それは言葉より確かな

 

 

 

 己のものより細い手が、掌を包み込んだ。

 ざわついていた心が落ち着くのを感じて、ファントムはほっとした心地で彼を見る。

 

「……アルヴィス」

 

 呼びかけた名に反応はない。虚ろな瞳は、未だ彼の自我がないも同然の状態であることを示していた。

 カペルに伴われパルトガイン城にやってきた時には、驚くべき気力で意識を保っていたものの。ゾンビタトゥの魔力に支配されたアルヴィスは、ファントムの命令に実に従順に従った。

 あれほど憎しみに満ちていた瞳からは光がなくなり、抑揚のない声で問いに答える。命ぜられるまま、かつての仲間達にも牙を向けた。

 ギンタとの戦闘時には、わずかに自我を取り戻したらしかったが。

 最終的に彼はナナシとアランを撃破し、再びここへ戻ってきた。そして今もファントムの命に従い、二人だけの玉座で、ゾンビタトゥが刻まれた手をファントムに伸ばしている。

 わずかに高いその体温だけが、死人であるファントムの手に、温もりというものを伝えてきていた。

 

「……滑稽、だよね」

 

 掠れた声で呟き、ファントムは歪んだ笑みを浮かべてみた。

 ゾンビタトゥを介して魔力を注ぎ込み、自我を奪っていなければ、アルヴィスはすぐにも離れてゆくだろう。

 だが彼の温度を確かめる事無しには、ファントムは心の均衡を保てずにいた。

 ウォーゲームでの敗北と、ペタの死。

 そして、プリフィキアーヴェ。

 それらの出来事は誰もが想像した以上に、ファントムの心に大きな打撃を与えていた。

 アルヴィスの手を握っていなければ、情けなく震えてしまうくらいに。

 

 

 ……何故彼女は、ギンタに鍵を託したのだろう。

 自分なんか、消えてしまえばいいと思ったのだろうか。

 問いたくても、答えをくれる人はおらず、共に立ってくれる人はいない。

 

 

 恐い。

 

 

 自分の立っている場所が、足元からすぐに崩れていきそうな、そんな感覚だ。

 体のまわりがぽっかりと空いていて、うすら寒く、ただ独り取り残されてしまったようだ。

 

 

「……父さんも母さんも、ペタ、も。僕が好きな人は、僕の前から消えていく……」

 

 

 これが、永遠を選んだ自分が背負うべき業なのだろうか。

 

 

 

「……え?」

 

 

 ————————その時。

 

 

 微かではあったが

 

 

 出し抜けに、ふっと

 

 

 ファントムの手に、力が加えられた。

 

 

 視線をずらすと、掌を包み込むために添えられていただけの指が、今は意思をもち手を握っている。

 思わず顔を上げたファントムの前で、彼の唇がゆっくりと動いた。

 

 

「…………じょ……ぶ」

 

 

「…………レが、……るから」

 

 

 

「アルヴィス“君”…………」

 

 

 切れぎれの言葉は、ファントムが理解するまで時間がかかった。

 黙って注視する間も、彼の表情に自我がある様子は見られない。

 しかし、タトゥの証である文様が刻まれた片手は、最初よりも強い力で握られていたままだった。

 

 計らずも訪れた感情を、噛み締めるように、ファントムは微笑んだ。

 これまでとは違う、本心から安らいだ気持ちだった。

 ほっそりとした両手の中で、ファントムは彼の指を、そっと、握り返してみた。

 

 

 

 

 

 アルヴィスの意識は闇の中にあった。

 なにかを認識することはほとんど無く、時折、思い出したように体が痛みを覚えるのを感じるくらいで。その感覚すらあやふやな、茫洋とした意識の海の中にいた。

 それでも稀に、遠いところから思考が浮かび上がる。大抵の場合、それははっきりとした形を為すまでには至らず、眠りに誘われるように、アルヴィスは混沌の海に沈んでしまうことを繰り返していた。

 

 ……ぼんやりとした自我の片隅で、また目覚める。

 何もない虚空を漂い、己ではどうにもならぬ力に身を委ねようとした。

 ……だが。

 

 

  寂しい、寂しい。

 

 

(……誰?)

 

 

 意識の中で、アルヴィスは目を開けた。自分のものではない感情が、どこからか流れ込んできている。

 自身のいる場所すら掴めぬまま、アルヴィスは孤独な心の主を探す。

 ……すると霧の先に、一人うずくまる子供がいた。

 

 

  寂しい。寂しい。

 

 

 胸がどうしようもなく苦しくなる。この子供の気持ちが、アルヴィスには手に取るようにわかったのだ。

 傍に寄り、子供に向かいアルヴィスは手を伸ばす。

 

 

「……大丈夫」

 

 

 思っていたより、冷たい手だった。両手で包み込み、握った指に温もりを伝える。

 

 

「オレが、いるから」

 

 

 答えるように、見えない手が握り返される気配がした。

 良かった、と遠い意識でアルヴィスは微笑んだ。

 

 

 何も無いこの世界で、繋がっているただひとつの手。

 この孤独な彼の手を、自分だけは————離さないようにしなければと。

 憶えている限り、アルヴィスはずっと、そう思っていた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

遅れすぎた6万企画3作目です。

ファンアルでゾンビタトゥに絡めた話というリクエストでしたが、予想以上に時間をかけた上に、「これファンアルか?」という微妙な作品になってしまいました…。

リクエストして下さった結様、本当に本当に長い間お待たせして申し訳ございません!!

短い話ですが、思いを沢山込めて書きました。もちろん書き直しも承りますので、宜しければどうぞお持ち帰りください!

 

タトゥが絡むと、アルヴィスにちょっかいを出すファントムや、タトゥに苦しむアルを楽しげに見るファントムのイメージが強い気がします。

が、どうしてもファントムとアルヴィスを書く上で、「これは!」と思うことがあったので、あえてアニメルで二人の関係を変えたクラヴィーア編からネタを頂きました。

…しかしそのお陰で、色気もへったくれもない話になってしまいました。

 

タトゥを介して魔力を注がれ、ファントムに操り人形のような状態にされたアルですが、それは同時に彼にファントムの孤独を教えることとなる。

原作では、冷たい表情で「お前はあまりに罪深い。その魂は彼女の許には届かないだろう」と言っている限り、アルヴィスは個人的な私怨はともかく、メルヘヴンを破壊したファントムを許している様子はないように思えます。

 

けれどアニメルでは、捕まっていた期間ファントムの傍にいて、図らずも彼の苦しみを「理解」してしまった。

それが96話の決着時、手を止めたことに繋がったのではないかと思い、その理解する瞬間を、拙いながらも想像し書きました。

 

この二人の関係はなかなか難しいのですが、原作・アニメの様々な場面から色んなことが想像できるので、今後少しずつ書いていきたいです。

 

短いものですが、最後までご拝読くださり有り難うございました!

 

2012.9.25