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  little prayers / 再会 / カルデアお弁当事件・その後 / あなたとの日々 / 心理テスト・番外編 /

  終わりの後 / 思案と不安 ~合流前~ / 六年前のきみ / 堂々巡り / 7月4日 /

  同じコト / 感想 / 赦し / 波紋 / 価値観 /

  シンクロニシティ? / その後の話 / 想像してみた / スイカの日 / ピザ屋「ルベリア事件簿」・その後 /

  カルデアお弁当事件・その後のその後 / どっかの魔法とかの話 / カーペット談義 / 妙なイライラへの報復 / クレインブレインを手に入れました /

  至高の青 / 座して眺める者 / 事故後 / 上空にて / snow /

 


 

 

 

『little prayers』

 

 

 

 アンダータをドロシーから借りたアルヴィスが飛んだのは、先刻訪れた砦だった。

 夜も遅いので、あまり音を立てずにその場所に向かう。

 ほぼ同じような十字の墓の中に、目的の人物のを見つける。彼の物とお揃いの、赤いバンダナが付けられたものだ。

 墓前には、ブローチに似た形状のARMが置かれている。

 墓荒らしのようだとも思ったが、墓の主にはすまないと謝罪してアルヴィスはそれに触れる。

 

「……やはりこれは、ホーリーARM『イージス』……」

 

 盾を模した面に彫られた、女神を象ったような装飾を確認し、アルヴィスは一人呟く。元々希少価値の高いホーリーARMの中でも、入手難度が最高のSSSランクの代物だ。

 おそらくルベリアの盗賊団がどこかに盗みに行った際、偶然手に入れた物だろう。

 このARMは特殊な性質が故に、通常時は能力を発動することはない。

 ナナシはその価値を知らず、妹のように可愛がっていた少女にあげたに違いない。

 少女はきっとこれを、お守りとして肌身離さず持っていたのだろう。

 ペタに殺される最期まで。

 

 意識を集中させてみると、イージスはほのかに魔力を帯びていた。

 

(……この子の想いか)

 

 一度瞑目すると、アルヴィスは墓にかけられたバンダナを見、それからもう一度イージスを見た。

 

「……君も、オレ達と同じ気持ちだよな」

 

 答える声はない。だがアルヴィスはイージスに触れたまま、話し相手が近くにいるかのように頷き、そのまま語りかける。

 そしてそれを、指で拾い上げた。

 

 

「ナナシを、助けてやってくれ」

 

 

 

 

「……どこに行ってたの?」

「…………」

「ま、大体想像は付くけど」

 

 ドロシーは戻ってきたアルヴィスを一瞥したが深く聞かず、ナナシの部屋の方を見た。

 

「……あいつ、勝つわよね?」

 

 囁きに似た小さな声は、彼女の心情を反映してか少し頼りない。

 アルヴィスは自身の胸に言い聞かすように、ズボンに入れたARMを思いながら答える。

 

 

「勝つさ。……きっと」

 

 

 ポケットの中で、イージスが誰にも気付かれずかすかな光を放った。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

ラストバトルのペタ戦前。この話の前後のアルヴィスはとにかく意味深ですよね。

ナナシに「話がある」と言い出した時、もしガリアンが乱入しなかったらどんな風に話をしてたんでしょう。

ふと思い付いたのですが、ゾンビタトゥが進んだ影響(=死者に近付く)で、アルヴィスに死者の声が聞こえるようになっていたら面白いなぁなんて思いました。この話では違いますが。

 

2014.3.9

 

 

 

 

 


 

 

 

『再会』

 

 

 

 これが夢なら、どうか覚めないままでいて。

 

 

 夢みたいな知らせを聞いて、走り出す。

 走る、走る。っ、もどかしいっ。

 ああ、もっと早く動け! 私の足!

 

 

 アンダータで飛んで、最初に目に付いた犬に「アイツはどこ!?」って聞く。

 城の廊下を駆け抜ける。兵士の人達が驚いてるけど気にしてられない。

 長い廊下が終わる。

 

 辿り着いたベランダに、探していた彼がいた。かかとを思い切り蹴ると、ギンタン達と話していた彼が振り向く。

 

 

 ああ、ああ!

 

 

 夢じゃないよね?

 

 

 

 

END

 

 

 

 

クラヴィーアED後のドロシー。泣きながらアルヴィスに抱き着く彼女を想像し書きました。

 

2014.5.16

 

 

 

 

 


 

 

 

『カルデアお弁当事件・その後』

 

 

 

「おはようございます、ドロシー様、皆様」

「おはよう、○○。昨日は世話になったわね」

「いえ! 昨日は皆様にあらぬ疑いをかけてしまって、失礼いたしました」

「わかればいいのよ、ね?」

 

 笑顔で威圧感を漂わせるドロシーに、「ドロシー…なんか怖ぇ」とギンタが呟く。

 

「あの……お詫びといってはなんですが、今日はこちらをお持ちしました」

 彼女に怖じ気づきながらも、門番はジッパーに似たディメンションから、積み上げた沢山の荷物を取り出した。

「これって……お弁当?」

「はい。皆様がカルデアのために尽力して下さっていると聞いたので……妻の作った差し入れです。どうぞお昼ご飯に召し上がって下さい」

「マジで!? ありがとう!」

 

 笑顔でギンタは受け取る。重箱の蓋をちらっと開けてみると、美味しそうなおかずが見えて思わず皆で歓声を上げる。

 

「ありがとう! 奥さんにもお礼を言っておいてね!」

「はい!」

「これ一人一箱あんの?」

「豪勢だなぁ」

「あれ、でも数が足りないっスよ」

「あ、アルヴィスさんには別のを用意しています」

「え? オレ……ですか?」

「君、昨日俺の弁当を一人で全部食っちゃっただろう?」

「(そんなことも言ったな)……ああ、はい、まぁ」

「家内が喜んじゃってさ。ぜひ君に食べてほしいって、はいこれ」

 

 再度ディメンションを発動し、どんと渡された三段重ねの箱にアルヴィスは怯む。

 

「!?」

「お、なんやこれ、特別仕様やん!」

「しかもすげー多いぞ!!」

「オレらの倍以上あるんじゃねーか?」

「俺もかなり食べる方だけど、それを食べ切っちゃうくらいだから、君も相当大食いなんだね。今日は前より沢山作っといたってさ!」

「……有難う…ございます…(複雑)」

 

 好意である品を、無下に断るわけにもいかない。

 今更誤解だとも言えないアルヴィスは、ほかの面々に手伝ってもらいながら、全部それを食べ切ったという。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

悪ノリ話です。

 

2014.9.23

 

 

 

 

 


 

 

  

 『あなたとの日々』

 

 

 

 人の足音と微かな羽の音が、草原にできた一本の道に響いていた。

 

「このまま北に行くと海に出るな」

 

 一歩前を歩きながらアルヴィスが言った。彼の発した単語に、ベルは首を傾げる。

 

「海……海って、大きな水が溜まってるって言う、あの海?」

「……そっか、ベルは海見たことなかったっけ」

 

 振り返ったアルヴィスが、ちょっと驚いたように表情を動かし、すぐにやさしく微笑んだ。

 

「うん。アルは見たことあるの?」

「うん。昔ダンナさんに連れられて、アカルパポートに行ったことがあるから」

「ふうん……」

 

 ベルは、生まれた時から住んでいた森しか知らない。

 「島」や「海」など、知識としては知っていても、実際に見たことないものの方が多い。

 

 アルヴィスと出逢ってから、新しいことばかりだ。

 

「お魚いっぱいいるかなぁ」

「そうだな。クジラとかもいるな」

「くじら? くじらってなに?」

「大きな生き物だよ。頭のところから潮を吹いて……」

 

 

 あなたと会ってから、私の中に新しいことが増えていく。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

お題ss「時間の許す限り」と関連しているようなもの。息抜きに書いたものです。

何気ないベルとアルヴィスの日々。

 

2014.11.3

 

 

 

 

 


 

 

 

『心理テスト・番外編』

 

 

 

「ギンタとジャックは腕時計は必要ない……と。じゃあバッボさんは?」

「うむ。紳士として、時間に気を配ることは当然じゃが……まぁ家来がいるからの。今のところは、こやつらに聞けば事足りるな」

「オレ達はお世話係じゃねーっつーの」

「そーっスよ。まぁバッボの場合は、付ける腕もないから必要ないっスよねぇ!」

「だまらんか第二家来!」

「じゃあ、もし人間の体だったらどんなのを付けるの?」

「うむ。やはりジェントルマンに似合う、それ相応のものじゃな」

「そうおうのもの?」

「紳士たるもの、そこらの安物を付けていては、品格が落ちるというものじゃ」

「ってことは、もしかしてブランド物とかか? 贅沢なヤツだなぁ!」

「高級な物とは、高貴な者のためにあるのだよ。ギンタ君」

「へー、高貴ねぇ……」

「ふぅん、なるほどなるほど……」

「……で、スノウ。この質問って何だ? なんか意味あんのか?」

「ううん、ただの個人的な興味だから! でも面白いなぁ。やっぱり性格出てる気がする!」

「? 性格?」

「何のこっちゃ?」

 

 

 

END

 

 

 

バッボのこと忘れてたので…オチのない会話になりました。

 

 

 

 

 


 

 

 

『終わりの後』

 

 

 

「姫様!」

 

 ポコの隣で、一同の帰りを待っていたエドが駆け出した。

 彼の待っていた幼い姫君は、瞳に溜めていた涙を零し、膝を着いて屈み込み彼に抱き着いた。

 

「姫様……?」

 

 困惑するエドだったが、アランが抱えるアルヴィスの姿を見て息を飲んだ。

 皆一様に俯いていた。

 発動させたアンダータを指に持ったまま、ドロシーは唇をぎゅっと噛み締めていた。

 言葉をかけるのをためらうポコに、顔を向ける。

 

「……間に合わなかったわ。連れてきてもらったのにごめんね、ポコ」

「そうかい……」

 

 泣いた後だとわかる顔で、それでも微笑もうと無理やり笑みを浮かべてみせる。そんな彼女に、ポコはただ相槌を打つことしかできなかった。

 勝ち気でいつも強い意志を覗かせていたドロシーの瞳は、新しい涙に濡れていた。

 

 

 

 

「送っていかなくていいのかい?」

「大丈夫、帰りはアンダータがあるから」

「……ボクでよければ力になるから、いつでも連絡してきてね」

「…………ありがとう」

 

 ポコの月並みな言葉に、彼女は口元の力を少しだけ緩めた。

 

「じゃあ、またね」

「うん」

 

 微かに滲む弱さを振り払うように、凛とした声で叫ぶ。

 

「アンダータ!」

 

 一人の少年を海に残し、残りの仲間と共に、彼女は灰色の景色に消えていった。

 ポコは鯨の背中に乗り、島から離れながら上を見上げる。暗雲が立ちこめるパルトガインの空には、少しずつ雨の気配が近付いていた。

 

 

 

END

 

 

 

「涙に染まる雨」サイドエピソード。アニメルを見てた当時は、まさかポコが再登場するとは思いもしませんでした。

 

2014.11.18

 

 

 

 

 


 

 

 

『思案と不安~合流前~』

 

 

 

 ギンタとバッボを箒に乗せ、ドロシーが砂漠の探索に向かった。

 残された面子は、寝かせたアルヴィスの傍で彼を見守る。日差しのピークは過ぎ去ったのか、先程より暑さはましになってきていた。

 

「う……」

「……アルヴィス?」

 

 不意にアルヴィスが苦しげに息を漏らす。気付いたベルが声をかけるが、アルヴィスからの返事はない。

 スノウはジャケットの中から覗く首筋に触れ、それからすぐにタオルをのけ彼の額に手を当てて、思わず零した。

 

「熱い……」

 

 アルヴィスの体が熱い。タトゥの所為で発熱しているのだ。

 意識はあるようだが目を開ける気力はないらしく、アルヴィスは熱い息を吐くのを繰り返している。

 

「オイラ、もう一回水を汲んでくるっス」

「うん、お願い」

 

 ジャックが水筒を持ち、オアシスに走っていく。ベルは不安そうな面持ちで彼に再度呼びかけた。

 スノウは魔力で生み出した雪を使い、温くなったタオルを冷やす。形を整え額に戻すが、アルヴィスの反応はやはりない。

 目を惹くのは、この数時間で見慣れない形にまで伸びたタトゥ。

 

 (……これから、どうなっちゃうんだろ)

 

 不安がどんどん胸に広がっていくのを感じながら、スノウはギンタ達の帰りを待った。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

アニメルクラヴィーア編、砂漠で合流前のワンシーン。関連した話になったので、タイトルは一年前に書いたssとお揃いにしました。

…実はこの回はアニメル屈指の作画崩壊回でして、タトゥが前話に比べて退行してるので、その点でも見慣れない形という…おっと誰か来たようだ。

 

2015.3.21

 

 

 

 

 


 

 

 

『六年前のきみ』

 

 

 

*ギンタと10歳アルヴィスの会話*

 

「うわ、アルヴィス小せぇ!」

「お前に言われたくない」

「初めて会った時オレのこと『小さな子供』とか言ってたけど、もう言えねぇな!」

「(そういうの気にするのが子供なんだよ……)」

「はは! ちっこくても頭トゲトゲ~」

「それはお前もだ! 撫でるな!」 

 

 

 

*8歳ギンタとアルヴィスの会話*

 

「……相変わらずチビだな」

「他に言うことないのかよ!」

「ダンナさんの面影が、やはりあるな」

「え」

「きらきらした目とか、じっとしてない所とか、考えなしに進んでいきそうな所が本当によく似てる」

「……おい、お前オヤジのこと遠回しにけなしてない?」

 

 

 

*現在のギンタとアルヴィスの会話*

 

「ちぇー。結局オレって、まだ半人前扱いって感じなのな」

「だが、最近はお前も少しは頼れるようになってきたぞ。その意味でも似てきたな、ダンナさんに」

「え……」

「……期待してるよ、キャプテン」

「……おう、任しとけ!!」

 

 

 

 

END

 

 

 

 

Twitterで目にした「もし小さい時に二人が会ってたらどうだったのか」といった感じの内容の呟きを見て書いたもの。

最後に突然のデレがきました(笑)

 

初出:2014年頃

サイト掲載:2016年頃

 

 

 

 


 

 

 

『堂々巡り』

 

 

 

「笑わないで」

 

 涙で声を歪めながら、私は言った。

 

「笑わないでよ」

 

 安心させようと彼の浮かべていた笑みが、消えていく。

 

「ベルはアルヴィスの笑ってる顔が好きだよ? アルヴィスにはいつも、笑っていてほしいよ? でも……笑わないで」

 

 早い呼吸の合間に、肩を掴んでいた指にさらに力が込められるのが見えた。手の甲のタトゥが紅く光っている。

 それでも、彼は表情に出そうとしない。

 

 

「苦しいのに、笑わないで」

 

 

 お願いを繰り返す私に、アルヴィスは辛そうな顔になった。綺麗な青い瞳が、困ったように形を変える。そんな顔をさせているのが自分なのが悲しくて、更に泣けてくる。

 

 

「ベルの前でだけでも、苦しい時は苦しいって言って」

 

「……そんなこと」

 

 

 できないよ、と言う彼を「どうして!?」と問い質す。すると彼は身を苛む痛みをこらえたまま、眉を曲げるようにしてまた笑う。

 

 

「オレの辛い顔を見ると、ベルは悲しい顔をするだろう?」

 

 

 ベルが悲しい顔をするのは見たくないよと、そう答える彼に二つの気持ちがこみ上げて、また涙が溢れた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

不意に「笑わないで」と言うベルの姿が思い浮かんだので。二つの気持ちは愛しさと切なさのつもりです。

 

2015.8.6

 

 

 

 

 


 

 

 

『7月4日』

 

 

 

「今日は7月4日で自分の日やでーー! なのに!! なんで! 誰もお祝いしてくれへんの!!」

「ナナシだけずるいじゃん」

「オレ達に記念日はないからな」

「私達、誕生日とか未だに決まってないしね」

「良かったわねー、変な名前付けてもらって。おかげで語呂合わせでお祝いできるんだもの」

「何か散々な言われようなんやけど……そんなに変か自分……?」

「変」

「変ッス!」

「……(誰かが私の噂をしている……?)」

 

 

 

END

 

 

 

ナナシの日記念。twitterで書いたもの。ガリアンのセンスはなかなか無いと思います。

いや、ナナシさんは好きです、はい。

 

初出:2014.7.4

 

 

 

 

 


 

 

 

『同じコト』

 

 

 

 オレの住んでいた世界とこの世界(メルヘヴン)では、違うところが沢山ある。

 例えば、魔法が普通に存在してることとか、車や電車みたいに便利な乗り物があることとか。わかりやすい違いから、そうでないことまで。

 どっちかの「普通」が当たり前でないことが、考えてみると結構ある。

 でも、同じところもいっぱいある。

 どちらの世界でも、同じように人が生きてるってこととか。

 

 そこに生きている人々の姿は、同じように美しいコト。

 

 

 

END

 

 

 

最後のフレーズが思い浮かんだので。ギンタの芯はものすごくピュアだと思います。

 

2015.9.9

 

 

 

 

 


 

 

 

『感想』

 

 

 

「おーい小雪」

 

 ある日の帰り道、ギンタは何気ない調子で彼女を呼び止めた。

 

「なあに?」

 

 数歩先を歩いていた彼女はくるっと振り向き、あどけない表情で聞いてくる。その顔に、ギンタは何も言わず唇を押し付けた。

 大きな目をまん丸く見開き、小雪は全身を硬直させる。

 目の前に、ギンタの顔のドアップがあった。

 

「………うん、やっぱりスノウとは違うな」

 

 暫くして(といっても、実はほんの数秒のことだったが)唇を離し、当然のように言われたセリフに、小雪は口をあんぐりと開けて彼を見つめる。

 

「……ギンタの馬鹿ぁ!!」

 

 それから顔を耳までトマトのように真っ赤にして、道路の中心で怒鳴った。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

バカップルネタ。恋人になってからは、結構大胆な所がありそうなギンタ。

あ、勿論スノウを下に見てる訳じゃないですよ。彼にとって小雪とスノウは違う存在だから、感想も違うだけ。

 

2015.9.9

 

 

 

 

 


 

 

 

『赦し』

 

 

 

 強くなることを強いたのは、彼を生かすためだった。

 だが今にして思えば、何と酷だったことか。

 親も兄妹もいない、まだたった十歳の少年。

 その身に背負い切れるものにも、限界があっただろうに。

 呪いなどに負けてはいけないと、倒れてはいけないとしたのは、自分の我儘だった。

 彼が死ぬのを見たくないという、己のエゴイズムで、苦しみを取り除いてやることもできないのに。

 生きていてほしい。そんな優しい言葉で、彼を縛り付けた。

 

「アルヴィス」

 

 痛みに細められていた瞳が、弱々しく自分の姿を映す。

 忙しない呼吸の合間に、何か言おうとする。

 

(まだ……)

 

 そう続くだろう囁きを遮って、告げてやる。

 

 

「もう無理しなくていいんだ」

 

 

 その言葉に僅かに息を詰めた後、少年は微笑んだように見えた。

 苦痛に震えていた身体が弛緩して、腕の中、やがてゆっくりと呼吸が終息していった。

 

 冷たい頬の上に、彼への謝罪と共に、雨が一粒だけ落ちた。

 

 

 

END

 

 

 

アラン視点。二つの「赦し」を込めました。

 

2015.10.3

 

 

 

 

 


 

 

 

『波紋』

 

 

 

「アランさん、その傷、昨日の……」

「あ? ああ……忘れてたぜ」

 

 昨日修行中にアルヴィスの攻撃で負傷した手だ。痛みもすっかりも忘れていた。放っておこうとするが、持っていた癒しの天使を取り上げられる。

 おいやめろ、病み上がりだろうがという言葉は、あっという間に練られた魔力に飲み込まれてしまった。

 

「……昨日迷惑をかけてしまったお詫びです」

 

 元通りになった手を見て、ほっとしたように息を吐いたアルヴィスは、そう言ってアランに微笑んでみせた。

 だが納得のいかない顔をするアランに「じゃあ……」と続ける。

 

「その代わり、オレが言ったっていう寝言は、忘れて下さいよ?」

「寝言……?」

「さっき仰ってたでしょう?」

 

『オレがオレでなくなるその日まで、オレを、繋ぎ止めて下さい』

 

 昨晩彼に握られた手が、もう傷はないはずなのに痛んだ。

 

 

「………忘れねぇ」

「え?」

「ぜってぇ忘れてやんねぇ」

「え、な、何故ですか?」

「あんな面白い寝言、忘れることなんざできねぇなぁ」

「そんな、アランさんずるいです」

 

 幼い時のように、アルヴィスは口を尖らせる。それを見たアランは声に出して笑った。

 忘れるものか。少年へのささやかな意趣返しを込めて、アランは心の中で一人、呟いた。

 

 

 

END

 

 

 

本編では夢オチでしたが、夢ではなく現実に刻まれたものとして、今更ながら補完。

 

 

 

 

 


 

 

 

『価値観』

 

 

 

「狼男とか喋る岩とかドラゴンって、メルヘヴンではありふれてるんだよな」

「ま~そうっスね」

「うん」

「じゃあ、皆にとって珍しい物って何だ?」

「そうね~。やっぱりホーリーARMとかかしら」

「装飾の豪華なウェポンARMは、武器には向いてへんけどお宝やね」

「ダークネスも数が少ないから、手に入りにくいな」

「ガーディアンARMも、高クラスのはなかなかありませんぞ!」

「あとそのヒゲもだな」

「うん。確かに、バッボさんが一番珍しいかも!」

「うむ!」

「全部ARMじゃん!!!」

 

 

 

END

 

 

 

メルヘヴンの住人にとって、ARMが価値観の基準になってそうだなと。

 

初出:2015.4.9

 

 

 

 

 


 

 

 

『シンクロニシティ?』

 

 

 

「よーし。今から小テストすっぞー!」

「「ええ~~」」

 

 体育会系の見た目と裏腹に、意外にも数学の担当である矢沢先生が声を張り上げる。教室の至るところから悲鳴が上がる。

 最初は友人たちと同じように小雪も嫌な顔をしていたが、これじゃいけないと頬を叩いた。

 

「よぉ~し!」

 

 気合を入れて、手を広げて。

 

 

 ぴっこ、ぴっこ

 ぴっこ、ぴっこ

 

 

「いっくぞぉー!」

 

 

 びしっ!

 

 がたーん!

 

 

「小雪……今の、何?」

「え?」

 

 隣の友人の言葉で我に返った小雪は、先程の音が、椅子が後ろに倒れたものであることを知る。

 気が付けば、クラスメイト全員が自分を見ていた。

 そして、静まり返った教室の真ん中で、あらぬポーズを取っている自分自身。

 

 

「………あ」

 

 

 文字通りシーンとなっていた場が、一転して笑いに包まれる。

 

「何だ今のー!」

「新手のパラパラかー?」

「あ、あうう……」

 

 やっちゃった……と頭を抱えた彼女は、授業後担任に「小雪……お前もギンタの変なのが感染ったか……」と言われたのだった。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

スノウの謎ポーズを取ってた小雪ちゃん。今の若い子にもう「パラパラ」は通じないんじゃないかと思いますが、原作連載時にはまだ浸透していたということで。

同世代の方の反応が気になる所です(笑)

 

2015.12.29

 

 

 

 

 


 

 

 

『その後の話』

 

 

 

 城の廊下で、アランは近衛兵が両脇に立ち守る部屋の扉を見つめた。

 側近のみが近付くことを許されている王の寝室。中では己の主君でもあり、スノウのたった一人の家族である父・レスターヴァ王が、彼女と長い話をしているはずだ。

 二人の再会した時の様子を思い出し、ふっと微笑したアランは、邪魔をするのも野暮だと踵を返そうとする。すると、扉を押して彼女が出てきた。

 

「スノウ」

「アラン」

 

 思わず呼びかけた声に気付いた彼女がやってくる。

 

「……もういいのか?」

「うん、またいつでもできるから」

 

 長い付き合い故、主語のない問いをしっかりと理解していた彼女の言葉に「そうか」とアランは返した。

 ようやく彼女が取り戻した日常。柄にもなく感じ入るアランだが、ふと視線を感じて下を見る。

 瞳に真摯な光を宿した彼女が、彼を見上げていた。

 

「……心配かけてごめんなさい」

「いや……無事で良かったぜ。本当にな」

 

 ポンとリボン越しに、アランは彼女の頭に手を乗せてやる。

 慣れた仕草に、スノウはくすぐったそうに笑った。

 

「皆はお部屋かな?」

「多分な。だがもう夕食前だから、何人かは大広間にいるんじゃねぇか?」

「じゃあ私たちも行こっ」

「おう」

 

 メルヘヴンで最も大きい国の城だけあり、レスターヴァ城はとても広い。階下の広間へ向かう道すがら、スノウが問いかける。

 

「ねぇアラン。私のいない間どんなことがあったの? お話しして!」

「そうだな……」

 

 幼い頃のようにせがんでくるスノウに、アランはつらつらと、彼女が不在の時の出来事を話してやった。逐一うなずいたり相槌を打つスノウは、少し羨ましそうでもあった。

 

「ほかには? 何か面白いこととかなかったの?」

「……って言ってもなぁ。言うほど長かった訳じゃねぇからなぁ」

 

 修練の門を利用していたこともあり、時間の感覚はやや曖昧だが。

 もともと大雑把で忘れっぽい傾向のあるアランは、彼女の言葉にぼりぼりと頭を掻いた。

 

「ん……あ」

「何か思い出した?」

「いや、あの魔女がな……」

「ドロシーが? どうしたの?」

 

 きょとんと首を傾げた彼女に、アランは一瞬だけ考えたが答える。

 

「アルヴィスのことを、あいつの傍にいるちっせぇのみたいに呼んでたんだよ。“アル”ってな」

「へぇ……!」

 

 スノウは目をまん丸くし、今までで一番驚いた様子を見せた。

 それから、丸くなった目をきらりと光らせた。

 

「……ふぅん……」

 

 少女の表情は、からかう恰好の材料が見つかったと言っているようだった。

 それを見届けたアランは、この旅で仲間たちからよくない所も吸収しちまったなぁと、ぼんやり思ったりした。

 

 

 

 その晩。

 

「ねぇねぇドロシー!」

「ん? なぁに?」

「アルヴィスとはどうなの? 付き合ってるの?」

「はぁ? べ、別に、どうもなってないわよ」

「うそ。ドロシーったらアルヴィスのこと、“アル”って呼んでたんでしょ?」

「げ!?」

 

 動揺のあまり、ドロシーはつい女の子らしくない叫び声を上げてしまう。

 

「な、何でアンタが知ってるのよ……」

「アランから聞いたんだもん」

(あのオヤジ……あとで猫でもけしかけてやろうか)

 

 不穏なことを考えるドロシーに、スノウがにじり寄る。

 

「ねぇねぇ、何で? 二人ったらいつの間にそんなに仲良くなったの?」

「え、な、仲良くって言うか……ほら! それよりも随分な時間だけど、アンタ寝なくていいの?」

「あの中でたくさん寝てたから平気だもん!」

「どんな理屈よそれ……」

「で、どうなのどうなの?」

「だから何ともないってば!」

「じゃあ何で呼び方変わってるの? ねぇねぇ!」

「あーもう、うるさぁい!!」

 

 かくして、二人の(やや一方的な)会話は夜中まで続いたのだった。

 

 

 

END

 

 

 

雰囲気が中途半端になったのでss扱い。ドロシーの「アル」呼びには一体何が含まれているのでしょうか…。

 

2016.1.19

 

 

 

 

 


 

 

 

『想像してみた』

 

 

 

「ギンタ~ン! 好き好き好き~!」

「苦しいってドロシー! 離せよ~!」

 

 体中でハートマークを飛ばしながら、猫のようにギンタにじゃれつくドロシー。最近ではほぼ毎日見る光景だ。

 もはや当たり前となってしまった景色の後ろで、スノウがめらめらと炎を燃やしている。

 ドロシーは人の好き嫌いがとてもはっきりしており、気に入らない相手は一瞥すらしない。しかし子供には比較的優しいし、カルデアの民など身内には柔らかい態度で接する。メルのメンバーに対しても、当初よりはくだけた表情を見せるようになってきた。

 その中でも、ギンタは例外だ。彼への好意は隠しもせず、極端なほど行動で示している。

 ああいった態度は、他のメンバーにはしない。嫌われていることはないと思うが、少なくともオレやナナシには絶対しない。

 

 ………ちょっと、想像してみた。

 もし彼女が、あんな感じで迫ってきたら。

 

 

『アルヴィス~! 好き好き好き~!』

 

 

 ………怖いかもしれない。

 反射的に身を引いてしまう気がする。オレが悪いんじゃない、すべては日頃蓄積された彼女の印象のせいだ。

 

 

「ずるいでドロシーちゃん……自分にはつれないのに……」

 

 

 ではもし、あのようにぼやくナナシに対して、ああだったら。

 

 

『ナナシ~! 好き好き好き~!!』

 

 

 ………気持ち悪い、かもしれない。

 やっぱり、いつものままが一番だ。

 

 

「キスしてあげりゅ♡ ギンタ~ン!!」

「もうわかった、わかったから~!!」

 

 

 

END

 

 

 

ドロシーキャラ崩壊話。そしてさりげなくナナシに対して失礼なアルちゃん。

 

2016.2.27

 

 

 

 

 


 

 

 

 『スイカの日』

 

 

「おーい、みんなー。レギンレイヴの人にスイカもらったでー」

「おお、結構でかい!!」

「冷えてるうちに食べようっス!」

「「さんせーい!」」

 

「……八人で分けるとそう大きくもないわね」

「でも甘くておいしい!」

「ああ! すっげーうめぇ!!」

「……あ! 種が口に……」

「いいじゃん、気にせず食っちまえよ」

「せやせや。いっそのこと、腹ん中から芽でも出してみたらどや?」

「アースビーンズでもやれって言うんスか……」

「大丈夫だ、お前ならできる」

「何でさりげなくやる方向に持ってってるんスか」

「そうそう、お前ならできるってジャック」

「援護射撃やめるっス!」

「そういえば、スイカの種を食べると盲腸になるとか言うよね」

「ありゃ迷信だろ。俺はガキの頃から何遍も種食ってるが、一度も盲腸になったことねーぞ」

「そりゃ単に、オッサンの胃袋が丈夫だからと違う?」

「でもどっかの管理人は、スイカ食べてない年に盲腸になったらしいわよ」

「なーんだ、じゃあやっぱり関係ないのかも」

「おかわりー! ……それにしても今日バッボいなくてよかったー。あいつスイカには目がないから、いたらきっと丸ごと食われてたよ」

「でもちょっと可哀想だし、一切れぐらい残しておいてあげない? エドの分も」

「あー、でももう全部分けとるで」

「じゃあお前の食べかけよこせ、ナナシ」

「何でや! 大体食べかけはいらんやろ」

「……じゃあこれを一つ回せ」

「おー、おおきに……ってあれ、アルちゃん食べへんの?」

「それはベルの分だ」

「ベルはアルに分けてもらうからいーの!」

「なるほどなー」

「相変わらず仲良いな、おめーら」

「えへへぇ」

「……ねぇギンタ、私の分残りあげる!」

「む。ギンタン、私のもあげるー!」

「いや、オレ三切れ食っちゃったし、もう十分……」

「いいからー!」

「遠慮しないで、ギンターンv」

「い、いいって! スノウはエドに残してやれよ!」

「いいの! エドの分はナナシさんのがあるから」

「だから何で自分!?」

「はい、あーんして? あーんv」

「ちょっ、何か手の温度でぬるいぞ!?」

「じゃあ氷で冷やしてあげるー!」

「私が風で冷やしてあげるー!」

「マジいいってば!! 腹いっぱいだって!!」

 

「……今日もモテモテやなー。ギンタの奴」

「ナナシ、嫉妬は醜いっスよ」

「おい。それ以上食ったら、犬の分なくなるからやめろよ」

「だから何で自分の分回すことになっとんねん!」

「今日も暑いな、ベル」

「そうだねー」

 

 

 

END

 

 

 

随分前にブログで書いたもの。結局ベルが残したのを2つに分けることにしたようです。

 

初出:2012.8.24

サイト掲載:2016.6.9

 

 

 

 

 


 

 

 

『ピザ屋「ルベリア事件簿」・その後』

 

 

「クリスマスパーティ?」

「せや」

 

 師走も差し迫ったある日、閉店後のあるピザ屋ではこんな話が交わされていた。

 

「確か、お前が所属しているメルとかいう……」

「そ! その連中とクリスマスイブに、オッサンの所に集まってパーティすんのや」

「ふむ、いかにも学生らしい催しだな」

「この店も忙しいのはわかってるんやけど、自分も夕方まではシフト入るから、夜は休ませてくれへんかな」

「クリスマスは書き入れ時だが………」

 

 ガリアンはしばし考える様子を見せる。ちなみに彼の青春時代がいつであったかは、古株の従業員の間でも定かではない。噂ではウン十年前とか、実はそこまで年はいってないとか様々である。

 

「わかった。とっておきのを焼いといてやろう」

「おおきに! ついでにモノは相談なんやけど……」

「何だ?」

 

 ナナシは利き手の親指と人指し指で円を作ってみせる。

 

「同じ職場のよしみで、ちょこっーと安くしてくれると嬉しいんやけどなぁ~?」

 

 そう言い、ナナシはペンで目の前のメモに文字を書いた。数字が示す額を確認したガリアンは難しそうに眉を動かす。

 

「……残念だが、それは聞けない相談だな」

 

 回転椅子でキュイッと音を立てて回り、帳簿と向き合いながらガリアンは答えた。

 

「これはビジネスだ。身内だろうが普通の客同様、正規の値段で買ってもらうぞ」

「そんなケチ臭いこと言わんでーな。社割ってやつや」

「身内だからこそ、こういうのはきっちりとしなければな。私はここの経営者だ」

「……そう言うと思っとったわ」

「フッ、ただの寂れたピザの老舗ルベリアを、ここまで大きくした私をなめてもらっては困る」

「そんな大きな口を立てられるようになるとは、じーさんも泣いて喜ぶやろなぁ」

 

 一歩も譲らない構えで、二人はそれぞれ、小さな街のピザ屋を作り上げた老人をバックに浮かべた。(なお誤解されるかもしれないが、その老人はまだご健在である)

 ナナシは一度息を吐くと、切り札を手にガリアンの横に屈み込んだ。

 

「……なぁガリアン。こないだチャップの飴食ったの、ワレやろ」

「!!」

 

 小声で訊ねられた内容に、ガリアンの体がビクッと跳ねる。この間というのは、先日更衣室で起きたチャップの飴紛失事件のことである。(詳しくはss『ピザ屋ルベリア事件簿』を参照)

 

「な、何故それを………」

「アンタが甘い物好きっちゅーのは前から知っとる。皆で残り物のピザ食う時、パイナップルがのったのばっか食っとるからな」

 

 多分そんな大したもんやないやろーって食ってしもたんやろうけど、と続け、ナナシは姿勢を戻した。

 

「ま、アンタが気にせんなら別にええで」

「……」

「チャップの奴、傷つくやろなぁ。まさか信じていたガリアンが大事な飴を食っとったなんてなぁ」

「……」

「モックもスタンリーも吃驚するやろなぁ。これは“信用”の問題やもんなぁ」

「……」

「まさか従業員の私物を店長が紛失させたなんて、誰も思うわけないしなぁ」

「………………」

 

 事務所内に、ひどく痛く長い沈黙(※片一方の人間にとって)が流れた。

 

「……わかった……特別に半額で提供してやろう……」

「感謝するでぇ♪」

 

 呪詛のように絞り出された声に、ナナシはこの上ない笑顔で礼を言った。

 

 

 

 

END

 

 

 

本編でも過去の事があるので、ヒエラルキー的にガリアンはナナシの下にある気がします。

けど社割でだって半額はないと思うよ、ナナシさん。

 

2016.8.28

 

 

 


 

 

 

『カルデアお弁当事件・その後のその後』

 

 

 

 カルデアに起きたアースジャグラーの異変を解決し、しばらくしたある日。

 アルヴィスはカルデアの門番宅の夕食に招かれた。

 勿論ほかのメンバーも誘われたのだが、「いや、オレはいいから」とギンタが辞退したのを皮切りに、私も用事が、自分もデートがなどと次々に申し出たため、結局アルヴィスのみの参加となった。

 笑顔で彼を送り出した仲間たちの行動が、完全に面白がってのことはアルヴィスも理解していた。

 だが招待を断る理由もないため、仕方なくアルヴィスは一人そこを訪れたのだった。

 

「いらっしゃい、よく来てくれたね」

 

 先日も顔を合わせた、アルヴィスの大食い疑惑が生まれた原因の一人である門番が出迎える。

 

「お邪魔します。つまらないものですが、これ」

「ああ、わざわざありがとう」

 

 城下町で買った手土産を差し出したアルヴィスの元に、ぱたぱたと女性が走ってくる。

 

「こんばんは、アルヴィスさん!」

 

 どうやら彼女が門番の愛妻らしい。魔法使いらしいローブにエプロンを結んだ女性に、アルヴィスは丁寧にお辞儀した。

 

「初めまして、今日はお招きいただきありがとうございます。先日は美味しいお弁当を有り難うございました」

「いいえ! まさかアルヴィスさんに召し上がっていただけるなんて、本当に光栄ですわ」

 

 女性はかわいらしい顔を嬉しそうに綻ばせる。これは門番が手作りの弁当を盗られて怒るのも当然だろう、とアルヴィスが考える横で、「なんだその口調……」と旦那はひそかにぼやいていた。

 愛想でない自然な笑みを返しながら、アルヴィスは部屋へ上がる。

 カルデアの一般的な住居形態である、とんがり頭の屋根。外観こそ異国の趣があったが、家の中はほかの一般的なメルヘヴンの家屋と同じ雰囲気だ。夫婦の趣味か、温かい木目調の家具で統一されている。

 興味を惹かれたアルヴォスは、失礼にならない程度に室内を観察しつつダイニングルームに案内された。

 次の瞬間、アルヴィスは目を疑った。

 食卓には、湯気の立つ美味しそうな家庭料理が並んでいた。しかしその皿の数にアルヴィスは絶句する。

 

(何だ!? この半端ない量の食事は!!)

 

 視界いっぱいの料理、料理……料理だらけだ。

 目算であるが、品数はバイキング形式のレギンレイヴ城での晩餐をゆうに越えている。

 

「今日はアルヴィスさんの分もあるから、いつもの倍は作ったわ!」

「ば、倍……?」

「おお! こいつは豪華だなぁ!!」

 

 ちょっと待ってくれ。いくら倍といっても多すぎだろう。

 こんな量を彼らは毎日食べているのか!?

 

「遠慮しないでたくさん食べてね! アルヴィスさん!」

「……有り難う……ございます……」

 

 

 邪気のない笑顔で促され、さらにお客様の手を煩わせてはいけないからと次々に取り皿に盛りつけられては、残すわけにもいかない。

 

 アルヴィスは常人の胃袋には収まり切れないその量を、全部、食べ切ったらしい。

 

 

 ……なお翌日のことは、言うまでもなく。

 

 

 

END

 

 

 

タイトル通り。文から伝わっていると思いますが、楽しかったです(笑)

 

2016.8.30

 

 

 

 

 


 

 

 

 『どっかの魔法とかの話』(Re:birth番外編ss)

 

 

 

 廃鉱の謎を解いたナナシとアルヴィスの二人は、各々の持てるだけの成果を詰めて帰路を辿る。

 洞窟の最深部を出て、一つ目の石碑のあった部屋まで戻る。途中苦労した迷路の呪文はすでに解除されているだろうが、入り口からはそれなりに距離があった。まだまだ道のりは長い。

 

「あ~、ダンジョンっちゅーんは、毎度帰るのがめんどくさいな……」

「……だったら一生この中で暮らすか?」

「勘弁してぇな、何もできへんやん。なぁ、アルちゃんは『ダ○レポ』や『リ○ミト』とかみたいに、ダンジョンからパッ! て出られる魔法、使えへんの?」

「残念ながらな。お前こそ『あ○ぬけのヒモ』とか持っていないのか?」

「そんな便利なもんあったら、とっくに使っとるわ……。あー! どっかのRPGみたいに、ボス倒したら自動的に入り口までに戻してくれたらええのになぁ!」

「オレたちはハ○ラルを救う勇者じゃないから無理だろ。出口まで地道に歩くぞ」

「へいへい……」

 

 

 

END

 

 

 

悪ふざけした物が書きかけファイルに残ってました。……何故書いたんだろう。

 

2016.10.13

 

 

 

 

 


 

 

 

『カーペット談義』

 

 

 

 ウェッジタウンの西に光る海があると聞いた一同は、そこがアクアカーペットポートと踏んだ。向かう道すがら、ギンタは仲間たちに素朴な疑問を投げかけた。

 

「なぁ、アクアカーペットって、何で決まった場所でしか乗れねーの?」

 

 現在いるメンバーで最もARMに詳しいエドが、説明を担う。

 

「そうですね……風とか波にも自然のオーラと言いますか、魔力に近いものがあるのです。それが集まっている所でARMを発動させることで、アクアカーペットは普通の船では行けない、海流の激しい場所でも進むことができるのです」

「そのオーラの集中しているところが、アクアカーペットポートなんだね」

「左様!」

 

 スノウの合点のいった様子に、エドは軽快に声を上げる。だがギンタは尚もたずねる。

 

「マジックカーペットじゃダメなのか? あれだって絨毯じゃん」

「じゅ、絨毯って……確かにカーペットっスけど……」

「残念ながら、あれはそんなに長距離を飛べないのです」

「そうなのか?」

「うん。パヅリカとヒルド大陸ぐらいの距離は平気だけど、パルトガインを探すにはちょっと向かないと思う。私たちも旅している時は、長い距離は船で移動してたよ」

「この人数ですと、それほど高度もとれませんしね……」

 

 後ろから進み出て語るスノウとエドの弁に、そっか……ギンタは理解を示した。

 ドロシーのゼピュロスブルームのような一人用のARMならば、ある程度の高度まで飛べてスピードも出せるので、海上の影響も受けにくい。しかしこの人数で乗れる移動型ARMというと、なかなか難しいだろう。

 アランと共にしんがりをつとめるナナシが、さらに言葉を添えた。

 

「あんま低い高さやと、海の魔物にちょっかい出されるかもしれんしな」

「海の魔物……巨大イカとかか!?」

「ああ。クラーケンやオクトパス。海竜もいるって話だな。あと噂でしか聞かねぇが、どこかには人を惑わす人魚とかもいるらしいなぁ」

「へ~~~!」

 

 元の世界のテレビゲームで戦ったモンスターを思い出し、ギンタの目がキラキラと輝く。子供らしい反応を微笑ましく見ながら、ナナシは付け足した。

 

「そんな危険な海に囲まれてるパルトガインに行くなら、水上専用のディメンションの方がいいっちゅーわけや」

「なるほどー」

 

 好奇心旺盛で素直な我らがキャプテンは納得したらしい。なら早く行くかとばかりに、ギンタは海岸への足を速めた。

 

 

 目的の地点に着き、エドに毒見をしてもらい、安全を確認した一同はアクアカーペットに乗り込む。海上を滑るように、青い絨毯はぐんぐんと進む。

 パルトガインへの航海に出て数分後。アランがぼそりと言った。

 

「……おい、今気付いたんだがな」

「何ですか、アラン殿」

「なんで砂漠に行ったとき、あのカーペットを使わなかった!!」

「あ!!」

「わざわざ無駄に歩いたじゃねぇか!」

「そ、そういえば、そうでしたねぇ……すっかり忘れてました……」

 

 正直に答えたエドの頭を、アランは思いきり殴った。

 

「この役立たず!!! PART3!!」

「いたい!!! PART3!!」

「アランったら、こんな所でケンカはダメだよ!」

「ケンカじゃねぇ、この犬っコロへのお仕置きだ」

「ひーん姫様~」

「PART3ってことは、これまでにも何回かやったんスかね、あれ」

「多分……」

 

 後でエドいわく、殴られた傷に潮風が大変しみたという。

 

 

 

END

 

 

 

ギンタと同じことを考えていて出来た話です。アランとエドのくだりはゲーム内の会話から。

 

2016.10.27

 

 

 

 

 


 

 

 

『妙なイライラへの報復』

 

 

 

 ウォーゲームの合間の休暇の、ある日の中庭。

 

「ギンタさん、これ受け取って下さい!」

「お、サンキュ!」

 

 レギンレイヴの民衆らしい女性(詳しくはよく聞いていないので知らない)から、ギンタが手作りの菓子を受け取っているのをアランは眺める。

 正義の象徴であるチーム・MARのメンバーが、差し入れといって贈り物を貰うのはよくある光景だ。

 だがつい数分前まで、普通に話していた隣の少女がこわい。

 笑ってはいるのだが、何だか背中に見えない炎が燃え上がっているような。

 

「……ねぇアラン」

「……何だ」

「最近ギンタ、気ぃ抜けてる感じしない?」

 

 問いかけの口調だが、それは断定に近い。

 

「……まぁ、そうかもな」

「ウォーゲームもいつ始まるかわからないし、そろそろ緊張感を持ってもらわなきゃね!」

 

 笑顔の彼女はプレッシャーを与えろと、お仕置きをしろと暗に言っている。

 こんな時の彼女は、下手に刺激してはいけない。

 

「………あいつ、今度修練の門にでも放り込んどくか」

 

 怒りの矛先が自分に向くのを避けるべく、アランは独り言を装いつつ、彼女の意向に対し提案をしてみせる。しかしそれで満足かと思いきや。

 

「もうあれだけ魔力に余裕があれば、メリロさんのアドバイスもいらないよね! そうそう、バッボさんはいつもギンタに付き合って大変だから、少し休ませてあげなきゃね!」

 

 ……つまり、サポートなしで、ARMも持たせずにガーディアンがわんさか出てくる異空間に放り込めと。

 

「バッボさんには私から話しておくよ!」

 

 彼女の中では、既にギンタとバッボを一時的を引き離す算段が練られ始めている。

 大方料理でもふるまうつもりだろう。あのヒゲなら何の疑いもせず喜んでついていくに違いない。

 

「スノウ……腹黒いって言葉、知ってるか」

「お腹の中が真っ黒ってことだよね! ドロシーとおんなじだね!」

「……お前に言われちゃ、魔女も気の毒だな」

 

 アランはまだ何も知らずに喜んでいる少年のこれからを思い、ほんのちょっとだけ同情した。

 

 

 

END

 

 

 

タイトルはカードゲームから。ご立腹のスノウ姫。最後の彼女の台詞がお気に入りです。

 

2016.10.29

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 *クレインブレインを手に入れました*

 

 

 

「すげーなスノウ! おまえ恐竜のガーディアンも出せるのか!」

「きょうりゅう?」

「きょうりゅうって何スか?」

「え、おまえら恐竜知らねぇの……? え? もしかしてメルヘヴンに恐竜っていねーの!? ドラゴンはいるのに!?」

「竜の仲間かなにかか?」

「まぁ、そんなもんだと思ってくれよ……」

「これは折り鶴だと思うぞ?」

「つる? あーそっか! 折り紙の!! ってメルヘヴンに折り紙あんのぉ!?」

「ああ。あるぞ?」

「そうなんだ……文化がよくわかんねぇ……」

 

 

 

END

 

 

 

「クレインブレインが恐竜に見えた」というつぶやきを見て書いたもの。ヤマなしオチなし。

なんとなく、メルヘヴンに恐竜はいないイメージです。生物が現代とは全く進化を遂げてそう。

 

初出:2015

加筆修正・サイト掲載:2016.11.7

 

 

 

 

 


 

 

 

 『至高の青』

 

 

 

 青は、天上の色だと言う。 

 青い空。青い鳥。手に入らないものの象徴。

 あの子といい彼といい、届かない理想は、どうしてその色ばかりなのだろう。

 

 男は目の前に、己の手をかざしてみた。呪いという名の、不死の秘術が刻まれた手の甲。

 いつかの日、まっすぐに己の思想を否定してみた眼差しが、記憶の奥で光る。

 その二つの視線の心地よさに、男は微笑んだ。

 

 

 ……青。傍に見えるのに、追いつけないもの。

 

 

 僕は、けして染まらぬ青に、今も焦がれつづけている。

 

 

 

 

END

 

 

 

あの子はアルマ、彼はアルヴィスです。

宝石シリーズss「サファイア」と、選択お題ss「何もかもが違っても」と関連するような内容に。

 

2017.2.22

 

 

 


 

 

 

『座して眺める者』

 

 

 

 やぁ、大きくなったね。

 初めて会った時のこと、君はまだ覚えている?

 そんな憎々しげな表情をして、変わらないなぁ。

 落ちついてそうにみえて、実は敵意むき出しなところ、昔のまんまだ。

 

 

 ああ、やっぱり君は変わらない。

 血にまみれても、君の瞳はなお輝きを失わない。

 知っている?

 僕がまだ幼い君に所有印をつけたのは、君の瞳があまりにも綺麗だったからだ。

 曇りない眼差しが汚れゆく様は、どんなに素敵だろうかと。

 想像して、柄にもなく心が震えたんだ。

 嫌がらせなんかじゃないんだよ?

 

 

 

 だから、おいで。早くおいで。

 ここへ来て。早くその瞳に、僕だけを映して。

 

 

 

 

END

 

 

ファントム視点。アルヴィスのウォーゲームでの戦いぶりを見ている時。

タイトルはカードから。最後のフレーズだけ遥か昔に思いついて、お蔵入りしてたものを書き直し。

 

2017.2.22

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『事故後』

 

 

 

「ねぇアルヴィス」

「……何だ?」

「初めてレスターヴァへ乗り込んだとき、私たち二人でロランとキャンディスと戦ったわよね」

「……そう言えばそうだったな」

 

 平然と返す彼に少しカチンときながら、ドロシーは彼に向き腕を組んでみせる。

 

「アンタ、その時……」

 

 胡乱げに見てきた彼に、これ以上ないほど冷たい視線を注いだ。

 

「胸、わしづかみにしてくれたわよね」

「……!?」

「しかも二回も」

「○×△&%!!??」

 

 わー、すごい。いつも澄ましてる顔が青くなったり白くなってるわーと、ドロシーは他人事のように心中で呟いた。

 

「その……あの時のことは……」

 

 先刻までとはうってかわり、アルヴィスは動揺を全身で体現するように目線をあちこちに泳がせる。状況が状況とはいえ、やったことは立派なセクハラだ。言い訳のしようがない。

 ドロシーは無言のまま彼を眺める。その視線を真っ向から浴び、アルヴィスはしばし立ち尽くす。

 やがて覚悟を決めたように、彼は頭を下げた。

 

 

「………すまん」

 

 

 実に深々と、頭を下げた。

 

 

「本当に、すまない………」

 

 

 神妙な顔で、アルヴィスは謝罪を繰り返した。それに笑ってしまいそうになるのをこらえ、目をつむったドロシーは低い声音で続ける。

 

「……レギンレイヴの街に、ケーキバイキングのお店ができたんですって」」

「……え?」

「これから行こうと思ってたんだけど」

 

 全然ちがう話題に、アルヴィスは拍子抜けした声を出す。顔を上げた彼に、ドロシーはちらりと薄目を開ける。

 

「おごってくれるなら、許してあげる」

「……わかった」

 

 彼女の口元に浮かんでいた小さな笑みに、アルヴィスは胸をなで下ろす。

 「じゃ、行きましょう」と促す彼女と、並んで歩き出す。

 機嫌を直してくれたことに心底安堵したアルヴィスだったが、歩き始めて数分後にふと表情を変えた。

 

「……! それが狙いだったのか」

「バカね、今頃気付いたの?」

 

 悪戯っぽく笑うと苦笑する彼を置いて、ドロシーは軽やかに先へと駆け出した。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

アニメル屈指の「それ本当に必要だったか?」なシーンのひとつ、「アルヴィスがドロシーの胸を揉む」から。

最後はさわやかな空気を目指しました。

 

2017.3.8

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『上空にて』

 

 

 

 足下から、肩に風がなでていく感覚。

 耳元で唸る風の声。身を包む浮遊感。

 

「すっげーーーーー!!!」

「お……落ちたら死ぬ!! 落ちたら死ぬ!!」

 

 ギンタが歓喜の声を上げる隣で、蒼白な顔のジャックが叫ぶ。

 地表は遥か下。パルトガインで手に入れたヴァルキリーウィングの力で、一行は雲と同じくらいまでの高さを悠々と飛んでいた。

 

「すごい眺め!! こんな高さからの景色なんて初めてよー!!」

 

 空からの景色を見慣れているドロシーまでもが興奮している。

 

「さっすがお宝ARMやなぁ!!」

「し、しかし、こんな高さまで来て、大丈夫ですかなぁ」

「なんだぁ? ビビってんのか犬ッコロ!」

「別にビビってなど……! ……あ、でもやっぱこわい!」

 

 ガーディアンの不思議な力がバリアのように周りを包んでいるため、乗っている者が振り落とされることはない。だが風圧が強い。万が一にも吹き飛ばされないよう、ベルはそっと抱えてくれる彼の指にしがみついていた。

 ベルの視線を感じたアルヴィスが振り向く。

 

「……大丈夫かい? ベル」

「うん、平気! べルは高いとこキライじゃないよ」

「そうか」

「アルヴィスは平気? 身体辛くない?」

「うん。今のところはね」

 

 こんな上空であっても、空気の流れには偏りがあるらしい。目の前を雲が覆うのと同時に、ひときわ強くなった風が皆を煽った。歓声と小さな悲鳴が上がる。

 やがて視界を切り開くように雲が晴れ、地上の景色があらわになる。

 

「わぁ……」

 

 もう何度こぼしたかわからない感嘆が、また口から出てしまう。

 

「すごいな……」

 

 アルヴィスも同じように、下の景色を見下ろす。

 ふっと気流に紛れて、彼が口の端を上げる気配がした。彼の手の中から、ベルはアルヴィスの顔を見上げる。

 アルヴィスは愛おしいものを見るような眼差しで、静かに微笑んでいた。

 

 

「……世界は広くて、美しいな」

 

「…………アル」

 

 

 アルヴィスの輪郭を仰ぎながら、ベルは思わず名前を呼んだ。

 彼の存在が、何故かこのまま空に溶けてしまいそうな気がしたのだ。

 

「あ、あれ!」

 

 スノウが下の方を指で差した。身を乗り出すと、山頂が雲で囲われた高い山が見える。

 

「あそこがルバンナか!」

「よし、ヴァルキリー! オレたちをあそこに降ろしてくれ!」

 

 ギンタの合図に、ヴァルキリーウィングは翼を下に向け滑空の姿勢になる。

 空気を巻き込みながら、ガーディアンは地上に向けて降りていった。

 

 

 

END

 

 

 

 

ベタだけどひそかなお気に入り。

以前ジェットコースターに乗った時、「ヴァルキリーウィングに乗ってる時ってこんな感じなのかな」とぼんやり考えたことを思い出しながら書きました。

 

2017.3.8

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『snow』

 

 

 

 空の色が変わり始めている。城から伸びる影が、だんだんと長くなる。

 中庭のベンチに座るアランは、休憩と護衛を兼ね、少し離れたところにいる少女をずっと眺めていた。数時間前から、彼女は地面に熱心にかがみこみ、両手をかざし何かをしている。

 変わらない様子を見かね、もう一度声をかける。

 

「おい、スノウ。いい加減にしろ」

「もうすこし!」

 

 何度目かになる同じ返答に、アランはため息を吐く。彼の主君はまだ幼いながらも根気強く、一度何かを始めると途中でなかなか止めようとしない。

 集中力があり、意志が固いと言えば聞こえがいいが。とどのつまり、ガンコなのだ。

 お付きのエドワードは不在であるので、彼女の相手をするのは自分しかいない。

 さすがに日が落ちたらやめさせよう、と決意する。

 そんな風に呆れつつも付き合ってくれる彼に、スノウはちらりと目をやる。彼女は自分のことを“姫”と呼ばず、気兼ねなく接してくれるこの男を気に入っていた。

 

 早く彼に見せたい。もうそろそろなのだ。

 手のひらに、体の熱を集めるように意識する。

 目を閉じて数十秒。胸のペンダントが光を放つのと、魔力の気配にアランが声を出すのは同時だった。

 

「——あ?」

「————やったぁ!!」

 

 歓声を上げたスノウは、目を輝かせて彼に振り向く。

 

「アラン、みてみて!」

 

 腰を上げたアランは彼女の元に行く。スノウの手の中で、動く白いものがいた。

 それは小さな雪だるま。彼女の魔力で生み出されたガーディアンだった。

 

「へぇ、すげぇじゃねぇか! 大したもんだな」

「えへへぇ!」

 

 アランは大きなリボンごと、彼女の頭を撫でてやる。一介の兵士が王女の頭を撫でるなど、普通であればとんでもない無礼に値するだろうが、スノウは嬉しそうに破顔した。

 手のひらの雪だるまは、二人を見上げながらぴこぴこと手足を動かした。

 

「ガーディアンARM・スノーマンか。お前と同じだな、スノウ」

「おなじ?」

 

 きょとんと首をかしげた彼女と一緒に、雪だるまも頭をかしげる。その仕草がそっくりで、思わずアランの口元も綻ぶ。

 

「お前の名前は『雪』って意味だ。そんで、こいつは雪でできた人形、雪だるま。だからスノーマンって呼ぶわけだ」

「そっか、わたしといっしょなのね!」

 

 スノウはスノーマンを見つめた。彼女の大きな瞳を、スノーマンも同じように見つめる。

 

「でも名前がおなじだと、わたしとまちがえちゃうね……」

「いや、だれも間違えねーと思うが……」

 

 もっともらしく悩むスノウにアランはつっこむ。だが彼女は聞いていない。

 しばらく考え込んだ後、スノウは高らかに言った。

 

 

「それじゃあ、この子の名前はユキちゃん!」

 

 

 アランはしばし無言のまま、呼び名を反芻してみた。

 

「……そのまんまじゃねぇか」

「いいの! ユキちゃん! それでいいよね? ね?」

 

 やはりスノウの意志は固いらしい。ほぼ決定とばかりにガーディアンに確認する。

 雪だるまに異論はないらしく、ぴょんぴょんと跳ねた。

 

「えへへ。よろしくね、ユキちゃん!」

 

 頰を寄せると、雪の身体が触れる。冷たさに「きゃっ」と笑いながら叫ぶスノウを、アランは優しい目つきで眺めた。

 

 

 

END

 

 

 

 

幼少スノウとアラン。

なんとなく、この頃のアランはまだ煙草を吸ってなさそうなイメージがあります。だから前半はちょっと手持ち無沙汰だったり。

 

2017.3.23