Long long Girl's talk

 

 

 

「ただいまー」

 

 お風呂から戻り、寝室のドアを開けたスノウを迎えたのは、同室の少女の声。

 

「おかえりー」

 

 ベッドサイドにタオルや着替えを置くと、入浴前に外したリボンを明日着る服の上にていねいに乗せた。

 パジャマの上にカーディガンを羽織り、人心地ついたスノウはぐるっと室内を見渡す。

 ドレッサーの鏡を覗いているドロシーは、長いピンクの髪をほどき、くしで梳かしている。ウェーブの少しかかった髪を下ろし、ワンピースタイプのパジャマを着た様子は、普段とはがらっと違った印象を受けた。

 もう一人の部屋の住人であるベルも、小さな体ながらポンポンの付いたかわいらしい寝巻きに着替えている。

 二人の格好に何だかうきうきしてきたスノウは、ベッドに座りながら話しかける。

 

「ねぇ、ドロシーって好きな人いる?」

「……はぁ?」

 

 ドロシーがぽかんと呆気にとられた顔で振り返った。ベルもきょとんした表情でスノウを見てくる。

 

「いきなりどんな質問よ。もう寝なさい、今日もみっちり修行だったんだから」

「いいじゃない、ちょっとぐらい。私まだ眠くないし。それに私、こういうの初めてなんだもん。ね、三人でお話しよ!」

「こういうのって……」

 

 ベッドの上で正座のような姿勢をとり、枕をクッション代わりに抱えるスノウの目はきらきらしている。ドロシーはベルと顔を見合わせた。

 ……そっか、この子お城のお姫様なんだっけ。

 年の近い同性の友人と過ごすということ自体、これまでなかったのだろう。

 

「おしゃべりしたーい!」

 

 目を輝かせて見つめてきた後、しまいには腕をじたばたさせ始めるものだから、ドロシーは折れた形で提案を受け入れた。

 

「わかったわかった。じゃあちょっとだけね」

「うん!」

 

 途端に満面の笑みを浮かべる彼女に、まるで妹を持った気分だわと内心苦笑する。

 ……ディアナも、こんな気持ちだったのかしら。

 少しだけ痛い記憶が頭を掠めたが、ドロシーはすぐに笑顔になると自身もベッドに腰を下ろす。ベルも飛んで二人のそばにやってきた。

 話をしたい女の子が集まれば、いわゆる女子会の始まりだ。

 

「なにから話す?」

「さっきの続き。ドロシーの好きなタイプの人、教えてよ!」

「好きなタイプ?」

「うんっ! 聞かせて!」

「話すのってまさか……恋バナぁ!?」

 

 驚く彼女とは対照的に、ベルの方は俄然乗り気だ。

 

「え〜、いいじゃない! ベルも聞きたーい!」

「ね、聞かせて聞かせて!」

「そうねぇ……」

 

 ドロシーは両腕と膝を伸ばし、体をくつろげる。

 

「……そんなにこだわるつもりは無いけど、どうせなら……」

 

 ドロシーはクッションを載せた膝に、顔を埋めた。

 

「……私より背が高い人がいいなぁ」

 

 ささやくような声量で紡がれた、小さな願いごとに、女の子二人はぱちぱちと瞬きさせる。

 

「……どうして?」

「だって背が低い人と並ぶと、女の私の方が目立つのよ……」 

「……ああ、そっかぁ。ドロシーは背高いもんね」

 

 スタイルがいいのは羨ましいが、彼女にとってはささやかなコンプレックスでもあるのだろう。

 合点のいった声を上げたベルに、ドロシーはすねた目を向けた。彼女の仕草に、スノウは思わず抱きついた。

 

「……ドロシーったらかわいい!」

「あ〜もう! 私の話はいいから! スノウはどうなのよ」

「私? う〜ん、私の好きなタイプは……」

 

 ドロシーに体を離されたスノウは、一人の少年を頭に思い描きながら答える。

 

「夢を持ってて、まっすぐで……どんな時も必ず、私のことを助けてくれる人かな」

「……まるで王子様みたい」

「……そうかも」

 

 ベルの感想に、スノウは照れながら肯定する。「わかるわかる」と頷いたドロシーだが先程の仕返しからか、からかう表情を作る。

 

「ま、ギンタンは王子様とはちょ〜っと違うイメージだけどね」

「わ、わたし、別にギンタって、言ってないし……」

「あらそーお?」

 

 慌てて言うスノウだが、その顔はどんどん顔が赤くなっていく。二人のやりとりに、ベルはけらけらと笑う。そうしてふと「あれ?」と思う。

 

「……ねぇドロシー。今気づいたんだけど、さっきの話から考えるとギンタは恋愛対象外ってこと?」

「え、何でよ?」

「だってギンタ、ドロシーより背が低いじゃない」

「あ……でもギンタンがダメだなんて言ってないし! それに背が高いのはどうせなら〜って話よ。本気で好きになったなら、そんなこと気にしないわ」

「そう……そっかぁ!」

「『あばたもえくぼ』ってやつよ」

「なぁにそれ?」

「好きになったら、そんなの欠点でも何でもないってこと」

「ふぅん……真理かも……。ねぇ、ベルのタイプはどんな人?」

「それはもちろん、アル……」

「おっと、アルヴィスって回答はなしよ。これは好きなタイプだからね」

「え〜〜〜?」

 

 会話はどんどん弾む。ちょっとだけと言う最初の文言はどこへやら、いつしか皆ノリノリで話をしていた。

 

 

 

 

 

 さて話は少しずれるようだが、メルの各人はモテる。

 キャプテンのギンタは勿論、クールビューティーの冠が相応しいアルヴィスに、ナンパが趣味で自他ともに認めるプレイボーイのナナシは言わずもがな。

 アランには大人の魅力があるとの評。ジャックは目立ちにくいが、彼を大好きだと公言しているパノがいることもあるし、相手には不足していないだろう。

 そんなモテモテの面々だから、女の子たちがちょっとムカつくのも、致し方ないことなのだ。

 

 

 

 女子トークが始まってから、はや数時間。三人が腰掛ける寝台の上には、いつの間にかお菓子の袋が広がっている。

 

「ギンタったら、このあいだも女の子にデレデレしてたんだよー」

 

 スノウが頬を膨らませる。

 

「ああ。レギンレイヴの雑貨屋さんの子でしょ? 髪をお下げにしてる……」

「そう! 『ウォーゲームでファンになっちゃいました!』って言われててさぁ」

 

 相槌を打つドロシーは手元のビスケットをつまみ、口に放り込んだ。

 

「男たちの目も節穴よね。こーんな近くに美少女が三人もいるってのに」

「ほんとほんと!」

「……ねぇ。ドロシーもスノウも、ちょっと酔ってない?」

「「酔ってない(わ)よぉ」」

「そ〜お?」

 

 ベルはちらりと彼女らの脇を見る。酒こそないものの、そこにはすでに何本も開けて空になったポプラの実のジュースのボトルがある。

 

「とーにーかーく! こんな側にいるんだから、私たちのことも意識してくれないと困るよ! ねぇ、ベルもそう思うでしょ!」

「う、うん! それは思う!」

「だったらもう、この際色仕掛けで攻めてみる?」

「色仕掛け?」

「そう。たとえば〜…お風呂上がりで火照った顔を見せるとか、濡れたうなじを見せつけるとか。ウブなギンタンやアルヴィスには効果的だと思うけどねー」

「なるほど……さすがドロシー…」

 

 ごくりと唾を飲むスノウに対し、ベルはちょっと呆れ気味だ。

 

「何だかちょっと、あざとくない?」

「男なんてみーんな煩悩のカタマリなんだから」

 

 悪びれないドロシーはくいっとジュースを喉に流し込む。

 

「けどそう言う割には、ドロシーってあんまり迫ってないよねー」

 

 しかしベルの冷静な指摘に、うっと言葉を詰まらせる。

 

「あ、そういえばそうだね。ギンタにも抱き着くだけだし」

「う、うっさいわね」

 

 ドロシーはごまかすようにまた菓子を口に運ぶ。分かりやすく動揺する様子に、ほかの二人はくすくすと笑う。

 

「そういえば! アランには恋の話とかってないの?」

 

 話を変えたドロシーに、スノウは身内のような存在である彼のことを思い返してみた。

 

「うーん……聞いたことないなぁ」

「お城でお仕事がないときは、いつもどうしてたの?」

「寝てるだけ」

「……そりゃ恋人ができるはずもないわね」

「でもほら、シャトン……だっけ? 6THバトルの時の猫耳の子。あの子ならお似合いじゃないかなぁ?」

「そうねぇ……アランのこと、結構気に入っていたみたいだしね」

「でもアランって、猫アレルギーじゃなかった?」

「愛があれば種族なんて関係ないわよ」

「そう言って、ホントは面白がってるだけじゃないの?」

「あ、バレた?」

「バレバレ(笑)」

「ま、あのオヤジには、もうちょっと甲斐性ってものを持ってもらわなきゃ。いつもあんな飲んだくれの寝ぼすけだったら、お嫁さんも嫌がるわそりゃ」

「それもそうだなぁ……」

 

 容赦ない評価に、スノウは苦笑しつつも同意した。

 ふたたび甘いジュースを口に含む。こくこくと喉を鳴らしながら、ほかの面々のことも考えてみる。

 

「甲斐性……って言うなら、ナナシさんとかはそういうの結構ある方じゃない? やさしいし」

「でもナナシは女好きじゃない! どんな女の子でも『かわいい、大好きー!』なんだから、特定の相手を一人に決められないのは、女の方から見たら結構イタいでしょ」

「ああそっか」

「ベルもそう思う! 男なら本命ひとすじにするべきだと思うよ」

「いくら口では『君が一番!』とか言ってても」

「別のところで、ほかの人にも言ってるのかもしれないと思ったら」

「「信用できないものねー」」

「……何かあったの? 二人とも」

 

 声の揃う二人に、スノウはちょっと身を引きながら問う。

 

「そうだ。ベルは最近、アルヴィスとどうなの?」

「さっきの様子からだと、もしかしてアルヴィス、浮気とかしてんじゃないの〜?」

「う、浮気って……」

「そんなことないもん! ベルとアルはいつもラブラブよ!」

「ま、見ればわかるわよね」

「なんだ、よかった! でもいいなぁ、お互いのこと何でもわかってて」

「ん〜でもね、ベルとアルヴィスは、恋とは少し違うんだよ」

「そうなの?」

 

 意外そうに自分を見つめてくる二人に、ベルは微笑む。普段あまり見ない、大人びた笑みだ。

 

「ベルはね、もしアルヴィスに好きな人ができて、その人がベルも好きな人で、アルヴィスにもお似合いの人だなと思ったら……ちょっと寂しいけど、全力で応援するって決めてるの」

「……どうして? だって」

 

 大好きなんでしょう? 普通だったら、ほかの女の子がいたらイヤになったりしないの?

 そうスノウは尋ねる。現にスノウもドロシーも、「アルヴィスと一緒にいてずるい!」と過去に彼女のかわいい嫉妬を受けている身なのだ。

 

「それとこれとは別なのー。……だって、アルヴィスには幸せになって欲しいもん」

「……そうなんだ」

「そういう関係って、素敵だね」

 

 しみじみとドロシーが呟く横で、スノウは心から言った。

 小さな友人に、ドロシーは優しげな笑みを覗かせる。

 

「安心して、アルヴィスのパートナーはベルだけよ。これからもきっとね」

「うん、知ってる」

 

 ベルは当然のように、しかしとても嬉しそうに笑った。

 

「で、当のアルヴィス本人はどうなの?」

 

 途端にベルは苦笑を浮かべた。

 

「アルは……とにかく鈍いから……」

「ギンタンに負けず劣らず、恋愛ごとには疎いわよね……」

「勘とかは鋭いのにね」

「旅してる時、迫られたこととかないの? 付き合ってくれとか結婚してくれとか」

「結婚なんてまさかぁ……」

「そんなのしょっちゅうよ! 全部断ってたけどね」

「しょっちゅうだったんだ……」

「男からもいたし」

「……それはまた……」

「気の毒ね」

 

 ドロシーは心の底から言った。彼はなぜか男にモテるのだ。

 

「その時は全力で逃げてたなぁ……」

「………おつかれさま」

 

 遠い目になる彼女とここにいない彼に、スノウは労いの言葉を贈った。(ちなみに話題の彼は同時刻、男部屋でくしゃみをしていた。)

 

「相手はともかく、アルヴィス本人にその趣味はあるの?」

「あ、あ、あるわけないでしょ〜〜!!」

「冗談よ冗談(笑)」

「冗談にならないからやめて〜!」

 

 必死な形相で、ベルはドロシーの肩をぽかすかと殴った。それに笑っていたスノウだったが、急にぐるりと二人が振り返る。

 

「でさ、スノウの方は最近どうなの?」

「えぇ! また私の番?」

「そうよ〜、もうこれはノルマね。覚悟しなさい!」

 

 そんな〜と軽い悲鳴を上げる彼女に、またほかの二人が笑い声をあげる。

 思いがけないことから始まった三人の話は、その日の夜遅くまで続いたそうな。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

まず初めに、リクエストをしてくださった蓮羅様、

もうこのサイトを見られていない可能性大ですが、この度はリクエストありがとうございました。そして本当にお待たせしました!!!!

MAR女子の恋愛観というのが私にとっては意外に難題で、特にベルとアルヴィスの関係を考えると、「この二人は恋愛なのか?」という答えの出ない問いがどうしてもありまして。

せっかくのリクエストなのもありますし、なるべく本編からは沿わない形にしたい。けど女子トークでこんなに踏み込んだことを書いていいのだろうか…?と自問自答の繰り返し。

何度も何度も書き直し、他のも並行していた結果、こんなに時間がかかってしまいました。

お待たせしてしまい、本当に申し訳ありません!!!!!(土下座)

 

時間をかけました分、今作は会話が主体でありつつ長めの、しかし女子トークということから読みやすい、少し砕けた文体にしました。

また、相槌やセリフの一言一言に彼女たちの「らしさ」を意識してみました。

お読みくださった方々に、「ああ、こんな話してそう」と思っていただけたら何よりです。

 

では、最後までご拝読くださりありがとうございました!

 

2016.12.27