雲が隙間なく覆う空に、朝の兆しが見え隠れする。

 所々に光を透かす天を見上げて、メルはレギンレイヴ城にいくつかある塔の屋上にいた。

 吹き付ける風に、ドロシーが長く結わいた髪を煩そうにする。

 アランの吐き出した葉巻の煙が、その気流に掠れてゆく。

 欄干の縁に乗るバッボ。エドの隣で佇むスノウが、揺れるリボンを片手で押さえている。

 

 不意に魔力の気配を感じ、後ろを振り返る。

 ディメンションの魔力が生まれ、かすかにぶれた空間からジャックとナナシが戻ってくる。

 

「今ちょろっと見てきたけど、パルトガインはもぬけの殻やったで」

「ファントムどころか、ゴーストチェスもいなかったっス」

 

 先ほど敵陣を偵察してきた二人の報告に、アランは煙を吐き出しながら少し思案した。

 

「……あいつらは元々、ファントム直属の部下みてぇだからな。アルヴィスを仲間にするっていう奴の計画が失敗した今、もう仕事はないんだろう」

「パルトガインを放棄したとすると……ファントムはおそらく、レスターヴァ城に戻っているわね」

 

 推察するドロシーがそこで一度言葉を切る。

 

「そこにディアナも……」

「うん」

 

 続いた言葉にスノウが頷く。

 

 

「そして謎の者、キング……」

 

 

 バッボが口にした名に、一同がごくりと唾を飲む。

 のしかかる重圧に押し黙る間、風が強く吹きつけた。

 

 

 

 

「……さて、どこから侵入するかだが……」

「正面突破だ」

 

 

 少年特有の声音が空間を震わせ、アランの動きを途中で止める。

 

 

「こないだの攻撃で雑魚はあらかた倒したし、残った奴らも逃げ出してたから」

  

 

 僅かに信じられないものを見る様子で、アランが屋上の入り口を振り返る。

 

 

「かなり手薄だと思う」

  

 

 絶えず吹いている風が、段々穏やかなものに変わっていく。

 耳によく馴染んだ声に、全員が一瞬息を止めた。

 

 

「まっすぐ、ファントム達の所へ行こう」

 

 

 頭上に光が射し込んだ。

 かすかな、けれど確かな。

 それに照らされた少年の姿に、ある者は驚き、ある者は笑みを浮かべる。

 

「ギンタ……」

  

 スノウが嬉しそうな声で少年の名を呼んだ。

 夏の向日葵を思わせる金色の髪が、呼びかけに答えて小さく笑う。

 しかしすぐに険しい表情になり、その緑の瞳を伏せる。

 

 

「ごめん、皆」

 

 

 仲間たちが静かにギンタを見つめる。

 

 

 「皆辛いのに、オレだけ逃げ出して」

 

 

 

 それでもここに戻ってきたギンタの意志を、アランが短く尋ねた。

 

 

「……いいのか?」

  

 

 しっかりと頷く。

 

 

 

「オレは……アルヴィスが喚んだ、この世界の『希望』だ」

 

 

 

 昨日、己が告げた言葉を繰り返したギンタに、アランが目を見張る。

 

 

 

「あいつに託されたものが沢山ある。だから……」

 

 

 

 瞳に確かな意志を宿して、顔を上げた彼は

 

 

 

「オレは前に進む!!!」

 

 

 

 いつもの揺るぎない、力強い表情で言い切った。

 

 

 暫しその瞳の輝きに吸い込まれたかのように、ギンタを見つめていたアランの視線が、ギンタの腰元へと動く。

 そこに下がる、見覚えのあるチェーン。

 

 やがて、アランの顔に笑みが刻まれる。

 拍子に口元から葉巻が落ちる。

 それを勢い好く踏み潰し、アランはぐるりと一同を見渡した。

 

 

「——よし。リーダーも来た所だし、行くかお前ら!」

 

 

 幾分晴れやかな表情で皆が頷こうとするのを、今度は甲高い声が引き止めた。

 

「待って!」

 

 再び入り口を向くと、いつもアルヴィスの傍にいた妖精が自分たちを見ていた。

 

 

「私も行く」

「ベル……」

「……気持ちは分かるが、何があるかわからねぇぞ」

 

 

 だから残れというアランの言葉に、ベルは黙って首を横に振る。

 

 

「アルが最期まで望んでたのは、この世界の平和だから……」

 

 

 誰よりも愛した人が、何よりも望んでいたことだから。

 

 

「だから、私が見届ける」

 

 

 譲れない決意を有したまなざしで、ベルはアランを見上げる。

 

 

「……これを止めるのは野暮ってモンやで、オッサン」

 

 

 少し遅れて聞こえて来たナナシの囁きに、アランは溜め息のような息を吐いた。

 

「……遅れるなよ」

「! うん!」

 

 弾んだ声を返し、ベルはドロシーの横へと向かう。

 寂し気に、しかし強い意志を秘めた顔で、二人は小さく笑い合った、

 

 

 

 誰もが大切な人を失くし、それでも生きている。

 

 それは、悲しみを忘れてしまうからではなく。

 

 

「……ゆくぞ、第一家来」

「……ああ」

 

 

 涙の雨のあと、誰かが繋いでくれた光でかかる、

 

 虹が、見たいから。

 

 

 

「……ドロシー」

「……ええ」

 

 

 仲間のそれぞれの顔を見つめると、固い決意の表情が頷いてくる。

 それを認めたギンタが名を呼ぶと、ドロシーは手に持った指輪を掲げた。

 

 

 

「——アンダータ!!」 

 

 

 雨から抜け出したばかりの空に、声が響き渡る。

 

 

「このメンバーを、レスターヴァ城へ!!!」

  

 

 一同を光が包み込む。

 空間を曲げて、決戦の場所へと運んでいく。

 

 

 

 

 

 ————アルヴィス。

 

 

 

 

 目の前の景色が掻き消える瞬間、名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 アルヴィス、見ていてくれ。

 

 

 

 

 お前が繋いでくれた希望を。

 

 決して、絶やすことのないようにしてみせるから。

 

 

 

 だから、見ていてくれ。

 

 

 

 

 お前が愛したこの世界の行く末を。

 

 

 

 

 

 

 小さく開けた雲間に、七色の光が見えた気がした。

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

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