His precious songs

 

 

 

「あれ、ベル?」

 

 長閑な昼下がり、スノウが森を散策していると出くわしたのは妖精の少女だった。

 いつもアルヴィスといる、ちょっと吊り目の女の子だ。

 しかし彼の姿はなく、彼女は草陰にまぎれるようにして前方を窺っている。

 

「何してるの? アルヴィスは?」

(しっ)

「??」

 

 慌てた顔で睨まれ、スノウは小さな手に促されるまま繁みにしゃがみ込んだ。

 かがみ込んだまま傍に近付き、ベルの視線の先を覗くと、そこには一人で立つアルヴィスの姿があった。

 

(かくれんぼ?)

(似てるけどちょっと違うよ)

 

 意図がわからずベルの横顔を見ていたスノウの耳に、不意に音が届いてくる。

 テノールの澄んだ声だ。

 

「……歌?」

「そう」

 

 それを奏でられるのは、この場では一人しかいない。

 

 

「アルの歌」

 

 

 ベルは彼の歌の響きを壊さぬよう、そっと言った。

 

 

 

 低い声が、波のように伝わってきて

 高音も途切れることなく、どこまでも伸びていく

 

 

 

 音が世界と溶け合う

 

 

 

 まるで乾いた大地に染み渡る、雨のような

 とても瑞々しく、透き通った歌声

 

 

 

「……綺麗な声……」

「でしょう?」

 

 思わずスノウが漏らした言葉に、ベルは自分のことのように胸を張った。

 

 

「アルは歌うのが好きなんだけど、ベルがいると恥ずかしがって歌ってくれないの」

 

 

 だからこっそり覗いているんだと、ベルは自分だけの秘密をとっても楽しそうに語った。

 

 

「……アルヴィスって歌上手いんだね。こんな高い音も出せるんだ」

「すっごく音域が広いの。もっと上も出せるんだよ」

「ええ、すごい!」

「でも低音もすごく上手いんだから」

「……ホントだ! なんかドキドキしちゃうね」

「でしょでしょ!?」

 

 彼の歌に浸って盛り上がっているうち、気がつけば随分大きな声で話していたようで。

 

 

「……二人とも、何してるんだ?」

「え?」 「あ!」

 

 

 呆れた様子のアルヴィスが、スノウとベルを見ていた。

 

 

「もしかして二人とも、今の聞いてた?」

「もしかしなくても……」

「聞いちゃってた……」

 

 てへ、と二人が照れ笑いすると、アルヴィスは顔を赤らめ「……恥ずかしい」と口の中で呟いた。

 隠れる必要もなくなったので、スノウは草むらから身を起こす。

 

「歌うの、好きなんだね」

「ああ。……上手くはないけど」

「そんなことないよ! すっごく素敵だった!!」

 

 ね! と同意を求めると、すぐさまベルが「うん!」と力一杯首を縦に振る。

 

「そう?」

 

 と聞いたアルヴィスは、まだ恥ずかしそうだが嬉しそうに頬笑んだ。

 

 

 音楽は人の心を動かす。

 特に人の歌声は、この世のどんな楽器にも勝るとも言われる。

 それは聞き手が同じ人間だからとか、色んな説や見解があるけれど。

 歌声から、人となりが解るからではないかとスノウは思う。

 アルヴィスが、あんなにもやさしく綺麗な歌を歌えるのは、きっと彼がそういう人だからだ。

 

 

 はにかむように笑う彼に、スノウはそんなことを感じる。

 が、段々と体がうずうずしてきてしまう。

 隣のベルと顔を見合わせた。

 小さく浮かべる表情から、彼女も同じ気持ちでいるようだ。

 

 

「ねぇアルヴィス、もう一回歌って?」

「え?」

「「お願い!」」

 

 

 期待にキラキラする少女たちの瞳を見たアルヴィスは、しばらく困ったようにしていたが、仕方ないと苦笑した。

 リクエストに応えて、再び旋律を口ずさみ始める。

 先程までとは全く違う言葉の、ゆったりしたメロディだ。

 

 

 

 全てのものへの福音にも聞こえる歌声が、陽射しの溢れる森の中に響いていった。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

ss. His songs の数日後のお話です。一年以上前に思い付いたのですが、やはり一年後くらいの現在に完成となりました(汗)

アルヴィスは中の人関係なく、歌が上手いイメージがあります。

ギンタ達と比べて中性的な声なので、女性パートも男性パートも両方行ける気がします。

 

歌詞は載せませんでしたが、文中で彼が歌ってる曲は、下川みくにさんの「tomorrow」。二つ目は前田愛さんの「CALL BACK YESTERDAY」です。

どちらも完全に私の趣味なのですが、本当に素敵な曲なので機会がありましたら是非聞いてみて下さい!

 

実のない話ですが、楽しんで頂けましたら幸いです。

御拝読下さり、有り難うございました!

 

2010.4.16

 

 

 

注釈:前田愛さんはアニメ「キノの旅」で主人公:キノを演じられた女優さんです。

主題歌の「the Beautiful world」を歌われていて、「CALL BACK YESTERDAY」はそれのCP曲です。歌詞が全て英語で(だから「全く違う言葉」なのです)和訳の文も優しい気持ちの溢れた素敵な歌です。