました。

 

 

「じゃあさ、クラピカはサンタさんに何をお願いしたいの?」

「え? うーん、そうだな〜」

 

 パイロの質問に、クラピカは腕組みをして考え込みます。

 

「サンタってのは、つまり父さんと母さんだろ……? 携帯……なんて高い物は頼めないし、新しいマフラーはこの前くれたし」

「クラピカのそれ、あったかそうだよね」

 

 パイロが足をぶらぶらと揺らしながら、クラピカの首元を指差します。出かける前に母にぐるぐるに巻かれたマフラーは、裁縫が得意なクラピカの母の手作りです。

 

「うん! ……でもこうやって考えてみると、本当に欲しいものはなかなか頼みづらいな。外の本なんて絶対無理だろうし」

 

 今ですらこうして、こっそりと森の奥で家から持ち出した本を隠れて読んでいるのです。

 もしそんなおねだりをしてしまったら、まだ外の世界に興味を持っているのか!と、以前ジイサマに注意された際に言われたように、クラピカだけでなく、クラピカの父と母も処罰を受けてしまうでしょう。

 

「ぼくも、新しい靴はこないだもらったしなぁ」

 

 パイロの履く真新しい冬用の靴は、目の悪い彼のために両親が森の外から買ってきてくれた良い品です。

 靴底がすり減りにくく、生地も分厚いので、多少転んだところで平気だ、と嬉しそうにしていたのをクラピカは思い出しました。

 

「……こうして考えてみると、大人はさ、なんだかんだ僕らの欲しい物を用意してくれてるんだね」

「……うん。そうだね」

 

 父親たちが大事にしている本棚から、たびたび本が消えてはまた戻っていること。

 クラピカとパイロが密かに、一族で禁じられている外の本を読んでいること。その行為が大人にバレていないはずがないのです。

 それをわかっていて、苦言を呈しつつも黙認してくれること。そこには両親たちの、クラピカとパイロへのたしかな愛情があるのです。

 

「もし本当にサンタクロースがいるなら、普通じゃなかなか手に入らないものをお願いしたいなぁ」

「たとえば?」

「たとえば……」

 

 そこで、クラピカは口をつぐみました。

 

 

 パイロの目を、治してください。そんな願いは、口が裂けても言えません。

 クラピカを庇ったせいで、怪我をしたパイロ。その傷が元で、どんどん視力が落ちている彼。

 その時の事故のことを忘れているパイロに、そんなクラピカの願いは明かすことはできません。

 

「……まったく見たことない料理とか、生き物とか!」

 

 おどけたように肩を揺らして、クラピカは代わりに、別の願いごとを口にします。

 嘘ではないけれど、本当ではない願いごと。

 

「いいね。ぼくも見たいなぁ」

 

 パイロはのんびりと同意しました。その声に、切ない響きはありません。

 けれど、最近は本も顔を近づけないと読めなくなってきている彼を思い返し、クラピカはきゅっと唇を噛みしめます。

 

 

「……見せてやるよ」

「え?」

 

 

 外に降り積る雪に吸い込まれそうなほど、とても小さな声で。クラピカは言いました。

 

 

「パイロにぜったい、見せてやる。見たことない景色も、生き物も」

 

 

「いつかきっと、一緒に外に出よう。そして父さんと母さんの欲しいものも、用意してあげようぜ」

 

 

 パイロは陽の光を見るような表情で、クラピカを見つめました。

 その眼差しを受けて、クラピカは笑顔で森中に響き渡るように、自分のねがいごとを高らかに口にしました。

 

 

「オレが皆のサンタクロースになるんだ!」

 

 

 

 

 

 サンタさん サンタさん

 

 

 いい子にしていたよ プレゼントをちょうだい

 

 

 

 

 サンタさん サンタさん

 

 

 

 どうして オレのところには来てくれないの

 

 

 

 オレが悪い子だからかな

 

 

 

 

 

 サンタさん プレゼントなんていいから

 

 

 

 

 

 会いたいよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある街角。綿菓子のような雪がチラチラと空から降りてきて、ケーキの上を飾るように地面を白く染め上げていきます。

 住宅地にある小さな教会は、たくさんのクリスマスの飾りで彩られていました。

 礼拝堂の真ん中には、立派なクリスマスツリーも飾られています。

 

「牧師さま、牧師さま!」

 

 母親に着せてもらったポンチョコートに身を包んだ少女が、牧師様の大きな背中へと飛び付きます。

 みんなに優しい牧師様はいつものように笑顔で、しかし柔らかく少女をたしなめます。

 

「こらこら、お客様の前だよ」

「え?」

 

 少女が顔を上げると、牧師様の傍には、黒い服を着た人が立っていました。

 

「ご、ごめんなさい……」

「いや、気にすることはない」

 

 男の人でしょうか、それとも女の人でしょうか。整った顔立ちのその人は、声も青年にしては高めで、けれど女の人と言い切るには低いものです。

 黒い服のその人は、牧師様の袖に隠れておずおずと見上げる少女に、そっと笑いかけました。

 ツリーの天辺に飾るお星様のように、キラキラした金色の髪と、朝日に照らされた湖のような碧い瞳。まるで、教会の天井に描かれたステンドグラスで光っているような。

 

「……天使さまみたい」

 

 壁画の人物みたいな美しさを間近で見て、少女は思わず呟きました。

 その言葉が聞こえたのかは定かではありませんが、彼(ということにしましょう)は少女を見つめながら笑みを深めました。

 真正面からその綺麗な顔を見た少女は、自分のほっぺたがりんごみたいに、ぽぉっと真っ赤に染まるのがわかりました。

 ふと、教会の外から自分の名前が呼ばれるのが聞こえました。友達が探しにきたのでしょう。牧師様も促します。

 

「ほら、呼んでいるよ。行っておいで」

「はぁい」

 

 もう少しだけこのきれいな人を見ていたかったけれど、仕方ありません。

 これがうしろがみを引かれるってことかな、なんて大人びたことを思いながら、素直に頷いた少女は外へと駆け出ました。

 

 

 女の子を見送った牧師さんは、改めて目の前の青年を見つめました。

 少女のような優しげな面立ちの中に、涼やかな視線を携えており、一見氷のように冷たい印象を持った青年。

 しかし先ほどの子供の前では、年相応の顔を見せていたその人。

 本質的には善い人なのだろうと、長年多くの人と話してきた経験から、牧師さんは感じました。

 

「このような小さな教会に、たくさんの寄付をいただけて……本当にありがたい限りです。おかげで今年のクリスマスは、いつもより良いものを子供達に贈ることができそうです」

「子供たちに喜んでいただけるなら、それは何よりです」

 

 牧師さんは、少し躊躇いながら口を開きました。

 

「……正直に申し上げますと、最初はなにか他意があるのかと思っていました」

 

 急に前の人が辞めてしまったと言うことで、別の街から呼ばれた牧師さんは、数ヶ月前から教会に送られてきていた多額のお金の出どころを不思議に思っていました。

 送り主はマフィア、いわゆる黒い仕事を行う人たちです。

 神を信じるのに職業の貴賎は関係ありません。けれども世の中は何の見返りもなく、良いことをする人ばかりではないということも、神様を信じつつも牧師さんは十分に知っておりました。

 組の設立時から続いている習わしであるならまだしも、最近になって突然始まったそのマフィアンファミリーからのとてもたくさんの寄付に、牧師さんは警戒していたのです。

 もしかしたら、自分の前の牧師さんが辞める理由とも関わっているのではないかと。そんなことも考えていたのです。

 しかしクリスマスの今日、初めて教会へ挨拶にやってきた青年は、確かにマフィアという仕事の装いである黒いスーツを身に付けていましたが、纏う雰囲気はどこかナイフのような鋭さもありながらも清廉潔白。

 少ないやりとりからも、どうしてこの仕事をしているのかと不思議になるほど。真面目で、誠実な性格が見えたのです。

 すると青年は、微笑の形を少しだけ変えて答えました。

 

「他意は……正直に言うと、あります。私の個人的なものですが」

 

 そうして青年は、宝石のような輝きを秘めた碧い瞳を眇めます。

 それが感傷の色をしていることに気付いた牧師さんは、この美しい青年がマフィアをしている理由なのかもしれないと思いました。

 しかし彼が自ら語ることでないのなら、こちらが不躾に尋ねることではありません。

 牧師さんは慈愛に満ちた微笑を浮かべると、青年の肩に一度手を置きました。

 そしてほんの少し驚いた顔をした彼に向け、胸に手を掲げると、厳かに十字を切りました。

 

「……あなたに、神の御加護がありますように。クラピカさん」

 

 

 

 

 雲の向こうで、夜の天蓋が張られました。

 雪がしんしんと降り積もる街は、色とりどりの電球が光り始め、人々の賑わいはますます高まっています。

 雪の粒は昼間以上に大きくなることはありませんでしたが、降り止む様子はありません。

 歩くたびに、地面にくっついて少し溶けた雪の感触が、革靴に残ります。

 

「ねぇママ、今日サンタさん来るかなー」

「ふふ、いい子にしていたらね」

 

 すれ違う親子が、夕飯の買い物を片手に楽しそうに会話をしています。

 先ほどクラピカと呼ばれた青年は、二人の会話にわずかに目を細めました。

 今も昔も、善い行いをしている子供の元へはサンタが来るのです。

 

 

 どうか良い夜を。すれ違いざまに、クラピカは幸せそうな親子の後ろ姿にささやきます。

 

 

 ……クラピカの元へは、サンタが来ることはなかったけれど。

 

 

 

 

 坂道を登り終え、クラピカは住宅街の中にあるアパートにたどり着きました。

 仕事場とは別の、この街での住まいの一つです。久しぶりに訪れたそこは、最低限の家具だけが置かれた、少し寂しげな部屋でした。

 長いあいだ取り出していなかった鍵で部屋に入ると、小さなリビングを通り抜けて、クラピカは真っ直ぐ寝室へと向かいました。ベッドにはうっすらと埃が積もっています。

 電気もつけぬままジャケットを脱いだクラピカは、ハンガーにではなくそばの椅子にそれを無造作にかけました。手のひらでシーツの上の埃をとりあえず払います。

 外でシーツをはたいてこようとかと、一瞬だけ考えましたが、疲れもありクラピカは結局そのままベッドに突っ伏してしまいました。そして、そのままじっとうつ伏せになっていました。

 

 Boo,boo

 

 上着の胸ポケットの中で、入れっぱなしだった携帯が震えて、音を奏でます。

 マナーモードのため、空間を震わすバイブ音です。

 音は途切れることなく続いています。誰かからの電話のようです。しかしクラピカは、動こうとせず、ベッドに突っ伏したままでした。

 

 ピンポーン

 

 すると今度は、滅多に鳴ることのない玄関のベルが鳴りました。

 けれどやっぱりクラピカは動きません。この家を訪れる人はほとんどいません。勧誘か何かだろうと考えたクラピカは、それに応対する気力も湧かなかったので、無視をし続けました。

 

 ピンポーン ピンポーン

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン

 

 最初は間隔の空いていたその音が、やがてけたたましい勢いで何度も鳴らされます。

 呼び鈴の音が近所迷惑になりそうなレベルになったところで、ようやくクラピカは重い腰を上げました。

 普段ならば、ドアの覗き窓から外を伺うのですが、今はその気も起きませんでした。

 まぁ念の気配は感じられないし、危ない人物ではないでしょう。

 いざとなったら、相手をのせばいいだけだ、と物騒なことすら考えながらドアの前まで歩きます。

 携帯はリビングのジャケットの中でまだ鳴っています。クラピカはノロノロと鍵を開けて、やや無造作にノブを回しました。

 すると目の前には、真っ赤な上着を羽織った背の高い男が立っていました。肩には何やら大きな白い袋を掲げています。

 

 

「なんだよ、やっぱりいるじゃねぇか」

 

 

 居留守かこのやろう、と凄む彼の手元には、甲虫型の光る携帯電話があります。彼がボタンを押すと、部屋で鳴り続けていた携帯の音が止まりました。

 

「レオリオ……?」

「なんだぁ、ずいぶん殺風景な部屋じゃねぇか」

 

 一歩玄関に踏み込んでクラピカの部屋を覗き込んだレオリオは、呆れたように言いました。

 サンタの格好をした彼は、あっけに取られているクラピカを放って、慣れた手つきでふたたび携帯を操作します。

 通信が繋がったのか、電話の向こうの誰かに話しかけました

 

「おう、オレだ。いたぜ?」

 

 するとピッとボタンを押して、クラピカに携帯を向けました。

 スピーカーフォンになった携帯から、見知った声が場に響きました。

 

 

『せーの、『メリークリスマース!!』』

 

 

 電話口から聞こえたのは、ハンター試験で知り合った年下の友人たちです。

 

 

「久しぶり! クラピカ、元気だった?」

「ゴンに、キルア……?」

『そうだよ。久しぶり』

『今日クリスマスだからさ、オレたちクラピカの分もプレゼントを用意したんだ!』

『けどアンタいつもどこにいるのかわかんないじゃん? だからレオリオに渡すのお願いしたんだよ。年末に十二支んの仕事あるって言ってたからさ』

 

 

 クラピカは思わずレオリオを見上げます。ニッと笑っているレオリオは得意げに背負った袋を指し示しました。

 

 

『レオリオが持ってる包みの、シールがついた方はオレからの。リボンが付いた方はキルアからのだよ!』

『そこにいる老けたサンタから受け取っといて』

「おいコラ、誰が老けてるってぇ?」

 

 

 悪口を聞き逃さなかったレオリオがすかさず吠えます。それにひとしきり少年たちは笑い転げます。

 

 

『じゃあ、オレはそろそろ切るね』

『俺もアルカを待たせてるから、じゃあお二人さん、良い夜を』

『良い夜を!』

 

 

 ニヤリと含んだ様子のキルアと、無邪気なゴンの声に送り出され、突然のグループ通話は終わりました。

 

 

「あんにゃろ……」と小声で呟くレオリオに、クラピカはたずねます。

「……その、袋が?」

「おう、あいつらから預かったプレゼントと、飯だな。どうせお前、夕飯も何も用意してねぇと思ってな。自分の分だけ律儀にメシ作るタイプじゃねーだろ」

 

 ケーキもあるぜ、と得意げに続けるレオリオは、靴を脱ぎさっさと敷居を跨いで部屋に上がってしまいます。

 寒い寒いと大仰に震えてみせる彼を見て、慌てて玄関の扉を閉めたクラピカでしたが、聞かずにはいられませんでした。

 

 

「どうして私のところになど……」

 

 

 自分と違って、人望もある人当たりの良い彼が、クリスマスに予定の誘いがないわけがありません。

 それなのになぜ来たのかと、クラピカは問いかけます。

 するとテーブルに荷物を広げていたレオリオが、少し不機嫌そうに言いました。

 

 

「お前……ダチのところに来るのに、何か理由が必要かよ?」

 

 

 その視線は出会った時から変わらずまっすぐで、嘘のない思いを伝えていました。

 そして立ち尽くすクラピカへ数歩近づくと、彼は手を差し出すよう促します。言われるままに広げたクラピカの両手へ、レオリオは袋から箱を取り出して乗せました。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 

 

「ほれ、これがあいつらからのと、オレからのプレゼント。……言っとくが、一介の貧乏学生の財力だからあんま期待すんなよ? こういうのは気持ちの問題だからな」

「……自分で言うのか」

「しゃあねーだろ。聞いたらゴンもキルアもハンター業で結構稼いでるみてーだし。比べられる前に言っとかねーと」

 

 言い訳を述べるレオリオの声を聞きながら、クラピカは手の中の物を見つめます。

 それぞれ大きさの違う、色とりどりの箱がみっつ。

 

「あいつらに頼まれたのもあるけど、オレがお前に会いたかったんだよ。ま、悲しいことに、今年は用事も何もなくてなぁ。一人侘しいクリスマスを過ごすのもアレだな〜と思って、同じぼっち仲間であろうお前のところへお邪魔しに来たわけよ」

 

 

 嘘が下手っぴな彼は、いささか早口でここへ来た理由を改めて述べます。

 その裏に透かし見える彼の思いやりに、クラピカの口元にだんだんと笑いが上ってきました。

 

 

「ふふ……ふふっ……」

「……なんだよ、急に笑い出して。変なやつ」

 

 

 心なしか恥ずかしそうに言うレオリオのそばで袋が傾いて、中身がいくつかこぼれます。

 クリスマスらしいものをいっぱい詰め込んだのでしょう、やべっ、と慌てたレオリオの足元に転がり落ちたハンドベルが、楽しげな音を奏でます。

 

 

「いや、なんでもない。プレゼントの配達、ご苦労だったな」

 

 

 今きっと、クラピカの知り合いが耳を澄ませたなら、クラピカの胸からも暖かい音がしているに違いありません。

 

 

「外は寒かっただろう、暖房を付けようか」

「おう、頼むわ。あ、ホットワインも作ろうぜ」

 

 

 まだしんと冷え切っている部屋でしたが、お腹の芯から、心はぽかぽかした気持ちで満ち満ちていました。

 

 

 

  

 

 

 これは、かつてサンタを信じていた少年のもとへ、初めてサンタクロースが来た話です。

 

 サンタクロースが、プレゼントを届けに来たお話です。

 

 

 

 

 

おしまい。

 

 

 

 

2019年からプライベッターでちまちま書いていたクリスマス話です。

ちょうど仕事が多忙になった時期を挟んだので、なんだかんだで3年ぐらいかけてしまいました。

こういうおとぎ話のような語り口は、あまりやったことないのですが個人的には好きです。言葉の使い方が面白くなるというか。

 

最近の本誌展開で、流星街と同じようにクルタ族もやばい民族じゃないかとか、そういった考察も出ていますが、私個人は彼らが善良な人々であったと信じています。

でなければ、マッド版アニメ公式ツイッターで明かされた裏話のような…名前に半濁音があることで、温厚な気質を表している、みたいな設定はないと思うんですよね。

 

…この話を書き始めた頃は、そこまで考えていなかったのですが、童話っぽい雰囲気でクルタ族の善性を表現できていたら。

また、かつてクラピカの周囲にあった暖かさとか、愛情とか。

そういったものを、大人になった彼が取り戻すことができた、というエンドを、上手く表現できていたら嬉しいです。

ご拝読いただき、ありがとうございました。

 

初出:2022.12.25 pixiv