柔らかな出逢い

 

 

 

「ふーん♪ ふーん♪」

 

 弾むような足どりで、森を散策する人物が一人。

 肩先で揺れるのは、男性にしては長く伸びた淡い栗色の髪。

 丁寧に編み込まれた三つ編みも、歩調に合わせてゆらゆら揺れて、彼の楽しい気分を表しているようだった。

 

 散歩に丁度良い、よく晴れた空の下、太陽を浴びて生き生きとした緑が濃く見える。

 よくある景色だけど、そんなささやかな奇跡が嬉しくて軽やかに彼は進んでいく。

 

「ふーん ♪ ふふーん……あれ?」

 

 がさがさと音を立てて茂みを抜け、森の終わりに出ると、目の前にそびえ立つのはこの間お邪魔したお城。

 

「ずいぶん近くまで来てしまいました……戻った方がいいですね」

 

 自分としては民衆やあの人たちに危害を加えるつもりは毛頭ないのだが、やはりチェスの人間がここに来るのはまずいだろう。

 誤解されて、厄介なことになるのも避けたい。

 人差し指を口元にあててそう考えた彼は、くるっとUターンして戻ろうとするが、ふと何かに気付き振り返る。

 

 

 覚えのある魔力の気配。

 涼やかな色をした、“彼”の魔力。

 ……近くにいる。

 

 

「……ちょっとくらい、いいですよね」

 

 小さな好奇心が疼き、再び足を城へと向けると探るように歩き出す。

 

「……どちらにいらっしゃるんでしょうか?」

 

 感じられる魔力の方に向かい、さくさくと背の低い草を踏みしめながら進んでいく。

 気配に誘われて歩くうち、大きな城の周囲をぐるっと回っていた。

 何回目かの角の向こう側で、はっきりと“彼”の魔力を感じられ、壁の影に隠れそこにいるだろう“彼”をそぉ〜と覗き込む。

 

 と。

 

(うわぁ……)

 

 目の前に広がる光景に、思わず息を漏らしそうになった。

 

 

 

 深い海を思わせる青い髪から、華奢な両肩

 大きく左右に広げた細い両腕

 背筋がぴんと通った身体の足下に

 

 沢山の、白いふわふわ。

 

 平和の使いと称される白い鳩が、聖なる戦士の許に集っていた。

 

 

 目を閉じて穏やかな表情の“彼”に、鳩たちも警戒せず、安心しきった様子で身を委ねている。

 まるで絵物語から抜け出てきたような、美しく、とても神聖な情景に見とれていると、ロランの気配に気付いたらしき“彼”が瞳を開けた。

 

 

「……お前か」

 

 

 沢山の白い羽の中、サファイアがゆっくり開いて自分を映し込んだ。

 

「すいません、散歩していたら迷い込んでしまって……」

 

 照れたように笑いとりあえず釈明すると、呆れた風に“彼”……アルヴィスは表情を動かした。

 

「……相変わらずだな」

 

 そしてまた目を閉じると、身体の上で自由に動き回る鳩たちを好きにさせてやる。

 ふわふわの白い羽を持つ鳩たちは、どうやら相当アルヴィスのことを気に入ったらしく、皆彼の周りで腰を落ち着けている。

 時折鳴き声を響かせたり、羽の繕いにいそしんだりする様子を、アルヴィスは相変わらず穏やかな笑みを浮かべながら見つめている、

 

 この間の戦いからは想像できない、優しく柔らかい雰囲気に驚きつつも、ロランはそんな彼と鳥たちの戯れに口元を綻ばせた。

 

 

 暫くそうして見つめていたけれど、段々膨らんできた小さな疑問にうずうずしてしまい、ロランは目をキラキラさせながらアルヴィスに話しかけた。

 

「あ、あの!」

「ん?」

「どうしたら、そんなにハトさんと仲良くなれるんですか?」

 

 

 突拍子な質問に、アルヴィスはしばらく黙ってじーっとロランを見つめる。

 

 

「…………仲良くなりたいのか?」

 

 

 こくっこくっ

 

 

 大きく縦に振られた首をきょとんとして見つめたアルヴィスは、ロランから視線を外して少し思案した。

 それから、至って真面目な表情で答える。

 

「ならその場で三回まわってワンと言え」

「……ええ!?」

「冗談だ」

 

 驚いて上げられた声にしれっと言葉を返すアルヴィスは、あっさり言葉を否定されてあたふたしているロランの反応に、楽しそうに唇に笑みを乗せた。

 

 あ

 

 笑った。

 

 

 初めて見た、彼の笑顔。

 

 

「あなたでも、冗談なんて言うんですね」

「……それは呆れてるのか?」

 

 

 熱気が充満する火山群フィールドの中、焼け付くような鋭い瞳で自分を見つめた彼の。

 暖かい日差しの中心で、ふわり、と、羽根が舞い落ちるように零れたそれ。

 

 

「いえ」

 

 

 あんな戦い方をするのに。

 こんな笑い方をするなんて。

 

 

「喜んでるんです」

 

 

 

 ————なんて、魅力的だろう。

 

 

「貴方はやっぱり素敵な人ですね」

 

 

 にっこりと微笑んで言われた言葉に、アルヴィスは透明度の高い青い目を瞬かせた。

 

 

「私としても、こちら側に来てほしいのですが」

 

 

 しかしさりげなく付け加えられたその一言に、彼は綺麗な形の眉をほんの少し動かした。

 一瞬の研ぎすまされた雰囲気に気付いたのだろうか。足下にいた一羽の鳩が、アルヴィスを見上げ首をかしげてピィと鳴いた。

 アルヴィスが自分を見上げている鳩に手を差し出すと、鳩は羽の擦れる音をさせて彼の手のひらに飛び乗った。

 話を続けようとしない一連の動作、そして今まで目にしてきた彼の性格から意志を汲み取り、ロランは少し残念そうに笑った。

 

 

「……やはり無理なのでしょうね」

 「互いに、信じるものが違うからな」

 

 

 目にしてきたもの、知り合ったもの。

 それぞれ必死に歩んできた違う道。

 

 

 その違うベクトルが、何の偶然かはわからないが交じり合った。

 

 

「お前とオレ、どちらが正しいのかは……」

「……次のウォーゲームで、ですね」

 

 

 陽光に特徴的な色の髪がきらめいて。

 二人は互いがふっ、と笑うのを見た。

 

 

 大きな音を立てて、鳩たちが飛び立った。

 弧を描いて飛び去る様子を見上げる事なく、二人は視界を横切るいくつもの羽の向こうにいるお互いをしっかり見つめていた。

 

 

 

「……見せてやるよ」

「負けませんよ」

 

 

 

 思いをぶつけ合える相手がいること。

 そんな彼の知らない一面。

 

 全てをもたらしてくれた出逢いに感謝しながら、ロランは城に背を向けた。

 去ってゆく背中をしばし見送ったあと、アルヴィスも静かに歩き出す。

 

 

 離れてゆく二人の肩で、同じ色の羽が白く光っていた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

アニメとか漫画での激しいやりとりではなく、柔らかい雰囲気で、互いが認め合ってるけど譲れないものがあるから戦う。それが楽しみでもあるというニュアンスを出したかったのですが、迷走に迷走を重ねどうしようもないものに仕上がりました(自虐)

 

アルヴィスに群がる鳩というイメージは、映画コナンのキッド様より頂きました。

「世紀末の魔術師」のラストシーンで、新一に変装して登場したその場面が印象的で。

ある日、ふとそれがアルヴィスに脳内変換され思い出されたので書きました。

あの素敵なイメージは、やっぱり私の文章力では表せませんでした...(泣)

 

意味不明な作品ですが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しい限りです。

最後まで読んで下さり有難うございました!