世界の片隅で

 

 

 

 

 最近、目覚める場所が毎日違うので、一瞬自分の居場所がわからなくなる。

 夜半過ぎ、ふと目を覚ましたナナシはそんなことを思い、木々のすき間から見える夜空をぼんやり見上げた。

 

 

 ……そうそう、自分たちはアルヴィスを救うためクラヴィーアを目指していて。

 砦を渡るための条件として、ブリッツ湖の海龍を倒すことになり。

 しかし大きな湖が三つ並んだそこで、海龍は一番奥に位置する洞窟に住んでいて。

 そこまではさすがに遠すぎるので、一つ目の湖を渡ったあと、近くの森で野宿することになったのだ。

 

 身体を起こし辺りを見渡すと、盛大な寝相を披露しているギンタやジャック、安らかな寝顔のスノウ達が視界に入る。

 

……なんや、オッサンも寝てるやんか」

 

 見張りを申し出たアランも睡魔の誘惑にはかてなかったらしく、こっくりこっくり船を漕いでいる。

 しかし、その横で寝ていたはずのアルヴィスの姿がない。

 

 仲間たちを起こさないようにそっと立ち上がり、なるべく音を立てないようにしてナナシはアルヴィスを探しに出る。

 腰の辺りまである草を避けながら、なんとなく感じられる気配を辿って行くと、森が終わり少し開けた空間に出る。

 

「お、いたいた」

 

 草原が広がる平野の中心に探していた彼が立っていた。

 風に吹かれて佇む彼は、瞳を閉じたまま身動きをしない。

 

……何してんのやろ?」

 

 ナナシが一人呟いた途端、それに反応したかのように地面からズウウウゥゥンと低い音がし始める。

 かすかに振動する地面に一瞬体勢を崩しかけたが上手くバランスを取ると、視線の先にいるアルヴィスが静かに動いた。

 

 

 アルヴィスが両手を広げる。

 するとゴゴゴン……と、彼の周りをいくつもの13トーテムポールが現れる。

 天まで届く柱が、物凄い速さで次々と前方へと迫っていく。

 しかも一つ一つの柱が一定の間隔を保ったまま。

 

(あれ程のスピードやったら、避けるの難しいかもしれんな)

 

 とナナシが分析していると、アルヴィスの指が動いた。

 すっと右手の指が前に差し出されると、右前方で回転していたトーテムポールが次々に柱の列を作っていく。

 同じように、今度は左側のポールがなめらかに地面を滑っていく。

 

 僅かな指の動きで自在にポールをコントロールする光景は、何度見てもまるで芸術のようだ。

 声をかけることも出来ず、ナナシはしばし圧倒されていた。

 

————っ!」

 

 と、ふいにアルヴィスが息を詰めた。

 そしてそれまで動いていた13トーテムポールが急激に動きを止める。

 ナナシも思わず息を飲み彼を見つめた。

 高い音を響かせて、いつかのウォーゲームの時のようにポールが崩れていく。

 地上へと降り注いだポールは光の粒子となり、アルヴィスの腰元へ集まっていき、やがてチェーンの形に戻った。

 アルヴィスがゆっくりとした動きで両腕を身体に回す。

 はあ……と、大きく息をつくと、集中力が途切れたのだろう。アルヴィスの身体から緊張が解かれた。

 しばらくの間そのまま立ち尽くす彼に、大丈夫だろうか、とナナシが心配そうな面持ちになる。

 

 すると彼は、草の上にぱたりと、背中から倒れてしまった。

 

「!? アルちゃん!!」

「何だ」

「え”っ!?」

 

 驚き叫んで駆け出すと、間髪入れずに彼の声が返ってきてナナシは慌てて立ち止まった。

 

「……アルちゃん?」

「だから何だ」

「倒れたんや……ないの?」

「あれぐらいでへばるものか」

「なんや〜吃驚したわ〜」

 

 力の抜けた身体を地面に預けると、ナナシは大きなため息を付いた。

 胸をなで下ろしながらも生まれた疑問を、おそるおそる聞いてみる。

 

「……もしかして、自分にも気ィついとった?」

「ああ」

「いつから?」

「お前がここに来た時から」

「それって最初からやん! 心臓に悪いで、ホンマ〜」

 

 寝転がったままのアルヴィスは脱力した様子のナナシを見遣った。

 そして少し経ってから小さな声で言う。

 

「……心配してくれたのなら感謝する」

 

 その言葉にナナシが振り向くと、アルヴィスは小さく笑みを浮かべていた。

 一瞬瞳を丸くするがナナシも笑い返し、アルヴィスの隣に大の字になり転がった。

 遮るもののない開けた空間であるこの草原だと、先程見上げた星空をよりしっかりと見ることができた。

 自分たちの頭上に広がった、星屑をまんべんなく零した夜空。

 

「すごい星やな……」

「ああ」

 

 耳を澄ますと、瞬く音が聞こえるのではないかと思ってしまうほど、無数の星たちは眩しいくらいそれぞれの光を放っている。

 

「……以前ギンタが言っていたが、ギンタのいた世界では、星がたくさん輝く空というのは滅多に見れないものらしい」

「へぇ……」

 

 メルへヴンの人間は、生まれたときからこの空を見て育つ。

 空に散らばるひとつひとつが鮮やかに輝く星。

 時折大気の関係でやや見える星の量が減ったり、光源が薄いということはあるけれど。

 

「なんだか、あまり想像できへんな」

 

 これがもはや当たり前とも言える光景なので、雲が厚く覆っていないのに紺碧が降りている夜空、と言うのは、少し想像しがたい。

 

「このメルへヴンでも、工業の発展した国だと確かに星が少ないが、それ以上に見えないみたいだぞ」

「……ああ、アルちゃんはこの六年間いろんな町を巡っとったもんな」

 

 納得した声を上げると、意外そうな顔をしたアルヴィスがナナシの方を向いて言う。

 

「それはナナシだって同じだろう。アンダータの範囲にあれだけ広範囲の国が入ってるじゃないか」

「盗賊稼業は夜が本番やさかい、星を見るより目の前のお宝や」

「……情緒がないな」

「ヒドい言いようやな……」

 

 大げさに肩をすくめてみせると、隣に横たわるアルヴィスが再び唇に笑みを乗せた。

 改めて頭上の星々を眺めていると、こうしてゆっくりと過ごす時間がずいぶんと久しぶりであることに気付く。

 ウォーゲームの開始からは勿論だが、この幻の都への旅を始めてからはさらに色々なことがあった。

 気がつけば振りかえる暇もないくらい、目まぐるしい日々を送っていた。

 きっとこんな穏やかな時間を欲していたのだろう。彼も自分も。

 しばらく二人は何も言わず、星空を見上げ夜風に吹かれていた。

 

「……そういえば、ずっと前から気になっとんたんやけど」

「ん?」

 

 長い静寂のあと、思い出したように呟いたナナシに、アルヴィスは首を傾けて続きを促す。

 

 

「アルちゃんは、どうしてクロスガードに入ろうと思ったん?」

 

 

 ナナシの口から零れた問いに、アルヴィスは少し驚いた顔をした。

 

 

「そうか……話していなかったな…」

 

 

 素直な感情を浮かべてナナシを見つめるアルヴィスは、普段の姿よりも幼く見える。

 透明な青い瞳に星の光が映り、その煌めきにナナシはほんの少し息を飲んだ。

 小さな明かりを宿したまま空を仰いだ瞳の表面を、一つの光が弧を描いて通り過ぎる。

 流れ星だ。

 つい無意識に視線を上げ、地上に落ちる前に消えた欠片に思いを馳せると、同じように星の終わりを見届けたアルヴィスがぽつりと話し出した。

 

「……昔……」

「……?」

「クロスガードの仲間に、星が死ぬ時の話を聞いたことがある」

 

 先程の質問の答えとは一見思えなかったが、ナナシは黙って続きを待つ。

 

 

「星はどんな時も空にあるが、いつか必ず消えてしまう」

 

 

 星の光は永遠に思えるが、それは人間の目からとらえた限りである。

 先程目撃した、地球の引力に引かれ落ちて来た流星のように、いつかは宇宙の塵となる存在である。

 

 

「消える瞬間、星は大爆発を起こす」

 

 

 星は燃え尽きる時、それまでとは比べ物にならない光を放ち宇宙を震わせる。

 時にはたった一つの星が、銀河全体と同じくらいの輝きを放つこともある。

 

 

「その爆発で残った小さなかけらが、また新しい星を作り出す。そうして、星は光を繋いでいくそうだ」

……宇宙の神秘やな」

 

 

 しみじみとナナシが呟くと、アルヴィスはそこで一旦息を吸った。

 

 

……人の命はそれに似ている」

 

 

 星が夜空に瞬いて旅人を導くように、人はその生で誰かの道を照らし出す。

 時に行動で、時に言葉で。誰かを導く光になる。

 そしていなくなったとしても、人の思いは、願いは、誰かの胸に残り続いていく。

 決して消えない灯火となる。

 

 

「その輝きを、愛しいと、守りたいと思った」

 

 

 

 アルヴィスの一言一言が、星の光のようにナナシの胸に降り積もり、優しいもので満たしていく。

 いつの日か、彼が夜明けの世界を臨んでいたのを思い返す。

 あの時もそう、彼の瞳はこんな柔らかい光を湛えていて。

 ナナシはその時感じた、彼が命に対して語ったのと同じような気持ちに静かに浸りながら、星明かりに照らされた横顔を見つめる。

 

 

……そういえば昔、仲間が不思議なARMを見つけてな」

 

 

 視界の端で空を見ていたアルヴィスがこちらを向いた。

 

 

「人間の目に見えへんくらい小さいモンが、覗くと見えるようになるARMで」

 

 

 こう、望遠鏡みたいな形してて、と、ナナシは手で筒を形作る。

 

 

「それで仲間と色んなモンを覗いてみたんや」

 

 

 葉の組織はどうなっているか、色鮮やかな宝石の中はどんな世界なのか。

 子供に戻ったように、彼らは目を輝かせながら様々なものを覗き、驚き、そして笑った。

 

 

「その時、たまたま傍にいた仲間がレンズに映ってな……そしたらきらきら光る、不思議なもんが見えたんや」

 

 

 水晶製のレンズに映ったその光は、初めて見るものだったが、どこかで見たようなかたちをしていて

 

 

「多分本に載ってた、原子っちゅうもんやと思うんやけど」

 

 

 この世界にある全ての物質を構成する、小さな粒子。

 人の身体の奥の奥で、それは

 

 

「まるでこの夜空を、全部集めたみたいに光ってたんや」

 

 

 

 望遠鏡のようなARMは一定時間しか使用できなかったらしく、しばらくその光に見とれていたら手の中で壊れてしまった。

 しかしその残光は未だ目の奥に焼き付き、心を掴んで離さない。

 

 

「そん時な、人は星と同じ輝きを持ってるんやな、って思ったんよ」

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 そう言って微笑んだアルヴィスは、無数の星の光に照らされていた。

 薄闇に白く浮かび上がった顔は、とても綺麗だった。

 

 それなのに、無性に胸が痛くなったのは何故だろう。

 

 

「——よし! 明日も早いし、もう戻って眠ろか」

「そうだな」

 

 奔った痛みにあえて気付かない振りをし、ナナシは服に付いた草を払って立ち上がる。

 ナナシに続いて、名残惜しそうに空を眺めたアルヴィスも身を起こした。

 途端、本人の意思とは関係なくふらついた身体をナナシが支えると、アルヴィスは少し照れくさそうに小さく笑んだ。

 それにナナシはバンダナの奥の瞳を細めて答え、肩を支えながらアルヴィスの歩調に合わせ、ゆっくり歩いていく。

 

 

 ほんの少しの動作でぐらついた身体。触れた肩先から感じる熱めの体温。

 六年前から絡み付く呪いが、彼を確実に蝕んでいる。

 その事実を今一度悟ったナナシは、僅かな時間アルヴィスに気付かれないよう眉を顰めると空を見上げる。

 

 

 夜空に光る、儚い奇跡は

 自分たちの祈りを、聞いてくれるだろうか。

 

 

 そうでなくとも、ナナシはこの腕の中の光を

 

 

 絶やしたくないと、強く——思う。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 高校の時、初めての物理の授業である写真を見ました。

 最新技術を駆使した、超ハイテク顕微鏡で写された原子の写真。

 暗闇の中に、銀河のような光が映ったその写真は、先生に教えてもらわなければ宇宙の写真にしか見えませんでした。

 まだ謎の多い命の形に、「ああ、人間の中には星があるんだな」と、ちょっぴりロマンチックなことを思いました。

 そんな思い出から生まれた作品です。

 

 星空の描写が単調なものにならないよう、宇宙の写真集等を借りたり細かいことを調べたりしたのですが、生かされているかどうかは微妙です...。

 漠然としたテーマは「愛しいもの」。 

 ナナシのアルヴィスに対する愛しさが溢れ出す所や、不安定な体調で儚く見えるアルヴィスの様子が綺麗に書けていればいいな、と思います。

 ....とは言っても、私の書くものはCP色が著しく無いのですが....少しでも楽しんで頂けたら本望です。

 ご拝読下さり、有り難うございました。