My blue bird

 

 

 

 

 

 歌うのは___好きだ。

 母さんが歌手だったのもあって、音楽は常に身近にあったから。

 謳うのは___怖い。

 世界が俺の掌の中にあって、簡単に崩れ去るものと思わされるから。

 

 

『“謳詠み”?』

『ええ。昔のメルへヴンには、今私達が使っている公用語とは違う、様々な言語があったの』

 

 

 ありふれた言葉でも___俺が紡ぐとそれは力を持つ。

 季節の謳、気候の謳。身体が覚えている沢山のそれらは、愛する世界を正常に動かしていく為に存在する。

 

 

『その中には、今で言う魔法みたいな力を持ったものもいっぱいあって。それらの言葉を使えた人達のことを“謳詠み”って言うのよ』

 

 

 謳詠みの中でも特別な存在である俺が謳わないと、世界のバランスは崩れ、やがて壊れてしまう。

 だから俺は、然るべき時に然るべき謳を紡がなくてはならない。

 これまでの謳詠み達が、母さんが、そうであったように。

 

 

『へぇ〜。歌で魔法を使えるなんて、メルヘヴンってやっぱりファンタジーの世界なんだな』

『レスターヴァによる言語統制のお陰で、謳詠みの数はかなり少なくなっちゃったんだけどね』

 

 

 けれど時々__ごく稀にだけれど、この生まれながらの宿命に対して少し反抗的にもなる。

 

 

 俺は世界を愛する。世界を美しいと思う。

 この身に代えても守りたいと思う___そういう風に、作られている。

 

 

『その中でも世界にとって欠かせない、特別な存在の謳詠みのことを“青い鳥”って言うの』

『青い鳥………?』

 

 

 歌詞も旋律も、身体が覚えている。全ては特別な歌詠み__青い鳥としての役目を果たす為に。

 では俺の意思のどこまでが、“俺”自身のものなのだろう。

 “俺”という個人の感情は、どこにあるのだろう。 

 

 

 

 “俺”が歌うのは、何の為?

 

 

 

『それってさ………』

 

 

 

 

 

 

 城を一人抜け出して裏手の山に赴き、崖際で大地に急かされるまま謳を歌う。

 ざわめく大地を落ち着かせると同時に、大気の流れを良くする謳だ。

 一通り謳い終わって、肌に触れる風の澱みが大分無くなったのを感じた。

 ……こんな風に大地が騒ぐのは、ウォーゲームの影響かもしれない。人は世界の理の範疇外だから。

 

 

「………今の」

 

 

 不意に背中から、公用語が届いた。

 

 

「“謳”よね」

 

 

 振り向いた先に、僅かに目を見張った風を操る彼女がいた。彼女の緑の瞳に映る俺も、同じ表情をしているかもしれない。

 

 

「あなた、歌詠みだったの」

「………そうだ」

「………やっぱり」

 

 

 誤摩化す方法が見つからなくて、正直に答えた俺に、彼女は小さく笑ってみせた。

 今度こそ、俺は驚いた表情になる。

 

 

「………気付いてたのか」

「何となく、だけどね」

 

 

 謌のようにさらりと紡がれた言葉と共に、三つ編みが踊った。伸びた前髪が顔にかかる。

 

 

「アルが背負っているのは、呪いだけじゃない気がしてたから」

 

 

 どうして彼女は見透かしてしまうのだろう。不思議に思って、それからすぐに答えに行き着いた。

 単純だ。俺を想ってくれるからだ。

 彼女の気持ちに応え、この際隠さず全て打ち明けようと思った。

 

 

「……正確に言うと、俺は“青い鳥”だ」

「…“世界に魅せられた”、あの?」

 

 

 頷いた。そう言えばアイツも知っていたから、カルデアは謳詠みの知識が豊富なんだろう。

 明かされた真実に、さすがに彼女も息を飲んでいた。

 

 

「………こないだギンタンに話してたことが、現実にあるなんて」

 

 

 何の話かは知らないが、暫く彼女はぶつぶつと呟いていた。隠していたことの後ろめたさもあって、何だか居たたまれない様な気分になった俺は、彼女から顔をそむける。

 目の前には、先程癒した大地が広がっていた。

 俺が命を賭してでも、守るべき世界が。

 

 

「……ねぇ。歌ってよ」

 

 

 その世界に、一つの声が響いた。

 

 

「…今聞いていただろう?」

「貴方の“謳”は、世界の為のものでしょ」

 

 

 向き直った俺に、彼女は足を一歩踏み出して距離を詰める。

 そして微笑む。悪戯魔女と称される、それでいて優しい、俺にだけ見せてくれる笑顔で。

 

 

 

「歌ってよ。私だけの為に」

 

 

 

 俺が歌う理由。

 こんなにも、単純だった。

 君がいるこの世界を、生かす為。

 

 

 

 紡ぐのは謳ではない、街でよく流れてるありふれた歌だ。

 でもそれに愛と言う感情を包(くる)んで、メロディに乗せる。

 体の芯から音を出して、伸ばして。

 面と向かっては言えない想いも全て込めて。

 

 

 君の為に、歌う。

 

 

 

 

 歌が終わった。夢を見ていた様な表情で、彼女はほうと息を吐く。

 

 

「今の歌よく聞くわ。何か力を持ったものじゃないわよね」

「ああ」

「…でも不思議。アルが歌うだけで、何だか特別な感じがする」

 

 

 彼女はそう言ってまた笑い、隣に並んだ。雨上がりに似た澄んだ空気が、頬をくすぐる。

 

 

「…ギンタンの世界では、“青い鳥”って幸せの象徴なんですって」

 

 

 指を持ち上げて彼女は髪を押さえた。腕にかかったARMが微かに揺れた。

 

 

「あなたは、世界にとって特別な存在だけれど」

 

 

 俺が愛する世界を見つめた彼女は、曇り一つ無い青空を渡る風を纏って言った。

 

 

「私にとっても、あなたは青い鳥なのね」

 

 

 まるで歌の様に心に入り込む、魔法みたいな言葉を。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

*後書きという名の謝罪文*

お世話になっております「飴色クラリネット」の植岡菊様に、お誕生日プレゼントとして捧げさせて頂くお話です。

菊様のご希望により、菊様のオリジナル設定「謳詠み設定」を使わせて頂いております。

 

文中の“彼女”は勿論ドロシーです。ちなみに“アイツ”はファントムのことです。

菊様の書かれるアルヴィスは情熱的な印象なのですが、自分でそんな彼を書くのはとても新鮮でした。だから出来はともかく、とても楽しみながら書かせて頂きました。

拙いものですが、とても深く作り込まれた素敵な設定の魅力を、少しでも伝えられていたら嬉しい限りです。

 

菊様、この度は本当に遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます!!

書き直しならいつでも承りますので、よろしければどうぞお受け取り下さい!!

 

初出:2011.2.3