変わらない貴方に

 

 

 

 

「おはようアルー!よく眠れたー?」

 

 開け放された窓から部屋に入り、ベッドの中の人物に声をかける。

 もぞもぞと動く音がしばらく続いたのち、その人物は身体を起こす。

 深い藍色の髪、柔らかな光を湛える水色の双眸。

 

 アルヴィス。

 

 私が大好きな、誰よりも優しくて強い人。

 

 

 

「ほら、今日もいい天気だよー」

 

 返事は返って来ない。それでも私は話しかける。

 

「今日の朝ご飯はドロシーが作ったんだって! 早く食べよっ」

 

 アルヴィスは、全ての記憶をなくした。

 クロスガードに入ったことも、メルと一緒に戦ったことも、ベルと出会ったことも。

 

 ゴーストチェスの一人、カペルマイスターがアルヴィスに付けたゴーストアーム、時間の輪廻。

 それのせいでアルのゾンビタトゥは全身に回ってしまった。

 アルヴィスを助けるため、罠にはまったアランとナナシは心をなくすアームを付けられて、心をなくしてしまった。

 時間の輪廻をはずすために手に入れた、願いが叶うアームにアルヴィスは願った。

 

 ────自分はいいから、二人を助けて────

 

 その願いは叶った。アルヴィスの身体を蝕むアームははずれることなく。

 タトゥの痛みで倒れたアルを抱えながら、ギンタは光り輝くアームに向かって叫んだ。

 

 

「頼む! アルヴィスを助けてくれ!! もう苦しませたくないんだ!!!」

 

 

 その言葉は私達全員の気持ちだった。

 祈りが通じたのか、私達の願いは叶った。

 

 アルの記憶と引き換えに。

 

 

「はい、アーンして」

 

 言われて口を開けるアルに、朝ご飯を食べさせる。

 

「美味しい?」

 

 尋ねるとにこっと笑う。

 記憶を失くしたアルは、純粋無垢な小さな子供だった。

 嬉しかったり楽しかったりすると、ほんとに子供のように笑う。

 ゾンビタトゥの後遺症で体調はまだ悪く、一日の大半は寝て過ごしている。

 その症状の一つか、声も出せない。

 話しかけても声は返ってこない。

 ただ、嬉しそうに笑うだけ。

 

 

 朝ご飯を食べ終えたアルヴィスは、また静かに寝息を立て始めた。

 身体が欲しているから、好きなだけ眠らせてやれとアランに言われていたので、起こさないように肩まで毛布をそっとかけてあげる。

 

 窓から外に出て、私はお気に入りの場所に向かう。

 森の中にある小さな湖。

 アルヴィスとよく散歩にきた場所。

 誰もいないのを確認してから、近くの切り株に腰掛ける。

 

 

『ベルは、僕が守ってあげるからね』

 

 

 そう優しく言ってくれたアルヴィスは、もういない。

 どんなに話しかけても、ベルの名前を呼んでくれない。

 ベルにだけ向けるあの笑顔は、もうない。

 

 あるのは、傷つき、全てを失くした少年の無垢な瞳。

 

 

「アルヴィス……」

 

 どうして、助かりたいと願わなかったの?

 あんなに苦しんでるのを、ベルはずっと傍で見てきたから知ってるよ。

 自分でいたい、生きたいって思ってたこと────。

 

 ……でもわかってた。アルは優しいもん。

 自分を犠牲にしてでも、みんなを助けようとするって、わかってたよ。

 ベルが悪い奴等に捕まった時みたいに。

 

 

 …………でもさ、

 アルの為にみんな頑張ったのに、アルが助からなきゃ意味ないじゃん……

 もうどこにも、ベルの好きだったアルはいないじゃん……!!

 

 

 そんなことをずっと考えて、気がついたら泣いていた。

 だから、後ろから誰かが近づいてくるのもわからなかった。

 

 どさっ。

 

 大きな音がして、びっくりして振り向くと、部屋で寝ていたはずのアルヴィスが膝を着いていた。

 

「アルッ!!」

 

 慌てて駆け寄ると、アルヴィスは苦しそうに息をついていた。

 

「アルッ、どうしてここにいるの!?寝てなきゃダメじゃない!!」

 

 そう言うと、アルヴィスは顔を上げた。

 目元を悲しそうに歪めながら。

 静かにベルを見上げた。

 

「アル……?」

 

 どこか痛いのかと心配しながら、名前を呼ぶ。

 そんなベルにアルヴィスは指を伸ばして、頬を流れる涙を拭った。

 

 

『泣かないで』

 

 

「ベルを……心配してくれたの……?」

 

 動かすのも辛い身体で、ベルを探してくれてたの……?

 

 ベルの心の声に答えるように、アルヴィスは優しく微笑んだ。

 

 

『ベルは、僕が守るからね』

 

 

 あの時の顔。ベルの大好きな表情、いちばん好きな笑顔。

 

 

 ────アルヴィスだ────。

 

 私の愛した、誰よりも優しくて強い少年だ────────。

 

 

「〜〜〜〜アルぅッ!!!!」

 

 

 嬉しくて、喜びで胸が一杯で、ベルは泣きながらアルヴィスの顔に飛び付いた。

 泣きながら笑うベルに、アルヴィスも笑いかけた。

 

 

 ここにいる。

 私の大好きなアルはちゃんとここにいる。

 記憶がなくなっても。

 

 

『アルヴィスのことは、ベルが守るって決めたんだから!!』

 

 

 いつか記憶が戻ったら、きっとアルヴィスは苦しむだろう。

 ずっと、傷ついていたから。

 傷つきながらも、前に進む人だから。

 

 

 だからそのときは、ベルが守ってあげよう。

 

 

「……アル」

 

 

 

「だーいすき!!!」

 

 

 

 ずっと、ずっと、傍にいるからね。

 

 

 

END