選択お題 ss

 

 ssタイトルにカーソルを合わせると説明が見られます。

 

  神秘 / その手を取って / 首筋に触れる手 / 誰かが望んだ結末 / どうにもならなくて /

  お揃い / 用意された舞台 / 置き手紙 / 季節が捕らえた / ある意味 / 

  曖昧な記憶 / 罰ゲーム / 君のせい /完全一方通行 / できるなら /

  呼ぶ声 / 時間が許す限り / 事情により/ 何もかもが違っても / 試験直前 /

  裏工作 / 禁断の部屋 / 愚痴を零す  / 2人ドライブ  / 綺麗なココロ/

  背中合わせ / 冬の始まり / 逆回りする時計 / 強敵なる保護者  NEW  / 

 

 


 

 

 

『神秘』

 

 

 足を踏み入れた瞬間、視界を占める物量に圧倒される。

 体の芯から涌き上がる高揚感。

 古びた背表紙。紙の匂い。

 床から天井にまで、隙間なく詰められた本、本、本!

 吸引力のまま引き寄せられ、手に取ればさまざまな趣の文字が知らない世界へといざなう。

 どれも読みたくて目移りしてしまう。時間なんていくらあっても足りない。

 ……この空間に、人類の叡智が詰まっている。

 ああ、なんて素晴らしいんだろう!

 

 

「アルー? アルヴィスー?」

「……完全にトリップしてるっスね…」

「すっごい嬉しそうな顔…」

「ありゃあしばらく戻ってこんわな…」

「なぁ、飯食いにいかねー? オレ腹ぺこだよー」

「だな。おい、アルヴィス。俺たちは食堂行ってるぞー」

「……あの様子じゃ、聞こえてないわね」

「もー! アルったらー…」

 

「賭けしよか。食堂から戻ってくるまでに、アルちゃんが読書をやめてるかどーか」

「『止めてない』に1票ー」

「わたしもー」

「オイラもー」

「おいおい、それじゃ賭けになってねぇだろうが」

 

 

「……ふぅ」

「面白かった?」

「ああ。……あれ?」

「皆どっか行っちゃったよ」

 

 そんなお昼を食べ損ねた彼に誰かがサンドイッチを持ってくるのは、また別の話。

 

 

 

END

 

 

 

レギンレイヴの図書館にて。図書館っていいですよね!!という管理人の主張です。

サンドイッチを持ってきてくれる人は、皆様のご想像にお任せします。

 

2012.12.14

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『その手を取って』

 

 

 

 空を雲が覆い、天からの恵みを降らせ始めた。

 強い勢いでかすんで見える雨は、あっという間に大地に染み込み、世界の色を変えていく。

 佇んでいた窓辺からは、かつて暮らしていた城ほど高くはないが、雨に濡れる街々や周辺一帯の景色を見下ろせる。

 短くなった煙草を、何と無しにくゆらせた。

 ふと、森へと通じる城の中庭に、見慣れた少年の姿があった。

 傘の類は持っていない。

 声を張り上げて、城に戻れ、風邪を引くぞ、などと言おうかと考えて、やめた。

 彼は恐らく、この雨だから外に出ているのだ。

 人前では泣けない奴だから、この雨の中で泣いているのだ。

 自分が声をかけた所で、涙を拭って、きっと何でもないように笑うのだろう。

 大丈夫です、心配かけてすみません、といった言葉と共に。

 ならば無駄に気を遣わせて、一体何になるだろうか。

 そんなことをつらつら考えていると、森の奥から彼より幾分背丈の小さい少年がやって来た。

 遠くでも目立つ金色の髪。父と同じ色を持った少年。

 何言か会話した後、小さい方の少年が、大きい少年の方に一気に距離を詰めた。

 己の笑みにつられて、煙草が上を向く。

 

 窓の下、遠目ではあったが、少年の手が引かれるのが見えた。

 

 

 

 

 

 冒険という名の散歩中、急に雨が降り出した。

 顔にかからぬよう、額の上に手をかざし小走りで城に向かう。

 すると城の前で、思いがけない人物と会った。

 

「……アルヴィス?」

「…………ギンタ」

 

 城を出てくる時、彼は部屋にいた。しかし彼は外に出ていた自分と同じくらい濡れている。水を吸い込んで、癖を持った青い髪は漆黒へと変化していた。

 

「……こんな所で何してんだ?」

 

 流れる雨を頬に伝わせながら、アルヴィスは普段あまり浮かべぬ笑みを向けて答えた。

 

「……気にするな。お前には関係ない」

 

 遠回しな拒絶に、ギンタはむっと顔をしかめた。

 彼のその顔が、痛みをこらえるような笑顔だったのだ。

 勢いよく数歩進んで、先程の言葉に構わず手を掴む。

 

「え? おい!」

 

 文句は無視し、Uターンしてついさっきまで背にしていた方へ走り出した。

 雨粒が顔を叩く。

 だがそれを物ともせず、ギンタは後ろの彼に向かって声を張り上げた。

 

 

「オレさ、この世界に来て良かったと思うぜ!」

 

 

 足を踏み出す度、濡れた草が湿った音を立てる。

 

 

「メルヘンの世界が本当にあるって知ることができて嬉しかったし。

 あ、視力が上がったのも嬉しかったな!」

「…………」

 

 

 振り返ることをしなかったので、ギンタにアルヴィスの表情はわからなかった。だが黙って息を詰め手を引かれている様子から察すると、目を丸くしてこちらを見ているのかもしれない。

 雨の勢いが、段々と弱まる。体が軽くなる。

 

 

 視界が開けた。

 森の終わりの切り立った崖へ、二人は出た。

 再び射し込んだ太陽の光が、濡れた家の屋根や樹々を照らしている。

 明るくなった雲の間からは、眩しい青空が覗けた。

 

 

 

 ……こんなに綺麗な世界に来れたんだ。

 

 

 

「だからお前も」

 

 

 

 まだ驚いたままのアルヴィスに、ギンタは続ける。

 

 

 

「そんな顔すんなよ!」

 

 

 

 思い切り笑ってみせると、髪から雫を落としながら、彼はいつもの落ち着いた微笑を浮かべた。

 

 

 

「……わかった」

 

 

 綺麗な青い目の奥に、陽射しが優しく映っていた。

 

 

 

END

 

 

 

実は5年前に思い付いたもの。ありがちかなぁとお蔵入りしていたんですが、書くにあたって自分なりに原点を意識しました。

 

2013.4.16

 

 

 

 

 


 

 

 

『首筋に触れる手』

 

 

 

 冷えた手が首に当てられる。自分の肌との温度差に、無意識に肩が震えるが足は動かない。

 振り払え! と誰かが叫ぶ。

 ここから出ろ! 完全に囚われてしまう前に、と脳が警告する。

 けれど呪いに支配された体は、沈黙したまま彼の手を受け入れてしまう。

 

 

 やめろ、やめろ。

 

 

 仲間を殺したくせに。世界を壊そうとしてるくせに。

 

 

 やめろ、触るな。

 

 

「アルヴィス君」

 

 

 ああ、そんな風に、呼ぶから。

 

 

 愛おしいものをなぞるように、やさしく、呼ぶから。

 

 

 

 冷たい筈の手が、熱を持っているなんて

 

 

 __暖かいなんて、感じてしまうんだ。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

クラヴィーア編でのファンアル。首筋ってエロスを感じます。(え

 

2013.7.12

 

 

 

 

 


 

 

 

『誰かが望んだ結末』

 

 

 

 肉体が殴打される。痛烈な一撃が倒れた身体に入り、咳と苦悶が混じった叫びが喉から出る。

 

「いい気味だね」

 

 冷徹な声が頭上から降ってくる。

 

「僕の友達を殺した君が、地面に這いつくばるように床に転がっている。……あの時はまさかこんな風になるなんて思ってもみなかっただろうね」

 

 殴られてぼやけた視界に、残忍な男の口元が映る。続いて顔を蹴り上げられたナナシは、自然と上ってくる呻きを歯を食いしばって耐え、彼に問う。

 

「……はどこや!」

「余裕だね。人の心配してる暇なんてないんじゃない?」

 

 己の身が危険であるのは、当人であるナナシが一番よくわかっていた。

 腹からの出血がひどい。血流が体に行き渡らず、指先が痺れ始めている。

 ファントムは至極楽しそうに、愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。

 

「駄目だよ。教えてあげない。それにたとえ彼が無事だとしても、ここで君が野垂れ死んじゃあ意味がないよね」

 

 

 微笑を崩さぬまま、ファントムは耳元まで屈んで囁く。

 

 

「彼にもう一度会いたいかい?」

 

 

 射殺しそうな眼で睨みつけるナナシに、ファントムは更に悠然と微笑んだ。冷たい床の上の彼を見下ろす。

 

 

「ねぇ、命乞いをしてごらんよ」

 

 

 

 

END

 

 

 

 

トム様の日(10月6日)記念。ドSなトム様です。

シチュエーションとしては、多分ラストバトル後。ファントムはペタを殺したナナシを許せないだろうなと思って、かなりひどいことしてます。

ナナシの呟いた人物の名前はご想像にお任せします。でも“彼”だから…(笑)

 

2013.10.6

 

 

 

 

 


 

 

 

『どうにもならなくて』

 

 

 

「アルヴィス……」

 

 呼びかけた名前に振り返りもせず、彼は背中を見せたまま去っていった。

 青空の色を飲み込んだガラスの階段を、一人小走りで降りていった。

 何人かの目には、宙に舞う、涙の粒のようなものが見えた気がした。

 

「……どういうことよ。何でアイツ…」

 

 困惑した表情を隠しきれないドロシーが、自らに訊ねるように呟く。

 先程までの明るい顔を消し、スノウも不安げな面持ちで隣のジャックを見る。

 

「希望を人に譲ったって……もしかして、ほかに誰かいたのかな?」

「でも謁見の間には、一人しか入れないんスよね?」

 

 じゃあ何故?

 同じ疑問が皆の中に浮かぶ。

 しかし誰も口にはしなかったが、はっきりとわかっていることがあった。

 彼は呪いから、解放されなかったということ。

 

 

「……でもあいつ、このままじゃ……!」

 

 

 その事実から思い至る未来に焦りの声を上げるギンタたちの前に、奥から老人が現れた。

 

「……おや。用はもう済んだのではないのか?」

「執事さん!」

「なぁ、どういうことか説明してくれよ!!」

「はて、何のことかの?」

 

 心底不思議そうに聞き返す執事に、顔にぶつかりそうな勢いでギンタが詰め寄る。

 

「何でアルヴィスはARMを貰えなかったんだよ!?」

「何? ARMを貰えなかったと?」

「はい……アルヴィスはそう言ってました」

 

 スノウが言葉を添える。ベルが前に飛び出て問うた。

 

「ねぇ、どうして、どうしてなの!?」

「まさかアンタが覚えてねーだけで、もう他に願いを叶えちまった奴がいたのか!?」

「いやいや、案内したのはたしかに彼一人じゃ。それにさっきも言ったが、王の間に入れるのは一人だけ。同時に二人以上の人間が入ることは不可能なのじゃ」

 

 執事にとってもそれは予想外のことであったらしい。皺の目立つ目元を驚きに見開きつつ、彼は冷静に答えた。

 アルヴィスが王と謁見した事実がある限り、彼以外の人間が入ることは有り得ない。それは揺るぎない真実だと老人は言う。

 

「……じゃあ確かに、アルちゃんは王様と会ったってことかいな?」

「あの口振りだとそう考えるのが妥当だな」

「じゃあどうして! どうしてアルヴィスはARMを貰えなかったの!?」

「……王が授けて下さるのは、その者が望むARMではなく、その者に『ふさわしい』ARMじゃ」

 

 涙を浮かべ聞いたベルに、執事は静かに続ける。

 

 

「お主達が期待したような形では、与えられなかったのかもしれん」

「そんな……」

 

 

 言葉を失ったギンタは、しばらく拳を震わせたあと泣きそうな声で叫んだ。

 

 

「……ここまで来たのは無駄だったのかよ! アイドゥさんを犠牲にしてまで来たのに……!」

「それは違うぞ、少年」

 

 

 執事の老人は穏やかな調子のまま、しかし張りのある声で言った。

 

 

「アイドゥは犠牲になったのではない。あれは彼女が自ら選んだことじゃ。クラヴィーアを守護する任を遵守し、人ならざる者としてしか時を刻むことの出来なかった彼女は、最後に己が心から望んだ、人としての生を全うできたのじゃ。……その証拠に、彼女は満足した顔で逝ったじゃろう」

 

 

 知己としての執事の言葉に、ギンタは握り拳をわずかに解く。しかしすぐにまた彼の後ろ姿を思い出し、まっすぐな眼差しは揺れる。

 

 

「……このクラヴィーアに来ることが出来るのは、選ばれたごく僅かな者かぎり。お主達の道のりも、決して平坦なものではなかったじゃろう。だが失い傷付いた分、お主達も彼も、何かを手に入れた筈じゃ。意味が無いなどということは決してない」

 

 

「でも、でも…………」

 

 

 一番助けたかった彼は、もう限界なのに。

 

 

 

「……アルヴィス……」

 

 

 

 どうすれば、いいんだろう。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

久々クラヴィーア関連。これを書く為にすごく久しぶりにゲームを起動しました。

最後の二つの台詞は誰とも知らず零れたもので、誰の発言かは明確にしていません。

 

2013.10.14

 

 

 

 

 


 

 

 

『お揃い』

 

 

 

「私たちって似てるよね」

 

 主語のないスノウの発言に、アルヴィスは一度目を瞬かせるが、すぐに理解したのかそのまま聞き返す。

 

「……髪の毛か?」

「そう! 私もアルヴィスも、青だよね」

「そういえばそうだな」

 

 近くまで来たスノウは、背伸びして彼の頭を覗き込む。

 

「スノウは少し明るめだな」

「アルヴィスは深い青色だね」

 

 「ほかの人から見たら、私たちって兄妹みたいに見えるのかな?」と、スノウは言ってみた。

 すると「そうかもしれないな」と、アルヴィスが柔らかく答えるので、スノウは嬉しくなって腕に抱き着く。

 

「アルヴィスみたいなお兄ちゃんだったら、私嬉しいな!」

「オレもスノウが妹だったら、きっと自慢できるな」

「ホント?」

「ああ」

 

 そんな見た目の印象がよく似た二人が、楽しそうに笑い合う様子は実に微笑ましい。

 

「スノウが素直で優しい子で良かったよ。ギンタみたいな生意気な弟だったら、手に余る所だからな」

「私も、アルヴィスがアランみたいにだらしない人じゃなくて良かった! 家族でそんな人がいたら情けないもん」

「はははっ!」

「うふふっ!」

「「……おい」」

 

 ……約二名の渋い顔を除いてだったが。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

28代目拍手小説。

アルヴィスはスノウに対しては毒を吐かないんですよね。

最終決戦でのロランとの会話で「助けてやりたいんだ!スノウを!」という台詞を初めて読んだ当初、そんなに彼女のことを気にしていたのかと少し驚いた思い出があります。

スノウの初陣の時もそうだし、やっぱりこの二人は六年前から密かに面識があるのかも。

 

2013.11.18

 

 

 

 

 


 

 

 

『用意された舞台』

 

 

 

 サイコロの目が決まり、審判のポズンの口からフィールド名が宣言される。

 途端に震動し始める地面に、広場に集まっていた兵士たちが慌てて退く。

 轟音を立てながら床がせり上がり、世界の命運を決める舞台が完成されていくのを、アルヴィスは不思議な心地で見ていた。

 

 

 正方形に形作られた、石の地面。

 六年前と同じフィールド。

 全てが始まり、終わっていった場所。

 

 

 仲間達が戦いに挑むのを、離れた所からずっと見続けていた。

 

 

 意気揚々と出ようとした幼い仲間を制して、アルヴィスは沢山の人の背中があった場所に、

 誰よりもまず、先に飛び乗った。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

ウォーゲーム開始時。しかしこの後アニメルでは周りの民衆達に「ひ弱そうだが大丈夫か…?」などと失礼なことを言われてるアルちゃん。

まだ成長途中なのか、細めの体格なのは公式なんですね。

 

2013.12.4

 

 

 

 

 


 

 

 

『置き手紙』

 

 

 

『ちょっくら探検してくる!』

 

 遊びに行った部屋にあったのは、空っぽになったベッドと一枚の手紙。

 無造作に置かれた様子と短い文面を見るに、いかにも慌てて置いたようだ。

 あの子はメルヘヴンの文字は書けないから、多分ジャックに書いてもらったんだろうな。ヒゲはペン持てないだろうし。

 残念。帰ってスノウとお茶でもしよっと。

 

 

 

『ちょっとベルとお出かけしてきます』

 

 割り当てられた部屋に戻ると、女の子らしい丸みを帯びた文字での書き置きがあった。

 女の子同士ってわけか。なぁんだ、私も混ざりたかったかも。

 いつも傍にいる彼女に取り残されただろう、彼の元を訪ねてみよう。

 

 

 

『城下町に出かけます。二時間位で戻ります』

 

 メモに残された丁寧な文章に、思惑はあっさりくじかれる。

 うーん、何だろうな。文章からも固い性格が伝わってくるこの感じ。

 ついでに、隣の出不精な男の部屋も訪ねることにする。

 

 

 

『昼寝する。○時まで起こすな』

 

 ………

 寝過ぎでしょ。

 紙を壁に貼り付けたのはエドかしら。

 あらら。皆留守ってわけね。

 じゃあ、最後に残ったナンパ男でも構ってやるか。

 

 

 

『女の子とデートしてくる~v』

 

 …………

 

「……~語尾にハートを付けるなっ!」

 

 無駄に可愛い似顔絵まで付いたそれを、ぐしゃっと握り潰した。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

ARMハントから帰ってきたドロシーのある日。

最後の態度は色々解釈ができるので、お好きなように想像して下さい(笑)

 

2014.1.3

 

 

 

 

 


 

 

 

『季節が捕らえた』

 

 

 

 訪問先の城の門を出て、最初に目に入ったのは、眩しいほどに輝く金色だった。

 視界が一瞬奪われる。

 秋の風に染められて、黄金色に色づいた樹々。その向こうには、夏よりも色の濃い青空。

 樹の真下から覗くと、空はよりその高さを感じさせる。

 乾いた葉でできた絨毯を歩く。木々の持つ匂いと風を受けながら、寄り道がてらアルヴィスは金色の林を進む。

 繁る葉が目の前を横切った瞬間、男にしては長い髪の持ち主を思い出した。

 

 

 同じ金髪でも、彼とギンタは大分印象が違った。

 ギンタが夏の日差しに煌めく向日葵なら、彼は夕日を浴びて深みを増す銀杏だ。

 思い出すと彼のにぎやかな声が聞こえてくるようで、アルヴィスは小さく笑みを浮かべる。

 

 

 貰ったアンダータで、久しぶりに会いに行ってみようか。

 その見た目に違わぬ身のこなしで、今も世界のどこかを巡っているだろう、懐かしい彼に。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

六年ぐらい前に思い付いた話の一つ。拍手小説に使おうとずっと思っていたのに、季節を逃すことを繰り返して今頃お披露目です。

 

2014.8.30

 

 

 

 

 


 

 

 

『ある意味』

 

 

 

「アルヴィスってさ、なんでオレにだけ厳しーんだろ」

 

 ある日の修行の折。ギンタは唇を尖らせた。

 

「そうかなぁ」

「絶対そうだって! だってアイツ、スノウと話す時とオレとじゃ、全然態度ちがうじゃん!!」

 

 「ジャックにも結構厳しいと思うけどなぁ」とスノウは考えるが、ギンタの口は止まらない。アルヴィスへの文句を次々と述べている。

 あれだな! 頭トゲトゲしてるから、性格もトゲトゲしてるんだな! ……ってギンタ、それは人のこと言えないと思う……。

 

「うーん。でもそれって、ギンタのことを評価してくれてるってことじゃない?」

「え?」

「ギンタならもっと出来ると思うから、アルヴィスは厳しく言うんじゃないかなぁ。ギンタがもっと強くなれるって、信じてるから」

 

 ぽかんとした彼にしっかりと伝わるよう、言葉を選びながら言うと、ギンタは翠の目を見開いて固まっていた。

 あ、これは照れてる顔だ。

 

 

「よーし! 今日も修行すっぞー!!」

 

(単純だなぁ)

 

 

 先程までの不満はどこへやら、俄然張りきり出すギンタに、スノウは呆れつつもくすっと笑った。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

以前書いたss「信頼の形」の別バージョンって感じです。…今その日付を確認して驚愕しました。4年前…だと?

 

2014.12.1

 

 

 

 

 


 

 

 

『曖昧な記憶』

     

 

 

 “これ”は償いなのだと、彼の人には言われた。

 言い換えると、“それ”は救いなのだと、別の者に言われた。

 

 心正しきわずかな人間を導き、多くの欲深き者を成敗した。

 ナイトの魂の命ずるまま、霧の都を守護する騎士として、剣に誓い剣を振るった。

 ナイトの魂は、常に正しき裁きを下す。そこに己の意思など必要ない。

 否、関るところではない。人であったことなど、とうに昔の話であるのだから。

 けれど、

 

 

『イヤだね!! オレは間違っちゃいない!! アルヴィスを……アルヴィスを助けるためにミスティ・キャッスルへ行く!!』

 

 

 金髪の少年の必死な願いに、心が動かされるような気になるのは、何故だ。

 

 

『言いたいことはそれだけか……小僧!!』

 

 

 激情と呼べるこの感情は、何処から生まれたのだ。

 

 

『ミスティ・ナイト……古き習わしにより、ネイチャーの声をこの欲する者に伝えよ……』

 

 

 剣の矛先を向ける相手が違うと思うのは、何故だ。

 

 

 

「今まではミスティ・アイドゥの意思……そして今は……人間としての……ローゼ・アイドゥとしての意思だ!!」

 

 

 そうだ。私にも、守りたいものがあったのだ。

 

 

 

 ナイト達の剣が鎧を通り越し、身体を貫く。痛みより先に、熱さを感じた。

 少年の叫ぶ声が聞こえた。遠くなっていく感覚とは反対に、霧で満ちた視界が晴れていく。

 彼が泣きそうな顔をしている。

 そんな顔をしてほしくなくて戦っていたのに。どうしようもないな、私は。

 しかしこれは、私が正直に生きようとした結果なんだ。だから……

 もう泣くな、   。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

ゲーム版クラヴィーア沿いです。彼の人はクラヴィーア王、別の者は執事の人。

最後の『彼』と空白の部分はギンタでもあり、彼女が生前守ろうとした誰かのつもり。

パルトガインにクラヴィーアの話が伝わっていること等から、アイドゥは生前パルトガインの兵士だったのかも…と思ったりしてます。縁のある人が跡目になってそう。

 

2015.1.3

 

 

 

 

 


 

 

 

『罰ゲーム』

 

 

 

 天気の良いある日。憩いの場となっている城の中庭で、数人の女性がお喋りに興じていた。

 一人が離れた場所を通りかかる男を見つけて、嬉しそうに手を振る。

 

「あ、ナナシさーん!!」

「ナナシさん、今日はウチに遊びに来てくれるんでしょう?」

「あら、違うわよぉ。今日は私達とお茶するのよねぇ~」

「ナナシさん! こっち向いて! 一緒にお話ししましょ~!」

 

 しかし黄色い声を上げる彼女らへ振り向いた顔にいつもの笑顔はなく、彼は固く口を閉じたままだった。

 虚をつかれた彼女達に、神妙な顔つきで彼は一歩踏み出す。

 思わずびくついた彼女達に、彼は顔の前で両手を合わせると、声なく口を動かした。

 

 

 堪忍な!!

 

 

 そして心底申し訳なさそうにジェスチャーを繰り返した後、走り去ってしまった。

 

「ナナシさん??」

「どうしたのよー、もうー!」

 

 うっすらと立つ土煙を見つめつつ、女の子達は口々にぼやいた。

 

 

 

「アカン無理や……」

 

 よろよろと倒れかかりながら、ナナシは壁に手を着く。

 

「こないに酷なこと、自分には耐えられへん……」

 

 苦し気に声を絞り出し、片手で顔を覆う。

 そんな彼の前に、ひょいとスノウとギンタが顔を出す。

 

「あれ、もうギブアップ?」

「まだ一時間しか経ってないぜ?」

「だって、もう体がなんか震えとるもん!!」

「情けないのぅ」

 

 ぷるぷるする指の先を見せる彼の前に、他の面々もぞろぞろと現れる。

 

「限界や……もう終わりにしてぇ!!」

「だから、一日じゃなくて半日にしたんだろーが」

「そうッスよ。ナナシが駄々こねるから」

「半日ぐらい耐えてみせろ」

「無理ぃ!!! 蕁麻疹起こしそうやもん!」

「アンタ、どんだけ女の子が好きなんスか……」

「ダメだよ。あと五時間は、女の子に話しかけるの禁止だからね」

「最初に皆で決めたことでしょ? 言うこと聞かないってんなら、トトのエサにしてあげるから」

「勘弁してぇな……」

 

 弱り切った様子で天を仰ぐナナシに、救いの手が差し伸べられることはなかった。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

ナナシさんへの罰ゲームでした。真剣なアホっぽさを目指したらこんな感じに。

 

2015.10.20

 

 

 

 

 


 

 

 

『君のせい』

 

 

 

「はぁ」

 

 何度目かわからない溜め息。

 

「はぁー」

 

 目の前で深々と吐かれるそれ。

 テーブルの真向かいで肘をつき、これ見よがしに溜め息を吐くドロシーに、はじめは触れないでいたギンタだったが、あまりに繰り返すものだから流石に尋ねる。

 

「……なぁ。どうしたんだ、ドロシー?」

「んー? ちょっと落ち込んでるの」

「落ち込んでる? 何かあったのか?」

 

 構って欲しいのかと思ったら意外な返答がきて、ギンタは心配そうな顔付きになる。するとドロシーは恨みがましい目でギンタを見てきた。

 

「……ギンタンのせいよ」

「え?」

「ギンタンがいけないの」

「え、ええ??」

 

 慌てるギンタにドロシーはさらに続ける。

 

 

「ギンタンや皆がいるのが、当たり前になっちゃったから」

 

 

 テーブルに身体を預け、すねた顔を組んだ腕の中に埋める。

 

 

「一人でも平気だったのに、誰かがいないと寂しく思うようになっちゃった」

 

 

 その言葉を聞いたギンタは暫くきょとんとしていたが、意味を理解するうちに嬉しそうな表情になった。

 腕にかかった三つ編みを揺らし、ドロシーはまた彼を見つめる。

 

 

「……何笑ってるの? 私、ギンタンのこと怒ってるのよ」

「けどドロシーも、笑ってるじゃん」

「あら、そう? ……そんなことないんだから」

 

 

 

 

END

 

 

 

 

思い掛けない、嬉しい変化。

 

2015.12.7

 

 

 

 

 


 

 

 

『完全一方通行』

 

 

 

「なあ、君」

 

 ナナシの呼びかけに、氷を感じさせる怜悧な眼差しが振り返る。

 普通の人間であれば、声をかけたことを後悔するようなものだったが、仮にも大勢の人間を引き従えるルベリアのボスである。ナナシはたじろぐことはなかった。

 

「えっと……名前、アルヴィスやったっけ?」

「……ああ」

 

 返答が返ってくるまでに、えらく間があった。だがこの際気にしない。

 

「それ……君が指にぎょーさん付けとるのは、ダークネスARMか?」

「……ああ」

「…………」

 

 会話が続かない。

 

「え~~と、ダークネスって、なんや色々代償あるやろ。しんどくないん?」

 

 凍るような空気を何とかしたくて訊ねた疑問は、純粋な興味でもあった。ダークネスARMの効果は確かに絶大だが、リスクの方が大きくナナシはあまり好む品ではない。盗賊仲間もおっかないからと、付けている者は数少ない。

 感情の機微を悟らせない表情で、少年は禍々しさを感じさせる髑髏(どくろ)が象られた銀の指輪を見つめた。いや。正確には、指輪を付けた手の甲か。

 

 

「……これは耐えれば過ぎる」

 

 

 そうして、話は終わりとばかりに歩き去っていく。

 話題の一つのつもりだった。同じチームとして今後勝ち進んでいくための、他愛のない。

 しかし、わずかに憂いを帯びたような視線が、妙に印象に残った。

 

 

 ────じゃあ別のは?

 

 

 そう躊躇なく訊ねられる程、まだ親しくはなく。

 聞けずに飲み込んだ問いを、ナナシは持て余したのだった。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

出逢った頃のナナアル。「裏腹な彼」の対っぽくなりました。

 

2016.2.27

 

 

 

 

 


 

 

 

『できるなら』

 

 

 

 こういう時、いつも彼が帰るのを待っていた。

 

 アルヴィスにとって大事な時。その殆どに、私は近くにいながらも待つことしか出来なかった。

 ウォーゲームでも、カルデアに行く時もそう。

 アルヴィスの人生は、アルヴィスのものだから。彼がどうするかという場面において、私には結局見守ることしかできない。

 

 

 でもクラヴィーアに着いて、全てが終わり、王の間に呼ばれ出てきた後。

 アルヴィスが、あんなに切なげな顔をしていたのは、初めてで。

 皆の前で、あんなに感情を露わにしたことも、なくて。

 

 

 去っていく彼の名前すら呼べなかったのは、何かの拍子に、彼を傷付けてしまうことが恐かったから。

 そしてこれまでとは決定的に違う、『何か』が起こったこと。それを悟ってしまったから。

 

 

 ……本当なら、傍にいて。

 泣いてもいいよとか、言ってあげたかったのに。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

色んな場面で、ベルはアルヴィスの代わりに泣いてくれてるんだろうなと思います。

 

2016.2.28

 

 

 

 

 


 

 

 

『呼ぶ声』

 

 

 

 その宝玉を見つけたのは偶然だった。

 少年は普通の子供だった。無邪気なところも好奇心旺盛なところも、子供らしいと言えば子供らしかった。

 ゆえに探検をしていた宮殿内で偶然見つけた、固く閉じられた部屋に入るのを、躊躇しなかったのも自然な行為だった。

 ……その部屋が禁断の部屋とも知らず。

 少年は内に眠る魔力により、不思議な扉を容易に開けてしまった。

 

 

 灯りの殆どない部屋にたった一つ、ぽつんと置かれた宝玉の妖しい輝きは、少年を酷く魅了した。

 宝玉が呼んでいたのか、あるいは闇に潜んでいたもう一人の自分が呼んでいたのか。

 それは定かではない。

 

 

 少年は宝玉に触れた。すると頭の中に何者かの声が聞こえた。己が触れている宝玉からだった。

 宝玉は言葉を解した。驚いた少年に、宝玉は言葉を続けた。

 宝玉はオーブと名乗った。それが名前なのかと問うと、そうとも言うし、そうでもないとも言った。我は人の意識の集合体なのだと、宝玉は語った。

 やや老成した口調は、少年が住む国のお年寄りと同じものだったが、少年はオーブの語る話にひどく惹かれた。

 書物に書かれていないいくつもの知識。太古の記憶ともよぶべき数え切れないビジョンは、少年の知的好奇心のみならず、まだ未熟な価値観をも刺激した。

 

 

 次の日、遊びにきた友達の誘いを少年は断った。彼らが急につまらない存在に思えたのだ。

 気分が乗らないからと言い、彼らが帰った後、両親の目を盗んで自宅を抜け出した。ふたたび宮殿に赴き、少年はその部屋の扉を開けた。

 

 

 日々少しずつ、知らない世界を知る少年は、いつしかその宝玉のことばかり考えるようになっていった。

 少年は足蹴しくその場所へ通った。毎朝、日が登るたびに顔を出した。

 家に帰るときは足取りが重かった。眠ることが惜しかった。早く夜が過ぎて、彼の話を聞きに行きたいと思った。

 家族も友達も、誰も知らない、自分だけが知る秘密の場所。

 その部屋の扉を、少年は今日も開いた。

 そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

幼少ファントムの話。書いていてふと思ったのですが、毎日空中にある宮殿にファントムはどうやって通っていたんでしょう。

両親が宮殿勤めの魔法使いだったとか…でしょうか?

 

2016.8.2

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『時間が許す限り』

 

 

 

 殆ど道の開かれていない、草木が鬱蒼と生い繁る森を進む。

 アルヴィスは茂みを手でのけながら、時折彼女がちゃんと付いてきているか振り向く。その度に、ベルは笑顔で返事をする。

 少し上空を飛びつつ、ベルは先を行く彼の背中を見つめる。

 

 大きくなったなぁ、と思う。以前よりも肩幅が広くなり、体の節々もしっかりとしてきている。

 彼と過ごしてきた日々に、ベルは思いを馳せる。同時にこれからのことを思った。

 

 

 ……種族が違うということは、単に生活が違うということだけではない。

 身体の作りが違うということ。つまり、年の取り方も違うということ。

 人間と妖精では、時の進み方が違う。

 

 

 今は傍で少しずつ、凛々しく、大人になっていく彼を見守ることができる。

 けれどいつかは、離れる時が来てしまうのだろう。

 それが遠い未来なのかはわからないけれど。

 

 

 でも、時間が許す限り。

 

 

 (一緒にいたいな。)

 

 

 彼の笑顔を、傍で見ていたい。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

携帯サイトの拍手小説だったもの。この二人の間には切なさもあって、それにまた色々想像させられます。

 

2016.8.2

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『事情により』

 

 

 

 自分が属する組織のリーダーは、とても気まぐれな方である。

 

「えー、本日のウォーゲームは、中止となりましたー」

 

 予定していたことであっても、その日の朝になって突然変えたりする。

 だからポズンにとって不本意な内容を告げなくてはならないのも、致し方ないことなのである。

 しかし。

 

「ああ? 中止だとぉ!?」

「良い度胸じゃねぇかコラ!」

 

 それなのに、自分が責められるのは理不尽だ。

 武器を持ったガタイのいいクロスガードの男たちに囲まれ、ポズンはじりじりと後ずさる。

 

「覚悟はできてんのかぁ? ああん?」

「そ、そう言われましても、ゲームの決定権はファントム様にありまして……」

「だったらてめぇらの大将呼んでこいや!」

「そうだ!!」

「ひ、ひぃいい!!!!」

 

 正義の軍勢とはとても思えない恐ろしい形相ですごまれ、悲鳴を上げることもしばしばだった。

 そして六年後。

 

「えー、本日のウォーゲームは、中止となりました……」

 

 いつかと似た内容をポズンは恐る恐る告げるが、敵チームの反応は拍子抜けしたものだった。

 

「またぁ?」

「チェスの奴らサボりすぎだろ」

「ここん所、そればっかッスね」

「仕方ない、修行でもするか」

 

 不満気な民衆達とともに解散していく様子を見送りながら、ポズンはこっそりと思う。

 この人達で良かった……かも、と。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

苦労人ポズンさん。クロスガードの人達は敵陣営には容赦しなさそうだなと。

 

2016.8.28

 

 

 

 

 


 

 

 

『何もかもが違っても』

 

 

 

 あの人は、世界が好きだ。

 己の何に代えても、守ろうとしている。

 

 

 (彼は違う)

 (彼は世界を壊そうとしている)

 

 

 あの人は、世界が嫌いだ。

 己の全てをかけ、作り替えようとしている。

 

 

 (彼は違う)

 (彼は世界を守ろうとしている)

 

 

 二人の思想はこうも相反しているのに。

 何故、同じように焦がれてしまうのだろう。

 

 

 彼よりも進行の遅いゾンビタトゥに指を這わせる。

 

 

 (闇に住み、光に焦がれる僕は、冷たい洞窟に棲むコウモリのようなものだ)

 

 

 暗闇でしか生きられないのに、でも光からは離れられない。

 そんなことないと、きっと彼は言うのだろうけど。

 

 

(もう、選べない)

 

 

 彼の手を取った日から、自分の運命はすでに決まっているのだ。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

最初の彼はアルヴィス、もう一人はファントムです。

 

2016.8.28

 

 

 

 

 


 

 

 

 『試験直前』

 

 

 

 六年前、父である先王がまだ存命であった頃。この国は戦争の舞台となった。

 チェスと名乗る軍勢の圧倒的な力に、当初は絶望しかないと思われた。しかし異世界の戦士の協力もあり、失ったものも多かったが、自分たちは平和を手に入れた。

 だがそれは短かった。前触れなく起きた襲撃から悪夢が始まり、なんの因果か、この国は再び世界の存亡をかけた戦いの地として選ばれてしまった。

 

 

 バルコニーから広場を見下ろす。集まった者の中にはまだ年端のいかない少年たちも見受けられ、無意識に胸が痛む。

 この世界を守ろうとする者たちに、死にに行けと、自分は運命を宣告しなければならないのだ。

 震えそうになる体を奮い立たせ、喉の奥を開く。

 

 

 弱さを見せてはいけない。自分は、この国のすべての人たちの命を背負っているのだ。

 

 

 参加者全員がマジックストーンを持った。口にはできない、ひそやかな願いを込めながら言い渡す。

 

 

「テスト──開始────」

 

 

 

 

END

 

 

 

 

レギンレイヴ姫視点。前回のウォーゲームも舞台はレギンレイヴでしたが、その時はまだ彼女も幼かったのではないかと思い、こんな設定に。

わかりにくいですが、願いは「生き残ってほしい」です。

 

2016.11.3

 

 

 

 

 


 

 

 

『裏工作』

 

 

 

 パヅタウンの外れ、岩場が多い地帯の一角に男たちが集まっていた。その多くは人相を隠すため、鼻から下がスカーフなどで覆われている。

 数は約二十人。リーダーらしき男が、耳元のピアスに向かって話しかけている。

 

「ああ……ああ、了解」

 

 相槌を返し、男は通信用ARMの魔力を切った。

 

「スタンリーの組から連絡だ。例のバッボを手に入れたってよ」

「へぇ、思ったより早かったな」

「持ってたのはガキ二人って話だからな、余裕だろ」

「報酬っていくらだっけか?」

「たしか……一億ピューター」

「うわ、すげぇ。俺たちもう働かないで済むな!」

「盗賊家業しなくても食っていけるぜ」

「バーカ、こいつは俺たちの生業だろ。一生やめらんねぇよ」

「ははっ、違いねぇ!」

「ん?」

 

 にぎやかに笑う男たちの前に、一つの影が近づいてきた。

 小柄な少年だ。髪は深い青色、服は白。両腕には、年齢に不釣り合いなタトゥが大きく彫り込まれていた。

 

「ん? 何だボウズ?」

「俺たちになんか用か?」

 

 からかうように声をかけた男たちに、少年は断定の口調で問いかけた。

 

「……バッボを狙った盗賊の一味だな」

「へぇ、知ってんのか、ボウズ」

「だったら何だってんだ?」

 

 青い瞳をすがめ、少年がその手にARMを出現させる。ウェポン系の武器のようだ。何人かが面白そうに眉を上げる。

 

「お? やる気か、チビ?」

「俺たちがスタンリー盗賊団と知って戦う気か?」

「ハッ、生意気な。お前みたいなガキに誰が……」

 

 瞬間、少年の姿が消えた。いや、早すぎて、目で追いきれなかったのだ。

 盗賊たちの懐に入った少年は、次々と獲物を仕留めていく。

 

「ギャッ!!」

「グハッ!!」

「な、何だコイツ……」

 

 男たちのほとんどは、構える暇もなく倒された。周囲に伏した彼らを確認し、息も切らさずに戦闘を終えた少年——アルヴィスは淡々と言う。

 

「……たいしたこと無かったな」

 

 気絶した男を見下ろした姿は、汗ひとつかいていない。涼やかな佇まいを崩さぬまま、彼は辺りの気配を探る。

 ……パートナーの妖精が追っている方の人数は三。増える様子はない。

 

(これであとは、盗んだ連中だけ)

 

 その一団を急速に追いすがるもう一つの気配に、アルヴィスは意識を向ける。子供の足だが、スピードは割と早い。

 なにやら、おまけのようにもう一人誰かいるみたいだが。実力を見るには十分な環境だろう。

 

「…………ハンデは与えたぞ」

 

 

 どう出る? 異界の住人。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

物語初期、vs.アルヴィス前。

二十人近くいたのにアルヴィスに(おそらく)傷ひとつ付けられずやられている所を見ると、バッボ集めのメンバーは割と下っ端が多かったのでしょうか?

この頃はまだルベリアが襲われる前ですが……近場の大陸だったからかな。

なお一応記しておきますが、おまけ扱いされてるのはジャックです。ひどい(笑)

 

2017.3.18

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『禁断の部屋』

 

 

 

 そこは禁断の部屋だった。

 決して入ってはいけないと、平時より固く禁じられていた場所。以来通りがかりに気にしつつも、自ら入り込むことはしなかった。

 しかし日に日に膨らんでくる好奇心を抑えきれず、ある日彼らはついにその扉に手をかけてしまった。

 扉は容易に開いた。鍵はかかっていなかったのか、軽く押すだけで開いてしまったのだ。

 触れて一瞬後悔したと同時に、見えてくる景色にごくりと唾を飲み込んだ。

 意を決し、境界線を越えて踏み入る。

 

 室内は、意外なことに普通のものだった。調度品なども、自分たちの部屋に置かれている物とそう代わりない。

 しかしある家具の上に、自分たちの元にはない物を見つけた。思わず彼らは視線を交わし合い、手を伸ばす。

 やや無造作に置かれていたそれを、おそるおそる広げてみた。

 

 

「これは……」

 

 

 パジャ、マ?

 

 

「…………なにやってるの?」

 

 

 冷えた声が背中にかけられた。

 一斉に全身を強張らせる。ぎ、ぎ、ぎ、と錆びたネジを回すようにゆっくり首を動かしながら、背後をふり返る。

 振り向いた先には、鬼のような形相をした女の子たちがいた。

 少年たちの身体が再度固まる。足は室内。手には証拠。言い訳はできない。

 

「あらあら、乙女の部屋は入室禁止って知らないのかしら?」

 

 

 口を引きつらせた笑顔でバキボキと、不穏な音を立てながら彼女たちは一歩ずつ近付いてくる。

 

 え、ちょっと待って。その音、もしかして腕から? どんだけ???

 

 

 

「「「ぎゃあああーー——!!!」」」

 

 

 

 城に長いながい悲鳴が響きわたる。

 何事かと兵士たちが束の間おののくが、城内はすぐに静けさを取り戻す。

 

 

「……バカな奴らだ」

 

 

 一部始終を廊下の端から見ていたアルヴィスは、呆れた顔をしたまま一人ぼそりと呟いた。

 

 

 

 

END

 

 

 

女の子たちの部屋に入り、制裁を受けた男たち。面子はギンタ・ジャック・ナナシのつもり。

お題小説「呼ぶ声」のセルフパロディな感じを目指しました。

見てたなら止めてやれよアルヴィス…(笑)

 

2017.3.29

 

 

 

 

 


 

 

 

『愚痴を零す』

 

 

 

 今日も今日とて修行に励むことになり。これまで組んだことのない相手とペアになるという趣向で、スノウはアルヴィスと一緒になった。

 ベルの可愛い嫉妬を受けつつ、修練の門に入った二人は模擬戦をくり返す。

 スノウが主に使っているネイチャーARMは性質上、遠距離攻撃になりがちだ。そのため今回の修行は、13トーテムポールをオールレンジに使いこなしているアルヴィスから接近戦を学ぶ良い機会となった。

 

 休憩中、スノウは何度か彼に話を振ってみる。アルヴィスはあまりお喋りする方ではないが、スノウには優しい態度で接してくれる。

 普段はきっと気恥ずかしさもあるのだろうと、スノウは思う。皆のいない場だと少しは話しやすいのか、いつもより多弁な彼が見られた。

 この機会を逃すまいと、年下の特権を活かして、アランにするようにスノウは更にせがんでみる。すると彼は困ったように笑いながらも、色んな話をしてくれた。

 彼女の知らない国や景色、ベルと一緒に旅していた時のこと。

 ほかのメンバーのこと。そしてギンタのこと。

 

「ギンタは仕方のない奴だな。無鉄砲だし、諦めも悪いし」

 

 今話題にしているのは、この前の試合のことだ。アルヴィスの口からは、ギンタへの小言がするすると出てくる。

 

「本当に、しょうがないやつだよ」

 

 ため息混じりに紡がれる言葉は辛辣だ。

 けれど、そこから続けられる声には温度があった。

 いつも自分たちにさりげなく気を回してくれている、どことなく見守ってくれているような……そんな感じの。

 

「ねぇアルヴィス……」

 

 やや流暢になった感のある発言の隙間を縫うようにして、スノウは告げた。

 

「でも今の話って、ギンタのことを褒めてるようにも聞こえるよ?」

 

 聞いた途端、文字通り目を点にしたアルヴィスに、自覚はなかったようだ。

 自分のセリフを思い返した後、少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「……そんなつもりじゃ、なかったんだけどな」

 

 そのあと、照れ隠しだとわかりやすい小言をまた述べた。曰く、あいつは単純なくせに予想の斜め上を行くとか、バカなのに妙に鋭いところがある、とか。

  そういった部分をもっとちゃんとした場面でも発揮してくれたらいいのに、とか。

 

 

「アルヴィスって、ギンタには厳しいんだね」

 

 

 そういうことにしといてくれ、と苦笑する素直じゃない彼に、スノウは小さな笑いを零すに留めておいた。

 

 

 

END

 

 

 

兄妹のような二人。本人のいないところでデレるアルヴィス。

 

2018.3.8

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『2人ドライブ』

 

 

 

 天高く馬肥ゆる秋。そんな言葉が似合いそうな、抜けるような青い空。

 頰に当たる風は今日も気持ちいい。

 

「だいぶ距離が空いてしまったようだな」

「ええ……」

 

 風景とは裏腹な不機嫌な声が、ついドロシーの口からは出てしまう。

 しかしそれを意に介した様子も見せず、すぐ後ろの人物は沈黙で受け流す。

 それは彼女を下手に刺激をするのを避けてのものだったが、彼女には余裕のある振る舞いに映った。箒を握る手に、力を込める。

 スピードが少し上がった。だが背中に乗る少年は動じることなく(実際は少し驚いて……いや、びびっていたのだが)、クールな表情を崩さない。

 ますます、この現状を意識しているのが自分だけのようでムカムカする。

 

「……そういえば」

「え?」

「ギンタの世界では、乗り物を操作して出かけることをドライブと言うらしいぞ」

「へー」

「クルマやバイクという乗り物に乗るらしい。雷の力で動いて、馬車よりも早いそうだ」

「それはすごいわねー」

 

 後ろから聞こえる豆知識に、生返事を返す。

 

「で……何でアンタと私の二人だけで、ゼピュロスに乗ってるわけよ?」

「仕方ないだろう、置いていかれたんだから」

 

 修行が休みになった今日、ギンタの提案で一同はレギンレイヴの街外れの原っぱでピクニックをしようということになった。

 だがエドに頼まれた物を部屋に取りに行ったアルヴィスと、約束の時間ギリギリまでARMハントに勤しんでいたドロシーの2人は、気の早いうっかり者の仲間たちにものの見事に置いて行かれたのだった。(しばらくしてからエドは「あああああ!!」と絶叫していた)

 ドロシーのアンダータでは、今まさに移動している皆の元への移動はできない。目的地となる草原も、これといった目印はないため、先に移動したとしても下手したら行き違いになりかねない。

 一方アルヴィスは、移動用のARMを持っていない。置いてけぼりを喰らった二人に唯一あるのは、ドロシーのゼピュロスブルームのみ。

 仕方なくドロシーがゼピュロスブルームの発動に専念し、その後ろに乗ったアルヴィスが地上を見下ろし、皆を探す役目を引き受けたのだった。

 

「こういう時、普通リードするのは男の方でしょうに……」

 

 大げさにため息をついた彼女をスルーして、アルヴィスが聞く。

 

「もっとスピードは出ないのか?」

「もう精一杯。アンタ意外と重いし」

「当然だろう。これでも一応男だ」

「私より背低いくせに」

「……まだ伸びている最中だ」

「はいはい、まぁ期待しないで待っておくわよ」

「……覚えてろよ」

 

 珍しく毒づいてみせたアルヴィスに、ちょっと溜飲を下げたドロシーは口元に小さく笑みを上らせる。

 ふと、なんでムカムカしてたんだっけ、と思い返す。

 

 皆に置いていかれたから?

 二人きりだから?

 

 

 こいつが、全然私を女として意識してないから?

 

 

「……飛ばすわよ」

「え? ちょっ……!」

 

 

 さっきのは精一杯じゃなかったのか!

 そんなアルヴィスの叫びを彼方に置き去りにし、おまけに一回転もつけてドロシーは愛用の箒を加速させた。

 二人だけの空の旅は、まだまだ続く。

 

 

 

END

 

 

 

アルヴィスはドロシーに対して、わりと初期から彼女の実力を認めて「頼れる戦力」として見ているフシがある反面、スノウやベルほど女子として扱ってなさそうなので。それに無意識下でご立腹なドロシーちゃん。

 

2020.6.18

 

 

 

 


 

 

 

綺麗なココロ』

 

 

 

 

「ねぇ、ギンタン。メルヘヴンに来てよかったと思う?」

「へ? なんだよいきなり。そんなの当たり前だろ?」

「んー、それは、わかってるんだけど」

 

 予想通りすぐさま返したギンタにうなずきつつも、ドロシーは言いあぐねる。

 

「でも夢見ていた、憧れだけの世界じゃなかったでしょ」

 

 続けられた言葉に、ギンタは目をパチクリする。

 

 

 ドロシーは見てきた。ギンタがチェスらの横暴に怒り、憤る姿を。

 彼がメルヘヴンを旅した歩みの中で、何度も無情な現実に直面していていたのを。

 

 

 以前、ドロシーはカルデアでとある話を聞いた。

 

 

『門番ピエロが選ぶのは、異世界の存在を強く信じる、もしくは異世界へ逃げ出したいという人間』

 

 

 それに選ばれた、異界の人間であるギンタ。百回以上夢で見るほど、メルヘンの世界に憧れていたという。

 しかしメルヘヴンは、彼が夢想していた、キラキラした、ワクワクが溢れるだけの世界ではなかった。

 自分なんかの存在が、その筆頭だろう。恐るべき魔女ドロシー。ARMを手に入れるためならば何でもする、悪名高き魔女。

 暴力や裏切りが当前のように存在する世の中で、したたかに、ずる賢く生きていた。

 

 

 実際、初めて会った時は、異界の人間であるギンタの力を利用しようとしていたのだ。

 ……それを彼にはっきりと言ったことはないけれど。

 

 

「…………幻滅しちゃった?」

 

 

 聞けない問いを裏に重ねて、ドロシーはたずねる。冗談めいた、明るい口調で。

 いつものように何気なく顔を覗き込む。

 笑顔の彼女を見上げたギンタは、その目の切れ端に宿る寂しさを見た。

 しばしの間考えてから、ギンタはニカッとした笑みを浮かべる。

 

 

「……いや。想像以上だったよ!」

 

 

 その裏表のない笑みに意表を突かれたのか、動きを止めるドロシーにギンタは続けた。

 

 

「オレの世界にはさ、外国とかに物語はあってても、魔女や魔法使いはいなかったんだ。だからドロシーと会った時、すげぇビックリした!」

 

 

 本当に箒に乗ってんだもん。しかもパッ! てARM使って見せちゃうしさ!

 

 

「箒? 別に普通じゃない?」

 

 

 自らの常識から、ドロシーは彼が何にテンションを上げているのかわからず首を傾げる。しかしギンタはなおも熱く語る。メルヘヴンで目にしてきた、ドロシーにとっては「当たり前」であることの数々を。

 しばらくその勢いに呆気に取られていたドロシーだったが、やがて喉を震わせるようにして笑い出す。

 

 

「ふふふ……あははっ!」

「え、何だよ。おかしいか?」

「そうだった! 君はそういう子だったね、うん!」

 

 

 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ドロシーは朗らかに笑みを弾けさせた。

 

 

 

END

 

 

 

 

ギンタのピュアというかニュートラルなところが、ドロシーの葛藤を知ってか知らずか救う話。過去ss「その手をとって」にちょっと似てるかも?

 

 

 

2020.6.23

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

『背中合わせ」

 

 

 

 

 トン、と。後ろの彼に背中が当たって。

 そういえば、こんな風に背中を合わせるのは初めてだったと気付く。

 

 まったく興味のない異性だと、肌が触れ合ったとき嫌悪感が先立つのが自然なところだけれど。

 嫌ではない。安心して、後ろを預けられる相手。

 

 

 (……案外、こいつのこと気に入ってるのかも)

 

 

 自分のことだけれど、新しいものを発見した気持ちで、ドロシーは内心ひとりごつ。

 

 

 トン、と。後ろの彼女に背中が当たって。

 そういえば、こんな風に背中を合わせるのは初めてだったなと気付く。

 

 敵に囲まれたこの状況で、そぐわない考えだと思いつつも、そこまで思考が回るのは余裕のある証拠だ。

 

 

(絆されたものだな、オレも)

 

 

 眼前の相手を見据えつつ、意識はまだ背後の慣れた気配へと向けていた。

 

 

 ……戦いの最中という、張り詰めたシチュエーション。

 その緊張感とはちがう気持ちで、知らず心臓の鼓動が速まっているような気がするのは。

 

 

 たがいに、内緒。

 

 

 

 

 

END

 

 

 

アニメル92話「スノウ奪還」のワンシーンより。

「じゃあ…」「始めましょうか」でわざわざ背中コツンと合わせて、その後不適に笑い合う二人に当時やられたのが、私がアルドロに落ちたきっかけの一つかもしれません。

 

 

2020.6.26

 

 

 

 

 


 

 

 

 『冬の始まり』

 

 

 

 季節は巡る。大気にあった水っぽさがいつの間にか消えて、地上を乾いた風が吹き付ける。

 次の街へと向かう道すがら、隣で飛んでいた妖精が唐突に叫んだ。

 

「あ!」

「どうした? ベル」

「風の匂いが変わったよ」

「匂い?」

 

 聞き返した彼に、妖精の少女はうん! とうなずく。

 

「アルヴィスは感じない?」

 

 そう問われて、いつもよりゆっくりと。肺にまで行き渡るように、アルヴィスは大きく息を吸い込んでみる。

 

 

 ……そういえば、冬の前にはいつも感じられる空気がある。

 冷たく、乾いた、冬将軍が連れてくる特有のもの。

 

 

「……本当だ」

「ね、冬の風だよ」

 

 人間よりも自然に近い存在である彼女には、その空気がきっとより色濃く感じられるのだろう。

 寒くなるねーと、少しばかり嫌そうにぼやいた。

 

「すごいなベルは」

 

 そう素直に感想をアルヴィスが述べると、さっきまでの顔はどこへやら。「えっへん」とベルは得意げに胸を張った。

 

「風はね、何でも教えてくれるの!」

「そうか」

「雪が降る時もわかるんだよ。あとね、強い嵐が来る時もなんとなーく分かる」

「雨が降る時なら、オレもわかるな」

「そうだね! でもベルが先に気付いたら、教えてあげるね!」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 季節は巡る。あざやかな色彩へと染まっていた木の葉が、はらはらと地面へと落ちていく。

 とある大きな城の中庭で、頭に大きなリボンを身に付けた少女が「あ……」と立ち止まった。

 傍らに控えていた獣人が、眼鏡ごしに彼女を見上げる。

 

「どうなさいましたか、姫様?」

「北風の匂いだ! ほら」

 

 言われるがままくんくんと鼻を動かして、エドもまたその匂いを捉えた。

 

「……ほぉ! 確かに!」

「ふふっ、もう冬かぁ」

 

 名は体を表すのか、寒いのが得意な姫君は嬉しそうにくるりと回る。

 

「もうすぐ雪が見られるね!」

「そしたら、姫様の誕生日ももうすぐですな!」

「うん!」

 

 寒さは苦手なエドだが、無邪気な主君の笑顔に心が温まるのだった。

 

 

 

 

 

 季節は巡る。夕暮れの訪れが早くなり、夜が徐々に長くなっていく。

 都会のアスファルトでできた街角で、スポーツバックを背負った少年が急にピタリと足を止めた。

 

「ギンタ?」

 

 いつもの彼の話を、横を歩きながら楽しそうに聞いていた少女が、ふしぎそうに名前を呼ぶ。

 少年はその場に立ったまま、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

 すぅ、はぁー。

 

「……やっぱりだ」

「何がやっぱりなの?」

 

 一人で納得している彼に怒りもせずに、少女はキョトンと首を傾げる。

 それに笑いかけ、ギンタは楽しげに伝えた。

 

 

「もうすぐ冬が来るぞ、小雪!」

 

 

 ……そんな、それぞれの冬。

 

 

 

END

 

 

 

季節の移り変わり。冬になる時の空気が好きです。

 

2020.9.3

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

『逆回りする時計』

 

 

 

 ダメだ、と伸ばした手を振り払うように、少女たちは強い眼差しで言い募った。

 

「動かないで!」

「今動いたら巻き添えだぞ!」

 

 君たちはこうなることをわかっていたのか。……何故ゴーストARMを身に付けた彼女たちの体のことに、頭が回らなかったんだ。

 唇を噛み締めるアルヴィスの身体は、三人の放つ不思議な力で包まれ、圧倒されたままだ。けれどその力は暴力的でなく、どこか優しい魔力を孕んでいた。

 体に馴染まなかった異質なものが消え去っていく。痛みすら曖昧だった感覚が、徐々に、ぼやけて……

 

 

 そして次に目を開けた時は、全てが終わっていた。

 

 

 彼女たちの姿はなかった。夕暮れの柔らかい日差しの中、アルヴィスは一人で立ち尽くしていた。

 ふと、ずっと身を覆っていた嫌な気配がないことに気づいた。

 両手を持ち上げてみる。手の甲の文様も、見慣れていた位置に戻っている。

 

 

「ゴーストシール……成功したのか……」

 

 

 考えることを許されなかった未来が手の中に戻ってきて、感覚を確かめるように、アルヴィスは数歩歩いてみる。それから何となしに立ち止まった。

 湧き上る感情を持て余したように、小さく、けれどたしかに、微笑んだ。

 

 

 

 

END

 

 

 

ゲーム版クラヴィーアED沿い。新年なので、また希望を見据えたものを。

 

2021.1.28

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『強敵なる保護者』

 

 

 

 連日続く修行。明日もどうやらアランが修練の門を発動させるつもりのようだと、スノウの忠実なる家臣・エドワードはいち早く彼女の元へ知らせにきた。

 ご希望のペアの方がいるなら伝えておきましょうかと、気を回してくれる彼に、スノウはうーん……と人差し指を口元に当ててしばらく考える。 

 頭に浮かぶのは、もちろん彼。

 

「じゃあ私、ギンタと……」

「なりません!」

「え?」

「なりませんぞ姫様!」

 

 どこか必死な形相で、エドはもう一度声を張り上げた。

 

「どうして?」

「このあいだのことをお忘れですか!!

「このあいだ、って?」

「ひ、姫様は、修練の門にお入りになられていたから、ずいぶん前のことかとお思いかもしれませんが……私めにとっては、つい先日のことでして。いくらギンタ殿が姫様を助けたといえども、あれを看過することは、やはり何度考えても到底できませぬ!!」

 

 くどくどと語るエドにじれったさを感じながら、スノウはもう一度たずねる。

 

「だから、何のこと?」

「そ、それは……」

 

 しばし尻込みした後、エドは今までで一番大きな声で答えた。

 

 

「ギンタ殿とのチ、チューでございます!!」

 

 

 エドの渾身の叫びに、スノウの思考が一瞬フリーズする。

 そして単語が脳に届いた途端、頬がぼふっと真っ赤に染まる。

 その反応を見たエドは、怒りに赤くなった顔を青ざめさせた後、地団駄を踏んで憤慨する。

「おのれギンタ殿ー! 偶然とはいえ姫様の清らかな唇を奪うとはー!」などと喚きながらメガネの奥の目を白黒させる横で、スノウはそっと唇に手を持っていく。

 

 

「うーん……私は、嫌じゃなかったケドな……」

 

 

 そう呟くスノウの声は、幸か不幸か。エドには聞こえていなかった。

 

 

 

 

END

 

 

 

まだ恋に無自覚なイメージで書きました。エドは一人でギャグができるので楽しいです。

 

2023.6.26