二度目の修練の門 -Girl's side-

 

 

 

 ゾンネンズとの戦いから数日後。

 先日に引き続き、スノウとドロシーは修練の門の中にいた。

 相変わらずウォーゲーム再開の連絡はないままであり、前回はゾンネンズに邪魔をされたので改めて、仲間同士での実戦形式での試合を行うことにした。別の門に入ったメンバーたちも同様だ。

 

「じゃ、始めよっか」

「うん」

「十秒後にスタートね」

 

 声を出さずに秒数を数えながら、スノウは考えを巡らせる。

 ……ドロシーはガーディアンを使うことが多くて、あまり近接攻撃はしない。

 武器は主に空を飛ぶ時に使っている、リングから発動させる大きな箒。接近戦だったら、リーチが長い分、大降りで隙も多いはず。

 

 ——よし!

 

 十秒を数え終えると、ドロシーと目が合う。それが合図だった。

 

(試合——開始!!)

 

 駆け出すや否や、スノウは魔力を練り込み始める。

 

 「アイスリング!!」

 

 振り上げた右手に氷の刃が象られる。

 その刀身が完成するのとほぼ同時に、相手の懐に——入る!

 

「くっ!」

 

 瞬時にゼピュロスを発動させたドロシーは、金属部分の柄で猛攻をしのぐ。

 

「やるわね!」

 

 鋼にも匹敵する氷の剣を、躊躇なくぶつけるスノウ。ドロシーは好戦的な笑みを浮かべると、箒の先に魔力を纏わせる。

 

「!」

 

 察したスノウが大きく後ろに下がった。ドロシーの周囲に突風が生まれるが、すんでの所で回避し、前髪がかすかに掠っただけにとどまる。

 だが、それは彼女の狙い通りだ。

 

「こっちも遠慮しないわよ」

 

 ガーディアンを発動するのに、距離を作るための牽制。すぐにその意図に気付くスノウだが、それよりもドロシーの魔力が練られるのが先だった。

 

「ガーディアンARM、クレイジーキルト!!」

 

 先日の3rdバトルで付け替えたリングを、ドロシーが発動させる。

 彼女の横に、一体の見慣れぬガーディアンが現れた。

 

「……人形のガーディアン?」

「そっか。アンタは修練の門に入ってたから見てなかったわね。ガーディアンARM、クレイジーキルト。カルデアから連れてきた私の友達よ」

 

 むぎゅっ、じーっ。

 つぎはぎの人形のような容姿をしたガーディアンの、口の部分らしきジッパーが開く。

 かぱっと口が上下に大きく動き、スノウは思わず身構えた。

 

「はあい、ドロシー! 最近よく呼んでくれて嬉しいよ。ようやく私の有り難みがわかったんだねぇ!」

 

 口から飛び出て来たのは、地声でもキンキンと響く声だった。あっけにとられたスノウは、試合中であることも忘れ目をパチパチとさせる。

 一方、術者のドロシーは渋い表情だ。

 

「それが、ドロシーのガーディアン……?」

「……ええ」

「……えーと、よく喋るガーディアンだね!」

「……正直に『うるさい』って言ってもいいわよ」

「うるさいだって!? そりゃそうとも!何せ出てこられない時間の方が長いんだからねぇ! せっかく出られたんだから、しゃべり倒さなきゃ気が済まないじゃないか!!」

「あーわかったわかった。とにかく、今日の相手はあの子よ」

 

 辟易した顔でドロシーがすっと指を前方に差す。ターゲットに据える仕草。スノウの顔に再び緊張が奔る。

 

「あの子を倒すのよ」

「えー、あの女の子かい? ドロシーよりも小さいじゃないか!! 可哀相だよ!!」

「なに敵に同情してんのよ!」

「ドロシーも知ってるだろう? アタイは子供と遊ぶのが大好きなんだ! それなのにいじめろって言うのかい?」

「……む」

 

 スノウのこめかみで、ピキッと小さな音がした。

 ぎゃーぎゃー口喧嘩を続ける二人の足元に、鋭く尖った氷のカタマリが飛来する。

 

「わぁっ!」「きゃっ!」

「あー!! アタイのキルトのスカートが!!」

 

 クレイジーキルトが金切り声を上げる向こうで、手のひらをかざしたままスノウは大きく声を上げる。

 

「子ども子どもって、バカにしないでよね。私だってもう十四なんだよ?」

 

 迫力に思わずたじろぐガーディアンに、ドロシーは苦笑しながら言う。

 

「……ね? なかなか元気なお姫様でしょ」

「何ておっかないんだい、あんな可愛らしいのに」

「なめってかかっちゃいけない相手って訳よ」

 

 その言葉に、スノウの口元に笑みが浮かんだ。おたがいを仲間と、好敵手と認める発言だ。

 応えるように自らもまた笑むドロシーは、声を張り上げる。

 

「遠慮なくいきなさい!」

「はいよ!」

 

 クレイジーキルトが飛び出す。近寄られてはまずいと、本能的に判断したスノウは、門の中の地形を利用して距離を取る戦法に出る。遺跡群の中を駆け抜ける。

 クレイジーキルトは、宙に浮いた小型のガーディアンだ。移動速度が早い分、入り組んだフィールドでは衝突の恐れがあり下手にスピードが出せない。

 ならば、と足のある小回りのきく体を存分に生かし、遺跡の通路も使ってスノウは二人を見下ろせる位置をとる。ここまで温存していた魔力を一気に高める。

 新たな魔力の気配に、辺りを探っていたドロシーがこちらを向くのが見える。

 

「——こっちもいくよ! ガーディアンARM、ウンディーネ!!」

 

 練りに練った魔力をARMに通わせ、解放させる。スノウの傍らに、美しき水の守護精霊が現れた。

 

「お久しぶりね、スノウ。今回私が倒すべきは……」

「うわ、水のガーディアンじゃないかい! ドロシー! 服が濡れちゃうよー!」

「さっきの勢いは何だったのよ! もー!」

「濡れるとキルトはずくずくのぶくぶくになるんだよ! スカートが湿っちゃうよ~!」

「あ~いちいちうっさい! もうそのスカートボロボロでしょーが!」

「……あちらの方のようね」

「う、うん……」

 

 緊張感のない会話を繰り広げる対戦相手に、ウンディーネの表情にも苦笑が浮かぶ。

 

「……ともかくあいつを倒すよ! ウンディーネ!!」

「承知!!」

「!来るわよ!キルト!!」

「OK!」

 

 ガーディアン同士の空中戦が始まった。水球を当てようとするウンディーネだが、クレイジーキルトは縦横無尽に宙を飛び、軽やかにかわしていく。

 

「なかなか素早い身のこなしの方ね。ならば……アクアニードルズ!!」

 

 ウンディーネが両手を振り上げる。地面から水柱がいくつも上がる。

 

「わわっ、危ないねぇ!」

「なるほど、自分に有利なフィールドにするか。さすがカルデア製のガーディアンね」

 

 感心するドロシーに、水流をまともに浴びたクレイジーキルトが訴える。

 

「ドロシー! びしょぬれだよ~!!」

「いちいち狼狽えないの!! 仕方ない、あれ、やりなさい!」

「ええっ、この距離じゃドロシーもきついよ!?」

「いいから! 思い切りやっちゃいなさい!!」

 

 ドロシーの命令に、動き回っていたクレイジーキルトが止まった。

 息を吸い、ジッパーの顎をぱかっと開くと、謎の歌を奏で始める。

 頭を殴るような不快な音の群れ。怪音波だ。スノウは反射的に耳を抑える。

 

「っ……! 何これっ……!」

 

 対するドロシーは、顔をしかめつつもまだ余裕を見せている。

 

「あー、確かにこれはしんどいわね……どう?」

「ううっ……!」

「ウンディーネ! ……これが、ドロシーのガーディアンの力……」

「くっ……!」

 

 苦しそうな声を上げるガーディアンの様子を見て、スノウの顔に逡巡が浮かぶ。

 自身の集中力と、これ以上自分のガーディアンに負担をかけるのを好ましくないと判断したスノウは、悔しく思いながらも魔力の供給を止めた。

 

「ごめんね……ありがとう、ウンディーネ」

 

 指輪の中へ戻ったガーディアンをねぎらいの言葉をかけると、スノウは残念そうに眉を曲げつつも笑顔で宣言した。

 

「ギブアップ。私の負けだよ」

 

 先程の動作から察していたのだろう。すでに怪音波を発するのをやめていたクレイジーキルトも、「じゃあねー」と挨拶すると姿を消した。

 

「お疲れさま」

 

 そうスノウへ返したドロシーは、満足そうな顔で歩み寄る。

 

「あーあ、負けちゃった」

「いや、正直驚いたわ。さっきのガーディアン、かなりクラスの高いやつじゃない。それをあんな短時間で発動させられるなんてね」

 

 ドロシーはポンと、スノウの背中を叩く。

 

「自信持ちなさい、アンタは立派な戦力よ」

 

 心からの賞賛の言葉に、スノウは嬉しそうにはにかんだ。

 

「ドロシーもやっぱりすごいね。あのガーディアンもだけど」

「まぁね。伊達にカルデアの魔女やってないわよ」

 

 ドロシーは得意げに、屈託なく笑ってみせる。

 ふと二人の目と目が合う。先日のゾンネンズ戦でのコンビネーションの時のように、おたがいの考えていることがすぐにわかった。 

 

 ……楽しかった!

 

 目配せしあった二人は、手と手を合わせてハイタッチをした。

 

「さーて、一汗かいたし、温泉にでも入ろっかな」」

「はい、私も一緒に入るー!」

「あら、スタイルに自信あるの~?」

「むっ……ちょ、ちょっとはあるもん!」

 

 連れ立って歩き出す二人の、歩幅は少しだけ違う。けれど自然と合わせ合い、同じペースで先へと進んでいく。

 試合での緊張感はどこへやら、仲良く会話をする姿は、まるで姉妹のようにも見えた。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

特に着地点とかは考えず、何となく書き出した話でした。

タイトルが思い付かなかったので、とりあえず仮題そのままで載せています。

しっくりしたのが来たら、後日そっと差し替えるかもしれません(笑)

 

二人の仲の良い様子が描けていたら嬉しいです。

 

2018.8.24