ノスタルジック・ハーモニー

 

 

 

 

 じりり、と錆び付いたネジを締めて、蓋を開ければ。

 開く思い出の扉とメロディ。

 

 

 

 湿っぽさを含んでいた空気が呼び寄せた雨が、追い立てるように降り始めた。

 優雅に飛んでいた上空から降下し、ドロシーは偶然あった民家の軒先に避難する。

 

「あ〜あ、すっかり濡れちゃった……」

 

 帽子と髪が吸った水を払い落とし、箒を数回振って、濡れそぼったドレスの端をぎゅっと絞った。

 ブーツの下に、水が滴り落ちる。

 ストッキングの濡れた感触に苦笑し、暫く止みそうの無い雨を見上げた。

 

「……アンダータで帰ろうかな」

 

 穂先を上にし、箒を肩に当て壁へ寄りかかると、背中が凹凸に当たった。

 体を離し、ドロシーは後ろを見る。

 

「……お店?」

 

 やや古びた家屋はどうやら雑貨屋らしく、看板の両面にそれぞれ文字がある。今は“OPEN”の方が表となり、玄関の壁に掛かっていた。

 興味を惹かれたドロシーは、ゼピュロスをリングに戻し、暫しの間お邪魔する事にする。

 街からやや外れた所にあるその店は、シックな家具や小物で溢れていた。

 

「へぇ……結構趣味いいじゃない」

 

 お世話になっているお礼に、レギンレイヴの姫に何かお土産でも買って帰ろうか。

 クッキーとかがあるなら、皆に。

 そう思う自分がいることに、ドロシーは何だか曖昧な笑みがこみ上げてくる。

 ついこの前まで、一人でいるのが当たり前だったのに。

 気を紛らすように、机の上の指輪立てをいじる。それを戻すと、隣にいくつか置かれた小さな箱が目を捉えた。

 両手でそっと持ち上げる。宝石箱のように華やかなデザインだ。しかし中身が無いにも関わらず、手にずしりとくる重みにドロシーは箱の裏を覗いた。

 すると指の腹程の大きさのネジが一つ、宝石箱の底から突き出ていた。

 固まりかけたそれを回し、蓋を開けると、聞き覚えのある旋律が流れ出した。

 

 

 

 

「可愛い! これどうしたの?」

 

 城に戻り、シャワーを浴び終えたドロシーの部屋を訪ねてきたスノウは、小箱を見るなり目を輝かせた。

 

「お店で見つけたの。可愛いから衝動買いしちゃった」

「へぇ……」

 

 雫の落ちる髪をタオルで拭きながら答えると、期待の籠った視線が「回していい?」と聞いてくる。

 笑むことで了承すると、スノウは数刻前のドロシーの様にオルゴールのネジを巻いた。

 音階の違う金属板がピンに当たり、高く澄み渡った音を奏でる。

 

「わぁ……」

 

 幼い子供のような顔で感嘆の声を上げ、スノウはオルゴールの蓋を開けたままドロシーに向いた。

 

「これに何入れるの?」

「ん? そうねぇ……ARMじゃない指輪とか、イヤリングとかかな」

「いいなぁ……私もこういうの欲しいなぁ……」

「今度一緒に行く?」

「うん!」

 

 

 

 

「何だこれ? オルゴール?」

「そうよ」

「へぇ〜………こっちの世界でも仕組みは同じなんだな」

 

 箱を開いた途端始まった演奏に、ギンタ達三人はしげしげと動く円筒を眺める。

 

「ギンタの世界にもオルゴールはあるんスか?」

「ああ! オルゴールの他にも、歌とかが入ってるカセットとかCDってのがあんだ」

「カセット?」

「CD? 何じゃそれは?」

「えっと……」

 

 今度はお約束の“向こうの世界”の話が始まる。ギンタの説明にしきりに感心するジャックとバッボの様子に、ドロシーはくすりと笑いを零した。

 

 

 

 

 

「何や、これ?」

「見てわからない? オルゴールよ」

「ほぉ。こーいうのに興味があるってことは、ドロシーちゃんも女の子なんやねぇ」

 

 からかうナナシに、ドロシーはふんと鼻を鳴らしておいた。

 少し箱を弄んだ後、ナナシは声を潜めて顔を近付けた。

 

「知っとる? 金持ちの家には、こーんなごっつ大きいオルゴールがあるんやで」

「へぇー。……それ、盗んだりしちゃったの?」

「勿論! 自分は盗賊やからね」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべたドロシーの問いに、ナナシも同じ表情で返した。

 

 

 

 

「へぇ、オルゴールか」

「あら、アンタもそういうの興味あるの?」

「いんや。けど家にはあったな。ガキの頃お袋が持ってたぜ」

「…………」

「………何だよ」

「ううん、アランにも子供の頃があったんだ…って思ったら、ちょっと不思議で」

「人の事をあまりオッサン扱いすんじゃねぇぞ。俺だってまだ…………………いくつだ?」

「自分の年くらい覚えときなさいよ……」

 

 

 

 

 

 雨のリズムがまた、静かになった部屋に反響する。

 オルゴールの音色が止んだ。

 ガラス窓の外をぼんやり見ていたドロシーは、椅子から体を起こし、テーブルの上のそれをもう一度手に取った。

 

「……懐かしいな」

 

 小さな箱に記録されていた曲は、数年前何処かの街で流れていた歌だった。

 タイトルは知らない。歌詞も一部しか覚えていないが、記憶の片隅に残っていたある歌。

 他の皆は曲については何も言わなかったから、有名なものではないのだろう。

 知らない人にとっては、耳を素通りするありふれた歌。

 

 ARMと同じ銀色のネジを回す。

 微かに蓋をしならせて開くと、また同じ曲が始まる。

 

 

 

 ………身の丈に大きすぎる箒を抱え、路地の隅で聞いた歌。

 行き場の無いどうにもならない感情を、やり過ごしていた日々___

 

 

 

 トントン

 

 

 

 丁寧な調子のノックが、濡れた過去の再生を遮った。

 顔を上げ「はい」と入室の許可をすると、最後に残った彼が立っていた。

 

「ドロシー、これ有難う」

「ああ。どう、面白かった?」

「なかなか興味深かった。魔術書もカルデアのものとなると違うな…………これは?」

 

 室内に流れ続けるささやかなメロディに、アルヴィスは不思議そうな顔で部屋を見渡し、それから箱に目を留めた。

 

「オルゴール。今朝買ったのよ。ちょっと知ってた曲だったから」

 

 アルヴィスの腕から本を受け取り、ドロシーはそれをとりあえず机へ置きに行く。

 曲が再び、最初から始まる。

 

 

「………長い雨 全てが終わってしまったみたい

 太陽の気配はまだ遠くて……」

 

 

 何気なく、唐突に。ドロシーは小声で歌を口ずさんでみた。

 上手い、下手は特に意識せず。朧げな歌詞を繋ぎ、曲に乗せて思い出を辿る。

 

 

「作り上げた幼い小さな世界は

 水溜まりに落ち 涙に溶けた…………」

 

 

 

「……弱い心に 気付かないでと言いながら」

 

 

 

 歌の続きを別の声が継ぎ、ドロシーは思わず振り向く。

 軽く目を瞑ったアルヴィスが、記憶をなぞるように歌っていた。

 

 

 

「本当は 誰かに見つけて欲しい」

 

 

 

 開かれた瞳と、視線がかち合う。

 

 

 

「寂しくないと強がる背中を 押してくれる思い出」

 

「今がどんな時であっても 愛は変わらずそこにある」

 

 

「悲しみが枯れぬように 心の花もほら」

 

「朽ちる事は無い 少しずつだけど芽吹いてる」

 

「光は何度でも射すよ 明けない夜も 空も無い」

 

 

「窓を自分で開けよう それだけで世界が変わる」

 

 

 

「「雨ならもう、上がってる」」

 

 

 

 

 歌が終わり、箱の底でネジも回転を止めた。

 どちらからともなく目が合って、二人はお互いくすくすと声を立てながら笑い出した。

 

「歌、上手なのね」

「君こそ、上手いじゃないか」

 

 小さな発作のように、口許に笑いが上ってくる。

 

「あんたも知ってたんだ、この曲」

「ああ、昔よく聞いたよ。六年前よりももっと前」

「………そっかぁ」

 

 誰も知らない、自分だけの思い出の歌だと思っていた。

 通り雨が過ぎるのを、一人で待っていた頃の。

 

「それ、どこで買ったんだ?」

「ウェッジタウンの外れのお店よ。畑の中に一軒だけあったの」

「そんな所にお店があるのか」

「私も今日、初めて知ったわ」

 

 知らず顔をさらに綻ばせ、ドロシーは止まったオルゴールに手を伸ばした。

 蓋の取っ手に指をかける。

 

 

「……そうだ。今からそこに行きましょうよ」

 

 

「……今日、これからか?」

「夕食まで時間あるし。あんたが好きそうな物も沢山あったから、いい暇つぶしになるわよ。

 それにどうせここにいたって、修行か本でしょ? だったら、私に付き合いなさい」

 

 ほぼ一方的な提案に、アルヴィスは些か面食らった表情になったが、逆らう気は無いのか苦笑して肩を竦めた。

 閉じたオルゴールを、ドロシ−は机に戻す。

 

「目立つから着替えてこっか。気分も変わるし」

「アンダータで行くのか?」

 

 スペアのウィッチフードを外して見やれば、先程まで降っていた雨は止んでいる。

 

「…………歩いてこ」

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

何だかいつにも増して意味不明な話です。

ドロシーとアルヴィスの共通点の一つに「同世代」があるので、そこから「同じ世代しか知らないもの」→「歌(流行歌の類い)」へと繋がり、今回の話になりました。

耳に残る音楽って、年齢によって意外と違うんですよね。その時活躍しているアーティストも変わりますし。私にとって有名なアイドルと言えばモー○ング娘ですが、今はA○B48ですもんね。(え、そこ?)

二人を除いたメルメンバーも、

 

ギンタ→異世界の人間

ジャック→パヅリカの田舎出身

スノウ→お城のお姫様

ナナシ→記憶が無い

アラン→年が離れすぎ

 

なもんですから、本編のような反応になりました。…こう考えると、メルメンバーの中に常識人って皆無なんじゃないかと思います。

 

折角歌がキーワードになる話なので、二人に少しだけですがハモってもらいました。

オルゴールの曲の歌詞は、「寂しくても自然と前を向ける様な歌」を意識しましたが、よくある歌詞な上に節に言葉が収まっていないので非常に歌いにくいです。が、本編でドロシーも「ありふれた歌」と言っているので許してやって下さい(笑)

 

自分しか知らないと思っていた歌をアルヴィスが知っていた事で、ドロシーは今の自分がひとりぼっちじゃない事を知る。恋愛未満な上によくわからない話になってしまいましたが、ドロシーの心の動きとかが少しでも伝わっていれば幸いです。

 

菊様、この度はリクエスト有難うございます!書き直しならいつでも承りますので、こんなもので良ければどうぞ御受け取り下さい。

 

ご拝読、有難う御座いました!

 

2011.9.8