同じ空を抱えて<3>

 

 

 

 

「おう! 来たかお前ら!」

「オッサン!」

 

 城の前にある広場。普段ならウォーゲームの舞台となるフィールドの端で、伝令兵とアランが三人を待っていた。

 

「何があったんスか?」

 

 質問を受けたアランの代わりに伝令兵が口を開く、

 

「レギンレイヴ領下のノクチュルヌという村が、何者かに襲われているのです」

「何だと!?」

「チェス共か!?」

「わかりません……数は一人ですが、かなりの手練のようです」

「しかも問題なのは、これが初めてじゃないってことだ」

 

 ナナシと共に急ぎ足でやってきたドロシーが、訝し気な目で聞いた。

 

「どういうこと?」

「三日前、村の一部が荒らされる被害があったんです。怪我人はいなかったんですが、またこうして襲われたことを考えると……」

「十中八九、同じやつの仕業だな」

「どうするの、アラン」

 

 最後に加わったスノウの問いに、アランは口元にわずかに笑みを刻みながら横目で金髪の少年を見る。

 

「ウチのキャプテンが黙ってるわけがねぇ」

 

 当然とでも言うように、皆の視線を浴びたギンタは拳を作り叫ぶ。

 

「助けに行く!!」

「ほらな」

 

 想像していた通りの言葉に、目と目で頷き合うメンバーの様子を見計らって兵士が前に出る。

 

「我々にはレギンレイヴを守護する使命があります。先日のチェスの襲撃もありますし、今この地を離れるわけにはいきません。……ギンタさん、アラン殿。ノクチュルヌの人々を助けてやってください!」

 

 真剣で切実な頼みに、ギンタは親指を上げて答えてみせる。

 

「任せろ!」

 

 と、一同の輪に反対側から涼やかな少年の声が割り込んだ。

 

「オレも行きます」

 

 驚いて振り向いた皆の前に、肩にベルを乗せたアルヴィスが現れる。

 足取りはけして早くない。しかしつまづく気配は見せず、彼は石の床を歩いて来る。

 

「アルちゃん……! 起きて平気なんか!?」

「ああ」

「けどアンタは目が……」

「視力以外は何ともないんだ。病人じゃない」

 

 彼らしい物の言い方に、止めようかと言葉を発したナナシとドロシーは苦笑を浮かべる。

 

「だがアルヴィス、今のお前は……」

「確かに足手纏いです。ですが、少しでも人手があった方がいいでしょう?」

「けどなぁ……」

「ホーリーARMだけでも使えますから」

 

 引き下がろうとしない彼の見えぬ目を、アランはしっかり見詰めた。

 彼のそれは常と変わらず、澄んだ青い色をしている。

 

「……わかったよ! お前にはかなわねぇ」

 

 降参したアランに、アルヴィスは微笑んで礼を言う。

 

「有り難うございます」

「だがな……」

「わかってます。無茶な行動はしません」

「よし、スノウ。アルヴィスと一緒にいろ。二人で怪我人の手当をしてやれ」

「はい!」

 

 スノウはアルヴィスの許に走り、彼の右腕をジャケットの上からそっと掴んだ。

 視界の利かない彼が転倒しないよう、支えるためだ。

 

「お前もこいつをしっかり見とけよ」

「勿論! アルはベルが守るもん!」

 

 ベルの頼もしい言葉に一同は思わず笑い、再度視線を交わす。

 

「ノクチュルヌに行けるアンダータは?」

「こちらです」

「ちょっくら借りるで」

 

 伝令兵から指輪を受け取ったナナシが、ぐるりとメンバーを見渡した。

 

「全員、準備はええな?」

「ああ!」

「よっしゃ! アンダータ発動! ここのメンバーを、ノクチュルヌへ!!」

 

 魔力が辺りを包み、彼らを遠く離れた土地へと飛ばした。

 

 

 

 現れた景色は、長閑で閑静な田舎であったはずの場所だった。

 家屋の多くが破壊され、土地の大半を占める緑の畑から、煙がいくつも上がっている。

 風が足元に、埃にまみれた空気を連れてくる。

 そこに村の以前の面影はなく、襲撃の無惨な爪痕だけが存在していた。

 

「………ひどい………」

 

 誰からともなく漏らした呟きと、広がる惨状に一同が息を飲む。

 アルヴィスは焼け焦げた大地の匂いと大気に、身を固くした。

 

「これ、たった一人がやったんスか……?」

「らしいな」

 

 汗を垂らしながらのジャックの呟きに、聞いていたとは言え想像以上の様子にアランも渋い顔を隠せない。

 一体どれほどのARM使いが、この惨状をもたらしたのだろう。

 

「う……うう……」

「おい、大丈夫か!?」

 

 ギンタが近くの畑の中に倒れていた村人を抱え起こす。いったんアルヴィスから離れたスノウがARMを取り出し、ひんやりとした癒しの魔力を注いでいく。

 

「あ……あなた方は……」

「メルだ。助けに来た!」

「メル……? ……ああ……ウォーゲームの……?」

 

 やや時間をかけて、男はギンタ達の正体を理解した。

 

「一体誰に襲われたの? チェス?」

「わからない……棒使いのようだったが……」

 

「物凄い魔力だった……あんなの普通の人間じゃない……」

 

 自分を襲った犯人の姿を思い起こし、男は身体を横にしたまま身震いをする。

 ただならぬ様子にメンバーの表情が険しくなる。

 

「そいつは何処に行ったんだ?」

「……わからない……村の……他の皆を……」

「ああ、わかった。スノウ、アルヴィス、この人を頼む」

「うん!」

「ああ」

 

 村人の身体をスノウに預け、ギンタは鋭い目で村の外れを見つめるアランを仰ぐ。

 どうすべきか意見を求める視線に、アランは森を睨んだまま答える。

 

「……この村の近くから、何かキナ臭ぇ感じがすんな」

「うむ。何か妙な気配がおるぞ、ギンタ」

 

 同じものを感じ取ったのかバッボが同意を示した。

 

「俺はあの森を調べてくる。ギンタ、お前はこの辺りを見てこい」

「わかった。ドロシーは空から怪しい奴がいないか見てくれるか?」

「オッケー!  任せて!」

「自分は西の街道の方に行くわ。アンダータがあるさかい、すぐに戻るで」

「ジャックは怪我した人を集めて。私たちが移動するより、そっちの方が早いから」

「了解っス!」

 

 各自役割を受け持ち、それぞれの務めを果たすため素早く散開する。

 スノウとアルヴィスは、ジャックの手を借り、比較的被害の少なかった村長の家の前に住人たちを集まらせ、彼らに治療を施すことにした。

 

「大丈夫? すぐに終わるからね」

 

 次々に運ばれる怪我人に優しく声をかけ、ホーリーARMを発動させるスノウに習い、アルヴィスもドロシーから借りたARMをポケットから取り出す。

 

「今治癒します」

 

 若干ゆっくりとした動きになりつつも、うずくまる村人の正面に屈み込み魔力を練り込み始める。

 普段使うダークネス系の魔力と全く異なるホーリーのそれを、手間取る様子もなく高めていく。それに気付いたスノウが「すごい」と漏らした。

 だんだんと癒えていく傷に身体の自由が戻り、血色の良くなった顔を村人が上げる。

 しかし、治療に専念するアルヴィスの姿を視界に入れた村人は、再度顔を青ざめさせた。

 

「ひ、ひぃいいいいい!!」

 

 突然聞こえた悲鳴に、アルヴィスは驚き反射的に魔力の供給を止めた。

 瞬時に辺りの気配を探るが、特に変な魔力は感じない。

 カチカチと歯を鳴らす村人に、困惑しつつも問いかけた。

 

「……どうされましたか?」

「あ……あ………」

 

 男の口から漏れる言葉は意味を為さない。スノウの治療を受け、回復したほかの村人たちが男の状態に気付いて近寄ってくる。

 

「お前が………お前が…………」

 

 おいどうした、と彼の肩に手を乗せた村人が、男の指す言葉にアルヴィスを見上げ、またも顔色を変えた。

 

「う……うわぁあああ!!!!」

 

 大きく仰け反り後ずさる様はアルヴィスには見えなかったが、どんなで様子であるかは容易に想像できた。

 感じるのは、眼前にいるであろう村人達の強い感情。

 己に向けられる、恐怖と言う名の敵意だった。

 

 

「……よくも……」

「よくも俺たちの村を……」

 

 絞り上げるように出される声が、アルヴィスの周りを包み込む。

 体を締め付けるような空気に、軽く身が強張りそうになる。

 

「……何を」

 

 言ってるんですか。そう問おうとするが、急に来た衝撃に体勢を崩してしまう。

 

「しらばっくれるのもいい加減にしろ!!」

 

 突き飛ばされた、のだろう。不意に出た腕に気付くこともできず、アルヴィスはそのまま後ろに倒れ込んだ。

 

「お前が村を襲ったんだろうが!!!」

「——!?」

 

 信じられない言葉に、かろうじて地面に着いた手の動きを止めてしまう。

 アルヴィス! と名を叫んだベルが、庇うように前に出て怒鳴った。

 

「いきなり何よ! アルヴィスはアンタたちを助けに来たのよ!!」

「うるせぇ! こいつが村を滅茶苦茶にしたんだ!!」

 

 指をさす男に頷いた別の男が、「俺ははっきりとこの目で見た!!」と言って周囲の注目を引きつける。

 

「蒼い髪と瞳に、銀色の棒! ウォーゲームでよく使っているやつだろう!!」

 

 男はアルヴィスのズボンに掛かる、発動されていない13トーテムポールチェーンを指して怒鳴った。

 「そうだ!」「私も見たぞ!」「お前だったのか!」とほかの者達からも次々に声が上がる。

 

「違う!! そんなはずない! ここが襲われた時、アルヴィスは私たちと一緒にいたもの!!」

「だったら、誰がここを襲ったんだってんだ!!」

 

 駆けよってアルヴィスの肩を支えたスノウが反論するが、間髪入れずに返ってきた怒鳴り声に気圧されてしまう。

 多勢に無勢で為す術がなく、三人は退路を塞がれ膠着状態に落ち入る。

 

「どないしたんキミら、声張り上げて」

 

 肌に刺さる痛い沈黙を破った声を、スノウは思わず救いを乞うような眼差しで見上げた。

 

「……ナナシさん……」

「お前もそいつの仲間か!?」

「さっさと消えちまえ!」

「……あぁ?」

 

 怪訝な表情で問い返すナナシの後ろに、「どうしたんだ?」と探索から戻ってきたギンタがジャックと共に並んだ。

 

 

「一体何事じゃ?」

「ギンタ……! お願い、何とかして!!」

「え?」

 

 ベルの涙混じりな叫びに次いで、スノウが合流した仲間たちに状況説明をする。

 

「……この人たちは、アルヴィスがこの村を襲ったって言うの」

「えぇ!? 」

「アルちゃんが?」

「そうだ!! 俺たちは確かに、こいつの顔を見たんだ!!」

「ちょっと待つっス! 何かの間違いっスよ!」

「そうだ! 大体、アルヴィスは今目が見えないんだ! そんなこと出来るわけないだろう!!」

「ギンタ!!」

 

 激しい言葉の応酬で、ギンタが口を滑らせたと気付いたときはもう遅かった。

 ナナシの注意で会話が途切れた場で、先刻までのとは違った視線がアルヴィスに集中する。

 

 

「目が……?」

「そんなこたぁどうでもいい」

 

 純粋な疑問の呟きを、住人を押し分けて来たアランが強い口調で打ち消した。

 

「何を勘違いしてるのか知らないが、俺達はレギンレイヴから要請を受けてここに来た。感謝されるならともかく、文句を言われる筋合いはないと思うが?」 

 

 反論の声を封じる意味合いで村人たちを見渡すが、一人が吐き捨てるように言った。

 

「……そんなの頼んじゃいないよ」

「……何?」

「ウォーゲームなんて、外の奴らが勝手におっぱじめたことじゃないか」

「儂らには関係ない」

「余計なことはせんで、早く帰っとくれ!」

「……何や、まるで自分らが悪者(ワルモン)みたいな言い草やなぁ」

 

 ナナシの目つきがいよいよ剣呑なものに変化する。

 

「余計なことって………助けに来ることの何が悪いんだよ!」

「そういう押し付けがましい正義感を振りかざされても、困ると言うんだ」

 

 憤慨したギンタの言葉に、冷めた男の声が答えた。

 

「村長!」

 

 白頭に白髭。やや背骨の曲がった背の低い初老の男が、一同の前に進み出る。

 アランが皆を守るように体を向け、男に対峙した。

 

「……アンタがこの村のお偉いさんか」

「……メルと言ったか。アンタたち、今すぐこのノクチュルヌから出て行ってくれ」

「さっきも言ったが、俺達はレギンレイヴの……」

「王城の者の言うことなど知らん」

 

 アランの説明を途中で遮り、村長はメンバーを睨みつけながら言葉を続ける。

 

「儂らは今まで自分たちだけでやってきた。自分のことは自分らで決める」

 

 領主であるレギンレイヴの意向すらも拒絶する姿勢に、アランは怪訝そうに村長を見つめる。

 

「その少年を連れて、早く帰ってくれ」

「だから、犯人はアルヴィスじゃないって言ってるだろう!?」

「きっとアルヴィスに化けた、チェスとかの仕業っス!」

「そうだとしても、彼の姿をした者がこの村を襲ったのは事実。それにそこにいる少年が、我々を襲わないとも限らない」

「はぁ? 何だよそれ!」

「……ずいぶん強引な理屈ね。さっきまで助けを必要としてたのはそっちでしょう」

 

 疑問の声を上げたギンタの横に、上空からの探索を終えて合流したドロシーが渋面を作って挑発的に言う。

 

「寄せ集めの集団に、儂らのことをとやかく言われる謂れはない」

「なっ……!」

「…………」

 

 暴言ともとれる返答に、ドロシーだけでなくメンバー全員が怒りの色を浮かべた。

 村長に引く様子はない。

 

「ともかく帰ってくれ。儂らはアンタたちを信用しない」

 

 結論を述べる彼を筆頭に、村人の大半が一同を明らかな疑心の目で見ていた。

 

 

 

 

 

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