冷たい海【3】

 

 

 

 

 治まっていたはずの痛みが、段々酷くなる。

 やり過ごそうとするが、痛みに支配された体は言うことを聞かず、普通に息をすることさえ苦しくなってくる。

 隣に立つ金色の少年に、気付かれたくないのに。

 

 弱い自分に、気付かれたくないのに

 

 

 

 

 隣に座っているアルヴィスの呼吸が、不自然なくらいに早くなっている。

 

「……アルヴィス?」

 

 小さく呼びかけても、痛みをこらえるように彼は目を閉じたままだ。

 呼吸は相変わらず早い。

 それらが導く答えは一つ。

 

「……アルヴィス」

 

 もう一度呼ぶと、アルヴィスはうっすらと目を開けてオレを見た。

 その顔もやはり辛そうで。

 

「お前、もしかして具合悪いんじゃ……」

 

 

 ドオオォォォォン!!!!!!!

 

 

 続けようとした言葉は、爆発音でかき消された。

 

「なっ……!?」

 

 音の方向を見やると黒い煙が上がっている。

 レギンレイヴの城からあまり離れていない町だ。

 

「……ギンタ!」

「ああ!」

 

 すぐさま頷き合い、ギンタとアルヴィスは城に向けて走り出した。 

 全速力でギンタとアルヴィスは城に向かう。

 

「__皆!!」

 

 遠くに見える仲間たちに気づき、ギンタは呼びかけながら走り寄る。

 

「ギンタ、アルヴィス!」

「何があったんだ!?」

 

 息を整えながら聞くと、ドロシーが煙の方を見ながら答える。

 

「レギンレイヴの近くの町が、何者かに襲われてるの。犯人はまだわかんないけど……おそらく」

 

 その言葉の先を続けようとした途端、ラジオのような雑音がそれを遮った。

 出所である通信用ピアスに手を当てて、アランは雑音まじりの声に耳を傾ける。

 その表情はすぐに険しくなった。

 

「……そうか、わかった。民衆たちを頼む」

 

 通信は途切れたのを見計らって、ギンタは聞く。

 

「おっさん! なんだって?」

「今入った情報だ。……予想ついてると思うが、チェスの奴らだ」

「!!」

「やっぱね」

 

 メンバーは互いに表情を険しくした。

 

「そんな、今はウォーゲーム中なのに!!」

「おそらく、ファントムの息がかかってないポーンやビショップたちの仕業だろう」

 

 それを聞いたスノウは目を見開き、憤りを隠せない様子で拳を握りしめる。

 

「ギンタ、どうするっスか!?」 

「決まってるだろ、街の人を助けに行く。そんで、チェスの奴らをぶっ飛ばす!!」

 

 ギンタの力強い声に、ナナシはニヤリと不適な笑みを浮かべて皆に聞いた。

 

「異論はあるわけないわ、な?」

「うん!」「もちろん!」

 

「アルちゃんも決まっとるやろ?」

 

 隣に居る少年がいつものように「当然だ」と返すのを見越した上でナナシは問うが、返って来るはずの声がない。

 

「……アルちゃん?」

 

 不審に思い、顔を覗き込んだ途端アルヴィスが体がぐらりと揺れ、倒れ込んできた。

 

「アルちゃん!?」

「アルヴィス!?」

 

 あわてて支えたナナシの腕の中で、アルヴィスは喉が引きつる様な呼吸を繰り返していた。

 その姿にギンタは先ほどの様子を思い出す。

 

 

 いつも凛としている彼の、いつになく苦しそうな状態。

 ドロシーは、アルヴィスの身体から彼のとは違う異質な力を感じて目を見張る。

 

「タトゥが……痛むのね?」

 

 怪人の男が付けた、彼を苦しめる忌まわしき呪い。

 

「え!? だ、大丈夫っスか?」

「……だいっ……じょうぶだ……」

「でもアル、すごい苦しいんでしょ!? 痛いんでしょ!?」

 

 涙を浮かべながら、叫ぶ様に心配する言葉を続けるベルの姿が視界に入って、アルヴィスは小さく笑う。

 

 ああ、またこんな顔をさせてるな。俺は。

 

 ベルの小さな頭を落ち着かせるようにポンと叩いて、アランは言った。

 

「アルヴィス、今回は休んでろ」

「……」

「お前に必要なのは休息だ。それに、いくらお前とはいえ、そんな状態じゃ返って危険だ。……城に残れ」

「そうだよアル! 無理しちゃ駄目だよ!! ね?」

 

 

 自分を心配してくれる人たちの言葉。

 でも、それに頷くわけにはいかない。

 そうでなければ、俺は。

 

 

「…………行かせて、ください」

「アル……」

 

 

「今、こうしてる間にもチェスが民衆たちを襲ってます。・・・助けに行かせてください。

 苦しんでる人たちを守れなくて、何の為の力ですか!!」

 

 

 無力で、人の死を見つめる事しかできなかった六年前。

 あの頃から、時間は経っているのに。

 

 このままでは、オレは何も……。

 

 

 

「……わかった」

「ギンタン!?」

 

 しばらく続いた沈黙を破った言葉に、ドロシーは声を上げる。

 

「その代わり、絶対に無理すんな。辛くなったらすぐにオレたちを呼べ。おっさん! いいだろ?」

 

 アランはしばらく思案するように目を閉じていたが、諦めたように葉巻の煙を吐き出した。

 

「……はぁ、仕方ねぇなぁ」

「よっしゃ!」

「……アランさん」

 

 軽く目を見張って呼びかけたアルヴィスの頭を、アランは大きな手でくしゃくしゃと撫でた。

 

「帰ったらゆっくり休めよ?」

「はい…………すまない、皆」

「気持ちはわかるもん。でも、無理しちゃ駄目だよ?」

「そうっス! 危なくなったらちゃんとオイラたちを呼ぶっスよ?」

「ジャックの場合、助けるより助けられるのと違う?」

「ひ……ひどいっスよ、ナナシ!!」

「まあ、せいぜい頑張んなさい、サル」

「ドロシー姉さんまで!!!」

 

 

 仲間たちの自分を想ってくれる言葉。

 心が温かくなると同時に、自分が皆の足手まといになっていることに胸が痛くなる。

 

 

 

 一人で立てる強さが欲しいだけなのに

 

 

 どうして  どうして俺は

 

 

   こんなにも

 

 

            弱い? 

 

 

 

 

→ 第四話