Re;birth 第一話

 

 

 

 ごりごりと、固い物を削る音が狭い通路に反響する。

 

「お、取れた取れた」

 

 折り畳みナイフの刃をパチンと仕舞い、ナナシは壁から転がり落ちた鉱石を拾い上げた。

 純度の高い煌めきが、彼の手の中で光る。

 

「クォーツ(石英)か……鑑定してもらんとわからんけど、なかなかのもんやな」

 

 先のことを考えて、採掘する石は数個に留めておく。

 傷が付かぬよう布に包み、宝石を袋の中に納めた。

 腰に着けたベルト付き鞄に入れると、重みを確かめるよう数度揺すり、納得したように笑う。

 この稼業をやっていく秘訣の一つは、何があっても身軽に動けるよう荷を少なくすることだ。

 欲張ってたくさん宝を取っては、魔物に襲われた時に太刀打ちできない。

 

 

 ナナシは、トレジャーハンターだ。

 以前は同職の者たちで構成される小さな里にいたが、現在は一人でこの稼業をしている。

 住み着く土地を決めることなく、あちこちを転々と移動しながら財宝を探し、それを換金して暮らしている。

 元々住んでいた里にも他所から流れてきたようなもので、旅をすることは苦ではなかった。

 食事に困ることはなく、それなりに名を馳せつつやっていけているので、おそらく性に合っているのだろう。

 

「……洞窟自体はそう広くないみたいやなぁ」

 

 ほぼ一本道に近い通路を簡単にマッピングし、カンテラを持ち上げて進む。

 今日彼が赴いたのは、太古の精霊がいると言われる小さな遺跡だった。

 朝早くから半日程かけて山を登り、昼過ぎに山の中腹にある洞窟にたどり着いた。

 地元の者の話では、洞窟の奥が遺跡になっているという。 

 入り口を少し入った所から、水晶でできた壁が彼を出迎え、カンテラの灯を反射して辺りを明るくする。

 

 十数分歩いた頃、通路の先に光が射した。

 蓋を開けカンテラの火を吹き消して、それを頼りに出口に向かう。

 一瞬無色に視界が奪われ、ナナシは陽光が差し込む広々とした空間に出た。

 地面にところどころ緑の苔が生え、太陽の光に照らされ洞窟の内部だというのにとても明るい印象を与えていた。

 道がいくつにも枝分かれしている。壁の一部がそのまま鬱蒼と茂った草むらと通じて、ここから外に出ることもできるようだ。

 さて、どれが遺跡につながる道だろうか。

 腰に手を当てて考え出したところで、ふと微かな物音がした。

 視点を動かすと通路の左端、野外と面した場所に屈み込む人影がある。

 麓の村で聞いた話では、神聖な土地柄故、この遺跡に人はあまり立ち入らないそうだ。

 しばらく様子を見て、気配を消して近付くと、ナナシは熱心に花を摘んでいるらしい人物にそっと話しかけた。

 

「…君、どっから来たん?」

 

 驚いて振り向いた影は、小さな子供だった。

 十歳ぐらいだろうか、緑の中にある青い髪が眩しい。 

 声をかけられたことに余程驚いたのか、少年はナナシを見ると手の中の花を落として逃げてしまう。

 

「ちょ、ちょい待ち!」

 

 梢の隙間に消える小さな背を、ナナシは慌てて追いかける。

 人気のないこの場所に何故いるのだろう。迷子だろうか。

 胴にまで伸びた草原を抜けていくと、洞窟の一部らしき穴に辿り着いた。

 出入り口の手前で首を巡らせる。子供の姿はない。どうやら見失ってしまったらしい。

 仕方なく、ナナシは先程よりもさらに透明度の高い水晶が内壁を成す洞穴へ足を踏み入れた。

 

 水晶の一つ一つが、大輪の花のように芸術的な形をしていた。

 長い間人の手が加えられなかったのであろう。触ることすら躊躇わせる美しさに見蕩れる。

 と、真っ正面にひときわ大きな水晶がある。

 その中に何かが見えた。

 近付いてみると、それが人の形をしているのがわかった。

 

「……これは………」

 

 ナナシが水晶の奥に見つけたのは、漆黒に近い青い髪が印象的な少年だった。

 年は先刻見かけた少年よりも上。裾がやや長めの白い上着に黒いズボンを身に着けている。

 

 

 それはまるで、童話や絵物語の様な情景だった。

 

 氷の中に閉じ込められた太古の生物のように。

 

 厚い水晶の壁で、外界から隔たれて。

 

 生きているのか、死んでいるのか。

 

 固く瞳を閉じて、彼は眠りに落ちた表情のままでいた。

 

 

「……何でこのコ、こんな所におんのやろ」

 

 こんな寂しい場所に、たった一人で。

 そう呟いて、ナナシは冷たい石に手を触れた。

 

 

『……お前か?』

 

「……え?」

 

『オレを呼んでいるのは…お前か?』

 

 どこからか声がして、ナナシは誰もいないはずの周囲を見渡した。

 声帯器官から発話されたものではなく、脳裏に直接響いてくるような声だ。

 すると、指がかすかな振動を捉え、ナナシは再び正面を向く。

 

 

 触れていた石に亀裂が奔る。

 

 

 目映い煌めきを見せて、石が砕け

 

 

 水晶の中にいた少年が、降ってきた。

 

 

 腕や脚に水晶の鋭利な欠片が当たるにも関わらず、痛いとは感じなかった。

 普通の石とは違う特殊な物質なのだろうか。

 冷静に脳がどこかで分析するが、ナナシは眼前の少年から目を離せずにいた。

 重力のまま、落ちてくる身体を抱きとめる。

 

「……っとと!」

 

 膝を曲げ、衝撃を殺す。

 何とか少年の体を地面に打ちつけずに済んだようだ。

 ほぅ、と一先ず息をついて、ナナシは抱え込んだ人物の顔を仰向ける。

 夜の闇のような濃紺色の髪がさらりと揺れた。

 

 ひどく、綺麗な顔立ちだった。

 一見少女と見紛うくらい、整った目元に透き通った肌をしている。

 閉じたままの左目の下には、逆三角形のタトゥが二つあった。

 それが少年の繊細な目鼻立ちに、優美な印象を添えている。

 

 ぱちりと、少年の瞼が開いた。

 すると目を見張るほど、青い瞳が現れた。

 青とも緑とも水色とも言えそうな、不思議で稀有な色合いだ。

 まるで一度だけ目にしたことのある、青瑠璃のような。

 存在していること自体が、奇跡のような色だ。

 

 少年の瞳の中の光がゆっくりと動き、自分を捉えた。

 その途端、雫が落ちたように、心が動くのがわかった。

 見つめてくるそれは、自分と同じ命なのかと思う程、美しい色だった。

 

「……で、今はいつだ」

「……はい?」

 

 そんな神秘的とも言える少年から紡がれた言葉に、ナナシは拍子抜けしたような声を上げた。

 

 

「今がいつかと聞いているんだが」

 

 水晶の中から出て来た少年は、尊大な口調でもう一度宣(のたま)った。

 甘みの混じった低い声。ナナシが聞く限り、先程頭に響いたものと同じようだ。

 

「……春やけど……」

「……暦もわからないのか?」

 

 呆れたように嘆息すると、少年はナナシの腕の中から立ち上がる。

 馬鹿にするように見てくる彼に心外だと思いながら、ナナシが今の暦を答えると少年はとても驚いた顔になった。

 

「百年……もうそんなに経つのか」

 

 ……今この少年は物凄い数字を言った気がするが、聞き間違いだろうか。

 

「それで、お前はオレの力で何を為すつもりだ?」

「は?」

「契約の目的によっては、オレの力はお前を拒絶する」

 

 訳のわからない話にナナシが聞き返した途端、少年の躰から恐ろしい程の力が立ち上った。

 魔力だ。

 

「試してみるか?」

 

 先程目を覚ましたばかりの表情とは似ても付かない、背筋が凍りそうな妖艶な笑みだ。

 少女めいた繊細な容姿に反した、しかし妙にしっくりくるとも感じる笑み。

 

「……どうした? 代償が恐ろしいのか」

「いや…」

 

 半ば嘲るように挑戦的な言葉をぶつける彼に、何と返すべきかわからずナナシは言葉を濁す。

 腰にまで伸びた髪を困ったように掻き、返答を待つ少年に訊ね返した。

 

「……てゆーか……」

 

 

「君誰やねん?」

 

 

 沈黙が降りた。

 

 

「……お前が呼んだんだろう?」

「別に呼んでへんけど」

 

 

 沈黙が降りた。

 

 

「……オレと契約しに来たんじゃないのか?」

「契約?」

 

 打っても響かない反応に、少年は眉を顰めながら続ける。

 

「お前は精霊と契約をしに来たのだろう?」

「ちゃうけど」

 

 三度目の沈黙が降りた。

 

「〜〜ならお前は、ここに何をしに来たって言うんだ!!」

「いや、精霊と何か関わりある場所なら、ぎょーさんお宝あるかな〜って。ということは……何や。君精霊?」

「……さっきからそう言っている」

「そうかそうか〜! 此処ホンマに精霊がいたんやな〜」

「……………」

 

 あまりにマイペースなナナシの態度に、少年はすっかり脱力したらしい。

 毒気を抜かれた様子で立ち尽くす彼に、ナナシは笑って自己紹介をする。

 

「自分はナナシ。トレジャーハンターをしとるもんや」

「………とれじゃあはんたあ?」

「知らんのか? 洞窟とか遺跡とかにある、お宝を探して旅してんねん」

「……盗賊ということか」

「細かいとこは違うんやけど………ま、そゆこと。君は?」

「え?」

「君の名前は?」

 

 ナナシがもう一度問うと、少年の空色の瞳が戸惑ったように揺れた。

 

 

「オレは……」

 

 

 息を吸って言葉にする。

 

 

「オレは………アルヴィス」

 

 

「アルヴィス、か」

 

 

 じゃあアルちゃんでええか? と戯けて聞いた。

 真面目な性格のようなので、てっきり全身全霊で拒否するものかと思っていたが、意外なことに彼は文句を言わない。

 どないしたん、とナナシが声をかける前に、自らを精霊と名乗る少年……アルヴィスは

 

 

「……誰かに名前を名乗ったのは、久しぶりだ」

 

 

 とても嬉しそうに、笑顔を浮かべた。

 

 

 こんな綺麗な笑みを浮かべる子が人間でないと言うのは、ナナシには俄(にわか)には信じられないことだった。

 しかし数分前、表に出た魔力や顔付きが、彼が人外の者であると証明している。

 だが今アルヴィスが見せる笑顔は、人間よりも人間らしい……そんなことを感じさせる表情だった。

 

「……そうや。さっき男の子を見かけたんやけど」

 

 思わず我を忘れて彼の顔を見ていたナナシは、ここに迷い込んだ理由を思い出し「君知らん?」とアルヴィスに訊ねる。

 改めて向き直ると、あの少年はどことなく彼と似ている気がする。

 

「……男の子……?」

 

 笑顔を消して考えたアルヴィスは、思い当たる人物がいないと言った様子で首を振った。

 

「いや……知らない」

「そうか……どこ行ったんやろ」

「……ナナシの知り合いか?」

「いや、全く知らんコやけど。そうや。君ここの精霊ってことは、この洞窟の構造知っとんのやろ?」

「ああ」

「だったら案内してくれへん?」

 

 道案内を頼むナナシを、アルヴィスはしばし物珍しそうに眺め見る。

 

「……見ず知らずの子供を探すのか」

「だって放っとけんやろ? 迷子かもしれんし」

 

 当たり前のように答えると、やや驚いていた表情が楽しそうなものに変わる。

 

 

「……面白いやつ」

 

 

 その顔は、普通の少年と大差なかった。

 

 

「こっちだ」

 

 

 またしても彼の笑顔に見蕩れてしまったナナシは、奥へと進み始めたアルヴィスに慌てて付いていった。

 

 

 

 

「ここに子供が来る理由なんて殆どないと思うが、人が来そうな場所ならこっちだ」

 

 水晶の間とも呼べそうな空間の隅にあった、崩れかかった岩壁から日光が入り、付近に点々とある石英をちらちら光らせる道を二人は行く。

 単純な道筋に「ここは人を迷わせる造りをしてないんやな」とナナシは思う。

 宝物を隠している場合、先人たちは簡単に盗られないよう、入り組んだ通路や罠を施すことが多い。

 クォーツ以外の収穫は期待できんかもなぁと、ぼんやり考えるナナシをよそに「アルヴィスー!」と奥から先導する少年を呼ぶ声が届いた。

 

「アルヴィスー! 久しぶりー!」

 

 現れたのは虹色の羽を持った、手のひらに乗るくらいの身長の小さな少女だった。

 花のモチーフが付いた服に身を包み、蝶のように宙を飛んでいる。

 妖精と呼ばれる精霊の仲間は、満面の笑顔でアルヴィスの胸へとまっすぐ飛び込んできた。

 

「ベル! 久しぶりだな」

「本当に久しぶり! 何年振りだっけ? 百年振り?」

「それくらいだな。ずっと寝てたから」

「もう、お寝坊さんなんだから!」

「そんなに経ってると思わなかったんだ」

 

 何ともスケールの大きい会話がされている。人間である自分とは違い、精霊である彼らにとって時間という概念はいささか希薄なものらしい。

 ……ってことはこの妖精(コ)、見た目若いけど百歳超えてるんか!?

 内心汗を垂らすナナシに、ベルと呼ばれた妖精が顔を向けた。

 

「この人は?」

「彼はナナシ、とれじゃーはんたーだそうだ」

「……ふーん……トレジャーハンターね…」

 

 片言のままのアルヴィスの紹介を聞いたベルは、じろじろとナナシを見つめる。

 胡乱気な視線は時折街でも浴びるもので、ベルがすぐさまナナシの職業を理解したことを示す。百年眠っていたアルヴィスとは違い、彼女は俗世に詳しいのかもしれない。

 

「生憎だけど、アンタが狙ってるようなものは一つもないわよ!」

 

 ふん! と鼻を鳴らしたあと、べーっと舌を出してくる。

 どうやら気に入った相手以外には態度が違うようだ。隣にいるアルヴィスは苦笑している。

 

「ここは比較的新しい遺跡だから、価値のあるものは少ないもの」

「そうみたいやなぁ。売り物になりそうなんはクォーツぐらいやな」

「くぉーつ?」

「君が入っとった水晶のことやで。東の地方ではクォーツとも呼ぶんや」

「へぇ……」

 

 また初めて聞く言葉だったのだろう。青い目が興味深そうに瞬く。

 

「で、アル! この胡散臭いロン毛と何してるの?」

「ロ、ロン毛て……」

「ああ。ナナシが人を捜していると言うので、ここを案内しているんだ」

「人?」

「せや。十歳くらいの小さな男の子や。何かアルちゃんに似てる気もするんやけど」

 

 

「……え……?」

 

 

 ナナシの言葉に、ベルの大きな水色の瞳が、これ以上ないくらい見開かれた。

 

 

「……どうしたんだ? ベル」

 

 アルヴィスの問いに我に返り、慌てたように「あ、ううん。何でもない」と返す。

 

「そう…アンタが…」

 

 ついさっきまでの敵意は消え、ベルは何かを見守るような眼差しでナナシを見つめる。

 かすかに微笑んだその表情をアルヴィスが不思議に思う前に、ベルは彼を振り返った。

 

「私は見てないよ」

「そうか……ほかの皆にも聞いてみてくれないか?」

「十歳くらいの、男の子ね?」

「ああ」

「わかった。じゃあちょっと聞いてくるね」

 

 軽やかに羽根を動かし、ついと壁の穴から外へ飛び出していく。

 

「頼んだよ、ベル」

「うん! また後でね、アルヴィス!! ナナシ!!」

 

 “ロン毛”ではなく“ナナシ”とちゃんと名を呼ぶと、小さな妖精は林の向こうへ消えていった。

 

「……ほかの皆って?」

「ああ、森の樹とか小鳥達のことだよ」

 

 彼らの方が周りをよく見てるから、とアルヴィスは歌を紡ぐようにさらりと答え、行くぞと先を促す。

 再び進み始めた彼の背中を見ながら、ナナシはベルの意味深な顔を思い出していた。

 

 あの視線の意味、そして言葉。

 彼女は一体何のことを言っていたのだろう。

 

 

 ようやく、二人は初めて遺跡らしい場所に行き着いた。

 今までで一番広い空間、高い天井。そこから青い空が大きく望める。

 その下に、灰と同じ色をした柱が転がっていた。

 数は四本。長い年月に風化し幾つかは崩れているが、何かを囲むよう、互いに離れた位置に立つ。

 その中央に、正方形に仕切られた区画があった。

 ピラミッドのように一段盛り上がった地面は、明らかに他と材質が違う。

 

 これは___祭壇?

 

 

「ここが、お前が目指していた遺跡だ」

「……随分と小さいんやな」

「決して豊かな土地ではなかったからな」

 

 遺跡を前にしたナナシの感想に、アルヴィスは遠回しに同意した。それ以上、彼は祭壇に見向きもしなかった。

 

「……子供はいないようだな」

 

 辺りを見渡した彼の指摘に、ここまで来たもう一つの目的を思い出して、ナナシは祭壇から目を離した。

 

「そやな……帰ったんやろか」

「ベルの方で、何かわかってるかもしれない」

「ま、見つからんなら探してもしゃあないな。奥まで来たけど、お宝もやっぱあらへんし」 

 

 収穫ゼロやわ〜と、ナナシは大袈裟に肩を落とす。その様子にアルヴィスは微笑した。

 

「期待が外れて、残念だったな」

 

 と不意に、笑みを消した。

 

「ところでナナシ。さっきから感じる気配は、お前の知り合いか?」

「いや」

 

「生憎やけど、あんな色々物騒なモン持っとる連中は……知らんわ」

 

 通路を振り返り、潜んでいる影に呼びかける。

 

「顔見せぇ」

 

 フードやスカーフで顔を覆った男たちが、素早く二人を取り囲んだ。

 手にはそれぞれ武器が握られている。

 

「……こいつらは?」

「盗賊や。多分どっかのギルドのもんやろ。麓の村で自分と同じようにここの情報聞いて、自分らを尾けとったんやな」

 

 自然と背中を合わせる。足と足が行き場をなくして、たがいの踵にぶつかり合う。

 

「十五人か……アルちゃん、ほかに人の気配感じるか」

「いや。近くに仲間がいる気配は、ない」

「そうか……丁度ええわ。アルちゃんに自分と盗賊の違い、教えたる」

 

 バンダナの奥の目を細め、不敵な笑みを浮かべたナナシにアルヴィスは聞く。

 

「どうするんだ。お前」

「戦うんや。自分の命守るためにな」

 

 ナナシは、凶悪な目つきで獲物を見定める彼らを指して話す。

 

「ここに奴らを満足させるような宝はないさかい、奴らは自分らを襲って、金目のもんを手に入れようとしとる。寄ってたかって身ぐるみ剥がしてな。盗賊っちゅうんは、そういうえげつない奴らなんや」

 

 盗賊たちを冷ややかな眼で見据えたアルヴィスは、背中のナナシに徐に言った。

 

 

「……ナナシ、オレと契約しろ」

「……何やて?」

「腕に自信があるのかもしれないが、この人数では不利だ。オレと契約しろ」

 

 

 首を向けたナナシに再度言うと、アルヴィスは更に続ける。

 

 

「契約すれば、精霊であるオレはお前のために力を振るう。それでこいつらを退けてみせる」

 

 

 アルヴィスの瞳は本気だ。しかしナナシは、アルヴィスの提案に頷くことはしなかった。

 

「アルちゃん、自分を誰や思ってんの?」

 

 ベルトからナイフを外し、右手に構え気を込める。

 

「これでも一端のトレジャーハンターや」

 

 

「こんぐらいの人数なぁ……朝飯前やで!」

 

 

 戦闘が始まった。

 盗賊たちは外見も凶悪な短剣や鎗で、ナナシとアルヴィスを仕留めようと次々に攻撃を繰り出す。

 ナナシはそれをやすやすと避けていくと、敵の肌が露出している腕を斬り付けた。

 軽く鮮血が飛び散る。傷の浅さにニヤリと笑った男が、反撃をしようとナナシに向かって駆け出す。

 しかし、その足が縺(もつ)れる。立つこともままならなくなる様子に、ナナシは笑みを浮かべる。

 愛用の短刀には、軽い痺れ薬を塗らせてある。こういうこともあるかと手入れを怠らなくてよかったと、どこか呑気に考えつつ周囲の輩に目を遣る。

 数で圧倒的な盗賊たちは、予想外に手練なナナシに動揺を隠せない。防御がおろそかになった隙を狙って、ナナシは舐めるようにナイフを振るい、敵を致命傷とは言えないまでも戦闘不能にしていく。

 

「それにその契約とやらをしたら、何や代償とか制約とかがあるんやろ?」

 

 離れた位置にいるアルヴィスは、見た目に違わぬ素早い身のこなしで攻撃を避け続けている。巻き込まれただけなので、自分からは手を出さず傍観者でいることを決めたらしい。危なげなく斬撃を避け、ナナシの方に視線を送った彼に、ナナシは眼前の敵を地に横にしながら言った。

 

 

「そんなもんで、君を縛りたくない」

 

 

 

 それは、心が動く瞬間。

 

 

 

 凍てついた氷が溶けるような。

 

 

 

 百年止まっていた、心が。

 

 

 

 短刀を次の相手に向けようとした瞬間、目を開けていられないほどの風が巻き起こった。

 咄嗟に視界を確保するため左手で目元を覆うと、盗賊たちが紙のように吹き飛んでいく向こうで、青いオーラが立ち上っている。

 魔力だ。途轍もないほどの、魔力だ。

 

 

 

「……本当に面白いやつだな」

 

 

 魔力に煽られた髪を、炎のように揺らめかして、アルヴィスはナナシを見つめた。

 

 

「気に入った」

 

 

 曇りない顔で、人懐っこく笑う。

 

 

 

「ナナシ、オレはお前と契約を交わさない。だがオレはオレの意志で、力を振るう」

 

 

 

「__お前は特別だぞ」

 

 

 

 鎮まってきた風を背にし、驚いたままのナナシへアルヴィスは付け加えてみせた。

 

 

 

 

第一話 終

 

 

→ 第二話   

 

 

 

初めてのパラレル小説。始まりの話を書き上げることが出来てほっとしています。

この話は中学時代に考えていたオリジナル小説(当時は漫画)の設定に、思いつきでメルキャラを当て嵌めたら「これの方が面白いかも…」とどんどん一人歩きしてしまったものです。

長い間眠っていた精霊と、偶然眠っている遺跡に迷い込んできた旅人。

それをアルヴィスとナナシに置き換えて、種族の違う二人の心の触れ合いを少しずつ描いていくつもりです。

因みに原案では、アルヴィスの立場である精霊は女の子でした(笑)

 

テーマ曲はGARNET CROWの「Holy ground」。この曲の歌詞は私の中でこの話のアルヴィスにぴったりで、書く時はエンドレスで流しています。(二番はナナシさんかな?)

 

今後もMAR本編と全く違う異質なシリーズになる予定ですが、少しでも何か感じて頂けたら嬉しい限りです。

最後まで御拝読下さり、有り難うございました!

 

2010.9.6