ssまとめ3 61〜

 ssタイトルにカーソルを合わせると説明が見られます。

 

   身勝手な理屈 / あなたのキスはいつも苦い  / 誓いの文字 /  眩しいひと /  もし…… /

  (すき。すき。) /  どうにかなってしまいそう / きみの愛に蝕まれるなら /  きみの愛に蝕まれるならⅡ / 逡巡のあと /

   カップラーメンの麺が…… / ノイズキャンセリング  / 日常の甘さ / pacemaker /  /

   Trick or... /  ポッキー&プリッツの日in 2016 / 甘い月 / キスの日 /  呼び方 /

   わたしの色 / 終わりを思う / 夢の続き / Real kissing / 眠れない夜 /

   引力のままに / Duet / もうひとつちょうだい / 雨宿り / 変わること /

 


 

 

 

『身勝手な理屈』

 

 

 

 理屈じゃないのが感情だ。それはわかっている。

 だが理由も説明されずにただ一方的に怒られるのは、流石に理不尽ではなかろうか。

 そんな薄着で出歩くんじゃねぇ! って、君だって風呂上がりは似た格好だろう。いつだったか全裸で出てきたこと、私は忘れていないのだが。

 そう言い返すと物凄い形相で

 

「オレはいいんだよ! お前はダメ!」

 

 との返答。

 

 ……解せない。

 髪をタオルで拭きつつ、部屋を後にしようと足を踏み出す。

 

「ゴン達の所へ行ってくる」

「ならせめて上着着ろ!」

「断る、暑い」

「ば、おま、透けてんだよ!」

 

 !? 先に言え!!

 

 

 

 

 

 

スケスケ…どんな格好だったんだろう。

 

初出:2016.5/7

サイト掲載2016.7.2

 

 

 

 

 


 

 

 

『あなたのキスはいつも苦い』

 

 

 

 お前とキスをする度、味わうこの苦さはどこから来るのだろうか。

 一瞬が永遠であると知っているからか、お互いの目的が別々であると知っているからか。

 同じ時間を共有するこの刹那に、一抹の寂しさを覚えているからだろうか。

 引き止めて自分のものにしてしまいたい気持ち。

 衝動。話せない汚い欲。それも全て伝わっているから?

 

 

 甘い砂糖菓子のような、そんな柔らかいものだけを与えてやれたらよかったのに。どうして上手くいかないんだろう。

 どうして、上手く伝わらないんだろう。大切にしたいことも、思いも、願いも。

 繋がって、そのまま流れ込めばいいのに。溺れそうになったっていいじゃないか、すれ違いよりもずっと良い。

 

 後悔すら抱きつつ唇を放す。

 陶酔から自分と同じような影を見せつつ、こちらを見上げ視線の揺れた緋色の瞳を見て、また、言葉にできない感情が巻き起こる。

 これまで感じたものよりも切なく優しい、愛しさよりも濃いそれは、多分どんな感情よりも複雑怪奇な味のキス。

 

 

 

END

 

 

 

ちょっといつもと違った雰囲気を目指しました。

 

初出:2016.5.8

初出:2016.7.2

 

 

 

 

 


 

 

 

『誓いの文字』

 

 

 

 その意味を知らぬほど、子どもではない。

 

 存外なほど優しい手つきで、填められたそれ。

 馴染みのある金属の冷たい感触。だけど彼の指が触れていたからか、それは暖かかった。

 

 ずっと手の中で握りしめていたのか、タイミングを計って、いつ渡そうかとそればかり考えていたのか?

 胸の奥から溢れ出るそれは、彼と出逢ってから思い出した感情。

 二度と失いたくないもの。心の支え。

 

 

「あー……つまりだな……」

 

 頬を赤くしてどもる彼に微笑みかける。愛しいという気持ちのまま。

 

 

「……君のものは、私の名前で良いか?」

 

 

 了承の返事を隠した言葉に、返事より先に口付けが降ってきた。

 

 

 

 

 

 

プレバンのハンターキャラの名前入りリングに、レオリオのものがなかった嘆きから。レオクラ結婚してた(結論)。

 

初出:2016.5.13

サイト掲載:2016.7.2

 

 

 

 

 


 

 

 

『眩しいひと』

 

 

 

 入室した際、こちらに視線を向けた彼の瞳が、一瞬だけ大きくなったのにクラピカは気付いた。

 

「……何だ?」

「え?」

「今、微かだが何か驚いたような目をしていただろう」

「あ、ああ」

 

 よく気付いたな、と呟いた彼にふんと返す。それだけ己が彼の表情の機微を注視するようになっているとは、言ってやらない。

 

「お前の服、何度見ても色の組み合わせが独特だなって思ってよ」

「……変か?」

「ち、ちげーよ! んなこと言ってるんじゃねぇ! むしろ似合ってるし」

 

 そう口走ってから「……言わせてんじゃねーよ」と小声で彼は毒付いた。

 反応にクラピカはくすりと笑う。

 恥ずかしそうに耳を赤らめたレオリオは、ぽりぽりと頭を掻きながら続けた。

 

 

「見慣れてるつもりだけど、やっぱり、お前を見る度に何か目が覚めるな」

 

 

 クラピカは先ほどの彼のように目を丸くし、やがて微笑した。

 声に優しい色を乗せて囁く。

 

「……それは私の方だよ」

「え?」

 

 みなまでは言わずに、クラピカは言葉を胸に秘める。

 お前と話す度に、心に明かりが灯るように暖かくなること。

 

 

 お前のことを————眩しいと思っていることなんて。

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚める」をテーマに。

 

初出:2016.5.16

サイト掲載:2016.7.2

 

 

 

 


 

 

 

『もし……』

 

 

 

「もしオレが浮気したらどうする?」

「……は?」

「は? ってお前……」

「……我々は、浮気というものが存在しうる間柄だったのか」

「……え、そこから? 付き合ってるって思ってたの、もしかしてオレだけ?」

「いや……何というか……そういったことには頭が回らなかった。君といるのがあまりにも当たり前すぎて。そうか……君も男なのだから、そのようなことがあっても自然、なのだろうな……」

「……するわけねぇだろバカ。んなこと考えなくていいっつーの」

 

 

 

END

 

 

 

Twitterの「好きなCPの攻に俺が浮気したらどうするって言わせて受がどう返すかでのCPに対して理想が現れる」タグより。これが理想でした。

 

初出:2014

サイト掲載:2016.7.2 

 

 

 

 

 


 

 

 

 (すき。すき。)

 

 

 我慢できず、胸を叩いて息継ぎをする。

 今の自分は顔だけでなく、瞳まで完全に赤くなっているに違いない。

 キスをする度にまるで囁かれているようだ。自分には勿体のない愛の言葉を。

 それに少しでも応えられるように、彼から目を逸らさずにまた受け止める。

 繰り返される行為は激しくも優しく、愛おしい。

 

 

 啄むように、繰り返し口付ける。

 息を吹き込むように、お前に愛を注げたら良いのに。

 言い足りない思いを何度も込めて、ふと見たら瞳を真っ赤に染めたお前が、目を潤ませつつも真直ぐに見つめ返していた。

 伝わっているのだと、そう思えたら嬉しくなって、腕の力を緩めた。

 

 そしてまた、距離をゼロにする。

 

 

 

END

 

 

 

お題より。執筆当時、色っぽい雰囲気を目指していた覚えがあります。

 

初出:2015.

サイト掲載:2016.7.2

 

 

 

 

 


 

 

 

『どうにかなってしまいそう』

 

 

 

 脳が痺れる。この恋をして、地上でも溺れるのだと初めて知った。

 

「もう……」

 

 これ以上続けられたら、本気で息が出来なくなる。

 服にかけた指でそう訴えるけれど、彼の熱い視線と力に負けてしまう。

 

 再び触れ合って、繋がって、彼の声で名前を呼ばれる度に体の芯が跳ねて、溶けて、なくなってしまいそう。

 

 

 

END

 

 

 

お題より。ムーディーを目指しました。

 

初出:2016.3.24

サイト掲載:2016.7.21

 

 

 

 

 


 

 

『きみの愛に蝕まれるなら』

 

 

 

 君に抱き締められると、棘が刺さったかのように動けなくなる。

 麻酔の様に決意を鈍らせて、心を弱くするその温もりは、これまで必要のなかった筈のもの。

 でも知ってしまった。

 まるで禁断の果実のように、知ってしまった甘美な味は、安らぎという形で私を蹂躙し変えていく。

 

 ……もう、君から離れられない。

 

 

 

END

 

 

 

お題「きみの愛に蝕まれるならそのまま消えてもいい」より。

 

サイト掲載:2016.7.24

 

 

 

 


 

 

 

『きみの愛に蝕まれるならⅡ』

 

 

 首筋に噛み付くようなキス。

 いたい、そう口走ると更に強くなる、体が自分のものじゃなくなる感覚。

 羞恥心も何もかも鈍くなっていって、わかるのは君の体温だけ。

 僅かに残った背徳感は何に対するものだろう?

 

 ……でもそんなことは、もうどうでもいい。

 

 真っ白な意識の中心に君だけがいる、それだけで、いい。

 

 

 

END

 

 

 

お題「きみの愛に蝕まれるならそのまま消えてもいい」より、その2。

こちらはムーディーというより、エロスを意識しました。…セーフ?アウト?

 

サイト掲載:2016.7.24

 

 

 

 


 

 

 

『逡巡のあと』

 

 

 

 思いがけない行為に足を止め、背中に感じる力の意味を考えてみるが、

 それはオレへの義理?  寂しいから?

 色んな思いが渦巻くがシャツを掴む指が離れそうになった瞬間、やっぱりと振り向いて力を込めると「苦しい」と不快そうな声が返ってきて、

 でも安心したような顔だから、選択は間違ってないのだろう。

 

 

 

END

 

 

 

「読点を置かずに140字書いてみる」というのにチャレンジしたもの。?を使うのはずるかったかもしれません…(苦笑)

 

初出:2015.9.24

サイト掲載:2016.7.24

 

 

 

 

 


 

 

 

 『カップラーメンの麺が……』

 

 

 

 カップラーメンの麺が伸びている。あ、と呟いた後ろから顔が覗いて「見事なものだな」と笑う。

 お湯を全部吸い込んだ麺は如何にも不味そうだが、彼は捨てずに下の棚からもう一つ鍋を取り出す。

 

「半分ずつすれば良いだろう。責任は私も取ろう」

 

 照れながら言う彼の手元は危ういので、交代することにした。

 

 

 

END

 

 

 

twitterにて『「カップラーメンの麺が伸びている」から始まる140字の描写』というのが流行っていたので乗っかりました。

日付が変わる頃、調理中に「急に来れることになった」とクラピカから連絡が来て迎えに行った結果、レオリオの遅い夕飯は見事にずくずくになっていたよという話。

 

初出:2016.9.7

加筆修正・サイト掲載:2016.9.24

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 『ノイズキャンセリング』

 

 

 

 用にかこつけて電話をかけた。

 事務的な連絡事項の後、冗談交じりのメアド催促を無下にされたりした。

 それから体調の心配をして、眠れてるか、最近冷えてきたからよく身体を温めるようになどと言うと、「君は私の秘書か何かか」と少しうんざりした声音が返ってくる。

 

「秘書っつーか。家族みたいなもんだろ。仲間なんだから」 

 

 こういう時こそ、やたら回転の良い頭で何とか言って欲しい。きょとんとしているのか、沈黙した間に恥ずかしいような気持ちが湧き上る。

 そそくさと、じゃあ切るわ、と言って電源ボタンを押した。

 

 

 つもりだった。指が滑って、未遂に終わる。

 スピーカーの向こうは、会話が終わっているので無言。聞こえるのはクラピカの息遣いだけだ。

 ふと、彼が何をするのか気になった。

 

『……相変わらず、五月蝿い男だ』

 

 悪かったな。独り言に思わず叫ぼうとして、憎まれ口をこらえる。

 しかし数瞬後、口元が綻ぶ音色が聞こえた。

 

 

『…………ばか』

 

 

 電話越しの、微かな囁き。

 誰に向けたわけでもない、クラピカの本音。

 それに込められた感情が、わからないほど鈍くはない。

 気遣いが伝わっていたことに嬉しくなりながら、今度こそ通話を切ろうとする。すると小さく息を吸い込む音。

 

 リップ音。

 

 

 …………おい。こいつ、今何した?

 

 

 

END

 

 

 

音だけデレピカさん。携帯にキスする図をイメージしながら書きました。

 

初出:2016.9.22

サイト掲載:2016.9.24

 

 

 

 

 


 

 

 

『日常の甘さ』

 

 

 

「こんちわー」

 

 一応の礼儀でインターホンを押し、返事を待ってからキルアはレオリオ邸の扉を開く。

 

「いらっしゃい、キルア」

 

 レオリオは不在だが、仕事が休みのクラピカが顔を出す。

 ハンターになってから早数年。普段は気ままにハントをしている身だが、時折協会などから依頼を受けることがある。今回の仕事内容から、キルアはクラピカに連絡をし協力を求めた。裏社会にまつわるもので、元マフィアとしてのクラピカの知識が役に立つと思われたからだ。

 予想していた通り、クラピカの知識と経験はおおいに役に立った。ほぼ彼の推察通りに事態は動いているため、キルアはそろそろ相手側に仕掛けるかと次の手を考えている状況だ。

 ひとしきり話した後、お茶を注ぎ足しに行ったクラピカの背を眺めたキルアは、部屋の本棚に目を向ける。家主であるレオリオとクラピカ、共同のものだ。

 医者という職業柄、レオリオの持ち物には本が多い。クラピカも趣味の一つが読書であることから、このささやかな二人の城にはたくさんの蔵書が揃っていた。

 棚は可動式で手前のものがスライドするタイプ。一番手に取りやすい位置に、一冊の文庫本がある。それには洒落た栞が挟まれていた。

 

(あれって、確かレオリオがクラピカにやった……)

 

 つまり、彼が現在読み進めているものなのだろう。

 “旦那”からのプレゼントを愛用している様子を見たキルアは、ニヤニヤしながら戻ってきたクラピカを出迎えた。クラピカは怪訝そうに「何を考えているキルア?」と顔をしかめた。

 

 

 翌々日、再びキルアは家を訪ねた。依頼されていた仕事が見事解決できたことを報告するためだ。

 協力への礼を述べると「お前もちゃんと礼が言えるようになったのだな」とクラピカは微笑んだ。

 うっせー、お前はオレの親かよ、と照れ混じりに叫ぶと、クラピカは更に笑ったあと、キルアに労いの言葉をかけた。

 

「じゃあ、仕事を完遂したごほうびに、美味しいお菓子でも出そう」

「ごほうびって、オレもうそんなガキじゃないんだけど。でもお菓子はもらう」

 

 クラピカは楽しそうに笑ってキッチンに向かう。手持ち無沙汰のキルアは、先日と同じように本棚を見た。

 二日前と同様、手前に文庫本がある。今回は以前クラピカが実は好きなのだと語っていた冒険物のシリーズ。

 だが、なぜか栞が前のと違う。

 位置はわかる。しかしそれもかなり前方にあるし、そもそも種類が違うのは何故か。

 レオリオが彼に贈ったのは、装飾の凝った金属製のもの。今見えるそれの素材は、この間のものより薄っぺらい、書店のおまけで配布されているようなものだ。

 キルアは猫のようだと評される眼を凝らす。高い視力が本屋の名前を読み取る。この町の三つ隣の駅、レオリオが時折赴く大規模書店だ。

 

(……なーる。交換こってワケね)

 

 クラピカの栞は、その隣に並んだ難しそうな医学書に挟まっていた。

 

「お待たせ」

「いんや、ご馳走さま」

「? 何がだ?」

 

 皿を手にやってきたクラピカは疑問符を浮かべる。

 彼らの日常にあてられた気分になりつつも、お菓子はしっかり戴いたキルアであった。

 

 

 

END

 

 

 

お互いの本を読み合いっこするレオクラ。ナチュラルに同居してます。

 

初出:2016.9.22

サイト掲載:2016.10.15

 

 

 

 

 


 

  

 

『pacemaker』

 

 

 

「あなたはクラピカのペースメーカーね」

 

 二人でいる時のやりとりを見守っていたセンリツが、クラピカの離れた隙に唐突に言った。

 そっと微笑んで、優しげな口調で。

 

「知ってる? あなたといる時のクラピカの心音って、とても穏やかなの」

 

 レオリオはサングラスの奥の瞳を丸くし、少し考えてから告げる。

 

「……ペースメーカーの働きは、電気刺激で心臓の拍動の回数を増やすことだから、ちと違くないか?」

「あら、もっともらしいこと言うのね。すっかりお医者様だわ」

 

 からかわれたように感じたレオリオは「まだ学生だよ、持ち上げるなっての」と苦笑いをする。センリツはくすりと笑い続けた。

 

「私が言うペースメーカーは機械のことじゃないわ」

「じゃあ……」

「心臓のリズムを決める洞房結節のことをペースメーカー(歩調取り)というでしょう?」

 

 人差し指を指揮棒のように立て、センリツは音を奏で始める。彼女だけに聞こえる真実のメロディーのラインを。

 それって、と理解をしたレオリオの顔が知らず赤く染まる。

 

「気付いてる? クラピカの音は、貴方が決めているのよ」

 

 

 

END

 

 

 

マラソンでのペースメーカーもうっすら意識してます。

 

 

初出:2016.10.20

修正・サイト掲載:2016.11.19

 

 

 

 

 


 

  

 

『夢』

 

 

 

 眠ることが、怖いとまでは言わない。だがある頃より執着がなくなった。

 無意識下の願い、もしくは深層心理にこびりついた記憶が反映されるからか。自分が見るものはやけに生々しく、感情を揺り動かされるものばかりだからだ。

 見るのはけして、悪夢ばかりではない。

 だがつらい。苦しいものでもやさしい夢であっても、目覚めてそれが現実でないことを思い知らされるたびに胸が軋むから。

 具体的な景色が出てくると、余計な感情がしみ出てくる。

 だから、夢は見たくない。見る必要はない。

 好きでもない仕事に没頭して。夢も見ない眠りに、ただ落ちるだけ。

 満たされることなどない。望むこともない。

 望んではいけない。それは許されない。

 

 変わったのは、いつからか。彼と一緒に暮らし始めてからか。

 嫌な夢を見るたびに、彼に手を握られた。

 そのあたたかさがやさしくて、切なくて。体温に慣れてしまいそうで、振りほどこうとした。

 でも、出来なかった。離れても繰り返し、何度も君は握り直してくれたから。

 いつの間にか、辛くなくなった。手を握り返すようになった。眠ることが、苦ではなくなった。

 

 だから、今夜も。

 君が隣にいるなら、夢を見ても良い。

 

 

 

 

 

 

 

眠りの夢と、未来の夢。未来のことは何度か書いているので、今回は眠りの方で。

 

初出:2016.10.29

サイト掲載:2016.11.19

 

 

 

 

 


 

  

 

『Trick or...』

 

 

 

「あ……」

 

 衝動にかられてキスをしたと、気付いたのは既にやってしまった後だ。

 唇を放してから、呆然と自分を見つめているクラピカの姿が目に入る。

 

「わ、ワリィ……」

 

 普段みたいに殴りもせず、文句も言わず、ただ驚いた碧眼が見てくるのが居たたまれない。

 負の感情の浮かんでないそれが、澄んだラムネ瓶のビー玉みたいだから、尚更。

 

「あ〜あれだ。今日はハロウィンだから、つい魔が差しちまった」

 

 キスをしたのに、特別な理由はない。ただしたくなっただけ。

 相手の都合を聞かなかったのはこちらの不手際だ。だから彼の顔は見ずに、おまえ菓子持ってなさそうだし、と付け加えレオリオは言った。

 

 さあ、今度こそ殴られるか。照れ屋の彼の報復を覚悟していると、くいくいと袖を引かれた。視線を戻すと、俯いた頭。

 

「……もう一度、しろ」

「え?」

「突然でよくわからなかったから」

 

 もう一度、と彼はすねたように言った。その瞳は薄っすらと赤い。夜店の甘いりんご飴のようだ。

 

「君が菓子を持っているなら、やめてもいいが」

 

 持っているはずがない。わかっていての誘い文句だ。

 クラピカの眼の色に触発されたように、レオリオの顔も色づく。

 

 

「……何だよ。今日はずいぶんと積極的だな」

「魔が差したのだよ」

 

 私も、と悪戯っぽく浮かべた微笑に、あてられながら。

 腕の中の小悪魔に、再びレオリオは長いキスを落とした。

 

 

 

END

 

 

 

 

たまにはクラピカにもデレます。

 

初出:2016.10.31

サイト掲載:2016.11.19

 

 

 

 

 


 

  

 

『ポッキー&プリッツの日in 2016』

 

 

 

「クラピカ、今年は……」

「断る」

「って早ぇな!!?」

「今日の日を考えれば、お前が持ちかけることくらい予想がつく。ポッキーゲームだろう?」

「さすがに三年もやってりゃもうお見通しか。けど今年はちょっと違うんだな」

「……何だこれは、チョコがかかってないぞ」

「プリッツだよ。ポッキーの仲間。というか原型だな。正しくは本日はポッキー&プリッツの日なんだぜ」

「ほぅ……どんな味なんだ」

「おっと、ちょっと待て」

「何だ?  ……懲りもせずにまたやる気か?」

「おうよ、お約束だろ」

「…………ふっ、仕方がない。乗ってやるとしよう」

 

 ガサガサ……ゴソッ

 

「お前そっちの端からな」

「わかった」

「よし、じゃあいくぜ」

 

 

 ポリッ……ポリッ……

 

 

「…………」

 

 

 ポリッ……ポリッ……

 

 

「…………」

 

 

 ポリッ……ポリッ……

 

 

 

 ポリッ……

 

 

 

 

 ちゅ………………

 

 

 

(………………………え、これいつまで?)

 

 

 

 

END

 

 

 

 

三年連続の記念日ss。しかけた方はご想像にお任せします。

 

初出:2016.11.11

サイト掲載:2016.11.19

 

 

 

 

 


 

  

 

『甘い月』

 

 

 

 「ストロベリームーン?」

「ああ。今夜の月はそう呼ばれているそうだ」

 

 カーテンの隙間から窓を覗いたクラピカがそう答えた。何とも乙女チックな名前だと、レオリオは思った。

 

「なんか女子が好きそうな名前だな」

「それは偏見じゃないか? 甘い物が好きなのは女子だけではあるまい」

「あー、キルアとかな。あ、お前もか」

「……」

 

 甘い物を食べる時の子供っぽい表情をからかわれることの多いクラピカは、レオリオをジト目で振り返り唇を尖らせる。

 意地悪く笑いながら、レオリオはソファーから身体を起こした。部屋を跨ぎ、クラピカの隣へと赴く。

 昼間は時折雲も見えていたが、今は快晴だ。薄赤い月が、普段よりどことなく低い位置で空に浮かんでいる。

 

 クラピカが付けたテレビからは、ロケ中のリポーターによる解説が流れている。

 地軸の関係でレオリオたちが住んでいる大陸では初夏、特に夏至の日に太陽の高さがもっとも高くなる。

 反対に、その光を受ける月は夏至の日は高度が低く、地平線の近くに留まっているという。

 

 

 光は、その波長の長さによって色を持つ。

 昼間、太陽と地球との距離が近い時は、青色の波長の光が強く目に見える。

 しかし夕方になると地軸が回転し、太陽が地平に沈んで天体間の距離が開き、波長の長い赤色の光だけが地球に届くという。

 だから、夕焼けは赤いのだと。

 それと同じ原理で、今夜の月も赤く見えるのだという。

 だが眺めている限り、いつもより少し色が違うだけで、大仰に騒ぐ現象でもないな。レオリオは心の中で独りごちた。

 しかし隣に並んだクラピカを見て、いや、と考えを改めた。

 

 

 良いものじゃないか。今日の月は、自然の小さな奇蹟に心を動かされ、仄かに色付いた彼の瞳に似ている。

 

 

 クラピカが満足したら、不意打ちで囁いてみようか。舌の上で蕩けてしまいそうな、甘い愛の言葉を。

 途端にその両目は、きっと今日の月よりもっと濃い赤に染まるのだろう。

 その変化をつぶさに見られるのも知るのも、今夜は世界中で自分だけだ。

 

 

 

 

 

 

ストロベリームーンと聞いて即興で書いたもの。結構気に入っています。 

 

初出:2016.6.20

サイト掲載:2017.6.25

 

 

 

 

 


 

  

 

『キスの日』

 

 

 

「そういや、『好き』って逆さにするとキスだな」

 

「…………随分と低レベルな発想な気もするが、何だ唐突に」

「お前、とりあえず一言目にオレの頭の悪さを指摘するの止めてもらえる?」

「頭が悪いだなんて……心外だな。私は発想が貧弱だと述べただけだが」

「おい今度は直球だな!」

 

 軽快な応酬をする間に色気のないやりとりになりつつあるので、レオリオはこほんと重々しく咳払いをする。

 

「今日はキスの日なんだってよ」

「……それがどうかしたか」

「お前、天邪鬼だろ」

「……何だ、君も直球ではないか」

 

 クラピカは不快そうに眉をしかめる。だがその目元はほんのり赤い。

 

「オレのこと、好き?」

「言わないとわからないか?」

「いやー。本当に好きなら、素直じゃないクラピカさんから、たまにはオレへの好意を伝えてもらってもいいんじゃないかと思ってな。天邪鬼な方法でいいから、な」

「………………」

 

 折角の日なのだ。これぐらいのお遊びはしても良いだろう。

 クラピカは指先を膝の上でいじりながら、頬を赤らめ顔を逸らしてしまう。

 続く長い沈黙にからかい過ぎたか、と結論づけ、レオリオは代わりに自分がキスするかと体を動かそうとする。すると。

 

「………目を閉じろ」

「え、まさか」

「煩い、早くしろ」

 

 照れで困ったような顔をしたクラピカが、レオリオの前までやってきた。思いがけない態度に姿勢を正し、レオリオは言われた通りに目を閉じる。

 

 クラピカの指が、サングラスに触れる。

 緩やかな動作でそれが外される。

 

 今瞳を開けたら、一番近い場所にクラピカの顔があるに違いない。

 レオリオはどこか厳かな気持ちで、クラピカからのキスを待った。

 

 

 唇が近づく。息がレオリオの鼻にかかった。

 

 

「………」

 

 

 

 そして肌に触れた感触に、レオリオは全力で叫んだ。

 

 

 

 

 

「デコかよ!!!!!」

 

 

 

 

END

 

 

 

キスの日記念。とことん焦らすクラピカさん。

 

初出:2016.5.23

サイト掲載:2017.6.25

 

 

 

 

 


 

  

 

『呼び方』

 

 

 

 「パラディナイト……?」

「ああ。オレの本名」

「君の苗字、そんなだったのか」

「ああ」

「ふむ……大層なものだな」

「似合わないってか?」

「そんなことは言っていないさ」

「け、どーだか。目が面白がってるぜ」

「……パラディナイト……」

「…………」

「パラディナイト、さん」

「……!?」

「何だか不思議な感じだな。レオリオ……レオリオ……うん、やはりこちらの方が馴染み深いな。レオリオ」

「……何だよ、用もないのに呼ぶなっつーの」

「なんだ、照れているのか『レオリオさん』」

「やめろ恥ずかしい」

「レオリオ」

「何だよ」

「レオリオ」

「だから何だよ!」

「……ふふっ」

 

 

 

END

 

 

 

レオリオの苗字から。…クルタ族は苗字はないのでしょうか。

 

初出:2016.5.30

サイト掲載:2017.6.25

 

 

 

 

 


 

  

 

『わたしの色』

 

 

 

 時々、色の付いた夢を見る。昔の夢だ。

 今はない故郷にいた頃の記憶。

 隣には幼馴染がいて、向こうでは母と父がこちらを見ていて、その奥には長老(ジイサマ)が顔を覗かせている。

 

 

 極彩色の夢が遠ざかる。

 

 

 色褪せたのは、あの日から。

 あの日から、景色はただ一色。

 それは奪われたものであり、残された彼らの遺骸を染めた色。

 瞼の裏に焼き付いた、血と同じ色。

 

 

 

 悪夢に跳ね起きて、鏡を覗くとまだその色がある。

 逃れられない……捕らわれている。

 気が触れそうになり、喉の底を枯らしながら拳を振り上げる。

 

 

 

 鏡は割れなかった。後ろには自分以外の別の色が一つ。

 

 振り返る。彼の眼差しが私を映し、それから、……

 

 

 ……緋色は消え、彼の色だけになる。

 

 

 

 

 END

 

 

 

かろうじて最後がレオクラです。

 

初出:2016.6.6

サイト掲載:2017.6.25

 

 

 

 

 


 

  

 

『終わりを思う』

 

 

 

 いつかの話になってしまうが、

 

 

「最期に見るものは、君の顔がいい」

 

「……やめろよ、そういう話をするの」

「何故だ?」

「死に方の希望なんざ、悲しくなるだけじゃねぇか」

 

 

 そうか、命の現場にいる君には、少し違う意味に聞こえてしまったか。

 

 

「違う、私が伝えたいのは、今自分が幸福だという事だよ」

「幸福?」

「前までは、私は仲間たちの眼を集めるまでは死ねないと思っていた」

 

 

 その為に私の命はあって、私は生かされているのだと。

 運命というものは、為すべきことのためにあるのだと。そう確信を持っていた。

 

 

「だから、最期に見る景色は、きっとあの頃の皆なのだろうと。そう信じて疑わなかった」

 

 

 目的が終わる時が、命の尽きる時と、どこかで決めていた。

 その先を考えることはなかった。

 

 

「だけどこの数年、目が覚めるといつも君の顔があって、眠る時に見るのも君の顔で。それが当たり前になっていて、そうじゃない終わりはイヤだと思ったんだ」

 

 

 見上げた表情が緩やかに変わるのを目にしながら笑む。

 

 

「わかるか? 君が私を変えたんだ」

 

 

 

「……置いていくなよ」

「……」

「オレを置いていくな」

「でも、私はもう置いていかれたくない」

「オレだって同じだ」

「……じゃあ最期は一緒がいいか?」

「ばかやろう。そういうことじゃなくて」

「わかってるよ、わかってる」

 

 

 どちらが先でも、それでも

 

 

「最期はお前のそばにいるから」

 

 

 

「なら、安心だな」

 

 

 

 

 

 

ほの暗いけど「幸福」がテーマだったもの。たまにこういう暗いものを書きたくなる時期があります。

 

初出:2016.7.17

サイト掲載:2017.6.25

 

 

 

 

 


 

  

 

『夢の続き』

 

 

 

 蛇口から流れる流水音の合間に、時折聞こえていたテレビの声が止む。

 洗い物当番のクラピカが目を上げると、手にリモコンを持ったまま、レオリオがソファでくかーといびきを立ててうたた寝をしている。

 きゅっと蛇口を締め、エプロンで軽く手を拭きながら近付く。すぐ傍まで来て覗き込むが、眼を覚ます気配はない。

 どうやら眠りは本格的なもののようだ。最後の気力で電源を消したらしい。

 疲れているのだろう。毎日遅くまで働き詰めなのだから。

 しかし疲労を口にしつつも、彼から仕事についての不満は聞いたことがない。ずっと叶えたかった夢だからか、とにかくやり甲斐があると繰り返していた。

 

 医者には守秘義務があるため、病院外で患者の情報を他言することはできない。

 クラピカが聞くのは当たり障りのない、同僚や医学知識についてだけだった。

 クラピカもかなり知識はある方だが、専門的な内容となると理解に時間がかかり、ただ彼の話を聞くのに終始するのがほとんどだった。

 だが、レオリオにとってはそれで十分だという。

 聞いてもらえるだけでいいのだと。毎日、お前が迎えてくれるだけで元気になれるのだと。

 

 

 クラピカはレオリオの正面に屈み込む。

 サングラスでなく、手元の資料を見るための眼鏡をかけた顔。

 手入れしつつも、伸びかけた髭。あの頃より少し濃くなった皺。骨張った頬。

 

 

 クラピカは彼が起きている時に、いつもするように労いの言葉をかけてやる。寝ている彼にも届くように。

 

 

「……お疲れ様、パラディナイト先生」

 

 

 そして今は自分だけが許された呼び名を呟きながら、額に触れる。

 彼のファーストネームを囁きながら、起きている時にはなかなか触らせない、唇で。

 

 

 

 数分後、やっぱりうたた寝だったレオリオが急に飛び起き、クラピカを捕まえ激しいキスを仕掛けるのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

いつかの未来の話。SS集「シーグラス」では、これを最後のページに持ってきました。

 

初出:2016.7.17

サイト掲載:2017.6.25

 

 

 

 

 


 

  

 

 『Real kissing』

 

 

 

 こんなキス、知らなかった。

 

 

『お前、本当のキスしたことある?』

 

 そんな興味から生まれた、唐突な問いを投げかけたのが始まりで。

 売り言葉に買い言葉と「したことにあるに決まっている」と噛み付いてきたクラピカに、レオリオはならばとばかりに、ディープキスをお見舞いした。

 

 触れてまず、クラピカの瞳が驚きに見開かれる。口唇の間から差し入れた舌が、相手の領域に進入する。

 そのまま触れ合いを続ける。舌と舌が絡み合って、体温が溶け合っていく。

 予想していたものの、ディープキスが初めてのクラピカは、鼻で呼吸することも知らないようで。キスが続くあいだ、だんだんと苦しげに目を伏せていく。

 しかし緋色が差し込んだ瞳は開いたままで。戸惑いに睫毛を震わせながら、所在なさげにレオリオの口元を眺めていた。

 

 腕は両方とも空いていたから、身体を突き飛ばして止めることも出来たはずだ。だが唇を離すまで、クラピカはずっとそのままの姿勢でいた。

 

 

 ようやく、顔を離す。小さな開放感が顔のまわりを風のようにつつむ。

 キスの名残を追うように、切なげな視線を揺らめかせていたクラピカは、やがて我に返ったのか掌で口許を覆った。

 じりりと一歩だけ後ずさり、耳まで緋色に染める。

 手の隙間から、か細い声が絞り出された。

 

 

「……キスってもっと、ただ触れるだけの、柔らかいものだと思っていた」

 

 

 これまでのクラピカが知っていた、家族や友人たちとのコミュニケーションならばそうだろう。

 

 

「でも、違った。こんな、圧倒的で、暴力的なくらい、威力があるものなんて。……君のことしか、考えられなく、なるなんて」

 

 

 動揺がそのまま現れた瞳は、すでに真っ赤だ。

 可哀想なぐらい狼狽える様子から、気持ちよくさせた自信はあったものの、弱気な質問が口を突いて出る。

 

 

「……知らない方が良かったか?」

「……ああ」

 

 

 まさかの肯定に少しばかり傷ついた気持ちを覚える。だが

 

 

「もう普通のでは、満足できなくなってしまったじゃないか」

 

 

 困ったように耳元にまで指を伸ばし、顔を背けるクラピカに笑みが上ってくる。

 熱くなった頰に手を伸ばしてこちらに向けさせる。

 

 

「だから昔から言うだろう? キスは麻薬、ってな」

 

 

 可愛い唇を隠す手を掴んで、下に下ろして。

 再び小さな顔に己のそれを近づけて……さぁ、もう離れられない。

 

 

 

 

 

 

Twitterで見かけたタグ「レオクラキス祭り」に乗じて勢いで書いたもの。

 

2017.9.28

 

 

 

  

 


 

  

 

 

『眠れない夜』

 

 

 

「……眠れないのか?」

 

 暗闇の中、不意にかけられた声にほんの少し肩が跳ねる。

 やはり気付かれていたか、という思いと、彼の睡眠時間を奪っていることに、罪悪感を覚える。

 

「まあ、な」

 

 曖昧な調子で答える。すると明かりがない中でも、彼が顔をしかめる気配がした。

 時折昔のことで、うなされて起きたりしているのを知っているからだろう。有無を言わさず、彼は少し身を動かして、距離を近づけてきた。

 あたたかいものの感触。彼の指だ。

 

「頰、冷たいな」

 

 それは外気に触れていたからだ。

 

「手も冷てぇ」

 

 それは風呂から出て少し時間を置いてベッドに入ったから……理由はちゃんとあるのだ。

 眠れないのは、別に彼が心配するような理由ではない。

 ただ、たまたま寝付けなかっただけで。いつもは考えもしないことを、今夜は意識してしまっただけで。

 

 

 言い訳を心の中だけで述べていると、自分よりも幾分大きな手で握られた。

 かなり近い場所で向かい合わせになっているのだろう。彼が笑った仕草とともに、鼻息が優しく顔に触れてきた。

 

「ほら、これで大丈夫だろ」

 

 ちょっと得意そうに、悪戯が成功した子供みたいな態度で彼は笑って。でも声は柔らかで、夜の静寂を乱さぬ穏やかさを保っていた。

 それに見えないとわかっていながらも、赤くなった頰を隠すようにうつむける。

 

 逆だ。……君がいるから、眠れそうにない。

 

 

 

 

 

 

タイトルのまま。寝付けなった夜に書いたもの。

 

2010.9.30

 

 

 

 

 

 

 


 

  

 

 

『引力のままに』

 

 

 

 ピアノの音色が、水に染み込むように耳に溶け込む。

 澄んだ音ともに奏でられるのは、鈴のような響きを持ったソプラノボーカルだ。

 曲が終わった。歌手の女性がお辞儀をする。動作に合わせて、結い上げた髪と一緒にあでやかな花が揺れた。

 歌い手に、テーブル席の二人は拍手を送る。

 

「いい歌だったな」

「ああ」

 

 センリツから贈られたチケットで、二人はホテルのディナーショーを見に来ていた。

 

「彼女がセンリツの知り合いか。流石だな」

「そうだな。歌もいいし、あの真っ赤な花と黒のドレスもいいな。きゅっと引き締まった体にこう……」

 

 調子に乗って続けたところで、ふとレオリオは己を冷たい目で見てくるクラピカに気付く。

 

「……冗談だって」

「そうか。それにしてはずいぶん鼻の下が伸びていたが」

「……」

 

 事実なので言い返せず、レオリオは口をつぐむ。

 クラピカは呆れた様子で、すでに興味を失ったようにレオリオから目線を外している。

 その視線を、身勝手だが引き戻したくなった。

 

 次の曲が始まる。音の響きがバイブレーションとなって、カクテルグラスの中がわずかに振動する。

 レオリオは赤色がベースの酒を数口、一気に口に含む。オーバーリアクションに、クラピカは怪訝そうな顔を作る。

 ごくりと、酒と唾を喉に流し込む。

 

「……赤を見るとつい惹かれちまうんだ」

「なぜ?」

「お前の色だからだよ」

 

 クラピカは刹那、目を丸くしてレオリオを見つめる。

 空間に流れるのは歌声だけ。

 心音がわずかに早くなる。

 

「…………カクテルでも、作るか」

「え?」

 

 ゆっくりとした口調で言うと、クラピカは瞼を伏せて目の前のカクテルに手を伸ばす。

 氷が溶けてわずかに濃度の変わったカクテルを、小さなバースプーンで混ぜていく。

 ブルーキュラソーがベースの酒が、氷と馴染み合う。

 ゆるやかなメロディとともにかき混ぜるその仕草を、レオリオはただ眺める。

 時間の流れが錆び付いたように思ったとき、歌声とは違う声が響いた。

 

「今夜は、時間を空けられる」

 

 グラスの中で、色が撹拌していく。混ざり合っていく。

 まぶたを開けたレオリオを見つめるクラピカの瞳には、レオリオの色とともに緋色が、赤が、混じっている。

 

 曲がまた終わった。会場から壇上の歌姫とピアニストに拍手が向けられる。

 だがレオリオはまだ、目の前の恋人から、目が逸らせないでいた。

 

 

 

END

 

 

 

診断メーカーさんの『二人の世界を彩るお題』で出た「コンサート」「カクテル」「目が逸らせない」から即興で書いた話。

カクテルから思いついた「攪拌」という単語を使いたくてこんな話に。

…誘い文句から、思った以上にムーディーな雰囲気になりました…。

 

初出 2017.5.20

 

 

 

 

 

 


 

  

 

 『Duet』

 

 

 

 君の名前は音楽らしい。

 

 

 そう、クラピカは言った。

 唐突だった。そんな比喩的表現をするのはセンリツしかいない。

 

 

「どんな音楽だって?」

「違う、音楽そのものだと」

「?」

「君の名前を口にしているとき、私の心音は音楽を奏でるそうだ」

 

 

 彼女の言葉はふしぎだな。恥ずかしいようなことも事実としてするりと入ってくる。

 そうクラピカは評した。

 

「お前にそれは聞こえないのか?」

「ああ、でも」

 

 ぐいと引き寄せられた。いささか力が強めだったのは、照れ隠しか。

 

「ほら、これで君には聞こえる」

 

 触れた先から、クラピカの心音。

 

「レオリオ」

 

 

 己の名前。平凡な音の連なり。

 しかし、触れる胸がかすかに早くリズムを打つ。そのまま音は主張する。

 

 

 すき、すき、きみがすき。

 

 

 珍しく微笑するクラピカの手を、今度は自身の胸にあててみる。

 それから自分のもう片方の手は、上へと辿って、頸動脈に。

 耳のライン。形の良いそれをなぞる。

 

「クラピカ」

 

 お返しにたっぷりと、甘い息を込めて囁いてみる。

 

 

 すきだ、すきだ、おまえがすき。

 

 

「……同じ速さになったな」

「ああ」

 

 

 一人の音が二つになって、

 奏でるのは、同じリズム。旋律。恋の音色。

 

 

 リードをするのはあなた。

 合わせるのは君。

 

 出来上がるのは、人生という名の音楽か。

 

 その中に潜む、恋という名のメロディを、今は存分に噛み締めてみる。

 

 

 

 

 

イメージ曲・人生のメリーゴーランド。

 

初出:2017.6.13

サイト掲載:2022.8.11

 

 

 

 

 

 


 

  

 

 

 『もうひとつちょうだい』

 

 

 

「足りない」

 

 

 不満げに尖らす唇。

 拗ねた眼差し。

 実にそそられる表情だが。

 

 

「まだ欲しいのか?」

「もう一つだけ」

「そう言って、オレのも最後なんだけど」

 

 

 お前が意外と甘い物好きなのは知ってるけど、そういう可愛い顔でのおねだりは、もっと別の時にして欲しくもある。

 

 結局、ドキドキしてるのはこちらだけ。最後の一欠片をフォークに突き刺して、物欲しげな口元にレオリオはそれを差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

プライベッターから発掘した140字お題ssに加筆。

このクラピカさんはやけに食い意地が張っている。

 

 

初出:2016.3.23

加筆・サイト掲載:2022.8.11

 

 

 

 

 

 


 

  

 

 

 

『雨宿り』

 

 

 

 

 雨が降る、とクラピカが言った。

 空はたしかに曇り空だが、まだ雨粒が落ちてくるほど雲は立ち込めてはいない。なぜと聞きたそうな俺の気配を察したのか、クラピカは口を開く。

 

「匂いと、先ほどの鳥が」

「鳥?」

「多分オシロナガツバメだ。……低空飛行をしていた。普段はもっと高い位置を飛ぶあの鳥が低く飛び始める時は、雨が降る」

「ほー。なんで?」

「餌にする虫を捕るためだろう。おそらく悪天候の日は空気中の水分を羽が含んで、虫は高く飛べないのだろう。それを捕食するツバメも低く飛ぶ。……だから、ツバメが低く飛ぶ時は雨の予兆といわれている」

「なるほど。相変わらず博学なこって。…で、匂いって?」

 

 はじめの言葉について尋ねると、クラピカは誤魔化されなかったか、とでも言いたげに、少し恥ずかしそうな様子でそっぽを向いた。

 あ、と思い至る。

 

「あー、雨の匂いか。俺は全然わかんねーけど。まるでゴンみてーだな」

「ちがう」

 

 クラピカはぶっきらぼうに言った。

 

「じゃあなんだよ」

 

 クラピカはためらった挙句に口を開いた。

 

 

「……君の香水の、匂いが」

「あ?」

「普段より、ほんの少し強く香ったから」

 

 

 まるで、腕の中にいるみたいに。

 

 そうささやくような音色で答えたクラピカの髪先を、一粒、雨が揺らした。予想よりも早い雨の到来。

 あ、と天を見上げた彼を見ながら、ない傘の代わりに、俺はひとつ提案をした。

 

 

「……雨宿り、するか?」

「え?」

「突っ立ってるよりは、マシだと思うけど」

 

 

 わずかに赤くなった顔をきょとんとさせたクラピカは、俺をしばらく見つめてから微笑んだ。

 

 

「……ああ」

 

 

 そのまま、濡れ始めた体をそっと近づけた。

 

 

 

 

END

 

 

プライベッターより発掘。めっちゃイチャイチャしてますね……。

 

 

初出:2019.7.6

サイト掲載:2022.8.11

 

 

 

 

 


 

  

 

『変わること』

 

 

 

 「オレもアンタも変わったよね」

 

 言葉の意味が汲み取れず、何が? とクラピカは問うた。

 目の前で頬杖をつくキルアは、幼さが残る顔にあまりに似合わない——おそらく、彼の家庭環境が起因しているのだろう——時折見せるシニカルな顔つきで、真意を悟らせない、ある意味彼らしいはぐらかすような物言いで続ける。

 

「はじめの頃の方が、アンタのこと、強いと思ってた。同胞のためなら何でも出来る人だって」

 

 一見手厳しいような評に、クラピカはどんな反応をするべきなのか迷う。

 

 

「でも今は違うでしょ」

 

 

 確信を持った聞き方で、キルアは更にたずねてきた。そのままの通りだとすると、比較して今のクラピカは弱くなったのだと、そうも捉えられる言葉。

 しかし彼の声の温度と、先ほどとは違い鋭さの消えた眼差しに、クラピカは彼が含んだ真意を悟る。

 

 

「……『オレも』ということは、お前も変わった自覚があるのか?

 

 

 聞き返したクラピカに対し、頬杖をついたまま、キルアは猫のような瞳を一瞬大きく見張った後、ふっと表情を崩した。

 

 

「まあね」

 

 

 そう言って笑った彼と、今のクラピカは同じ顔をしているのだろう。

 

 

 

END

 

 

 

お題『好きになると、弱くなるね』より、以前書いた160字小説をリライト。

当時書いたものはクラピカの一人称主体でした。ビミョーに変わってます。

 

 

2023.7.31