たった、それだけで

 

 

 

「アルちゃん、手」

「え?」

 

 唐突にかけられた声に驚いて答えると、ナナシはおもむろにアルヴィスの手をとった。

 

「——ッ」

 

 いつの間にか、知らず握り込んでいた指をほどかれると、思い出したように手に痛みが走りアルヴィスは声を洩らす。

 

「うわ、血ィ出とるやん」

 

 その反応と思ったよりも強く握り閉めてたらしい手の惨状に、ナナシは舌打ちをする。

 

「こんな手ぇ強く握りしめたらアカンでぇ!」

 

 一瞬襲った痛みが遠ざかってゆくのをぼんやりと感じながら、アルヴィスは自分の手に視線を落とす。

 

 

 手のひらを包み込むように添えられた、ナナシの手。

 それは自分よりもしっかりしていて、悔しいがこの男の方が、自分よりも器も大きく人生経験が豊富なんだと思い知らされる。

 

 それに嫉妬している訳じゃない。最初から気になっていることがあった。

 彼が迷わず自分の手を取った時から。

 

 

「お前……嫌じゃないのか?」

「? 何が?」

 

 訝しげに問うと、いつもの間の抜けた顔(真面目な顔をすれば美形とも思えるのに)で逆に問いを投げかけられる。

 するとそれまでナナシを真直ぐ見つめていた視線をアルヴィスは外して、少し言いづらそうに答える。

 

 

「……オレの手を、触ること」

 

 

「?? 何で??」

「…………」

 

 当たり前のように返された言葉にアルヴィスはしばし唖然とする。

 それに気付いてるのかいないのか、ナナシは少し離れた所にいるスノウに向かい声をかける。

 服の奥から癒しの天使を取り出したスノウはナナシに手渡しながら、アルヴィスの手の傷に気付き心配そうに見つめる。

 

「私がやろうか?」

「ええよ。これくらいやったら自分もできるわ」

 

 涼しげで冷たい、ホーリーARM独特の魔力がアルヴィスの手のひらを包みこみ、その心地よい魔力の波動の感触に彼はしばらく目を細める。

 傷はすぐに塞がり、元通りとなった肌を見たナナシは満足そうに頷き、サンキューな、と言いながらスノウにARMを返した。

 手を振りながらギンタたちの所へ走って行く彼女を見送った後、ナナシは

 

「このくらいやったらまぁええけど、あんま痛みを我慢しちゃアカンよ?」

 

 アルちゃん案外無茶ばっかするからと、腰に手を当てて念を押すナナシをアルヴィスは黙って見つめていたが、やがて瞳を閉じ小さく口元に笑みを刻んだ。

 

 

 わずかに残る魔力の心地よさと、思いがけず訪れた別の気持ちに浸りながら。

 

 

「……お前は変わっているな」

 

 

 素直に告げられた言葉にナナシはきょとんとし、アルヴィスはそんなナナシの様子に、また小さく笑った。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

“ささやかな話”をイメージしたら予想以上に短くなりました(汗)

時間軸的に3ndバトルが終わり、アルヴィスのゾンビタトゥを皆が知った後ということになっています。

呪いを知っているのに、ナナシが躊躇せずに手を掴んだことに嬉しくなるアルヴィス。

アルヴィスって寂しがり屋というか、孤独でいることに慣れた子なんですよね。

だから一人でいることは当たり前なんですけど、温もりに触れた時ってきっと人一倍嬉しいじゃないのかな?って思って書いた話です。

 

タイトルは以前の拍手小説「何気ないこと」から続けて読める様にしてみました。

前回は呪いを知る前、今回は呪いを知った後。

ナナシの思いやりと言うか、元来持つ優しさ(あまり大げさなものじゃなくて本当に小さな心遣いの様な)を表せてたらいいなと願います。