ハロー、マイホーム

 

 

 

 天気は快晴。上空で流れる雲の向こうは水色の空。ハイキングにはちょうど良い気温だ。

 

「もうすぐ見えるっスよ」

「やっとかよ〜」

 

 後ろを振り返ると、連れの一人の青年が疲れた様子でぼやいた。

 戦争後チェスを抜けたロドキンファミリーだが、弟のレノはこちらの方が馴染んでいるからと、あまり仮面を外そうとはしない。さすがにパヅリカ行きの船に乗った時は目立つので外していたが、ジャックの前ではまだほとんど身に付けたままで過ごしている。

 

「船を乗り継ぐだけでも大変だったのに、街からさらに歩くなんてな……お前ん家って、本当に田舎なのな」

「ちょっとレノ、失礼でしょ」

「ははは、今更っスよ」

 

 レノをたしなめるパノだが、ジャックはパヅリカの位置を知り「ガビーン!」と驚いていた親友の顔を思い出し笑った。

 彼と初めて会ったのもあの家だ。あの時からジャックの運命は変わった。

 丘を登りきると、畑が広がる。懐かしい風景に、ジャックは少し早足になる。彼を微笑ましそうに見つつ、パノは小走りで追いかける。レノは億劫な態度を隠そうともせず、そのまま歩いて彼らを追い、最後尾のガロンはそんな子供たちを見守る。

 

「母ちゃん、元気かなぁ」

 

 手紙で帰ることは知らせているが、具体的な日にちは書いていない。だんだんと近づいてくる自宅から、香ばしい煙の匂いがする。

 故郷の景色に急かされるまま、ジャックはなだらかな斜面をかけ上がる。しかし見慣れた家屋の前には、予想もしない人物がいた。

 

「おお、ジャック! 帰ったか!!」

「げ!! ルーガルーブラザーズ!!?」

 

 狼の姿をした二人組の獣人に、足を止めジャックはざざっと腰を引く。ロドキンファミリーもすぐさま臨戦状態になる。

 

「なんだ!? 人狼じゃねーか!?」

「な、なんでお前らがここに……また畑を襲いに来たっスかー!?」

「ちょ、ちょっと待てよ!! オレたち、お前とギンタに負けてから改心したんだ!」

「え???」

「そうさ! 人も襲ってねぇ! 今はここの畑手伝ってんだぜ」

「そ、そうなんスか……?」

「ああ! 働いた分、おっかさんに飯を食わしてもらってるんだ」

「……なに? 悪者じゃないの?」

「……どうやら、そのようだな」

 

 どうやら言葉は真実らしく、自慢の爪も出そうとせず無抵抗の彼らに、一同は矛をおさめた。

 牙も目立たず、完全に人相も変わった彼らだが過去のこともある。引きつった顔でジャックは「そ、そうなんスか……」と呟いた。

 

「お、後ろにいるのは、ウォーゲームでジャックと戦ったねーちゃん一家じゃねぇか」

「ど、どうも……」

「にしてもジャック、帰るならちゃんと『この日』って知らせろよ。いきなり現れたらビックリするじゃねーか」

「オイラもすごいビビったっスよ……」

 

 すっかり疲れた様子になったジャックには気付かず、ルーガが小屋に向かって声を張り上げた。

 

「おーい、おっかさん、ジャックが嫁さん連れてきたぞー!」

 

 その言い方は、どうなのだろうか。

 誰かがそう突っ込む前に、玄関の扉がバタンと開いた。

 

「………ジャック!!」

 

 見上げた丘の上の家で、涙を浮かべた母が戸口に立っていた。

 

「……母ちゃん!!」

「おかえり!! ジャック!!」

 

 玄関までジャックはかけ登る。泣き笑いの顔で、力いっぱい母は息子を抱きしめた。

 

 

 

「それにしてもホント驚いたよ。ギンタちゃんと旅に出ていったはずなのに、気が付けばウォーゲームにまで出ちまってるんだから」

 

 お茶を飲みながら、一同はこれまでのことを話す。ルーガルーたちは外で仕事の続きをしている。

 

「あの時は母ちゃん、ひっくり返りそうになったよ」

「あー……心配かけてごめん……」

 

 罰の悪そうな顔で頭を下げたジャックに、母は微笑んで言う。

 

「いいんだよ。まったく、まだまだ子供だと思ってたのに……世界を救って、父ちゃんの仇を討って、おまけにお嫁さんまで連れて帰ってくるとはねぇ」

「お、お嫁さんだなんて! そんなぁ〜!」

 

 照れたパノはバシバシと横のレノを叩く。「いてぇよ……」と小声で訴える弟だったが、姉は舞い上がったまま聞いていない。

 「仲が良いんだねぇ」と二人のやりとりに目を細めていたジャックの母は、頃合いを見て椅子から立ち上がる。

 

「積もる話はまだまだあるけど、そろそろ仕事の続きもしなくちゃねぇ。ルーガとガルーにばかり任せちゃ悪いし。ほら、男たちは畑仕事だ。ジャック、畑に案内しておやり」

「はいっス!」

「オ、オレたちもやんのか!?」

「当然だレノ。世話になるのだからな」

「けどよオヤジ……って、準備万端だし!!」

 

 すでに壁にかかっていた農具を持ちスタンバイしていた父に、レノは突っ込んだ。もともとの格好がラフだからか、意外に似合っている。

 

「文句言わないのレノ。サボんないでしっかり働きなさいよ。ジャック君に迷惑かけちゃダメだからね!」

「チッ、わぁってるよ!」

 

 いつだって父と姉には勝てないのだ。レノは早々に抵抗をあきらめ、渋々ながらもジャックとガロンに続き外に出ていった。

 

「パノちゃん、アンタは私と夕飯の下ごしらえを手伝っとくれ」

「はい!」

 

 今日の献立は畑で採れた野菜のシチューとサラダ。それと男たちも増えたのでたくさんのコロッケだ。

 台所で細かく野菜を刻んでいくパノに、ジャックの母は感心する。

 

「パノちゃんは手際がいいねぇ」

「うちは母がずいぶん前に亡くなって、私が家事をしてましたから」

「そうかい。料理を美味しく作れる子は、いいお嫁さんになるよ」

 

 朗らかに言う彼女に照れ笑いを浮かべるパノだが、ふとその笑みは硬いものになる。

 残りの野菜を刻みながら、彼女は尋ねる。

 

「あの……」

「ん? 何だい?」

「本当に、こちらにお世話になっていいんですか?」

 

 顔を見られない。彼女の様子を察してか、ジャックの母は穏やかな声音で聞き返す。

 

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

「私は……私たちは、チェスの兵隊です」

 

 パノは手の動きを止める。野菜はすっかり細かくなってしまっている。

 

 

「ジャック君のお父さんを殺した、チェスの一員です」

 

 

 パノは知らず声を震わせながら続ける。隣から、ジャックの母が静かに見つめてくるのがわかる。

 

 

「今はもう、チェスを抜けました。悪いこともしていません。だけど……ジャック君が守った世界を、壊そうとしていたのは私たちです」

 

 

 それは彼の家に行くことになってから、ずっと心の端で気になっていたことだ。

 拒絶されても、罵倒されても、なじられても仕方のないことだと思っていた。

 断罪されて当然だと、そう思っている。

 だから次に来る言葉を、目を固くつむってパノは待った。

 

 

「でもアンタやアンタの家族が、ジェイクを殺したわけじゃないだろう」

 

 

 パノは瞼を開いた。泣きそうな顔で見てくる彼女に、ジャックの母は続けた。慈愛に満ちた表情で。

 

 

「あの人は……ジェイクは私たち家族を、世界を守ることを選んで死んだんだ。そこに後悔はないはずだよ。それにこの戦争の根も、もとは互いを受け入れられない人間の心の弱さが生んだもの。……アンタみたいな若い人が、背負う必要はないんだよ」

 

 

 潤んだ瞳を揺らしながら、パノはもう一度たずねる。

 

 

「……いいんですか……?」

「あの子(ジャック)が選んだ子と、その家族なんだ。当たり前だろう?」

 

 

 屈託のない笑顔と言葉に、パノの胸はいっぱいになる。

 なんて、やさしい人なんだろう。

 こんなに優しい人を奥さんに選んだ彼のお父さんも、きっと同じように優しい人だったのだろう。

 

(会ってみたかったな……)

 

 ぐすりと、パノは鼻をすする。

 

「……さぁ、腹一杯食べる男どもがたくさんいるんだ。どんどん手伝っておくれ!」

「……はい!」

 

 にじんだ涙をこっそりと拭って、パノは元気よく返事をした。

 

 

 

「はー……つかれた」

 

 作業の手を休め、レノは農具を置き柵に寄っかかった。しかし視線の先のジャックはえっほ、えっほと続けている。

 地味にスタミナのある彼を、内心驚きつつレノは眺める。

 

「これ、ずーっと夕方までやんのか?」

「そうっスね。いつもこんなモンっスよ」

 

 あっけらかんと答え、ジャックは再び畑に向きなおる。

 

「懐かしいなぁ……土をいじるのも久しぶりだ」

「……ARMは使わねぇのかよ」

 

 楽しそうな彼に、レノはボソリと尋ねた。

 

「お前のアースなんとかってやつなら、すぐに畑を耕すことができんだろ?」

 

 キョトンと顔を向けたジャックに、レノは続ける。前時代的なクワや鋤(すき)で延々と作業をしていることに疑問があるらしい。

 

「時々はするけど、そんな毎回は使わないっスよ」

「そうなのか?」

「魔力は土を手助けするために使うんス。作物を育てるのは土だから」

 

 土は土地によって、種類や性質がある。むやみに魔力を注ぐと野菜が育ちすぎて土の栄養がなくなってしまうし、かといって中途半端な魔力ではうまく育たない。また作物の種類も関わってくる。

 ARMがない時代の知識と、文明の利器である ARMと、人の魔力。それらと大地本来の力が補い合って、美味しい野菜を作るのだ。

 

「ここはオイラの父ちゃんが拓いて、ずっと続けてきた土地だから、オイラもそのやり方でやってるんス。……手をかけた分だけ、土は答えてくれるっスよ」

 

 語っていたジャックだが、ふと黙って自分を見ているレノの様子に気づく。

 

「……疲れたならもうやめるっスか? 別にいいっスよ? オイラ一人でやってたことだし、家に戻ってパノさんの手伝いとかしてもらってたら」

 

 ジャックの発言は嫌味ではなく、レノを気遣ってのことだったが、ひそかに彼に感心していたレノはその言葉に大いに反応した。

 自分よりもガキのジャックが働いているのに、のこのこ帰ってきたら姉に大目玉を食らうだろう。

 何より、ここで音を上げていたら男が廃る!

 

「こんくらい、たいしたことねーよ!」

 

 俄然はりきり出したレノに、ジャックはしばらく呆気に取られていたが、程なく顔を綻ばせた。

 

 

 

「お前の母上は良い人だな」

 

 日差しがだいぶ傾いてきた頃。黙々と作業に励んでいたガロンが、ジャックの傍にやってきた。

 肉親を褒められて悪い気はしない。へへ、と鼻をこする彼の名を、ガロンは改めて呼ぶ。

 

「ジャック」

 

 かしこまって己を呼んだ男を、ジャックは見上げる。

 

 

「我らは元チェス。世界から憎まれる存在だ。今後ここにいることで、お前たち親子に迷惑をかけることにもなると思う。だが人として、親が子を思う気持ちは変わらないつもりだ。……1stバトルで、あの子が私を庇ったように」

 

「……パノさんが優しい人だってことは、よく知ってるっスよ」

 

 

 ジャックの返答にガロンは岩のような顔に、たしかな微笑を覗かせた。

 

 

「あの子を幸せにしてやってくれ」

 

 

 ジャックもまた、力強い笑みを浮かべる。

 

「……もちろんっス。えーっと……」

 

 ガロンさん、とまだ呼び慣れない彼の名前を言う代わりに、おそるおそる未来の呼び名を呼んでみた。

 

 

「お、お義父さん……?」

「……それはもう少し先にしてくれ」

 

 

 言うや否や渋い顔になった彼に、ジャックは苦笑いをする。

 

 

「あんたたちー、ご飯できたよー」

「お、メシだ!!」

「はーい、今行くっスー!」

 

 風に乗って夕食の匂いがしてくる。「早くー!」と促すパノの声もした。

 先にかけ出したレノを追いかける形で、ジャックはガロンとともに大切な人たちが待つ、愛すべきわが家へと足を向けた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

ずっと書きたかった話の一つです。……何年温めていたのかはもう忘れました。

今回のテーマはわかりやすいですが「家族、故郷」。ジャック一家とロドキンファミリーが家族になるまでの話でした。

MARの公式CPは全部好きで、ジャクパノも好きですし、ジャックのお母さんやロドキンファミリーのことも掘り下げられたので出来には満足しています。

 

最後までご拝読くださり、ありがとうございました!

 

2017.1.4