同じ空を抱えて〈15〉

 

 

 

 翌朝。ナナシはノクチュルヌの住人とともに、村の東側に位置する場所にいた。

 手にしているのは、研磨された水晶が嵌め込まれた小さなリング。昨夜イフィーとウィートに急いで彫金してもらったARMだ。

 

 以前作ってもらったマジックキャンセラーと仕組みは似ているが、急拵えのため魔力の遮断効果は弱い。だが代わりに発動の対象となる範囲が広いのと、以前とはちがう仕掛けが施されていた。

 それがARMの魔力の核にしたマジックストーン。ノクチュルヌで過去に採掘された水晶を、村長たちに譲ってもらい使用したものだ。

 アルヴィスの偽者である“彼”の元となった宝玉と、同じ材質である水晶でできたARM。

 それを発動することで一定時間、“彼”の魔力へと干渉すれば、少なからず影響を与えることができるはず。そのあいだに、決着をつけるという段取りだ。

 用意できたARMは四個。ノクチュルヌ一帯を覆うように、村の東西南北の四方に位置する場所に散らばり、ほぼ同時のタイミングで発動させる。

 術者となる人間はメル以外の、村の中でもっとも魔力の高かった若者たちだ。

 

「さて、そろそろやね。頼むで」

「はい!」

 

 緊張しつつもARMを受け取った青年が、気合の入った返事をする。

 足を怪我しているが、魔力には自信があるからとこの作戦に志願してくれた者だ。彼は先の襲撃の際、村の人間たちに疑われたメルのメンバーを庇ってくれた人物でもあった。

 持参してきた時計型のARMを、いつになく慎重にナナシは見つめる

 青年もまた、ごくりと唾を飲んだ。

 

「3、2、1……時間や!」

「っ!」

 

 ナナシの合図に、青年が一気に魔力を込めた。……荒削りだが、いい波長の魔力だ。鍛えれば、将来ARM使いとしてさらに成長するだろう。

 ARMを発動しても、辺りの様子は一見何も変わらない。風景も特に変化したようには見えない。

 だがナナシは、ARMの核の水晶が魔力でしっかりと光っているのを確認すると、満足げに頷いた。

 

「よし。そんじゃ自分はいくで」

「はい。どうか、よろしくお願いします」

「任せとき!」

 

 快活に返すと、慣れた様子でアンダータを発動させ、ナナシは目的地へと飛んだ。

 

 

 

 

 一方、ギンタたちは村外れの洞窟の前で待機していた。

 すべての始まりとなった村の秘宝。その秘宝の材料である水晶が採れるその場所が、アルヴィスの偽者である彼が生まれた場所であり、今なお隠れている場所だと考えられたからだ。

 作戦の経過をじっと待っていたが、不意にアルヴィスがピクリと眉を動かす。

 

「……始まったようだ」

「わかるのか?」

「洞窟の中のヤツの気配が揺らいだ。このままARMを発動し続ければ、おそらく前回会った時よりも確実に消耗させられるはずだ」

「うむ。いい感じじゃな」

 

 程なくアラン、ジャック、ナナシ、ドロシーの四人が戻ってくる。

 元々アンダータを所持していたドロシーとナナシ、そしてカルデアから借りたアンダータでアランとジャックが、それぞれ東西南北のARMの発動場所へと散らばっていたのだ。

 

「陽動作戦、どう?」

「バッチシっす!」

「当然よ」

「モチのロンやで!」

 

 駆け寄ったスノウの問いに、みな意気揚々と答える。

 中にいる“彼“を見据えるように、アランが洞窟の入り口を睨みながら言う。

 

「それじゃあ、入るぞ」

「……うん!」「おう!」

 

 合流した一同は、ひんやりと冷たい空気の流れる洞窟へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 入り口は普通の洞窟とそう変わりない。だがしばらく歩くと、壁一面が輝く水晶に覆われるようになった。

 

「すっげぇー……まぶしい〜」

 

 メルヘヴンの水晶には発光する種類もあるのか。ランプなどの光源がなくても、洞窟内はとても明るかった。眩い景色に、ギンタは物珍しそうに周囲を見渡す。

 

「……なんだかマティア鉱山に似てるね」

 

 光輝く石に手を伸ばし、触れたスノウが呟いた。

 鉱石なので、水晶の手触りはやはり冷たい。しかしふんわりと不思議な光は、蛍のように時折明滅を繰り返し、澄んだほかの水晶に反射して光を増幅させていた。

 

「ここの水晶は、マティア鉱石と非常によく似た物質のようね。この村は外との交流はほとんどないけど、ずっと昔はマジックストーンの材料として重宝されて、交易が盛んだった時期もあったらしいわ」

「それがカルデアに渡ったってわけか」

「ええ。でも小さな土地だから、多分採れたといっても他の地域に比べたらかなり少なかったんでしょうね。すぐに希少なものとして値が張るようになり、市場にも出回らなくなったみたい」

「そして外部との交易も、再び途絶えるようになったと言うことか……」

「……こんな綺麗な場所なのに、オーブみたいな存在が生まれたなんて……」

「なんか、信じられないっスね……」

「……純度の高いものほど、より沢山の魔力を込めることができる。強い力を封じるにはもってこいなのよ」

 

 あ、ギンタは小さく声を上げる。先日書庫でジャックに読んでもらった本。あれに記してあった内容と同じだと気づいたのだ。

 

『不純物の少ないマジックストーンほど、より高い魔力を封じることが出来ます』

 

 

「……先を急ぐぞ」

 

 思いに耽る彼らを引き締めるようなアランの声に、一同はふたたび前を見つめた。

 

 

 

第16話