冷たい海【13】

 

 

 

 

 パキィッッッッ!!!!

 

「っ!!」

 

 甲高い音を立てて、クローズドウイングが粉々に砕け散る。

 その光景に目を見開き、スノウが困惑の表情で呟く。

 

「ド、ドロシーこれは……」

「異空間が閉じた…!? …アルヴィス!! ギンタン!!」

 

 異空間でARMが耐え切れないほどの何かが起こったのだ。

 柳眉にいつになく焦燥をにじませてドロシーは思わず叫ぶ。

 途端、

 

「あいてっ!!」

 

 豪快な音を立てて、目の前に異空間に消えたはずのギンタが現れた。

 わきあがった不安を、あっというまにどこかに追いやったその登場に唖然としつつも喜色の顔を浮かべる一同。

 

「ギンタ!! 戻ってきたっスね!」

「いてててて…ん? ジャック?」

「お帰りギンタ!!」

「スノウも……てことは、ここは」

 

 帰ってきたんだ、元の世界に。

 

「! アルヴィスは!?」

「……まだ」

 

 心配そうな瞳で、スノウは抱えたアルヴィスを見つめる。

 その肩を叩きながらドロシーが柔らかな表情で声をかける。

 

「大丈夫よ」

「ドロシー、アルヴィスは大丈夫なのか?」

「ええ。ARMは壊れたけど、君が戻ってきたのがその証拠。もうすぐ目を覚ますはずよ」

「……そっか」

 

 安堵の息をつき、ギンタは身体から力を抜いてアルヴィスを見る。

 まだ瞳を閉じているその顔が、最後に見た少年の笑顔と一瞬だぶった。

 

 

 ……もう一度見せてほしい。あの表情を。

 

 

「__アルっ!!」

「皆さん、ご無事ですか!?」

 

 唐突に聞こえてきたその声に振り向くと、城に残してきたはずのベルとエドワードが息をきらして現れた。

 

「ベル、エド! お前たちどうして……」

「ねぇギンタ!! アルはどうしたの!? 大丈夫なの!?」

 

 今にも泣きそうに涙を溜めてギンタに詰め寄るベルに、とりあえず落ち着けと声をかける。

 遅れて足音を響かせて、ナナシとアランがやってきた。

 

「アンダータで自分が連れてきたんや」

「そうだったんスか! でも何で……」

 

 この街もまだ危ないかもしれないのに、と続いた言葉にアランが答える。

 

「一通りの奴らは倒した。残った雑魚と街の収拾はレギンレイヴの兵士達が受け持ってくれるらしい」

「避難した人たちも、無事保護できたみたいやしな。もう問題はあらへんやろ...それに」

「……それに?」

 

 言葉を途切れさせたナナシは、心配そうにアルヴィスについているベルを静かに見つめた。

 

「大切な人が危ない時は、どんな人かて傍にいたいやろ」

「……そうだな」

 

 その言葉に表情を和らげて、同じようにギンタも目の前の光景を見つめる。

 

 そして。

 

「……ん……」

 

 誰もが待っていた瞬間がやっと訪れた。

 

 

 

 

 うっすらと瞳を開くと、とてもよく知っている顔が近くに現れた。

 その人物の名を、アルヴィスは思っていたよりも掠れた声で呼ぶ。

 

「……ベル……」

「アル!! 良かった、気が付いて!!」

 

 泣き笑いの顔で抱き付いてくるベルにアルヴィスは小さく微笑んだ。

 長い眠りの後のように身体は重く、あまり自由に動かない。

 それでも視線を巡らすと、視界に入ってくるいくつもの顔。

 

「アルヴィス!」

「……ギンタ……」

 

 力強い笑みを浮かべる金色の少年と。

 

「アルヴィス」

 

 暗い水の中でも消えることなく、自分を導いてくれた仲間。

 顔に触れるベルの温かさと、静かに優しい瞳で見つめてくる彼らの表情に、心にあった沢山の黒い気持ちが癒されてゆくのを感じる。 

 

 

 ___そう、気付かなかっただけで。

 

 

 こんなにも、近くにいた。

 

 

 気持ちを受け止めてくれる人たちが。

 

 

 自分を支えてくれる人たちが。

 

 

 名前を呼んでくれる、人たちが。

 

 

 

 だから、自分を待ってくれている人たちに向かって、

 アルヴィスは微笑み、小さな、けれどはっきりとした声で言った。

 

 

 

「……皆……」

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 

 

 

 その言葉に、誰もが同じ答えを返した。

 

 

 

 

→ 第十四話