廻る想い

 

 

 

 迷路のような作りの灯台の中をどれぐらい歩いただろう。

 普段なら気にも留めない程度の疲労が、今の身体には不本意ながら酷く辛く感じる。

 ルバンナの住人から手に入れた地図を確認しているギンタたちから少し離れ、アルヴィスは洞窟の壁へと寄りかかった。

 

「……ふぅ……」

 

 じくじくと痛む身体。カルデアでの治療を受けてからだいぶ楽にはなっているが、もはや慢性的にゾンビタトゥの痛みはアルヴィスを襲っていた。

 仲間に気付かれないように息を吐き、背中の壁にもたれながらアルヴィスは天井を見上げた。

 アランが魔力で灯した、通路に据え付けられたランプ。

 どこからか風が通っているのか。時々炎は揺らめきながら洞窟を照らす。

 

 

 暗く長い、迷路のように続く回廊。

 ここを知っているような気がする。

 初めて訪れた場所のはずなのに。

 

 自分はどこかでこの景色を見たのだろうか?

 

 どこで? いつ?

 

 

「アルちゃん、大丈夫か?」

 

 はっと視線を目の前に戻すと、自分を心配そうに見つめるナナシがいた。

 

「……ああ」

「そろそろ行くて。ナイトさんらの襲撃が来る前に、少しでも奥へ進んだ方がええやろって」

「……そうか」

 

 頼りない記憶に注意を払っている場合ではない。

 現実に意識を向けなければ。

 瞳を閉じて息をついたあと、ふたたび歩き始めるアルヴィスは数歩歩いた所で名を呼ばれた。

 

「アルちゃん」

 

 反応して振り向いたアルヴィスに、ナナシはいつもの笑みを浮かべながらしゃがみこんだ。

 

「背中、乗り」

 

 いきなり言われたことに驚いているアルヴィスにちょいちょいと手を動かして、ナナシは乗れと合図する。

 

 

「身体辛いんやろ?」

 

 

 ……見透かされている。

 

 

「……大丈夫だ」

 

 ナナシが予想していた通り、アルヴィスは憮然とした表情で低く答える。

 アルちゃん、見かけに寄らず頑固やからなぁ。

 提案を承諾しようとしない彼に、ナナシは小さく笑いながら静かに言った。

 

 

「今から無理してると、いざって時に身体動かへんよ?」

 

 

 優しく、しかし鋭く現状をついた言葉にアルヴィスは一瞬目を見張った。

 ……そう、ここで意地を張っても迷惑をかけてしまうだけなのだ。

 

「……すまない」

 

 少し切なそうに瞳を歪める彼の姿を見るのは好きじゃなくて、ナナシは謝ることじゃあらへんよ、と明るく答えた。

 腕を首へと回してもらい、身体を落ちないように固定する。

 

「よっと」

 

 かけ声を掛けながら立ち上がったナナシは、少し戸惑いながら預けられた重さに内心はっとする。

 

「すまない、重いか?」

 

 内心の動揺に気付いたらしいアルヴィスがそう訊ねるのにナナシは

 

「……これで“重い”とか言ったら、アルちゃん女の子に殺されてまうわ」

 

 と冗談めかして答えた。するとアルヴィスは安心したように瞳を伏せた。

 

 

 同じ年代の少年と比べたらアルヴィスは細身の方だ。

 しかし鍛えているので筋肉はある。普通だったらそれ相応の重みがあって当然なのだ。

 なのに、背負っている身体は予想以上に軽い。

 

(身体がついてきてないんやろな……)

 

 連日続くウォーゲームや六年前からの呪いで、それでなくても疲労しているというのに。

 先日つけられたゴーストARMによる、ゾンビタトゥの急激な進行。

 

 気持ちは順応しているつもりでも、身体の負担は彼本人が思うよりも大きいのだろう。

 いや、あまり見せないようにしているけれど、心もボロボロのはずだ。

 先程から瞳を閉じているアルヴィスの顔は白く、普段のしっかりと背筋を立てている姿と違うその儚い表情が、今の彼の真実なのだろうとナナシは思った。

 

 

「……最近、同じような夢を何度も見る」

 

 

 疲労で眠気が襲ってきたのだろう。とろんとした瞳をうっすら開いて、呟くようにアルヴィスは話し始める。

 

 

「夢の中で、幼いオレは何かを探している」

 

 

 ゆっくりと、夢を思い出しているのだろうか。ここではないどこかを見ながらアルヴィスは言葉を続ける。

 

 

「さまざまな場所を廻るが...結局...何も得られない」

 

 

 カツーン、カツーンと、ブーツが立てる音が反響している空間を静かに見たアルヴィスは

 

 

「……ここに似た場所も、あったかもしれない」

 

 

 と小さく付け足した。

 

 

「何も手にできなくて、涙を流して夢は終わるんだが……最後……手のひらに……わずかな希望が残されてるような...そんな気になるんだ」

 

 

 半分眠りに落ちかけているアルヴィスは抽象的な説明をする。

 相づちを打つナナシの声を遠くに聞きながら、アルヴィスは重くなっていく瞼を叱咤する。

 

 

「この旅の……終わりも……」

 

 

 そうなのかもしれない。

 

 

 段々と不鮮明になっていった声は、最後の言葉を紡がずに寝息に変わった。

 

 

「……おやすみ」

 

 

 幼い寝顔の少年に小さく微笑みながら、ナナシは囁いた。

 

 

 

 願わくば、これから彼が見る夢に救いがありますように。

 

 

 そして、この綺麗な少年に優しい未来が

 

 

 ありますように。

 

 

 

 

END

 

 

 

  

抽象的な話を書きたいなと思いいざ書いたら、抽象的を通り越して意味不明な話になりました。

ゲーム版クラヴィーアの後半のダンジョン、ルバンナ灯台の中での出来事のつもりです。

アルヴィスが見た夢は、隠しエンディングで明らかになった、幼い頃のクラヴィーア探しの旅です。

アルヴィスはエンディングでクラヴィーア王に幼い自分の記憶を消してくれと願うので、この場面では覚えていないのですが、断片的な感情とかはどこかで記憶していたのではないかな、と思い書きました。

 

私の書くナナシとアルヴィスは、あまり多く会話をしませんね・・・。

他のサイト様みたいに、自然で素敵な会話が出来たらいいのにと思う今日この頃です、

 

最後までお読み下さり有難うございました!