物好きな死にたがり

 

 

 

 

「戻ったか、ロラン」

「ペタさん!」

 

 ペタの声に、ロランは弾かれたように軽い足取りで駆け寄ってきた。

 ファントムが気紛れから拾い、育てあげた子供。

 背も伸びすっかり面立ちは大人びた彼だが、成人してもなお、どことなく子供っぽさが抜けきらない。

 

「少し手こずっていたようだな」

 

 ペタの言葉に、ロランはアルヴィスとの戦闘で負傷した左頰に触れる。

 傷は浅い。血はすでに乾き切っている。

 だが避けきれなかった。最後に見せた彼の、渾身の一撃。

 

「はい、ファントムが彼にタトゥをつけた理由がわかりました!」

「ほぉ?」

 

 面白そうに唸ったペタが、声の裏で理由を答えるようにと促した。

 その意図をしっかりと汲んだロランは、先刻の試合を振り返りながら話し出す。

 

「彼の潜在能力は言わずもがなですが、咄嗟の判断力、魔力の扱い方……天性の資質と、それに見合った努力の賜物でしょうね。そしてギリギリのところで、自分の実力を冷静に測る眼も持っていらっしゃる」

 

 ペタもまた、今日のウォーゲーム最後の試合を思い起こす。

 マグマスネークの直撃を、コンマ一秒の判断でしのいだ後。集中力の限界が目に見えて現れたアルヴィスは、爆発寸前のストーンキューブに囲まれた中、息を切らしつつも、ロランに気取られずに瞬時に魔力を練り上げた。

 一矢報いることだけに集中し、対戦相手のプライドを刺激しない、ギリギリのラインの攻撃を見事に決めてみせた。

 ギブアップを宣告されたロランの胸中に訪れたのは、勝利した喜びよりも、驚き、そしてたしかな高揚感だった。

 

「彼のような激情家の場合は、ああいった局面では命を捨てることも厭わないものですが……アルヴィスさんには、そこで踏み留まれる理性がある。素晴らしい人材です」

 

 充実した試合の余韻に浸るように、ロランは楽しそうに顔を綻ばす。

 

「ファントムが気に入るわけですよ。早くこちら側に来て欲しいものですね」

「ああ……」

 

 相づちを打ちつつも、どこか思案する様子のペタに、ロランは小首をかしげた。

 

「どうかしましたか?」

「いや……」

 

 ペタは首を振るように、やんわりと返した。

 

「お前の言う通りだと思ってな。……しばらくお前の出番はないだろうが、魔力は蓄えて損はないだろう。今夜はもう休むといい」

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 ぺこりとお辞儀したあと、たたたーと小走りで去っていく背を見送りながら、ペタは再度己の思考に耽る。

 ……ロランの見解にはおおむね同意する一方で、ペタの中には以前より一つの考えがあった。

 

 

 アルヴィスがチェス(こちら)側に来ることは、おそらく今後もないであろうと。

 否。ファントムはアルヴィスがこちらに組することを、心の底から望んでいる訳ではないのではないか、と。

 

 

 ゾンビタトゥは、呪いをかけた術者の魔力の影響下にあれば、より強くその効力を発揮する。

 六年前にその身に付けられて以来、修練の門などにも入ったのだろう。

 アルヴィスのタトゥの文様は、すでにペタのものより早く全身に廻り、やがてその痩躯を覆い尽くそうとしている。

 それだけ呪いが進行している現状。その気になれば、ファントムは彼の自由意思を奪うことも容易いのだ。

 けれどあえて、それを実行せずに静観している。その理由。

 六年前。ダンナを失ったアルヴィスに、ギンタという、束の間の希望を見させているのか。

 あるいは。

 

(あの方は、まるで自分を殺させるために、彼に不死の文様を授けたような)

 

 そんな気さえ、する。

 

 弄んで、いたぶって。けれど息の根は止めず、彼が死に物狂いで追ってくるように仕向けて。

 その苛烈な視線の先に、あえて身を晒して。

 あたかも、死に場所を作っているようだ。

 

 

 ……だとしたら。

 

 

(相当な、物好きだ)

 

 

 ペタは改めて、自らの孤独な王に思いを馳せる。

 限られた生を克服してなお、死を誘うような振る舞いをするファントム。

 

 

 …………そして、その酔狂に付き合っている自分も。

 

 

(十分、物好きだな)

 

 

 やがて口の端を上げると、くすりと、音にまではせず嘲笑(わら)った。

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

破滅思考のあるファントムと、それに付き従うペタ。

タイトルは最初テーマの「破滅願望」から、タナトスやデストルドー(死への欲動)といった、あからさまな単語を使おうかと思っていました(おい)。

しかしふと「死にたがり」という単語が降りてきて、なんだか妙にしっくりきたのでこちらを使うことにしました。

 

ファントムやロランは、死にたがり。

彼らは「死にたくない」というより、どちらかというと「誰かと一緒に死にたい」方なのではないかと。 

本編での描写を見ていると、不死といっても生に執着しているというより、死の方に執着しているような気がしまして。

だから、実は死にたがりなのではないかと思います。

 

アルヴィスは、前向きな死にたがり。

…彼はメルヘヴンを救うために、躊躇なく命をささげすぎです。

自分の生には執着してないんですよね。クラヴィーアのエンディングのセリフといい…。

 

そしてペタは個人的に、ファントムが異質だとわかっていて、それでいてなお行動を共にしている印象。

だから彼も、結局は死にたがりなのではないかとも思います。

もしかしたらゾンビタトゥは、ファントムが無意識に自分と同じ死にたがりだと認めた人物にのみ、与えているのかもしれません。

 

論理がすっかり飛躍してしまいましたが、そんなことを考えながら書いた話です、

 

この話での「物好きな死にたがり」は、ファントムとペタのつもりです。

テーマのわりに短い話ですが、普段はあまり書かない雰囲気ですので、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

ご拝読くださり、ありがとうございました。

 

 

2019.6.3