覚悟と責任

 

 

【Ⅱ】

 

 

 月が足元に伸ばした影が、視野に入る。

 部屋の前で何度か躊躇った後、意を決してギンタはドアをノックした。

 壁の向こうで主が動く気配がする。程なく扉が開き、アランが顔を出した。

 

「ギンタか。何の用だ?」

「オッサン……ちょっと良いか?」

 

 用件を語らないギンタにアランは数瞬訝し気な顔をしたが、彼の表情から何かを感じ取ったらしく中に招き入れた。

 部屋に明かりは点いておらず、窓は開け放されていた。

 アランはどっかとベッドに腰を下ろす。掌で座るよう促され、ギンタはサイドテーブル近くの椅子に座った。

 

「随分しけたツラしてんな。何だ、アルヴィスとケンカでもしたか?」

「……」

「……図星か」

 

 苦笑に近い表情を浮かべた彼に、ギンタは数時間前、アルヴィスに指摘されたことを話した。覚悟のことを。彼に言い返せなかったことを。

 話の途中から葉巻に火を点け、アランは煙を吹かせながら聞いていた。

 

 

「なあ、オッサン」

「……何だ?」

「オヤジもさ……人を、殺したのか?」

 

 

 ギンタの問い掛けに、アランはゆっくりと深く息を吸い、煙を吐き出した。それは彼が思案する時の仕草のひとつだった。

 

 

「……何度かな」

 

 

 視線をここでないどこかへ向けた横顔に、ギンタは問いを重ねる。

 

 

「……どんな様子だった?」

「……『降参しろ、命までは取る気はない』って、最後まで相手に言ってたっけな」

「そっか……」

 

 

 優しかった父の選択に、納得しつつもギンタは複雑な気持ちになる。

 物思いに沈むギンタを眺めたアランは、しばらくした後、利き手で咥え煙草を下ろす。

 

「なぁ、ギンタ」

 

 声をかけてきたアランの方へ、ギンタは顔を動かす。

 

 

「アルヴィスはな、人を殺すことに慣れろって言ってるわけじゃねぇんだ」

 

 

 アランの手元から上る葉巻の煙が、窓の外の夜に混ざる。

 微かにちらつく火の奥に見える表情は、存外にやさしいものだった。

 

 

「人を傷付けることに何も感じなくなっちまったら、そんなのはチェスと同じだ。だが戦いで何の考えもなく、相手の生死を放り出すのは、見て見ぬ振りするのと同じくらい無責任だってことだよ」

「責任……」

 

 

 それはアルヴィスから聞いた『覚悟』と似た言葉だ。

 

 

「ああ。……この戦いはオレ達のものだけじゃねぇ。メルヘヴンに住む全ての人々の運命がかかっているんだ。お前もヴェストリやルベリアを見てきただろう」

「……うん」

「その人達の命も背負ってるってことを忘れんな。そして相手にとっても、同じ意味があることを覚えとけ」

「……相手の、命も?」

「ああ」

 

 

 煙草の先端が、空気を吸い込んで明るくなり、また暗闇に沈む。

 

 

「戦いってのはそもそも、自分の信じる正義のためにするもんだ。オレたちにとっちゃ倒すべき奴ら(チェス)にとっても、この戦争は自分たちの運命を決めるものだ」

 

 

 燃えた部分から、灰の欠片が零れ落ちた。

 

 

「命の遣り取りには、そういう責任が伴う。その責任を背負う必要があるってことを、忘れんな」

 

 

 人差し指で残りの灰を皿に落とすと、珍しく労るような目つきでアランはギンタを見つめた。

 

 

「……ついこの前まで平和に暮らしてた、ただのガキだったお前には難しい話だろうがな」

 

 

 そう言葉を結び、ギンタの顔付きから真意が伝わったことを確認すると、アランはふっと目を伏せふたたび葉巻を口元に運ぶ。

 ギンタは知らない父の姿を、アルヴィスの背中を、思い出した。

 

 

「なぁ……オッサンも、オレを巻き込んだことに後悔とかしてんの?」

 

 

 瞼を開き、アランは意外そうに眉を動かした。

 

 

「……アルヴィスがそう言ったのか?」

「言わないけど……でも、わかるよ」

 

 

 アルヴィスが自分に厳しくする理由。それはきっとアランの言うように『責任』があるからだろう。

 メルヘヴンを救うために、何よりギンタを生かすために。喚んだ者としての責任を果たすべく、彼の態度はあるのだと、考えた末ギンタはそう受け取った。

 しかし先刻の会話の際、ほんの少しだがギンタはアルヴィスの眼差しが揺れたのを見たのだ。去り際の彼の表情が、苦悩かなにかで歪むのを見たのだ。

 

 

 ギンタの言葉に、アランは一瞬だけ、肯定するかのように薄く笑った。

 だがすぐさま、ギンタの頭を力一杯かき回す。

 

 

「なーにガキが気を使ってんだよ!!」

 

 

 乱暴な仕草は、自分を気遣ったものだと理解するのに時間はかからなかった。だが次第に遠慮がなくなってくるので「いてぇよオッサン〜!」とギンタは訴える。アランは先程までの憂いを感じさせない勢いで笑った。

 

 

「わかったような口聞いてねーで、てめぇはまず強くなることを考えろ。悩むのは大人の仕事だ」

「……うん」

「だがな、アルヴィスに言われたことを、忘れんじゃねぇぞ」

「……うん」

 

 

 くしゃくしゃにされた髪を手で撫でつけながら、ギンタはもう一度頷いた。

 

 

 ただ奪うことも、生かすことも簡単だ。

 けれどそこに責任があること。人の命を。人生を、背負う覚悟をしなければならないこと。

 二人との会話から、ギンタは自分の戦いの意味を、考え始めていた。

 灰皿の中で、煙草の切れ端が燃え尽きる。

 

 

 

 

【Ⅱ】了

 

 

 

 

 

最初は短い場面のssのつもりでしたが、思いがけずテーマが重くなったので連作構成にしました。

時期はファーストバトル後からカルデアに行くまでのいつかです。

タイトル通り、以前書いた「知らない世界、知らない背中」とも繋がる『責任』について、自分なりに掘り下げてみました。

ギンタの戦いにおける覚悟や父の仇打ちに対する想いなどを、アニメオリジナルでのガイラとの修行は、上手く補完してくれていたと思います。その雰囲気を意識しつつ、短いですが丁寧に書きました。

少しでも感じて頂けるものがあれば幸いです。

 

では、ご拝読下さり有り難うございました。

 

2016.3.9