Overflow 第五話
ゴンとキルアがレオリオの部屋を訪問した翌日。
彼らとの時間は楽しいものだったが、体には負担がかかったのか。クラピカは少し熱を出してしまっていた。
やや早めの呼吸をする彼の熱い額に、レオリオは冷やしたタオルを乗せてやる。
冷たさに反応して、熱に潤んだ瞳が開く。
「……レオリオ?」
「大丈夫か、クラピカ?」
「ああ……すまない……」
「何、気にすんな。ゆっくり寝てろ」
大人しく目を閉じて眠るクラピカを見て、また振替授業だなと苦笑する。しかしこの状態のクラピカを、一人放っても置けない。
昨日の今日でまたゴンとキルアに頼むのは気が引けるし、クラピカも気に病むだろう。早々に、レオリオは予備校を休む選択をした。
看病をしながら、昨日出された課題に取り組む。レベルの高い問題に唸っていると玄関の呼び鈴が鳴った。
「お、来たか」
数分前から手が止まっていたペンを置き、レオリオは立ち上がる。来訪者に彼は心当たりがあった。
昨日市場の一角で、レオリオは新しい布団を購入した。
これまで使っていたベッドは、クラピカのいる間は彼に譲ることにしたので、レオリオは新たに自分用の布団を買うことにした。選んだのは、背の高い身体も納まる縦長のサイズの品だ。
精算時、レオリオは得意の値切りを行い、定価よりもかなり低い額で品物を提供させた、また寝具一式をセットで買う代わりに、タダで自宅まで届けさせることも了承させた。
我ながら良い買い物ができたと、玄関に向かいながらレオリオはほくそ笑む。
……交渉という名のムチャ振りが終わった瞬間、店主の渋い顔とは対照的に周囲からは歓声が上がったが、彼の中では些細なことである。
「はいはいー、ちょっと待ってくれ」
つっかけの要領で靴を履き、ドアを開ける。しかし訪ねてきたのは宅配業者ではなかった。
「ごめんください」
「はい?」
扉の前にいたのは、妙な姿をした人物だった。顔立ちからして大人ではあるようだが、背はレオリオの腰の辺りぐらいまでしかない。
げっ歯類を思わせるような飛び出た前歯。帽子の下に見える髪は長いが、クラピカとは違った意味で性別がわからない。
「えーっと……どちら様で?」
レオリオが聞くと、目の前の人物は涼やかな声で言った。
「……こちらに、十五歳くらいの金髪の子がいないかしら」
言葉を聞いた途端、レオリオの心臓が強く動いた。
「多分、男の子だと思うんだけれど」
背中が一気に冷える。
部屋の奥が見えないよう、さり気なく体で塞ぎながらレオリオは固い表情で答えた。
「……知らねーな。生憎だが、ここにはオレしか住んでねぇぜ」
素早く訪問者を観察する。子供の様な体躯だから腕力ならば勝てるだろうが、もしかしたら武器を持っているかもしれない。
いや、他に仲間がいるかも……。
ポーカーフェイスを装うが、緊張にレオリオの顔は険しくなる。声と口調からして女性だろうか。訪問者はレオリオの挙動を落ち着いた様子で眺め、何かを聞くようにふと目を閉じた。
「……奥に一人、いるわね」
「!?」
思わず息を飲んでしまう。わかりやすい反応を取ってしまったことに「やべぇ」と焦るが、彼女はレオリオの態度を気にすることなく奥を見続けている。
どうやらカマをかけた訳ではなく、他に根拠があるらしい。
「あの時のと同じ心音だわ」
「……」
「彼がいるのね」
それは問いではなく確認だった。沈黙で肯定を示し、レオリオは彼女を鋭い目つきで見据える。
「安心して。私は彼の追っ手じゃないわ。貴方は彼を匿ってくれてるのよね」
「……」
「なら、協力したいの」
信用に値する人間か、判断しかねるレオリオの心情を察したように、小柄の女性は続けた。
「私は貴方たちを傷付ける気はないわ。何なら武器を持っているか調べてくれてもいいし、必要なら話は玄関でする。彼には近付かない」
小さな瞳には真摯な光が宿っており、レオリオの心が揺れる。
大通りの方から聞こえる街の喧噪だけが、しばし廊下に木霊した。
「……入んな」
ドアを開けた彼に「ありがとう」と礼を言うと、宣言通り、彼女は玄関から先には上がらずその場に留まった。
狭い室内を見渡した女性は、ベッドの上で眠るクラピカを認め、安堵したように息を吐いた。
「……良かった」
無事で。そう続けられた言葉に、目の前の人物に対するレオリオの疑念は少しずつ晴れていく。
不思議なことだが、この女性の声には嘘が無いように感じられるのだ。単純だとも思ったが、レオリオは己の人を見る目を信じることにした。
「……いいぜ、上がっても」
室内に上がることを許可したレオリオに、彼女は少し驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。
「……ありがとう」
丁寧に靴を揃えると、レオリオが見つめる中、女性はゆっくりとクラピカに近付いた。
ベッドの脇に屈み込み、彼の顔を覗き込む。動作から彼に危害を加える様子は見受けられなかったので、レオリオはそれを黙って見守った。
「……少し熱があるのね」
クラピカの上気した頬に触れたセンリツは、掌を首筋までずらし体温を確かめる。
「でも大丈夫。ちょっと早めだけれど安心しきった、穏やかな心音だわ。きっと楽しいことがあって、身体が疲れただけね」
安心したように笑う彼女に、レオリオは思わず尋ねる。
「すげえな……あんた医者か何かか?」
「いえ。他の人より、少し耳がいいだけよ」
女性はそう言うとクラピカから離れ、レオリオに断りを入れて、居間のテーブルの、玄関に近い方の椅子に腰を下ろした。
対して、レオリオは先程まで自分が座っていた、クラピカの眠るベッド側の椅子に座る。
広げていた勉強道具をどかし、テーブル越しに二人は向かい合った。
「私の名はセンリツ。ハンターよ。今はとある人物のボディガードをしているわ」
「オレはレオリオだ」
「あなたが、彼を手当してくれたのね」
「まあな。……あんたは、あいつとどんな関係だ?」
「答える前に、一つだけ聞いてもいいかしら? 貴方は彼のこと、どこまで知っているの?」
「どこまで?」
彼女の言い方に疑問を持ったが、レオリオは六日前、近所で倒れている彼を拾ったこと、それ以来彼をここに置いていることなどを簡単に伝えた。
「クラピカと言うのね」
柔らかい眼差しでクラピカを見ると、センリツはしばらく沈黙していたが口を開く。
「……関係と呼べるほど、私は彼のことを知らないの。でも私が知っていることなら全て話すわ」
了承の意を込めて、レオリオは頷く。それにセンリツもまた頷き、話を始めた。
「ここヨークシンにある、セメタリービルを知ってる?」
「……あの金持ちばっかが集まる、世界最大のオークション会場か?」
「貴方が言っているのは、サザンピースの方ね。セメタリービルも世界最大規模のオークションが開かれる場所だけど、オーナーが違うわ。ここで開催されるオークションはアンダーグラウンド。つまり、非合法な闇の競売市」
彼女に説明され、レオリオの脳が答えに行き着く。大都会・ヨークシンシティのビル群の中の一つ。夜のヨークシンに集う怪しい者たちが牛耳る一角で、地元の人間の間でも危険だからと、あまり近寄られていないエリアだ。
「……ということは、オーナーは……マフィアか」
首を縦に振り、センリツは続ける。
「そのセメタリービルの地下には、マフィアの運営するある施設が存在するの」
「施設?」
「ええ」
センリツは表情を硬くし、自らを落ち着かせるようにゆっくりと言う。
「世界中から集められた人間の身体……人体を、コレクションとして収集・展示している場所……」
「人体博物館(ミュージアム)」
一度息を吸い、彼女はその一言を告げた。
「クラピカは、そこにいたの」
鈴の音のような声音で紡がれた不穏な施設の名に、レオリオの顔に汗が伝う。嫌な気配を感じながら、横で眠るクラピカを気にしつつ問うた。
「……どういうことだ?」
センリツは固い表情のまま答える。
「〝緋の眼〟というものを、貴方は知っているかしら」
「〝緋の眼〟?」
「ルクソ地方の少数民族、クルタ族が有している特異体質のことよ」
センリツは服の袖から一枚のデータカードを取り出し、レオリオに手渡した。
「彼らは興奮すると、感情に伴って瞳が真っ赤な緋色に変わるの。その色はとても美しく、世界七大美色に数えられているわ。当然、人体収集家が欲しがるコレクションの一つでもある。競売でもとんでもない価格で取引されているわ」
データの表示画面には[入手難度A]などと書かれていた。概要を読んだレオリオは、表情を渋くしながら呟く。
「……しかし人間の目だろ? それをコレクションって……」
「……クルタ族は緋の眼が発現した状態……つまり怒りや憎しみなどで興奮した状態で命を落とすと、緋色が眼球に定着するの。…それを遺体から取り出して保存する」
センリツは努めて冷静に述べる。
「中には『頭部とセットがベスト』とするコレクターもいるわね」
「……悪趣味だな」
「ええ。私もそう思う」
短く同意し、センリツは口を閉じた。しばらく躊躇った後、彼女は沈痛な面持ちでレオリオの隣で眠るクラピカを見つめた。
「彼は……クラピカは、そのクルタ族の生き残りなの」
驚愕に目を見開いたレオリオに、センリツは己の知っていることをかいつまんで話した。
四年前、緋の眼を狙ってクルタ族の虐殺があったこと。
その襲撃を逃れた子供が、たった一人いたこと。
そしてその子供がマフィアに捕まり、〝生きた〟展示品としておよそ四年間拘束されていたこと。
「……つーことは、こいつは…………」
一つの答えに思い至り、息を飲むレオリオに首肯し、センリツは言った。
「博物館に所蔵されていた、世界で唯一の〝生きた〟緋の眼。…それが彼よ」
昏々と眠り続けるクラピカを見ながら、レオリオは再度息を飲んだ。
「……マジかよ……」
レオリオの拳が震える。
「金になるから……そんな理由で、こいつは家族や友達(ダチ)を奪われて、四年間ずっと……その博物館ってのに閉じ込められてたっていうのか」
「ええ。恐らく」
情景を思い出して、センリツの顔が歪む。
「私が見た時は、水槽のような容器の中に入れられていて……文字通り展示物として扱われていたわ」
センリツは机の上に置いた手をきゅっと握りしめ、一言一言話す。
「……私はあの日、雇い主の護衛でたまたま博物館を訪れて、初めて彼と会ったの。彼を見た瞬間、どうしようもなく胸が苦しくて堪らなくなった。……人間が同じ人間に、こんな仕打ちをしているなんてことが、許せなかった」
淡々とした語り口だが、言葉には抑えきれない憤りが滲み出ていた。
恐らくこのセンリツという人物は、元来心優しい人間なのだろう。ひょっとしたらマフィアの護衛をするのも不本意なのかもしれないが、それはレオリオの知らない目的の為かもしれない。
「だから、脱出の手助けをしたのか」
「ええ」
「……けど、結構危なかったんじゃねぇのか? あんたもそこは初めて来た場所だったんだろ?」
初めて訪れた場所で事を起こすのは、よほどの手練か、複数の信頼できる仲間と共にでないと、失敗する可能性が高い。
危険な賭けだったのではないかと聞いたレオリオに、「貴方の言う通りよ」とセンリツは正直に認めつつ答えた。彼女が警戒されずに動けたのは、彼女の雇い主がセメタリービルを訪れたあの夜しかなかったのだと。
「あそこは徹底的に出入りがチェックされていて、普段は表玄関も裏口も、全て監視カメラと警備員によって厳重に管理されてる。けれどあの晩だけ、ある人物の貸し切りになっていたの。どうやら私の雇い主の顧客だったみたいで、日頃のお礼ということで特別に招待されたらしいわ。……私の雇い主(ボス)は、熱心な人体収集家(コレクター)だから」
思いがけないセンリツの言葉に、一瞬レオリオの目が鋭くなる。しかし彼女はすぐに言った。
「でも安心して。ここの情報は漏らさないわ、決して」
センリツの眼を、レオリオはじっと見る。先程彼女が見せたデータカードは、おそらく彼女の雇い主がコレクションとして欲している品々だろう。
本来ならば、センリツはクラピカを狙う立場にある人間だ。血や結束を重んじるマフィアの世界で、組織の意に背くことはタブーに値する。
しかし雇い主を含めたマフィアに追われることを、下手をしたら殺されるリスクを背負った上で、彼女はクラピカを助けた。そしてレオリオが彼女に疑念を抱くのも、受け入れた上でこの場にいる。
その気持ちを、何よりも先刻クラピカの無事を喜んだあの言葉を、レオリオは信じようと思った。
「……ああ。わかってる。あんたを信用する」
センリツは口許を緩めることで応えた。
その後、接待の場に厳重な警備は無粋だからと、その日は通常よりかなり簡単な警備にされたのだと彼女は続けた。
そもそもマフィアの総本山であるセメタリービルを襲うなどという行為は、ヨークシンの全てのマフィアを敵に回すことになる。仕掛けてくる人間などこれまで殆ど存在せず、今後もありえないとビル側が考えたのは、当然のことでもあった。
博物館を一通り見学し終え、センリツの雇い主一同が満足し一息ついている時、彼女は行動を起こした。
見学時に把握したクラピカの鑑賞時間……つまり、彼が目覚めている頃合いを見計らい、センリツは管理室に侵入しビルの電源を落とした。勿論数人の職員が在中していたが、彼女もそこはプロのハンター。方法は企業秘密とのことだが、手際良く彼らを眠らせたらしい。
ビルの電源は地下の博物館の機械とも連動していたため、電源を落とすと同時に、クラピカの体を支配していた薬の注入は止まった。そしてセンリツは警備の目を引き付けるため、表玄関へと向かいしばらく時間を稼いだと言う。
「彼が自力で脱出できる可能性は、正直五分五分だったけど……彼の意志の力と緋の眼にかけたの」
「緋の眼に?」
「緋の眼が発動すると、クルタ族は身体能力が飛躍的に上昇するらしいの」
クラピカを拘束するために使われていたのは、身体の自由を奪う神経麻酔のようなものと、緋の眼を人為的に発現するためのホルモン等の脳内物質だった。
世界唯一の〝生きた〟緋の眼として、本来の感情に伴った自然な色合いでの展示が望まれたため、博物館側はクラピカの意識を完全に落とす訳にはいかなかった。
しかし脱走させてしまっては元も子もない。故に博物館側はクラピカに、四肢を弛緩させるだけの麻酔を常に投与し続けることで対処していたらしい(医療現場における局所麻酔と似た手法である)。
センリツはそれらの情報を、クラピカの横に設置されていた解説パネルから得たという。
麻酔の注入が止まれば、当然即座にクラピカの体には変化が現れる。通常の人間の場合、麻酔の注入が止まっても動けるまでに数時間はかかるが、緋の眼が発現した状態であれば、麻酔が残っていても身体能力の向上により動くことは可能となる。麻酔よりも遥かに神経伝達の速い脳内物質の方が、微量でも人間の身体には強く影響を及ぼすからだ。
しかも緋の眼は、クラピカの感情に由来する。彼の『ここから出る』という意志が強ければ強いほど、クラピカの緋の眼の効果は強くなり、ホルモン剤の余剰効果もあって彼は自力でビルを脱出することができたという訳である。
ビルの避難誘導図がある非常階段は別電源であり、建物の内部構造を把握していないクラピカは、恐らくそちらへの誘導灯を辿り裏口に向かうだろうとセンリツは予想した。そのため数人しかいない警備員は彼女が表へ引き付けることで、追っ手が裏口に回らないようにしたのだった。
彼女の読み通り、クラピカは裏口へのルートを辿り、無事セメタリービルを脱出した。その後マフィア側の隙を見て、センリツは彼を保護する予定だったが、偶然にもレオリオが彼を拾ったため、以降の足取りを彼女は数日間掴むことが出来なかったらしい。
「……そうだ。マフィアの動きはどうなってんだ? こいつのこと探してるんだろ」
「ええ、皆血眼でね。でも彼が自力で脱出するのは不可能だと思われているから、博物館側は何者かに〝盗まれた〟と考えているわ」
「盗まれた、か」
あくまで所蔵品としての扱いに、レオリオは不快感を露にした。
「けれど幸いなことに捜査は難航してる。オークションの品が盗まれたのならともかく、生きた人間の所持なんて、非人道的な行いもいいところだから、いくらヨークシンに幅を利かせているマフィアでも警察の応援が頼めないようなの。下手に事を大きくしたら、ブラックリストハンター率いる人権保護団体に目を付けられる恐れもあるしね。そうなると仕事もやり辛くなるから、今は身内の中で手引きした者がいないか洗っている所よ」
センリツ自身も捜査対象となったが、仕事仲間のお陰でアリバイを作れたようだ。またレオリオが先にクラピカを見つけたことで、その後の疑いも彼女にかかることはなく、事態は結果として良い方向に動いたと彼女は言った。
「……そういや、何であんたは、こいつがオレの所にいるってわかったんだ?」
「昨日、市場で貴方を見かけたの」
「オレを?」
「……というか私、貴方のこと、前からちょっと知ってたのよ。南地区のカフェ・フロリアに時々通っているでしょう?」
「あ、ああ」
「私もあそこがお気に入りで、よくコーヒーを飲みに行くんだけれど。たまたま昨日市場を通ったら、お店で大声で話している貴方を見かけたから」
「……あー、あの時のか」
レオリオは短い髪を描きながら思い出す。店主相手に周りを憚らず大声で値切っている姿は、市の中でもさぞや目立っていたのだろう。
その場景を思い返してか、センリツは少し表情を綻ばせる。
「カフェではいつも貴方、一人で勉強しているじゃない? だからてっきり一人暮らしだと思っていたのに、昨日はやけに沢山買い込むなぁと思ったのよ。最初は引っ越しでもするのかしら、とか考えてたんだけど。少し後を付けさせてもらったら、病人用の食事まで買っているのが見えたから、もしかしたら……と思ったの」
「なるほどな。……しかし、本当にそれだけでか? 買い物の様子だけじゃ、オレがクラピカを匿ってるっていう結論になるには、些か根拠が少なすぎやしねぇか?」
彼の問いに、センリツはゆるりと笑みを浮かべる。
「カフェで聞いた貴方の心音がね、とても素敵だったの」
「心音?」
「ええ」
センリツは手のひらを自分の胸に当てる。
「緩やかで広がりがあって、あたたかい音……思いやりのある、心優しい人が持つ旋律」
耳を澄ますように瞳を閉じると、センリツは彼女だけに聞こえるその音に聞き入るようにゆっくりと語る。
「心音はとても正直よ。言葉よりも雄弁にその人の本質を語る……私にはその音を聞く能力があるの。だから、貴方みたいな人が、彼を見つけてくれていたら……って、そう思っていたの」
センリツはレオリオを見つめ、柔らかく微笑む。
「そして、その願いは叶ったわ」
「……おいおい、オレはそんな立派なモンじゃねーよ」
「そんなことないわ」
慌てて謙遜するレオリオに、彼女はまた微笑んだ。
レオリオも照れ臭さを隠す様に笑む。だがクラピカの抱える背景を思い出し、明るい表情を消して訊ねた。
「……だがそんな状況なら、あいつはこのままここに置いていていいのか? 話を聞く限り、ヨークシンを離れた方がいいんじゃないかと思うんだが」
レオリオの言葉に、センリツは「そうね……」と相槌を打つ。
「……確かに一番良いのは国外へ逃亡することだわ。でもヨークシンから国外に出る全てのルートを、今マフィアが監視してる。ほとぼりが冷めるまで極力動かない方がいいと思う。それに彼の体のこともあるわ。四年間ずっと拘束されていたんだもの。まだ満足に動けないはずよ」
彼女と共に、レオリオは熱に臥せっているクラピカを見遣る。体調を崩していることを除いても、今の彼は動かせる状態ではない。
センリツの下宿先に移るという案もあるが、ボディガードという仕事の特性上、彼女はほとんど雇い主と行動を共にしなければならないし、マフィアの警戒レベルが上がった中、目立つ行為をすると足が着く可能性もある。
「……そういうことなら、今は動かない方がいいな」
「ええ……貴方の所が一番安全ではあるの。……でも……」
「わかった。だったら今まで通り、オレの部屋で大丈夫だぜ。あいつにもこの前、暫くここにいるよう話したところだしな」
「え……でも……」
「只の浪人生なんて、マフィアに何もマークされちゃいないだろうし、ここはビル街からは少し離れてる。隠れ家としては十分だろ」
「…………」
「…………何だ?」
「……いえ。貴方、怒らないのね」
「?」
意図がわからず見返すレオリオに、センリツは言葉を選びながら話す。
「ここまで話しておいて言うのも何かもしれないけれど……貴方はこんなことに関わる必要なんて、本当はないのよ?」
一見突き放すようにも取れる言葉だが、センリツの声には心配の響きがあった。
「こちらの都合で巻き込んだのも同然だし、これ以上迷惑をかけるのも申し訳ないわ。今ならまだ……」
親切心からだろう。今ならまだ一般人でいられるのだと忠告するセンリツに、レオリオは苦笑する。
「……そりゃあ、やばそうな話だってことは百も承知さ」
今更だ、とレオリオは思う。
「けど、クラピカやあんたに非がある訳じゃない。悪いのは勝手な理由でこいつの家族や友達を殺して、こいつをずっと閉じ込めてたマフィアの連中だろ」
レオリオはきっぱりと言うと、再びクラピカの顔を見つめた。
今は閉じられた瞼の裏にある、碧い瞳を思い浮かべる。
「…………それにな」
『なれるといいな。お前の望む医者に』
「オレにとっては、もうこいつはダチみたいなモンなんだ」
クラピカの事情を知る前から、もう彼の心は決まっているのだ。
「だからオレに出来ることなら、精一杯協力させてもらうぜ」
「…………本当によかった。クラピカを見つけてくれたのが貴方で」
不敵な笑みで答えたレオリオを驚いた顔で見ていたセンリツは、心から言うように目を細めた。
第五話 終
→ 第六話