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 うららかな春の陽射しがオフィスの窓から射し込んで、アルミのデスクに反射した。

 こんな日は外に出ると気持ちがいい。考えることは皆同じのようで、同僚達は会社の屋上庭園にまで足を運び、室内はすっかり閑散としている。

 

「あ—あ」

 

 と、春の空気に似合わない憂鬱そうなため息が、昼食を食べ終え空の弁当箱に手を合わせたアルヴィスの耳に聞こえてきた。

 向かいの席で椅子に体を投げ出している彼女は、一年前共に入社した同期のドロシーだ。

 

「なーんか最近たるいのよねー」

 

 人と群れるのをあまり好まないらしい彼女は、女性陣の殆どがどこかに出かけた中、一人出勤前に買ってきたコンビニのパスタサラダを手にこちらに残ったようである。

 

「……早めの五月病じゃないのか?」

「そんなんじゃないわよー」

「じゃあ何だ?」

「……何だか、ストレス溜まってるって言うかー」

 

 やる気ゼロといった様子の彼女は、化粧をそこまでしていないのに整った顔立ち、いわゆる美人と言われるタイプなのだが、その反面誰とも付き合っていないことで有名だ。

 噂では年上から大学卒業したての新入社員にまで、ひっきりなしに告白されているらしいが、すぐにその場で断り相手を一刀両断するとのこと。

 だがそんな彼女は、アルヴィスに対しては結構友好的に話しかけてくる。

 アルヴィスも友人はいるものの、大勢で行動する方ではなく、どちらかというと一人でいることが多い。

 だが、決してコミュニケーションを取らないというわけではない。

 交わす言葉こそ多くなかったが、知り合って一年と少しで、二人は数年来の知り合いのように気軽な会話を交わせる仲となっていた。

 多分、馬が合うというやつなのだろう。

 

「……思いっきり買い物すれば、発散できるかも」

 

 いいことを思い付いたと体勢を戻した彼女に、アルヴィスはため息を吐きつつ尋ねた。

 

「…………で? さっきから何でそれをオレに話す?」

 

 ドロシーがきょとんとした顔になる。

 

「何で、って。付き合ってもらいたいからに決まってるじゃない」

「………何に?」

 

 端から聞いたら勘違いされそうな言葉を述べる彼女を、アルヴィスは訝しげに見つめた。

 するとドロシーは悪戯めいた笑みを作る。デスクに身を乗り出し、肘を着いて楽しそうに話を持ちかけた。

 誰もいない昼下がりのオフィスで。

 誰にも明かしたことのない秘密を打ち明けるように。

 

 

「デート、付き合ってくれる?」

 

 

 誰もいない昼下がりのオフィスで。

 二人は二人だけの秘密を、共有した。

 

 

 

 

 

 二週間後の日曜日、二人は雑貨店や洋服屋が建ちならぶ通りにいた。

 

「次はあそこね!」

「……わかった」

 

 びしっと隣の店を指差すドロシーの横で、アルヴィスは彼女がお買い上げした服の入った袋を持ち直した。

 荷物持ちを任せた彼女は、アルヴィスの疲れもどこ吹く風といった様子で、楽しそうにお店を物色している。

 いつも二つに分けて結ばれている桜色の髪は、今日はアップにされている。

 肩口がふんわりと膨らんだ、春らしいワンピースを身を包み、ヒールの付いた靴で颯爽と歩く姿はさながらモデルのようだ。

 そんなことを考えるアルヴィスの格好は、カジュアルなジャケットと丈の長いジーンズ。ジーンズの落ち着いた色合いが、深めの青い髪と調和し、意外と高い身長と背筋のまっすぐ通った動作から、彼も負けず劣らず人目を引いていた。

 だがその事実に、アルヴィスはまったく気付かない。

 思ったより文句も言わず、だまって買い物に付き合う彼にドロシーは不思議そうな目を向けた。

 

「……ずいぶん慣れてる感じね。デートの経験多いの?」

「……いや。社会人になってからは初めてだ」

「へー、何か意外」

 

 あんたモテそうなのにね。

 それは君もだろう。

 あら、私だって就職してからは初めてよ。

 へぇ、それは初耳だな。

 

「……ということは、私はアルヴィスとデートした女の子、第一号ね」

「……そうだな」

 

 普段会社で話すのとは違う類の言葉が、互いの口からするすると出てくる。

 さらりとドロシーが紡いだ冗談に、アルヴィスもくすりと笑った。

 その後もしばらく二人は次々に店を見て回る。比例してアルヴィスの持つ荷物も大分増えた。

 

「流石に買いすぎたかしらー……。悪いわね、もうお昼だわ」

「いや、気にするな。女性の買い物は、気の済むまでやらせてやれと言われたからな」

「……誰に?」

「ガイラさんに。入社してすぐの飲み会でな」

「へぇ、案外紳士的なのね、あのお爺さん」

「お爺さんはひどいだろう。まだ還暦前だぞ」

 

 スパルタで有名な上司の意外な一面に驚きつつ、ドロシーは同期の間で評判のカフェに彼を誘った。

 洋食が中心のメニューから、ドロシーはオムライス、アルヴィスはグラタンとスープのセットを選ぶ。

 彼女の提案で、この店一番の目玉と言われる特製パフェも頼む。

 

「お待たせしました、当店特製クイーンパフェです」

「……………」

「……でかっ」

 

 店員が持ってきたパフェを、二人してたっぷり十数秒は凝視した。

 でかすぎる。まずパフェの容器それ自体がとんでもなく大きい。でもって、器からはみ出ているアイスと生クリームの部分が30センチ以上はある。よく崩れないものだ。

 底の方では、混ざり切らなかったソースが地層のように溜まっている。この深さではアイスを掘るのにも一苦労だろう。

 クリームの上に溢れんばかりに盛られたイチゴの隙間には、スプーンと一緒にポ○キーが差さっておりなかなか芸が細かい。

 

「これは一人じゃ食べきれないわね…アンタにもあげる」

「いや、オレは……」

「アンタが甘い物を好きなのは百年前から知ってるのよ。はい」

 

 有無を言わせずスプーンを突き出したドロシーに、アルヴィスはいつばれたんだろうと首を傾げる。そんな彼を見てドロシーは内心呆れる。

 あれでばれていないと思っていたのか。休憩時間、毎回チョコレートを口に放り込んでいるくせに。

 

「あーん♪」

「……」

 

 アルヴィスは一瞬複雑そうな顔をしたが、諦めて素直に食い付いた。

 ぱくっ

 

「……うまい」

 

 やばっ、めっちゃいい笑顔!

 会社でも人気の高い彼のこんな顔が見られるなんて、かなりラッキーかもしれない。

 てか、こんな顔するんだこいつ。

 

「これうまいぞ、ドロシー」

「……うん、よーくわかった」

 

 少し反応が遅れたのは、頬を緩ます顔に見蕩れていたからなんて、絶対気のせいだ。

 パフェの所為か、いつになく乙女な気分のドロシーは、自分の分をせっせと口に運ぶ。

 途中からもう一つスプーンを彼に渡して、二人は他愛ない会話をしながら巨大な甘ったるいパフェをつつく。

 

「部長もさー、いい加減所帯を持てばいいのに。営業部のシャトンとか結構前からモーションかけてるんでしょ?」

「アランさんは…意外と不器用だからな……」

「あれはヘタレって言うのよ。“猫に似てるから嫌だ”なんて、普通ありえないわよ」

 

 その後、再びショッピングに繰り出して、カラオケに行って、歌いたがらない彼に無理矢理マイクを持たせて、流行りの歌をデュエットしたりして。

 近くのゲームセンターで、お返しとばかりに散々負かされて。クレーンゲームで大きなぬいぐるみを取ろうと、二人してむきになって。

 まるで、恋人のような一日を過ごした。

 

 

「今日は付き合ってくれてありがと」

 

 オレンジ色の日差しが一日の終わりを告げている。夕焼けが桃色の髪を紅く染めていた。

 

「気は済んだのか?」

「ええ。もうすっかり充電ばっちり! 明日からまた頑張れるわ」

「そうか」

 

 アルヴィスは少し微笑んだ。オレンジを帯びて夕闇色になったアルヴィスの髪が、仕草に合わせてさらりとゆれた。

 ドロシーも微笑む。それからお互い何となく見つめ合って、しばし、不思議な時間が流れた。

 

「……それじゃ、またあし……」

 

 別れの挨拶を言おうと、アルヴィスが口を開きかけた時、

 柔らかい感触が、彼の頬を掠める。

 

 

「……お・れ・い♪」

 

 

 目の前には、はじけるような笑顔の彼女がいて。

 キスをされたのだと理解するまで、数秒かかった。

 

「じゃあ、また明日ねー!」

 

 片手に紙袋をいくつも下げ、大きく手を振ったドロシーは最寄り駅の方へと走って行く。ハイヒールの軽やかな音が、夕焼けの街並にまぎれていった。

 

「……全く……」

 

 アルヴィスは唇が去った頬に触れた。もう彼女には見えないとわかっていつつも渋い顔を作る。

 

「困った女だ……」

 

 彼のその顔は、夕日に負けないくらい真っ赤だった。

 

 

 

 

「……結構、大胆なことしちゃったかな?」

 

 橙色に染まった道を駆けながら、ドロシーは一人呟いた。

 空いた指で唇に触れる。

 

「明日、どんな顔で来るんだろ」

 

 彼に負けず劣らず赤い頬をした彼女は、少しだけ後ろを振り返ってみた。

 雑踏で彼の姿はもう見えない。けれどきっとあの堅物そうな顔を、吃驚させているに違いない。

 想像して、わずかに困っていたような表情は微笑みに変わった。

 

「……楽しみ♪」

 

 二人の間に秘密が増えるのは、もうすぐ。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

唐突に思い付いた現代パラレル。最後のドロシーの「おれい♪」という悪戯っぽい仕草から勢いで書いたようなものです。

ドロシーは小悪魔的なノリで男性を振り回すのが本当に似合うというか…でもアルヴィスもアルヴィスで無自覚モテ属性なので、どっちもどっちですね(笑)

多分ドロシーは普段はリードしてるけど、ここぞという時にシャイなタイプなんだろうと(勝手に)思ってます。

 

文中で二人が頼んでいたパフェは、私の通っていた高校近くの喫茶店の物がモデルです。

本当にでかいんですよ!テレビに出たぐらい有名で(確かギャル○根さんが食べてた)、頼むときは最低でも4人以上じゃないと手が出せない代物なんです。

名前の「クィーン」はドロシーつながりで、こっそりディアナを意識したものです。このパラレルでの姉妹は多分仲良いと思います。

 

ただデートをするだけという展開のない話ですが、個人的にはとても楽しく書けました。

恋人未満の二人の空気を、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

ご拝読下さり、有り難うございました!

 

2013.8.8