言えない想い

 

 

 

 ルバンナ灯台での立て続けのミスティ・ナイト戦により、疲労の色が濃いと判断したメンバーはアンダータで村まで戻って来た。

 幸いにも一件だけだが宿屋があったので、一同は迷わずそこに一泊することを決めた。

 ルバンナに人が来たのは久しぶりのことらしく、たいそう喜んだ宿屋の老女将はただ同然で部屋を貸してくれた。

 二人部屋を四つ取る手続きを済ませ、一度それぞれの部屋に散り荷物を置いた彼らはアランの部屋に集まることになった。

 

「つっかれた〜!」

 

 部屋に入るなり伸びをして、大きく息をつきながらベッドに寝転がるギンタ。

 

「ギンタ、それアランのベッドっスよ。勝手に使ったら……でもオイラも疲れた〜」

 

 一度は注意したものの、目の前で布団と戯れるギンタの姿に我慢できず自らもベッドに身を投じるジャック。

 テーブルに就くスノウがあんまりぐちゃぐちゃにしちゃうと怒られちゃうよ、と笑いながら言っても二人は聞いておらず、アランのベッドでぐだーっとしている。

 

「自分も疲れたわー。あのナイトさん、めっちゃしつこいんやもの」

 

 ナナシもそう言うと、向かい側にあるベッドを陣取った。

 

「ナナシ殿……そこは私のベッドなのですが」

「細かいこと気にしたらアカン」

「ですがせめて、私に断ってから使って頂けると……」

「犬の癖に心の狭い奴じゃな。ベッドの一つや二つええじゃろう」

「それはバッボ殿、自分も使いたいからおっしゃっているのでしょう?」

「おお、よくぞわかったな! 褒めてつかわす!」

「既に私のベッドに我が者顔でいらっしゃるじゃありませんか……」

 

 情けない顔をするエドと二人のやりとりを、あとからやってきたドロシーが呆れた様子で眺めていると、ドアを叩いてアルヴィスがやってきた。

 

「……あとはアランさんだけか」

「オッサンなら、今地図のことを女将さんに聞きに行ってるで」

「……そうか」

 

 相づちを打ったアルヴィスは、黙ってエドのベッドの端に座った。

 そのなにげない動作にわずかに目を見開いたドロシーは、気付かれないように暫くアルヴィスをじっと見つめる。

 視線に気付かないまま、アルヴィスは騒がしい仲間の横で一言も喋らず白いシーツに身体をうずめていた。

 

「……」

 

 そんな彼を観察するドロシーが渋い表情になった時、部屋の外から足音がして程なくアランが戻って来た。

 

「お帰り、アラン」

「おお」

「遅ぇよオッサン、待ちくたびれぞ」

「あの婆さんの記憶が曖昧でな。随分手間取ったが必要な物は手に入れたぜ」

「どれどれ、どんなんなっとん?」

 

 テーブルに広げられた地図を覗き込むナナシ。興味を持ったギンタがベッドから降りて向かうのを、アルヴィスは少し気怠げに見ていた。

 小さく溜め息をついたドロシーはジッパーを発動し、ごそごそと中身を探る。

 目的のARMを取り出すとそのままアルヴィスの前へと向かい、不思議そうに自分を見上げる彼の前に屈み込んだ。

 

「……ドロシー?」

 

 問うようにアルヴィスが名を呼ぶ声には答えずに、ドロシーはぶつぶつとARM発動の呪文を呟き始める。

 

「……ホーリーARM、スリーピーリング」

 

 アルヴィスの周りに魔法陣が現れ、ドロシーの手に乗せられたリングが振り子の形に変わった。

 ゆっくりと目の前を往復するのを一同が注目していると、アルヴィスの瞳から焦点が消えていく。

 力を失い倒れ込む身体を、かがみ込んだドロシーが両手で危なげなく受け止めた。

 

「アルヴィス!?」

 

 途端に声を上げて飛び付いたベルにドロシーは優しく微笑みかける。

 

「心配ないわ、眠らせただけよ」

「なんだ、良かったぁ〜」

 

 安心したベルの声に同じように力を抜く面々。しかしギンタがもっともな疑問を投げかける。

 

「ドロシー、どうしてアルヴィスを眠らせたんだ?」

 

 訊ねられた彼女は少し眉根を寄せて答え始める。

 

「……さっきアルヴィス、ベッドに座ってたでしょう?」

「……ああ」

「普段だったらこういう時、壁にもたれるか椅子に座るじゃない」

 

 思い返すと確かに、皆の記憶でのアルヴィスは疲労が溜まっている時も常に真直ぐ立っていた。

 

「……そういえば確かに! アルヴィス殿は律儀な方ですから...」

 

 得心したエドがポンと手を叩く。

 

「きっと無意識に、身体を休めたいと思ってたんやね」

 

 それほど疲れてたんやな……と気遣わしげにアルヴィスを見つめるナナシ。

 

 アルヴィス程の魔力なら、普通この程度のARMに屈することは無い。

 しかし今彼は、ドロシーの腕の中静かに瞳を閉じている。

 ARMの魔力をすんなり受け入れてしまう程、消耗しきっていたのだろう。

 

 小さな兆候に気付けなかったこと、思わしくない彼の状態に皆押し黙り、自然とその場を沈黙が支配する。

 

 

「……なーに暗くなってんの? 私たちがアルヴィスを助けるんでしょ!」

 

 

 その空気を吹き飛ばすように、明るくドロシーが言い放った。

 ね、ギンタン? と同意を求めるように見つめてくるドロシーに、ギンタも知らず落としていた視線を持ち上げる。

 

「……そうだな、くよくよしたって何も変わんないもんな!」

「……うん!」

 

 ギンタの強い表情を向けられたスノウも、両の手でぎゅっと握りこぶしを作る。

 いつもの調子に戻った皆の様子に笑みを浮かべたドロシーは、ふいに表情を消した。

 頭に数日前、イフィーに言われた言葉がよぎる。

 

 

 “ドロシー、アルヴィス君のことだけど……”

 

 

 カルデア宮殿奥の研究室でアルヴィスの治療を終えた後、彼女に呼び出され告げられた事。

 

 

 “ゾンビタトゥに何故痛みが伴うかわかるかしら?”

 “……いいえ”

 “強い魔力で身体の組織を作り替えてるの。滅することのない永遠の身体に”

 “……”

 “本来人間の身体には有り余る魔力を、アルヴィス君はこの六年間常に受けている。ファントムが復活してからはより強く……”

 

 

 抱えたアルヴィスはただ安らかな呼吸を繰り返している。

 その無防備な姿に胸がきゅっと締め付けられる。

 

 

 “あの子の身体は……もうボロボロの筈よ”

 

 

 ゾンビタトゥが完成する前に伝説のARMを手に入れることは出来るだろうか。

 それに、手に入れたとしても、呪いを受け続けた彼の身体が無事な保証はない。

 

 

 間に合うの、だろうか。

 

 

「……ドロシー?」

 

 

 アルヴィスを抱えたまま言葉を発しないドロシーにスノウが声をかけた。

 心配そうな声に、にこっと笑って答える。

 

 

「何でもないわ」

 

 

 それから正面に向き直って、抱えたアルヴィスの腕をぎゅっと握る。

 

 

 離さないように、強く強く。

 

 

 

 “気をつけてあげて”

 

 

 

 この手が、すり抜けてしまわぬように。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

初めてのドロアル、初めてのイフィーさん登場の話です。(回想だけですが)

またゲームをプレイした方はご存知のARM、スリーピーリングを登場させてみました。

「スリーピー」なのか「スリーピィ」なのか、それを確かめるためだけに執筆中ゲームを起動したのは内緒です...

 

ドロシーはゾンビタトゥにディアナが関わっている事もあって、呪いは自分の責任だと感じているんだと思います。

アルヴィスは誰も責めようとしないから余計に。

だからより強く、自分が何とかしなきゃ、助けてあげなきゃ、と考えているのでしょう。

そんな彼女の想いと、ゲーム終盤のカペル氏の「君(アルヴィス)の身体はもうボロボロなんだ」という台詞から思いつきました。

この言葉の意味は、結局ゲームでは明らかになりませんでしたが、自分なり解釈してみました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

お読み下さり有り難うございました!