His dearly precious songs

 

 

 

 

「あー」

 

 レギンレイヴ城の中庭に拵(こしら)えられたベンチに、だらしなく背中を預けてギンタは無気力全開で言う。

 

「ひまだー」

「……ウォーゲームもずっと休みやしなぁ」

 

 近くに寝そべったナナシも、すっかり気の抜けた様子で相槌を返した。

 

 ポズンによる、突然のウォーゲーム休止宣言から数日。

 当初は、こんな時しかできないからと各自息抜きをした。勿論ガイラとアランの手により、修練の門にも入った。

 しかし連日修行というわけにもいかない。単調な毎日をくり返していれば、いくら向上心のある者でも飽きがくる。少なくとも、ギンタたちには飽きが来た。

 いまだゲーム再開の目処が立たない中、ゲームに出れずに力がありあまっているスパルタなガイラから、彼を筆頭にしたメルメンバーは休日をもぎとった。

 しかし、することがない。

 気候は徐々に穏やかなものに変わりつつあるのに、心騒ぐようなことがない。

 ……彼らは完全に暇を持てあましていた。

 

「なんかお祭りとかねぇのか〜?」

「お祭り?」

 

 ギンタの隣で足をぶらぶらさせていたスノウが、「私行ったことない」と言った。

 オイラもっス! とジャックも手を挙げる。

 

「オヌシの住んどるパヅリカでは、祭りはなかったのか?」

「パヅリカは小さな町が二つしかないから、お祭りとかは殆どなかったっス。作物の収穫を祝って、母ちゃんとご馳走作るくらいで」

「ご馳走って、あのヘゲホゲ鍋か?」

「そうっスよ! こないだのは失敗しちゃったけど、母ちゃんの作るのは上手いんスから」

「すごい名前の鍋だな……」

 

 肩にベルを乗せて樹木に寄りかかるアルヴィスが、胡散臭そうに顔をしかめた。

 

「今度アルヴィスにも食べさせてあげるっスよ!」

「いや、いらない」

 

 話題が微妙にずれていく中、初めのギンタの問いにドロシーが答えた。

 

「この時季だと……花祭りがあるわね」

「花祭り?」

「フリューリングであるお祭りよ。春の訪れを祝ってやるの」

 

 腰を下ろしていた樹上から、軽やかに飛び降りた彼女に、がばっとギンタが起き上がる。

 

「出店あるのか!?」

「あるわよ、いーっぱい」

「人もたくさん来るんスか?」

「来るわよ、いーっぱい♪」

 

 ギンタの目がきらきらと輝き始めた。スノウとジャックも顔を見合わせ、期待にはやる気持ちを隠し切れないでいる。

 

「行ってみるか?」

 

 と煙草を吹かしていたアランが、子供たちに尋ねた。

 先程までの様子はどこに行ったのか。ギンタが勢いよくベンチから降り立つ。

 

「よっしゃ!! 皆で行くぞー!!」

「「おー!!」」

 

 ギンタに続いて拳を上げた二人に、残りのメンバーは微笑ましそうに目を細めた。

 

 

 

 

 ドロシーのアンダータで移動し、一同が到着したのは、石造りの家と木々が立ち並ぶ小規模の街だった。

 街を大きく横切る一つの通り。両側に植えられた木々は、まだ完全に春が来ていないため茶色い肌をさらしており、景色は一見殺風景だ。しかし、それぞれの枝先では蕾が膨らみ、新しい季節を待っている。

 大通りには屋台や露店がいくつも並び、人々がひしめき合い、にぎやかな雰囲気を生み出していた。

 

「すげぇ〜人がいっぱいいるー!」

「これはまた賑わっとるなー」

「小さな街だけど、古くから続く伝統あるお祭りだからね。余所から来る人も多いのよ」

 

 興味津々で首を巡らせて歩く彼らを見つけて、どこからか「おお!」と声が上がる。

 

「これはこれは、メルの方々ですね! 我が街にご訪問有難うございます」

 

 人混みをかき分けてやってきたのは、この街の町長とおぼしき初老の男性だった。

 メル? と気付いた人々が一様に足を止め、一同の姿を見てどよめきを立てる。

 

「皆様は花祭りをご覧に?」

「ああ。ここの祭りは有名だからな」

「でしたら是非、午後に執り行う儀式をご覧下さい。今それの準備をしている最中なのです」

「儀式?」

「この祭りの醍醐味とも言える、春を呼ぶ儀式です」

 

 説明している間にも群がってくる住人たちを見回して、町長は苦笑した。

 

「ここではゆっくりできないでしょう。どうぞ、こちらにいらして下さい」

 

 

 

「うひゃ〜でっかい湖っスね!」

「すごい……水が透き通ってるよ!」

 

 屋台で買ってきた思い思いの品を口にしながら、ギンタ達は街の外れにある湖へと案内された。

 茶色い木々に囲まれた湖は森の一角を占めており、ギンタが首を目一杯動かさないと見渡せないぐらいに大きい。

 少し時間をかければ周って歩いていける、湖の向かい側には出っ張りのように突き出た浮き島があり、小さな橋が架けられている。

 手すりが朱色で塗られた橋の手前には、太鼓や鈴などさまざまな楽器が持ち寄られ、儀式の準備が進められている。柔らかい薄茶色の敷物が敷かれた浮き島が、儀式の舞台となるようだ。

 慌ただしく準備が進む中、穏やかな湖は濁りの全くない、透明な水を青々と湛えている。

 

「ねぇアル、湖の底に石みたいのがあるよ」

 

 水面すれすれにまで近寄り、覗き込んでいたベルが人形焼きを持つアルヴィスを呼んだ。

 水底に、規則的な五角形の形をした石が沈んでいるのが見える。

 

「本当だ。……人工的なものかな?」

「あの岩の中には、古来よりこの街に伝わるARMが埋め込まれています」

「ARMがか?」

「はい。儀式が行われるとARMが呼応して光り、春を呼ぶのです。それは見事な光景ですよ」

「へぇ〜」

 

 イカ焼きを頬張ったギンタがしげしげと岩を見つめる。

 その様子を楽しそうに見ながら町長は話を続けた。

 

「この街は、メルへヴンで最初に春がやって来る土地です。街の名も、古い言葉で『春』を意味しています。この祭りに沢山の人が来て、儀式が無事成功したら、メルヘヴン全土に春の風が吹きわたるようになるんです」

「……大切な行事なんスねー」

 

 焼きそばを食べ終えたジャックがしみじみと呟き、町長がそれに頷こうとした時、街の方から住人が数人走ってきた。

 

「町長! 大変です!!」

「どうした、そんなに慌てて」

 

 お客さんの前だぞ、と町長が嗜めるが「それが……」と切迫した面持ちで住人たちが口を開く。

 

「巫女役の女性が怪我をしてしまって……」

「何? 怪我だと!?」

「足の腫れが酷くて、舞台に立つことは無理です」

「何てことだ! それでは儀式が行えないではないか!!」

 

 頭を抱える彼らを不安げに見守りつつ、ギンタがまず提案した。

 

「その巫女ってやつ、ほかの人じゃ出来ないのか?」

 

 町長達は難しい顔をつくる。

 

「儀式を執り行う巫女は、名誉あるお役目だ。今更代えるのはいかがなものか……」

「ほかの者が納得しないでしょう。今回だって散々話し合ったんですから」

「だったら、スノウちゃんやドロシーちゃんはどうや?」

 

「え?」

「私たち?」

 

 ナナシの発言に目を瞬かせる二人を、町長たちがしげしげと見つめる。

 

「そうっスね。チーム・メルの華っスよ!」

「……確かに、メルの方々だったら文句も上がらないな……」

「むしろ大歓迎だ! 皆喜んで見てくれるよ!」

 

 二人を半ば無視し、とんとん進んでいく話に狼狽えつつも、とりあえずスノウが尋ねた。

 

「えーと……どんなことをするんですか?」

「こちらの用意した特別な衣装を纏っていただき、春を呼ぶ舞と歌を披露していただくのです」

 

「歌って……」

「踊らなきゃいけないの?」

 

 困ったように眉を曲げるスノウと、あからさまに「げ……」という顔をするドロシー。

 元々、あまり人前に立つのが得意でない二人だ。大勢の人々の前で、いきなり歌と踊りを披露するのはためらいがある。

 ましてこの花祭りは、メルヘヴン各地からたくさんの人が集まる由緒ある行事。ウォーゲームなどとはわけが違う。町長たちが乗り気だとはいえ、二つ返事で引き受けるわけにはいかなかった。

 

「人助けじゃぞ。何を渋る必要がある!」

「……だったらアンタやってくれる?」

「おお良いとも! この美しき声を披露してくれるわ!」

「バッボさんはちょっと無理かと……」

「……そうっスね。声はともかく、服着れないし」

「わかっておる。そう真面目に受け取るな」

「いいじゃねぇかスノウ、やってやれよ!」

「うーん……でも……ちょっと恥ずかしいな……」

 

 渋る二人を見かねて、ふと思い出したように住人の一人が言葉を添えた。

 

「べつに無理に女性でなくても、巫女の衣装を着れる方なら男性でも構わないのですが……」

 

 歴代の巫女を務めた者には、男もおりますし。背のあまり高くない方とか、体格ががっしりしていない方とかだったら。

 そう続いた言葉に、一同はいったん顔を見合わせ、それからある一人に視線を集中させる。

 

 背のあまり高くない、体格ががっしりしていない人物。

 

 

「……え?」

 

 

 彼らの対の目は、クロスガードの少年に向けられていた。

 

 

 

 

 観光に訪れたはずのメルでは、臨時の話し合いが開かれていた。

 

「アルヴィスって、歌がすごく上手いんだもん!」

 

 前に聞かせてもらったもんね、とにこやかに笑うのはスノウ。

 ええーオレ知らねぇーと叫ぶギンタたちの声をバックに、頬笑む彼女の顔はどこまでも黒く、怖い。

 

「可憐な美少女の役が、他の男どもにつとまると思う?」

 

 と主張するのはドロシー。抜群のスタイルの持ち主なのに男のアルヴィスの方がいいと力説する。

 常日頃「女の私よりも肌が白いなんて……」と見に覚えのない因縁をつけられている身としては、この上なく危険だ。

 

「オレも人前に立つのは好きじゃないんだが……」

「困ってる人がいたら助けるのは常識でしょう」

 

 オレならいいのか。

 

「……スノウかドロシーがやれば……」

「それじゃあ面白くないじゃない!」

 

 面白くなくていい。

 

 というか、二人とも、自分の時より俄然やる気に満ちているのは何故なんだ。

 

 次々に湧き上がる疑問を直接尋ねることはできず、困ったアルヴィスは助けを求めるように他の仲間達を向いた。

 しかし、助け舟を出してくれるはずの面々は揃って。

 

 

「確かに……意外といけそうだよな」

「意外どころか、むしろいいんじゃないっスか」

「アルちゃん、女顔やからな〜」

「いいんじゃねぇの? 人助けだ。やってやれアルヴィス。オレ様も見てぇしな」

 

 さりげなく聞き捨てならない言葉を吐きながら、助け舟はおろか、確実に転覆する泥舟を差し出されている…。

 というか、皆この状況を楽しんでる!!!

 アルヴィスはいつになく情けない表情で、唯一味方になってくれそうなベルを振り仰いだ。

 だが。

 

「アルのドレス姿かぁ〜。楽しみ〜!」

「……え…………」

 

 予想外の反応に、言葉を失った。

 

 

「決まりね」

 

 途方に暮れて立ち尽くしたアルヴィスに、ドロシーから死刑宣告が言い渡された。

 

 

 

 街の大通りに程近い、湖の舞台からやや離れた場所に張られた天幕で、もはや強制の形で代役をすることになったアルヴィスは着付けをされることとなった。

 舞に必要な最低限の動きを指導された後、巫女の衣装を着けるため奥へ消える。

 

「なあ、今どんな感じ?」

「ちょっとぐらい見たいっス!」

 

 出入り口を布で仕切られたテントを、ギンタとジャックが覗こうとする。

 着替えを手伝っていたスノウとドロシーが奥から出てきて、ベルと共に通せんぼをした。

 

「男の子は駄目—!」

「そうよー? 女の子しか駄目なのー」

「アルヴィスは男だろー!?」

「今だけ女の子なのー!」

 

 外で盛り上がる会話を、髪の手入れを受けているアルヴィスは苦々しい表情で聞いていた。

 

「……勝手なことを……」

「ふふふ、皆さん仲がよろしいんですね」

 

 準備を手伝う女性がくすりと笑いを零す。

 

「すみません……うるさくて……」

「お気になさらないで下さい。私どもの勝手なお願いを聞いていただいたのですから」

 

 女性は微笑み、アルヴィスの癖の強い髪を梳かし終えた。

 

「それにしても、本当によくお似合いです」

 

 室外で叫んでいるベルたちにも散々言われた言葉に、改めてアルヴィスは自分が身に着けている衣装を見た。

 

 

 和服といわれる着物をアレンジしたデザインで、本来隠れるはずの上腕部は、右肩が露となり、左袖は肘の先から細い腕が見えるようになっている。袖口は小さく、縁には花弁のような切れ込みが入っていた。

 素材は肌触りの良い上質の絹。その上に薄ピンク色のシフォンが重なって、柔らかく繊細な印象を与える。

 帯は映えさせる萌葱色。真中に結ばれた紅い帯紐が、全体の雰囲気を引き締めている。

 裾は膝ぐらいまでで終わり、幅広のそれは立ち上がるとスカートのようになるだろう。

 少し、足がすーすーする。

 

 ……自分に似合うかどうかはともかく、本当に綺麗な造りの衣装だ、

 

「桜という、春に咲く薄桃色の花をイメージにしているんです。大通りや湖の木々は、全部それなんですよ」

「そうなんですか……」

 

 話をしてくれているのは、本来ならこの花祭りの巫女を務める女性だった。

 市に雑然と置かれていた商品に足をとられ、挫いてしまった足首に包帯を巻き、簡易椅子に浅く腰掛けながら、アルヴィスの着替えを手伝ってくれている。

 

「でもまさか、代役をアルヴィスさんにやっていただけるとは、思ってみませんでした」

「…………」

 

 本心から嬉しそうに言ってくれる言葉に、素直に返すことができずアルヴィスは口ごもった。

 その様子に女性が申し訳なさそうな顔になる。

 

「……やっぱりお嫌でしたか?」

「いえ! そんなことはないです」

「そうですか。良かった……」

「ただ……」

「?」

 

 アルヴィスは美しい衣装を目に入れながら呟くように言った。

 

 

「オレのような人間が、こんな神聖な儀式の役を務めていいのかと」

 

 

 自分はクロスガードであり、メル。戦争をしている人間だ。

 平和のためと言いつつ掌を血で汚している人間が、平和を象徴する儀式を担うのは分不相応ではないだろうか。

 何処とないきまり悪さのようなものが、アルヴィスの胸を苛む。

 

 タトゥを白粉で隠した手を、女性は優しく取った。

 

「貴方はこの世界の為に戦っておられるのでしょう?」

「……ええ」

「私たちも同じです」

 

 

「貴方は戦うこと。私たちは踊り歌うことで、この街の、この世界の為に出来ることをする」

 

 

 氷を溶かしていくような言葉が、彼女の手からアルヴィスの胸へ流れ込む。

 

 

「……形は違えども、思いは同じでしょう?」

 

 

「ね?」

「……はい」

 

 陰りのない顔で微笑まれ、アルヴィスは控えめではあるが笑みを浮かべた。

 自分のしている行為を、仲間以外にも理解し受け止めてくれる人がいるということが、嬉しかった。

 同時に度量の広い彼女に尊敬の念をいだく。大勢の人の中から、巫女に選ばれただけのことはある。とても奥ゆかしい女性(ひと)だ。

 

「踊り、覚えられました?」

「はい。何とか」

「歌もあるのは、聞いてらっしゃいますか?」

「ええ。…それなのですが、自分の好きなものを歌えと言われたのですが」

「あのARMを発動させるのに、歌の種類や歌詞は関係ないんです。平和への真摯な祈り、想いが声に乗って届いたとき、ARMは応えてくれると言われてます」

 

 

「だから何でもいいんです」

 

 

 アルヴィスは少し驚いたように、青い瞳を丸くした。

 

「何でも……ですか?」

「はい。……まだ時間はあります。ゆっくり考えて下さいね」

 

 ぴんと立つ髪に整髪料を付けられながら、アルヴィスは自分がなにを歌うべきか思案を巡らせた。

 

 

 

 太陽が空の天辺(てっぺん)から少しずれ、昼時が終わった頃、ギンタたちは再び湖の前へとやってきた。

 数刻前大通りにひしめき合っていた以上の人々が、花祭りのメインイベントである“春を呼ぶ儀式”を見ようと集まってきている。

 

「おいおい、盛況じゃねぇか」

 

 あまりの人出にアランがやや驚く中、

 

「あー! 何だか緊張しちゃう!」

 

 自分が出るわけでもないのに、ベルが胸元に手を当てて抑えた。

 

「アルヴィス、どんな格好になったんスかね」

「スノウちゃんたちは着付けントコまで見とるんやろ?」

「ふふ、見てのお楽しみ♪」

 

 女性陣が得意げに笑い終えた時、ドンドンドン……と太鼓が鳴らされる。

 儀式開始の合図だ。

 

 住人に伴われ、橋の手前に薄布を被った巫女が現れた。

 巫女の姿は儀式が始まるまで、準備を手伝う者以外にお披露目してはいけない決まりとなっている。

 付き添っていた住人の手により、ベールが外される。

 人々の間から、感嘆に近いざわめきが生まれた。

 

 

 そこにいたのは紛れもない一人の少女だった。

 普段癖が強く無造作になびかせている髪はワックスで固め、はねないよう整えられている。

 耳元には小さな緋色の石を埋め込んだイヤリングがちらちらと揺れ、青い髪の隙間から覗く。

 レースのように細やかな作りをした衣装で華奢な体を包み、長く細い手足にはリボンが巻かれていた。

 襟元には、服と同色の首飾り。

 うっすらと化粧が施された肌は白磁のようで、湖の色をした虹彩を際立たせる。

 

 

 息を飲む、美しさだった。

 

 

 どこからどう見ても、はっとする程の美少女だった。

 元から中性的な顔立ちだとは思ってはいたが、まさかこれ程までとは…。

 

「……すっげー……」

「きれいっスね……」

「アカン、ホンマに女の子や……」

「……あいつ女に生まれた方が良かったんじゃねぇの?」

「すごーい……アルきれーい!」

「何か負けた気がするわね……」

「でも綺麗……」

 

 仲間の見事な化けっぷりに、全員が口をあんぐり開けてしまう。

 そのくらい似合っていて、両性を問わず見蕩れてしまうものだったのだ。

 

 会話を耳聡く捉えたのか、アルヴィスが一瞬こちらをギンと睨んだ。

 苦笑いをしつつ、ギンタたちが親指を立ててみせると彼は腹を決めて息を吐き、島に続く橋を渡る。

 平坦な舞台の中央に立ち、大地に身を預けるかのようにゆっくり目を閉じた。

 

 

 瞼が上がると、すでに彼の表情は変わっていた。

 試合に臨むときと同じような目をしていた。

 

 

  シャーン

 

 

 鈴の音に合わせて、アルヴィスの体が揺れる。

 薄桃色のドレスが、ふわりと、舞う。

 

 

  シャーン

 

 

 重力を感じさせずに、舞台を飛ぶ。

 しなやかに、軽やかに。

 

 

  シャーン

 

 

 風に乗り、袖が花弁のように広がる。

 幾重にも、幾重にも。

 

 

  シャーン

 

 

 楽しんでいるのだろうか。踊る彼の口元に、小さな微笑みが浮かぶ。

 あどけないとも言えそうな、打算のない素直な表情。

 

 

  シャーン

 

 

 全身で律動(リズム)を感じ、生の喜びを体現する彼の姿に、

 人々の心が、同じ感情(もの)で満たされていく。

 

 

 神聖なるものへの敬意、そして…

 

 

  シャーン…

 

 

 余韻を残しながら、鈴が舞の終幕を告げた。

 舞い上がっていた両袖が、地上に静かに下りる。

 

 

 尚も皆の注目を一身に集めるアルヴィスが、今度は緩やかな所作で服に手を当てた。

 丁度、胸の辺りに。

 

 

 

  ——祈りを。

 

  ——願いを。

 

 

  思いを、言葉に込めて。

 

 

 

「……初めて聞く歌」

 

 

 奏でられ始めた澄んだ声に、よく彼の歌をこっそり聞いているベルが呟く。

 音域の広い彼はレパートリーも多いが、今日の歌は初めてのものだった。

 

 

「花祭りで歌われる曲は、巫女が選ぶものなんだって」

「ってことは、これ……」

 

 

 スノウの説明に目を丸くし、ギンタが再度舞台を見つめる。

 そこで歌う彼は、誰よりも優しい顔をしていた。

 

 

「アルヴィスが、選んだ歌なんだ……」

 

 

 歌に乗って伝わってくる、暖かな気持ち。

 誰もが生まれた時から知ってる、優しい気持ち。

 

 集まった人々は、自分達の心が、一つの同じ方向へ向かうのを感じていた。

 

 

 神聖なるものへの敬意、そして…

 

 

 

 惜しみなく与えうる、愛。

 

 

 

 

 ふいに、水面下に光が生まれる。

 浮き島の下に沈む、五角形の岩が光り出す。

 

 

 岩の中のARMが呼応しているのだと、何人かが理解した。

 

 

 小さな光は、人々の心の動きに比例するように徐々に大きくなった。

 岩が割れんばかりに膨らみ、

 

 

 そして、弾ける。

 

 

 溢れ出た光が、湖を埋めて、水面の外にも広がっていく。

 大気に零れた光が空気と混ざり合って、湖全体が、柔らかい光で満ちていく。

 

 

 と、風の僅かな冷たさがなくなった。

 冬の名残が、消える。

 

 大気の色が、変わり出す。

 

 

 付近一帯の枝々の蕾みが、どんどん大きくなる。

 

 数を増やし、身を大きくし

 

 

 歌声が誘(いざな)うように響く中、花が、開いた。

 

 

 

 五枚組の花びらが、次々に現れ、大地に甘い香りをもたらす。

 

 咲き乱れたピンクの花で、瞬く間に辺りの景観が一変する。

 

 

 

 

 ……春が訪れた。

 

 

 

 

 やがて、歓声が彼を包むまで、そう長い時間はかからなかった。

 

 

 

 

END

 

おまけ   

 

 

 

趣味が大爆発してしまった作品です。

女装というのは、OKな人と苦手な人と好みがはっきり別れるものだと思うのですが、個人的には非常に楽しく書きました。(苦手な方はすみません…)

特に現在当サイトにあるのは殆ど本編沿いの話なので、「パラレル書きたい欲」がこれでもかと言う位、今作品に色濃く反映されてしまいました。

舞とか、歌とか(苦笑)

どんなだよって感じですが、どうか拙い文を想像力でカバーしてお読み下さい。

 

タイトルはシリーズものだとわかるようにしたかったので、「His songs」から一語ずつ付け足す形にしました。

日本語だと「彼の心からの惜しみない歌」といったニュアンス。英文そのものはこのような訳にはならないのですが、わかりやすい単語を選んだ結果こうなってました(汗)

 

街の名前「フリューリング」は、ドイツ語での「春」からです。メルヘヴンの地名はドイツ語っぽい響きが多いのでこれにしました。

ベタな事件からの展開でしたが、今回のメインは女装ですので多めに見てください、

 

 

尚、今回も歌詞などはありませんが、アルヴィスが歌ってるのはEvery Little Thingの「愛の謳」のつもりです。

ピアノの主旋律の美しい、優しい歌です。機会があれば是非聞いてみて下さい。

 

いつもとかなり雰囲気の異なる作品ですが、少しでも気に入って頂けると嬉しいなぁと思います。

御拝読下さり、有り難うございました!

 

2010.6.9