覚悟と責任

 

【Ⅰ】

 

 

「ギンタ。お前に聞いておきたいことがある」

 

 やや詰問口調をしたアルヴィスに、ギンタは振り向いた。

 年上か、もしくは喚んだ者としての立場故か。厳しい顔をした彼に声をかけられることは、ウォーゲームで再会してからこれまでにも何度かあったことだ。

 背中に若干ぴんとした筋肉の緊張を感じながら、ギンタは聞き返す。

 

「何だ?」

「ファーストバトルの時、何故あの男にとどめを刺さなかった?」

「あの男?」

「お前が戦った、ビショップの男だ」

 “もうやめてっ!!!”

 

 ギンタの耳に、ガーゴイルの前に立った少女の叫びが再生される。

 

 “オヤジの負けでいいから助けて! 私達にとっては大事なオヤジなんだ!!”

 

「だってそりゃ……」

 

 恐怖に震えつつも、父を庇い気丈に涙をこらえていた少女。その傍で戸惑う父親。

 試合終了後、駆け寄った弟。

 それはどこにでもある、親子の姿だった。

 

 

「……あんな様子見たらさ、倒せる訳ねぇじゃん」

 

 

 戦場でかいま見た絆は、かつてすぐ近くにあった父の面影を思い出させ、ギンタの胸をあたたかくし、同時に切なくもしていた。

 しかしその答えにアルヴィスは嘆息する。

 

「……やはりお前はまだ子供だ。この戦いがどういうものか、何も分かっていない」

「……何だよそれ」

「あの試合。本当ならお前は、あの男を殺さなければならなかったんだ」

 

 アルヴィスが紡いだ単語に、ギンタはぞくりとした。

 

 

「……殺す?」

「そうだ」

 

 

 動揺するギンタに対し、アルヴィスの瞳は微塵も揺れていない。

 

 

「……戦争だから。チェスだから、殺さなきゃいけないのか?」

「……そうだ」

「そんなの……チェスだからって、全部倒すのは間違ってる。ウォーゲームで勝ち負け付ければそれでいいじゃないか。そういうルールだろ?」

「…だからお前は分かっていないと言ってるんだ」

 

 

 アルヴィスは少し苛立たし気に言った。それが聞き分けのない子供にするような態度のようだったので、ギンタの頭にどんどん血が上る。

 

 

「……そういうお前だって、殺してないじゃんか」

「違う」

 

 

 アルヴィスは短く、だがきっぱりと否定した。

 

 

「オレとお前には、決定的な違いがある」

 

 

 冷徹な口調のアルヴィスに、ギンタは反論しようとした。

 だが、彼の目に呑まれる。

 

 

 ギンタを真正面から見据えたアルヴィスの眼は、暗い色に染まっていた。清廉な印象を受ける瞳は、鈍い光を湛えていた。

 それは、彼がギンタよりもずっと暗い世界を見てきたことを示していた。

 

 

「……オレが殺すと決めているのはファントムだけだ。だからほかの人間の命は奪わない。その代わりに、徹底的な敗北を与える。二度と人々を害する気が起きないように」

 

 

 アルヴィスの手が、決意を現すかのように拳の形に握り締められるのをギンタは見る。

 

 

「例え普通の家族であったとしても、アイツらは戦争を引き起こしたチェスの一員。オレたちが倒すべき敵の一味であることに、変わりはない」

「……けどチェスになったのも、なにか事情があったのかもしれないし……」

「だとしてもだ。もしお前が見逃したあの男が、お前の仲間を傷付けたらどうする」

 

 

 アルヴィスの指摘に、ギンタははっと息を飲む。

 

 

「スノウやジャックを傷付けたらどうする」

 

 

 彼の問いが続くのを聞いて、ギンタは返す言葉がなくなる。

 二人の笑顔が消える様を想像し、腹の底が冷えるような心地を覚えた。その感覚を振り払うように叫ぶ。

 

 

「そんなことっ……!」

「ないと言い切れるのか?」

「……っ……!」

「そこまでのことを考えた上で、お前はあの男を生かしたと言うのか?」

 

 

 言い返すことができず、ギンタはただ口をつぐむ。

 

 

「人を生かすなら、その覚悟を持て。ギンタ」

 

 

 俯いたギンタに、アルヴィスは背を向ける。

 

 

「でないと、いつか後悔することになる」

 

 

 去っていく十字の刻まれた背中に、ギンタは何も言えなかった。

 

 

 

 

了  

 

 

 

 → 【Ⅱ】