Re;birth 第五話

 

 

 

「あれ? おっかしーな」

 

 所々に数本の木がある以外、景色の変わらない草原。その真ん中で、ナナシは足を止めた。

 

「……ナナシ、また迷ったのか?」

 

 アルヴィスの質問に、ナナシは至極真面目な顔で答える。

 

「……まだ迷っとらんな。迷う一歩手前や」

「同じだろ」

 

 だがすかさず突っ込まれる。言葉が詰まったナナシに対し、アルヴィスは呆れたように溜め息を吐く。

 

「……だからオレが先を歩くと言ったのに……」

 

 精霊であるアルヴィスは、五感を含む様々な感覚が人間よりも優れている。さらに動物たちの言葉が少しわかるので、彼らに道を訊ねることもできる。

 だがそれらの手段を断った上で、ナナシは自ら先導した。

 その結果が今である。

 

「けど最近そればっかやん! 一応自分にもトレジャーハンターの沽券ちゅーもんがあんのや」

「でも迷ったら意味ないと思うが」

 

 反論にぴしゃりと返す彼に、ぐっと固まる。もっともなだけに立つ瀬がない。

 

「どうするんだ? 街は見えないが、まだあてどなく歩くか?」

「……言葉に刺だらけやな。身も蓋もあらへんわ、こりゃあ……」

 

 ナナシは大袈裟に頭を抱えてみせたが、ぼやく声はそのままに表情を険しくする。

 同時にアルヴィスも、眼差しを鋭くさせた。

 ……確かな殺気。

 

「……何や、またか」

 

 どこからか出現し、群れになって二人を囲むのは狼の姿をした魔物だ。

 狼達は唸りながら獲物の力量を測るように、じっと二人を窺っている。

 

「ここ数日、魔物に出くわすことが多いな」

「ああ。……この辺りの気が、少し乱れているのかもしれない」

 

 一匹が遠吠えをあげる。数匹が草原の端から駆けてきて、さらに数が増えた。

 

「おーおー、やる気満々やであちらさん」

「……仕方がない」

 

 二人が構えた気配を察してか、リーダーらしい一匹が雄叫びをあげた。

 それを合図に、魔物たちは二人に飛びかかる。

 二人はそれぞれの方法で彼らを倒していく。だが。

 

「キリがないな」

 

 ナナシの呟き通り、どうにも数が多すぎる。

 このままでは自分たちが不利と判断したアルヴィスは、目を細めると、一気に魔力を高め始める。

 その時、草原に踏み入る足音がした。

 

「てりゃああああーーー!!!!」

 

 右手にハンマーを持った少年が、アルヴィスの横から飛び出し、思い切り魔物をぶん殴った。

 突然の光景にアルヴィスの意識が戻される。少年は夏の陽射しのような、金色の髪をしていた。

 ハンマーの先には鎖で繋がれた鉄球があった。それには、奇妙なことに人間のような顔が付いていた。

 

「バッボ!」

「うむ!」

 

 少年の声に呼応し、ハンマーが大きくなる。喋る鉄球も巨大化する。

 重量感あるそれを持ったまま、少年は大きく跳躍して魔物を叩きのめす。振り下ろしたハンマーが生み出した風圧が、ほかの魔物をも吹き飛ばした。

 

「……何やアレ!?」

 

 見たことのない生き物……生き物なのだろうか? 驚愕するナナシ達を尻目に、少年の仲間と思しき人影が駆けてきて叫ぶ。

 

「助太刀するっス!!」

 

 凛々しい眉毛の少年が、地面にスコップを付き立てた。

 地魔法の波動だ。魔法の素養のないナナシにはうっすらしかわからなかったが、大地に光のようなものが奔った後、草木が一気に伸び、自由自在に動いて狼達をなぎ払っていく。

 植物を味方にする植物使いだ。

 それでもまだ魔物たちの数が多い。少年二人の攻撃をかいくぐって近付いてくる数匹を、アルヴィスは迎え撃つべく掌を前に出す。しかしその眼前に少女が躍り出た。

 

「アイシクル!」

 

 瞬時に生まれた氷のつぶてが、狼達に向かってヒットする。氷魔法の呪文である。

 一発も外さずに氷塊を的中させる彼女に、ナナシは感嘆の意を込め口笛を吹く。ワンポイントのリボンを着けた少女が明るく笑った。

 その少女の姿を見て、アルヴィスは何故か息を飲んだ。

 

「あ、あぶねぇ!」

 

 離れたところにいた一匹が、急激に速度を上げて二人に迫る。ナナシがすぐに反応する隣で、アルヴィスは動かぬまま少女を見つめていた。

 

「アルちゃん!」

「!」

 

 数瞬して気付いた彼を庇うように、横からガタイの良い男が現れ、魔物に拳を叩き込む。

 

「おりゃあ!!」

 

 素手にも関わらず威力は絶大だ。弾き飛ばされた魔物はそのまま動かなくなった。

 

「ギンタ! そいつらで最後っス!」

「おう!!」

 

 ハンマーの少年が、最後にもう一度武器を振りかぶった。

 

「うおりゃあぁあ!!!!」

 

 鉄球とハンマーが勢い良く下ろされ、亀裂を生みながら大地を揺らした。

 激しい音と衝撃の後、草原に魔物の姿は見えなかった。

 戦闘が終わった。誰一人として、息を切らしていなかった。

 

 

 

「ふぅー、いっちょ上がり!」

「大したことなかったのぉ」

「大丈夫っスか? アンタたち」

「ああ……助かったで。自分らなかなかやるな」

「へへへ、まあな!」

「あいつら数だけは多かったからな、長丁場にならんでホンマ良かったわ。なぁアルちゃん」

「ああ……」

 

 ナナシに同意するアルヴィスだったが、近付いてきた少女に再度意識を奪われる。

 

「……君の……髪と目……」

「え?」

「青色……だな……」

「あ、これ? お母様譲りなの。あなたとお揃いだね!」

 

 数回瞬きしてから、少女は無邪気に微笑む。世間では珍しい、自身と同じ青色の髪と瞳の少女に、親近感を抱くどころか言葉を失ったままのアルヴィスを、ナナシはいささか不思議に思う。

 

「何だよお前、そんなにスノウの髪と目が珍しいのか?」

 

 お前だって同じじゃん、と金髪の少年が言う。その言葉にアルヴィスは反射的に早い口調で「いや」と言った後、ゆっくりと答えた。

 

「オレ以外に青い髪と目の人を初めて見たから…少し驚いただけさ」

「ふーん」

 

 さして気にも留めない様子で、少年は相槌を打った。アルヴィスはぎこちなく笑ってみせる。そこへ辺りを探っていた男が戻ってきた。

 

「どうやらもう近くに仲間はいねぇみたいだ。とりあえず一安心だな」

「おおきに、助かったわ」

「こういうのはお互い様だからな。大したことじゃねぇよ、な」

 

 うん! と少年達が頷く。

 

「オレはアラン。こいつらの護衛……つーか保護者だな。一応この娘(こ)の父親に雇われたモンだ」

 

 手を差し出し、アランはナナシと握手を交わす。

 

「自分はナナシや」

「オレはアルヴィス」

「オレ、ギンタ!」

「ジャックっス!」

「スノウです」

 

 二人に続き、少年達が順番に挨拶する。最後にギンタという少年が足元にいる鉄球を持ち上げる。

 

「で、こいつはバッボ。自称紳士のケンダマだ」

「自称は余計じゃ! 家来の分際で生意気な!」

「だーれが家来だってぇ!?」

「お前のことに決まっておろう!」

 

 バッボと名乗った鉄球は、ギンタの手から飛び出すと彼の顔に額をぶつけた。負けじとギンタも額をぶつけ、にらみ合う二人の横からスノウが言い添える。

 

「ええとね、バッボさんはギンタの守護精霊(ガーディアン)なんだよ!」

「へぇ……精霊……やて、アルちゃん」

「……あんなのと一緒にされたくない」

 

 こっそり耳打ちするナナシに、アルヴィスは不本意そうに顔をしかめる。

 それに気付く様子もなく、ギンタとバッボは口喧嘩を続ける。

 

「大体ワシはめちゃくちゃ珍しい精霊なんじゃぞ!! もっと敬わぬか!!」

「うるせー! ケンダマの精霊なんて訳わかんねーし!」

「ケンダマではない!! ハンマーじゃ!!」

「同じだろ!」

「違うわい!」

 

 どうやら二人の争いはほかの面子には慣れたものらしく、皆止めることなく苦笑いなどしながら見守っている。

 ナナシもまた楽しそうに彼らを眺める。

 

「ま、何だかんだ言って仲ええんやな。魔力のシンクロも見事やったし」

「そうだな。それに本人の言うとおり、珍しい種類の精霊というのは確かだぞ」

「へぇ、そーなん?」

「精霊は普通、自然に由来したものに宿る存在だ。このハンマーのように、人の手が加えられた人工物に宿る精霊なんて初めて見た」

「ほう? お主、ワシの価値がわかるのか! 若いのになかなか精霊に関する含蓄があると見た!」

 

 ギンタの元を離れてぴょんと飛び込んできたバッボを、アルヴィスは受け止めた。その様子を見たギンタ達がえ? と驚く。

 

「お前……バッボ持って重くないの?」

「え? ああ」

「へ〜、珍しいなぁ。ギンタ以外の人間には、普通重すぎて持てないはずなんスけどね」

「ほぉ〜ますます面白い奴じゃのぅ。ん? お主の髪……」

 

 バッボはジッとアルヴィスを見つめた。ドキンと、アルヴィスの心臓が早鐘のように打つ。

 

「見事にトゲトゲしておるのう〜。まるで針山じゃな! わはは!!」

「……………」

 

 がしゃんっ!

 

「ぬぉっ!!」

 

 アルヴィスの手により、バッボは地面に容赦なくぶん投げられた。

 

「貴様!! 何をするか無礼者!!」

「無礼はどっちだ。そのまま埋まっていろ丸いの」

 

 鼻が半分ほど地中に刺さった状態で、抗議の声を上げるバッボにアルヴィスが言い返す。罵詈雑言を並べる背を見ながら、ナナシは汗を垂らした。

 

「あ、アルちゃん……」

「あいつ……結構大人げねーんだな」

 

 ギンタも彼に聞こえないよう小声で呟く。

 一方アランは、端正な少年の見た目と中身のギャップを面白く感じたようだった。

 新たに勃発した口論に目を丸くした後、話題を戻しナナシに提案する。

 

「この先、東にしばらく進むと街がある。オレ達はそこを目指しているんだが、お前達はどうだ?」

「自分らも同じや」

「じゃあ一緒に行かねぇ? 旅は道連れっていうしさ」

「せやな……その方がええかもな」

「決まりっスね! しばらくの間、よろしくっス!」

「おぅ、よろしゅーな」

「よろしくお願いします!」

「こっちこそよろしゅうなお嬢ちゃん! 女の子との旅なんてラッキーやわぁ〜。そや! さっきの魔法もめっちゃ凄かったで!」

「……何か、あからさまに態度違くないっスか」

「だな……」

「ふふふ、ナナシさんって面白いね!」

「いやん、もっと褒めて〜」

「…じゃ、そろそろ行くか」

「おう!」

「アルちゃーん、出発するでー」

「ああ。今行く」

 

 賑やかになった一行は、アランの言う街のある方向へぞろぞろと歩き出す。アルヴィスが遅れて輪の中に加わった。

 

「おい! こら! ワシを置いていくでない!! ギンタぁー!! 抜いてくれぇ!!」

 

 

 

 

「それでしたら、南の合流地点まで一緒ですね」

「へ〜そうなんだ! だったらさ、この後もしばらくオレ達と行こうよ」

「ええで。アンタらの腕は相当なもんやしなぁ」

「こっちもガキ連中のおもりは結構大変だからな。お前らみたいな手練がいるとありがてぇ」

「大勢の方が楽しいっスしね!」

「決まりだな!」

「道中よろしくお願いします」

「うん。こちらこそ!」

 

 

「へ〜、ナナシはトレジャーハンターなんスか」

「ああ。アルちゃんは……その見習いみたいなモンやな」

「……一応、そういうことになるのか?」

 

 アルヴィスはしっくりこない顔をしつつも頷いた。

 

「君らは、何で旅を?」

「オレ、オヤジを探してんだ」

「オヤジ?」

「ああ。こいつの父親さ」

 

 アランは、一歩前を歩くギンタの頭に手を置く。

 

「コイツのオヤジは考古学者なんだが、昔から放浪癖があってな。旅先から便りは出してくるんだが、近頃ちっとも帰ってきやしねぇ」

「ふーん。どんな人なん?」

「えーっと、年も身長も、大体オッサンと同じくらいかな。髪はオレと同じ金髪!」

「オレたちはダンナと呼んでいる男だ」

「……ダンナ?」

「知ってるか?」

「いや、知らんな。アルちゃんは?」

「……知らない。でもどこかで聞いた気はするな」

「ホンマか?」

「え!? いつ、どこで!?」

「……そこまでは思い出せない」

 

 意外な返答に一同の注目が集まるが、アルヴィスはしばし考えた結果そう答えた。

 

「これまで行ったトコで、もしかしてすれ違ってたりしたんかなぁ」

「そっかぁ……」

「……すまない、役に立てなくて」

「いや、気にすんなって! オレも母ちゃんも、実はそんなに心配はしてねぇんだ」

「? そうなのか?」

「こいつの場合は建前だからな」

「?」

 

 疑問符を浮かべる二人を前に、アランはギンタの頭に乗せていた手の平を広げ、髪をぐしゃぐしゃとさせる。

 

「このバカ、ダンナを探すのにかこつけて、勝手に旅に出ようとしたんだよ。誰にも止められねぇよう、わざわざ夜中に家を出てな。おまけにこのサルだけでなく、こいつも付いていくって言い出してよ」

 

 その日、就寝前にスノウの寝室を訪ねた執事が彼女の姿がないことに気付き、アランが街中を探し回っているとギンタを見つけた。

 人目をはばかるようにこそこそしている彼を追いかけてみると、街外れの待ち合わせ場所にギンタの親友であるジャックだけでなくスノウもいて驚いたのだと言う。

 

「何度止めても聞きやしねぇし、仕方ねぇから、スノウのボディガードして雇われていたオレが護衛として付いていく形で折れたわけだ」

 

 嘆息しつつ続けたアランに「サルじゃないっス……」とジャックがぼやき、スノウがえへへと照れた顔を浮かべた。

 

「……じゃあスノウちゃんはお嬢様か何かなん?」

「ああ。すっげぇでっかいんだぜ、スノウん家。お城みたいにさ!」

「そんなことないよー」

 

 にこにこと否定するスノウだが、アルヴィスがふと眉を曇らせて皆に問うた。

 

「しかしその……危なくないのか? 護衛がいると言っても、君たちはまだ子どもだろう」

「ぜーんぜん! オレ達、結構強いしな」

「ね!」

「……悔しいがそれは事実だ。まぁこのご時世だからな。魔物は出るが、魔法や武術の心得があれば、そうそう危ない目にはあわねぇさ」

「……そうですか」

 

 確かに彼らの実力は本物だ。それに目立った争いのない平和な時代、年頃の少年少女が冒険に憧れるのは自然なことでもあるのだと彼らは話した。

 

 

「そうだな……もう、百年も経っているんだものな……」

 

 

 話を弾ませる彼らの横で、アルヴィスは一人、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

 

 夕暮れが空を染め始めた頃、一行は目的の街へと到着した。

 同じ宿をとった一同は、しばらく休憩したあと食堂で同じテーブルを囲むことにした。反対する者は誰もいなかった。

 全員がテーブルに着いたのを見計らい、アルヴィスがぺこりと頭を下げる。

 

「今日は助けていただき、有難うございました。今晩の食事代はオレたちが出します」

「え!? ……アルちゃん、いつの間にそういうことにしたん?」

「命を救ってもらった身として、お礼をするのは当然だろう」

 

 しごく真面目な顔で答えるアルヴィスに、ナナシはあ〜そうなんやけど〜と言葉を濁す。

 

「別にオレ達は……」と言いかけるアランだったが、二人の会話は続く。

 

「せやけど、先立つもんがちと心許ないよーな……」

「それはこの間、お前が酒場の女の子にチップだとか言ってたくさん渡したからだろう」

「しゃーないやん! カワイイ女の子にはお金落としてあげなアカン」

「だったら、今日世話になった人たちに払うのも別に問題ないよな」

「けど、宿代はどないすんの? 支払いまだやろ?」

「この前手に入れたネックレスがあるだろ。あれを換金すればいい」

「え!! あれ結構気に入っとるんやけど!」

「あんな悪趣味なののどこが良いんだ……」

「毒々しくってええやんか!」

「駄目だ。もう決めたからな。文句があるならもっと金遣いを改めろ」

「そんな殺生な……」

(……夫婦喧嘩?)

 

 身も蓋もない感想を抱いたところで、結論が出たのだろう。こちらを向いたアルヴィスがお辞儀をした。

 

「皆さん、どうぞお好きなものを注文して下さい」

「お、おう」「わーいメシだー!!」

 

 圧倒されていたアランは、かしこまったアルヴィスに慌てて返す。向かいのナナシの隣に座ったギンタが無邪気に叫んだ。

 舌戦に負け机に突っ伏しているナナシに、ジャックが哀れみの視線を向ける。アランも少しばかり同情する。しかし自業自得だ。助けはしない。

 遠慮なく、アランは特大ジョッキ入りのビールを頼んだ。

 街で一番大きな宿屋は食堂も広く、夜は酒場も兼ねているらしい。一同は運ばれた料理に舌鼓を打つ。

 

「ねぇねぇ、ギンタ」

「ん?」

「あの人、絶対精霊だよ」

 

 ステーキにかぶり付くギンタへ話しかけたスノウが、こっそりと指を差す。ギンタの二つ隣の席には、今日パーティになった青い髪の青年がいる。

 小さくパンを千切って口に運ぶ仕草は、端整な顔立ちと相まり、なかなか様になっている。

 

「お前、またいつものそれか?」

 

 この幼馴染の少女は、見目麗しい奴がいたら精霊じゃないかとすぐに勘ぐる節がある。

 小さな頃に一度だけ会った美しい精霊のことが忘れられず、いまだに憧れを抱いているのだ。

 

「このあいだもそう言って、フツーの人に詰め寄ってたじゃん」

「今度は間違いないよ!」

 

 呆れた様子のギンタに、スノウは不服そうにぷうと頬を膨らませる。

 これでもお屋敷のお嬢様なんだよなぁコイツ。見えないよなぁ、と本人が聞いたら間違いなく氷漬けにされそうな感想をぼんやりと抱く。

 

「……整った顔立ちに、落ち着いた物腰。精霊が持つ素質を兼ね備えてると思わない?」

「それって、単に美形ってだけじゃねぇの?」

「全然ちがう!!」

 

 ばんと机に手を叩き付け、仲間を含めた周りの人たちがぎょっと目を剥いているにも関わらず、スノウは今にも椅子から立ち上がる勢いで言う。

 

「あの清廉された立ち振る舞い! 溢れる気品とオーラ!! まさに本物こそが持つ輝きだよ〜!」

「ふーん、そんなもんかー」

 

 あらぬ方向を向き、うっとりとした表情で瞳をキラキラさせながら語るスノウに、ギンタは気のない返事をしながら肉を頬張った。

 

 

 

 

 

 食事を終え、一行は各自の部屋へと解散した。

 先にシャワーを終えたナナシが戻ると、アルヴィスはベッドに腰掛けたまま、上の空の様子だった。

 

「アルちゃん、シャワー上がったで」

「……」

「……アルちゃん?」

「……! ああ、ありがとう」

 

 言葉とは裏腹に、アルヴィスは動こうとしない。浮かない顔のままだ。

 

「どうかしたん?」

「いや……」

「昼間から少し様子が変やで。何かあったん?」

 

 ナナシの問いに、アルヴィスは何か言いた気な目をして、また俯いた。

 一人分程度の間を空け、ナナシはアルヴィスの座るベッドに腰を下ろす。

 沈黙が続いたが、ナナシはただ彼が話し始めるのを待つことに徹した。

 

 

「……昔は」

 

 

 いくらか小さな声で、アルヴィスが語り出す。

 

 

「……オレが眠りにつく前は」

 

 

「青い髪と瞳は、災いを招くと。人ならざるものの証だと、そう言われていた。……どちらか一つならまだしも、両方を身に宿して生まれた者は、それこそ鬼子の証だと」

 

 

 絞り出すように吐き出していた言葉を、一度切る。

 

 

「そう、言われていた時代があった」

 

 

 アルヴィスは、膝の上で拳を握りしめる。

 

 

「……百年の間に、人々の価値観も変化していったんだろう。けどその意識が、どうしても消えなくて」

 

 

 人は己と異なるものを恐れ、畏怖する。

 それは時に身を守るためか、他者への攻撃的な感情となり、敵意と蔑視の視線へと変わる。

 今アルヴィスの頭に過(よぎ)るのは、百年前の光景だろうか。

 昔の時代の人々が、青い髪と瞳の持ち主たちを差別していた様だろうか。

 

 

 ……誰が言い始めたのだろう?

 己と目の色が、髪の色が違う者は、違う生きものだと。

 普通の人間とは、違う存在(もの)なのだと。

 ……心すらも?

 

 

「……災いなんかやない」

 

 

 静かに否定し、ナナシは手を伸ばす。

 

 

「アルちゃんの髪と瞳は、自分が見てきた世界の色や」

 

 

 ナナシは、彼が固く握り締める手の上に、そっと己の手を乗せる。

 アルヴィスがナナシを見た。不安げな面持ち。瞳の中に、空の青が揺れている。

 美しい色だと、ナナシは改めて感じた。

 蒼穹の空。深遠なる海。彼の瞳は、そういった世界のかがやきを閉じ込めた色だ、とナナシは思った。

 

 

「瞳は空の色で、髪は海の色に似てるな」

「海……」

「塩気がきつい水でな。魚とかが泳いどるんや。見たことある?」

「いや……ない。湖なら知っているけど、海は……」

 

 

 いつかの時のように、アルヴィスは表情に憧れを滲ませたが、すぐに寂しそうなものに変わった。

 

 

「……オレが知っている事など、もう殆ど残っていないのだろうな」

 

 

 そして自重するように首を振る。

 

 

「……いや。あっても今では、きっと何の意味も持たない」

「ええやん。これから知っていけば」

 

 

 視線を沈ませる彼に、ナナシは朗らかに笑いかける。

 

 

「知らんなら、知ればええだけの話や。君の知らない世界を見に行けばええ。思うままにな。自分はとことん付き合うで」

「……何故?」

 

 

 アルヴィスは心底不思議そうにナナシを見つめる。

 

 

「何故、そこまでしてくれるんだ?」

 

 

 あの日と同じ問いに、ナナシは笑って答えた。

 

 

「言ったやろ? 『君に世界を見せたる』って」

 

 

 狭い世界しか知らないのなら、もっと世界が広いことを教えたい。

 寂しい世界しか知らないのなら、優しい世界も教えたい。

 

 

 何故、と理由を聞かれたら。

 それはきっと、彼の青瑠璃の瞳に、寂しさも見つけてしまったから。

 自分が出来ることを、見つけてしまったから。

 

 

「君に、世界を見せたる」

「……うん」

 

 

 ナナシの言葉に微笑し、アルヴィスは重なった手を、ぎゅっと握り返した。

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、早くに目が醒めたアルヴィスは身支度だけ整えて外に向かう。

 二階の寝室から階下に降り、宿泊客も利用を許可されている勝手口を通って中庭へと出る。

 早朝の静かな空気が心地良い。すぅっと息を吸って瞼を開くと、柔らかな青に染まった空が広がっていた。

 

「あ」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、見知った青い少女がいた。

 

「おはよう! 早いんだね」

「……おはよう」

 

 隣にやってくるのを目で何となく追っていると、気付いた彼女がアルヴィスを見上げてきた。

 

「……もしかして、やっぱり気になる?」

 

 スノウは自身の髪と目の色を指して言う。アルヴィスはやや苦笑いをした。

 

「……そうだな。正直言うと、まだ。すまない、じろじろ見て。君に不快な思いをさせてしまったな」

「そんなことないよ! ただ、どうしてかなって思って」

 

 頭を下げるアルヴィスに、慌ててスノウは首を振る。

 

「その……嫌じゃなかったら、理由を聞いてもいい?」

 

 前置きをした上で訊ねてくる彼女は、きっと思いやりのある性格なのだろう。

 アルヴィスは、彼女を気にする理由を話した。ただし自身の正体は除いて。

 昨晩ナナシに気持ちを吐露したからか、自分でも意外なほど落ち着いた心地で話していた。

 スノウは労りに満ちた表情で、耳を傾けた。

 

「私は……旅に出る前も、そのあとも、髪や目のことで何か言われたことないよ?」

「そうか……」

「うん。だから、アルヴィスがいた場所だけが、全てじゃないと思う」

 

 きっぱりと言い切るスノウだが、己の発言を反芻してか、申し訳なさそうに体を小さくする。

 

「……ごめんね。私、何だか生意気なこと言ってるね」

「いや、君の言う通りだ。……きっと、今はそういう時代なんだろうな」

「時代……?」

 

 ぱちぱちと、スノウはアルヴィスより濃い青の眼を瞬きさせた。

 

「……アルヴィスって、今いくつなの?」

「……秘密」

 

 アルヴィスは悪戯っぽく笑う。その少年らしい表情に、スノウはどこかほっとした気持ちになりながらも唇を尖らせる。

 

「……いぢわる」

「……ふふっ」

「うふふ!」

 

 漸くわだかまりなく打ち解け合えた二人の間には、すっかり和やかな空気が流れていた。

 そんな彼らの近くで「あっ!」と小さな叫び声が上がる。同時に高いところから何かが落ちる物音が響いた。そして、水音。

 音の発信源は、中庭に設置された掘り井戸だった。昨晩も顔を合わせた宿屋の女将と、その息子らしき少年が中を覗き込んでいる。

 

「……どうしたんですか?」

「つるべが取れちゃったんだ、ほら」

 

 駆け寄った二人に、少年が切れた縄を見せる。

 

「大分古くなっていたみたいですね」

「ええ……困ったわ。うちの人に早く直してもらわないと」

 

 縄の切れ端の様子を確認した女将は、忙しそうに宿の中へ走っていく。残された少年は溜息を吐いた。

 

「弱ったなぁ。まだ畑の水やりもできてないのに」

 

 少年は小さな体で乗り出し、井戸の内部を再度覗き込む。アルヴィスとスノウも縁に手をかけて中を覗くと、井戸の底に壊れた桶が浮かんでいた。

 滑車を回し縄を下ろした少年は、何とか縄をつるべに引っ掛けようとするが、やはり難しいらしい。見守っていたスノウが言う。

 

「これじゃあ、新しいのを付けた方が早いね」

「うん……でもなぁ、ほかにも色々仕込みとかしなきゃいけないのに。水やりの仕事が終わらないと何にもできないよ。お客さんを待たせちゃう」

 

 肩を落とす少年を見下ろしたアルヴィスは、土手に広がる緑の群を指差した。

 

「……あれが畑か?」

「うん。うちで育ててる野菜だよ」

 

 しばらくそれを眺め、少年を慰めていたスノウへ振り向く。

 

「スノウ、少し力を貸してくれるか?」

「……何するの?」

 

 不思議そうに聞いた彼女に、アルヴィスは人差し指を口元に当てて微笑む。

 それは内緒の証の仕草だ。

 

 

「オレ達にしか出来ないコト」

 

 

 はっきりした答えはまだわからなかったが、彼の表情にわくわくした気持ちが涌いてくる。

 スノウは、笑顔で頷いた。

 

「うん!」

 

 

 

 

 少年が屋内へ戻った後、誰もいない中庭で二人は向かい合う。

 アルヴィスがスノウの手を取る。導くように握られた手から、スノウは自分の意識を体の中心に移動させ、集中する。

 目を閉じた二人の身体から魔力が立ち上る。お互いの力の波長を合わせる。

 涼しげなそれが混ざり合い、青白い光となって中庭から空へ上る。

 上空に上がった冷たい空気は、見る見るうちに雲を作り出した。

 

「え?」

 

 窓越しに少年が外に目を向けた途端、空から雫が落ち始めた。

 

「わあぁ……」

 

 あっという間に雨が降り出す。急なものだが勢いはさほど強くない。大地を潤すための雨だ。

 雨粒が土や草木にやさしく染み込んでいく。

 

「……こんな急に降るとは……」

「良かった! これなら畑の心配はしなくて済むわ。今のうちに井戸を直す準備しとかなきゃ、あなた」

「あ、ああ。そうだな」

 

 突然の雨に面食らう宿の主人だったが、妻にうながされ修理道具を出しに倉庫へと向かう。

 宿泊客の一人が、空を仰いで首を傾げた。

 

「不思議ね。この雨、この辺りにしか降ってないみたい」

「本当。でもいいじゃない、これぐらいならきっとすぐに止むわ」

 

 もう一人の言葉通り、通り雨の部類に入る雨雲は役目を終え、大気に紛れ消えていく。

 畑の反対側では、すでに太陽が顔を出していた。

 

「……よし」

 

 満足そうに言うアルヴィスの横で、スノウは驚きを隠せない様子で呟く。

 

「……すごい」

 

 天候を操るというのは、とても高度な種類の魔法だ。それを局地的に、しかもたった二人の魔力でやってのけるなんて。

 青い瞳を見張るスノウに、似た色の眼で「皆には内緒な」と彼は微笑む。

 

「……お」

 

 彼らに少し遅れて目を覚まし、窓を開け放したナナシの視界に、雨上がりの景色が映り込む。

 

 

「朝からええもん見れたな」

 

 

 丘の方角の空に、小さな虹がかかっていた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

やっと賑やかになりました。ずっとナナシとアルヴィスの二人旅でしたので、他のキャラも交えた会話を書くのが楽しかったです。

特にスノウ!彼女はこのパラレルだと、原作より小雪のテンションも引き継いでいるような感じですが、アルヴィスとの会話から、彼女独自の優しさとか、思いやりとかが現れていたら良いなと思います。

そして今後の展開に関係するいくつかの要素が入りました。これで漸く序盤の山場が終了です。

次話からは、まだ出ていない「彼女」も登場します。時間かけすぎなパラレルですが、まだまだ続きますのでこれからもお楽しみ頂けたら幸いです。

ご拝読下さり有り難うございました。

 

2016.2.10