同じ空を抱えて <序章>

 

 

 

 規則的な配置の燭台が、漆黒の闇に男と女を浮かび上がらせる。

 

「ではそういう運びで」

「ええ、お願いね」

 

 闇色の道着を纏った青年が、恭しく一礼をして女の許を去った。

 優美な唇をマスクで覆った女は、淡紅色の長い髪を揺れ動かし、青年を呼ぶまで見ていたものを振り返る。

 ベランダの傍、広間の隅にある小さな玉を見つめ直す。

 

「……それにしても、似てる……」

 

 魔力により宙に浮かぶそれは、彼女のいる城から遠く離れた土地の景色を現し出していた。

 球面の中央でうごめく影に、女はうっとりと呟く。

 

「……本当に似てる……」

 

 女は唯一隠していない瞳を、それ以上ないくらいに細めた。

 恍惚とした熱い眼差しで対象を見、もう一度、女はその一言を言った。

 

 

「オーブに……似ている……」

 

 

 彼女の囁きは、闇夜に吸い込まれるように落ちて、消えた。

 

 

 

 

 

 気付けば“彼”はそこにいた。

 

 何故生まれたのか、何故在るのかといった疑問は、“彼”には必要でなかった。

 己が何という名で呼ばれるのか、“彼”は知らなかった。 

 しかし寄り合い飽和しそうな、内を決定するそれを、“彼”は識っていた。

 

 

 

 例えるなら——そう。

 

 

  裂いて、

 

 

  満たして、

 

 

 

     壊したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 抉れた道、折れた木々。

 月のない夜に疾風を引き起こしながら、“彼”は其処へ行く。

 破壊の跡の先に存在する、ぽっかりと口を開けた洞窟の中へ。

 洞窟の内壁全部が、どこも見事な水晶に覆われていた。

 その透明な輝きを、“彼”はよく知っていた。

 細く曲がりくねった通路を抜け、“彼”は洞窟内で唯一空の見える空間へ辿り着く。

 天窓のように空いた穴の直下で、“彼”は立ち止まった。

 水晶の表面が、かすかな星灯りに黒い影を反射した。

 

「ふ……ふふ……」

 

 集約された意識が音声となる。

 影が徐々に濃くなっていった。

 

「へぇ、こいつは………」

 

 ひとしきり生じていた変化が止まり、“彼”は周囲の水晶に映る自分を見た。

 

 

「ははっ!」

 

 

 響いたそれは、“彼”が初めて上げた嗤い声だった。