Re;bitrh 第四話 <後>

 

 

 

 翌日の早朝。

 真新しいショルダーバックを背負ったアルヴィスと、いつものベルトポーチを身に付けたナナシは、昨日少年に教えてもらった廃鉱の前に立った。

 街にほど近い鉱山には早くも人が出入りしていたが、彼らの前のそれからは微かな作業の音も聞こえない。

 ただ廃鉱が来訪者を迎えるべく、口を開けているだけだ。

 

「そんじゃ、ドワーフのお宝探しに出発や! 行くでアルちゃん!」

「……ああ!」

 

 気負いなく入り口に足を踏み入れたナナシに、ごくりと唾を飲んだアルヴィスが続く。

 先日の水晶の洞窟とは違い、土の色が濃く出た岩壁の坑道を進む。

 入り口から遠ざかるにつれ、足元のレールが見えなくなって来た。ナナシが予め手に持っていたカンテラに火を点けようとすると、「待て」とアルヴィスが制止する。

 硝子の筒に指を伸ばし、すっと、青い瞳を細める。

 すると、ぼぉっと勢いよく音がして、蝋燭に火が灯った。

 

「おおきに。ほなら行こか」

 

 旅を始めてからの何度目かの行為に、ナナシは変わらず礼を言う。それにアルヴィスは頷いて答えた。が、

 

「__!!!!!」

 

 ナナシの背後を見た途端に、息を呑んで顔を引きつらせた。

 

「ナ、ナナシ………」

「ん?」

「な、何か沢山いるんだが……」

 

 僅かに震える指先でアルヴィスが天井を指す。ナナシはカンテラを持ち上げた。

 すると頭上に、びっしりと隙間なく止まった動物の目が爛々と光っていた。

 

「うわっ! ……何や、ただのコウモリかい」

「……え?」

「別に魔物とかやないで。ここを住処にしとるコウモリや」

「そ、そうか。コウモリか………」

 

 拍子抜けしたアルヴィスは、尚も驚いた様子で天井を見上げる。

 

「……コウモリ…………」

 

 ひしめき合う小さな生き物たちを、アルヴィスは少し恨めし気に眺めた。

 

「そんな気張らんと、肩の力抜いてええで。石の魔物が出るとしてももっと奥やろし」

「……ああ」

「そんじゃ、行こか」

 

 二人は再び前へ進む。時々レールの上に、錆びて使い物にならなくなった工具や壊れたトロッコが転がっていた。

 しばらく歩くと、坑道が四方向に別れていた。ナナシはベルトポーチから取り出した紙にマッピングすると、カンテラを掲げて通路の先に目を凝らす。

 

「何ちゅーか………ちゃんと見たことあらへんけどモグラの穴みたいやな」

 

 どの道も似たような造りで、違いはそうないようだ。

 

「……?」

 

 ふと何かに、ナナシは微かな違和感を覚えた。だが、すぐにその感覚は霧散した。

 隣に来たアルヴィスが、同じように通路を覗き訊ねる。

 

「どっちに進む?」

「どれも似たようなもんやからなー……とりあえず……右で」

 

 赤色のペンで手製の地図に矢印を書き込み、通路の横の壁に[1]とナイフで彫る。

 

「こうしとけば、後で戻ってきた時どの道行ったかわかるやろ?」

「……成る程」

 

 刃先で壁を叩きながら言うと、アルヴィスは納得したように首肯した。自分も昨日買ったばかりのナイフを取り出し、彫りの甘い端っこを数回だけ削り取った。

 

「そうそう、そうやってはっきりさせとくと、わかりやすくてええな」

 

 ナイフを仕舞い、二人は[1]と書かれた道に入った。

 変わらない炭鉱の景色が続く。数分後、また四方の別れ道に出た。

 

「……今度はどうする?」

「せやなぁ……とりあえず、また右で」

 

 洞窟で無闇に迷わぬための方法の一つは、決まった方向にしか進まないことだ。左右どちらかの壁沿いを進んで行けば、お宝に辿り着けなくても少なくとも出入り口には戻れる。

 四つの通路が交差した十字路なら、ひたすら同じ方向に曲がれば、円を描くようにして最初の別れ道に行き着くだろう。そうしたら次は別の道を行けばいい。

 そうして気長に外れを潰していけば、時間はかかるが正解に辿り着けるはずだ。これは魔法が使えないナナシの、地味だが確実な冒険者の知恵である。

 ナナシが地図に矢印を書き入れる横で、今度はアルヴィスが壁に数字を彫った。1の通路から入った2番目の道ということで[1-2]と刻む。 

 [1-2]を進んで数分後、また別れ道に出た。ナナシはふたたび右の道を選択し、アルヴィスは通路に[1-3]と刻んだ。

 数分後、また別れ道に出た。ナナシが黙って地図に書き込む横で、アルヴィスも黙って壁に[1-4]と彫った。

 

 流石にそろそろ最初の道に戻っただろう。期待を抱いて歩くこと数分、またも彼らの行く手に現れた十字路に、最初にナナシが付けた印はなかった。

 

「…………どこまで続くんやこの道」

 

 アルヴィスがナイフで壁を削る音をBGMに、赤ペンの蓋を閉めたナナシは疲れた息を吐いた。

 ためしに通路に石を投げて音の反響を確かめるが、これまで来た道と同様、どの方向もそれなりの距離はあるらしい。聞こえてきた音に差はなかった。

 それぞれの通路の先を照らしてみるが、相変わらず殺風景な岩の壁だけしかない。

 

「……試しに、今の道いったん戻ってみよか?」

 

 反論もなく同意したアルヴィスと共にナナシは引き返す。数分後、十字路に小走りで出たナナシはすぐさま、自分たちの出てきた通路の壁へと振り返った。

 

「!! ……アカン、これは思ったよりも手強いで………」

 

 壁にアルヴィスがしっかり彫ったはずの[1-4]の文字は、影も形も無かった。

 

「これは正しい道通らんと、いつまでたっても進めんで……」

 

 最初に感じた違和感は、これだったのだ。

 遅れて来たアルヴィスが、傷のない岩肌を見て驚愕している。

 迷路のようだという表現は伊達じゃないらしい。ナナシはカンテラを地面に置き、己の身体を地に投げ出した。

 先人が施した思わぬトラップに、寝転がりながら頭を捻る。しかし虚しいかな、現状を打開できるような良案は浮かばない。

 初めの段階で、ここに魔術が施されていると気付くべきだった。腕には自信があるのにとんだ失態だと、ナナシは心の中で自分自身を毒づいた。

 カンテラの中の炎が、二人の影をちらちら揺らす。

 

「…………」

 

 と、黙ってナナシの挙動を見守っていたアルヴィスが、カンテラを拾い上げナナシの横を通り過ぎた。

 迷わず歩き、左の道の前に立つ。

 

「………ナナシ、こっち」

 

 半身を起こしたナナシが視線で問うと、アルヴィスは

 

「微かだけど、空気の流れが違う」

 

 と続けた。ナナシが見る限り、左の道も別段変わった様子はない。だが麓の村でも、地図なしで進んでみせた彼の言葉だ。

 

「……そんじゃ、アルちゃんの勘を信じて行ってみよか」

 

 立ち上がったナナシは逡巡せず、アルヴィスの意見を採用した。

 

「多分この先も、そっくりな道が何遍も続く筈や。君が正解やと思う道を、どんどん進んでってええ」

 

 アルヴィスは真剣な面持ちで首を縦に振る。目の前の道を数瞬見据え、彼はカンテラを片手に歩き始めた。

 先刻までのように、壁に印は付けなかった。付けたとしても正解の道筋を辿らない限り、同じことの繰り返しになるだけだ。

 何度か左に曲がった。数回直進した。洞窟の奥のなにかに誘われるように、進んでいくアルヴィスの背をナナシは追った。

 そしてナナシが、道順を覚えるのを完全に放棄した頃。

 

「……あ」

 

 前方のアルヴィスが小さく声を漏らしたのにつられて顔を上げると、二人の前には、初めて十字路以外の場所が広がっていた。

 

「……お手柄やでアルちゃん、あの迷路を抜けたんや!」

 

 追い付いて肩を叩くと、アルヴィスは照れたように少し頬を赤くして笑う。差し出された右手からナナシはカンテラを受け取った。

 ぐるりと周囲を見渡す。魔法で無限ループとなっていた通路よりも、少し天井の高さが上がっている。人間より背丈が低いドワーフには結構な広さの空間だ。

 入り口からそう離れていない位置の壁に、人の頭二つ分くらいの大きさの窪みがある。

 

「……燭台の跡だ」

「点けてみよか」

 

 アルヴィスが掌の先から生み出した炎が、窪みに残されていた平たい金属製の受け皿で燃え上がった。廃鉱となってかなりの年月が経っているはずだが、燭台の灯心も油も朽ちていなかったようだ。

 

「……これも魔法の効果なんかな?」

「多分な。しかし少し気になる点がある」

「何?」

「ドワーフは手先の器用さに長けているが、一般的に魔法の素質は低い種族だ。さっきの迷路のような高度なものは、彼らがかけたとは思えない」

「あ、やっぱ? 自分もそこ引っ掛かっててん」

 

 アルヴィスの言うように、ドワーフは魔法が不得手な種族だ。魔法に関しては門外漢であるが、ナナシもその位の知識は心得ている。だからこそ一般論で考えてしまい、あの迷路に魔法がかけられていたことに気付くまで時間がかかったのだ。

 地上に暮らす種族の中で、最も魔術に精通しているのはエルフと言われている。そしてドワーフよりもナナシたち人間の方が、一般的に魔法の素質は高いとされている。

 最も彼らの使う魔法は、アルヴィスたち高位の精霊にとっては戯れに過ぎないのだが。

 比較的平らな壁を伝って歩くと、先ほど光を灯した燭台と同じ窪みがあった。それにも火を点けると、両側で燃えさかる炎によって、部屋の壁に文字が浮かび上がった。

 

「これは……古語やな」

 

 文字は長い文章のようで、ナナシたちの目線の少し上に刻まれている。文章の周りを、幾何学的な模様が彫られたタイルが囲んでいた。察するにこれらは、おそらく鉱山を利用していたドワーフ達の残した言葉のはずだが。

 

「何て彫られてるんやろ………さっぱりわからん」

「“この鉱山は、ここヴェストリに住むドワーフが開いた唯一のものである”」

 

 すらすらと読み上げた少年を、ナナシは凝視した。

 

「…………アルちゃん、この字読めんの?」

「? ああ」

 

 さも当然のようにアルヴィスは答え、聞かれることが不思議なようにナナシを見る。

 

「お前は読めないのか?」

「え……えぇ!?」

 

 ナナシはあんぐりと口を開けたまま、再度壁の文字を見た。だがどう見ても、意味のわからぬ記号としか思えない。

 ………ん? 記号……?

 

「………そうか!! アルちゃんが知っとんのは、古語やったんや!!」

「? ……どういうことだ?」

「君が知っとる文字は、廃れた文化やないってことや!」

 

 いまいち状況を掴めていないアルヴィスは、ナナシの笑みに面食らったように瞳を瞬かせたが、やがて自分の能力が役に立ったらしいと気付く。徐々に表情が明るくなり、端から見ても分かるくらい、嬉しそうな笑顔になった。 

 

「文字が読めればこっちのもんや! 続きも頼むで!」

「ああ、わかった」

 

 少し自信を持った様子で一歩前に進み、アルヴィスはかつての公用語であった古代の文字を読んでいく。燭台の炎が時折、洞窟内に吹くわずかな風を受けて視界の端で大きく燃え立つ。

 

「“我らドワーフは、先祖から受け継いだこの土地を、長い間同郷の者たちだけで生きてきた。山に穴を掘り、大地からの恩恵を得て生活の糧としてきた。しかし変わりゆく世の姿を鑑み、終に他の種族を受け入れることを決めた”」

「……世の姿?」

 

 文章に引っかかりを覚えたナナシは、その趣旨を尋ねるべくアルヴィスを向いた。しかしそのことに関する説明は書かれていないのか、アルヴィスは静かに首を振る。

 

「“だが、我らが同族を愛するのは変わらない。我らだけの秘密の山に、いつの日か、平和な時代に生きる子孫達へ宝を残しておく”」

「お、いよいよお宝の話やな」

「“宝を望む者を惑わす道は、古い同胞たるエルフに協力してもらった。宝も彼らの力を借りて隠す事にする”」

 

 

「“宝を開く鍵は、全部で三つ”」

 

 

 朗読などに向いているように思われる、アルヴィスの低く落ち着いた声が言葉を紡ぐ。

 

 

「“我らの血を引くドワーフならば、正しい答えが分かるはずだ”」

 

 

 その後に続くであろう宝の在処を、ナナシは固唾を呑んで待った。

 

 

「“ドワーフは山と共に生きる。山の理に従えば、宝の扉は開く”」

 

 

「………そんだけ?」

「ああ」

「ほかには何も?」

「何も」

 

 短く答えたアルヴィスは、壁を見上げるナナシに「文字はここで終わっている」と添えた。想像以上に簡素な文にナナシは首を傾げる。

 

「ん〜〜? 何やろ、山の理って?」

「……わからん」

「ヒントになりそうなんは“宝の鍵は三つ”ってトコやけど……」

 

 二人が文の意味を考えようとした時、急にみしっ、という音が響いた。天井からパラパラと石が欠片となって零れる。

 

「……?」

「……何だ?」

 

 アルヴィスの呟きに呼応するかのように、部屋の奥からズズン…という重い音が轟く。二人は読んでいた文字を背にし反対側の壁を睨んだ。

 補強のない岩壁には、うっすらと何かを象(かたど)るように線が奔っていた。その線の周りがみるみるうちに崩れ、石の輪郭がはっきりしてゆく。

 完成したのは、壁に埋め込まれた巨大な石像だった。それが意志を持ったかのように震え、壁から出て動き始める。

 

「石の……巨人!?」

「ストーンゴーレムか!」

 

 重量のある体を引き摺り、人型の巨石が侵入者を排除すべくナナシ達に向かって歩き出した。

 ゴーレムの身長は部屋の天井を掠めそうなほどで、ナナシ達のざっと四倍はある。動作は緩慢だが、身体の大きさに比例して歩幅も大きい。あっという間に二人の間近まで来て、ゴーレムは硬い岩の拳を振り下ろした。

 咄嗟に二人はそれぞれ別方向へ飛んでかわす。硬い岩盤の床にめり込んだ拳から、凄まじい威力が見てとれる。まともに受けたらひとたまりもないだろう。

 

「街の子が言ってたのって……」

「おそらくコイツやな。こんなもん仕掛けとるとは、えらい手が込んどるで」

 

 ナナシはそれまでのおちゃらけた表情を捨て、長い髪の隙間から見える眼差しを鋭く変えた。

 

「先手必勝や!! おりゃあああ!!!」

 

 背中からすばやく武器を取り出す。間合いを取りながら一気に近付き、ステップを踏んで飛び上がると、ベルトの後ろに付けていたそれを両手で振りかざした。

 普段魔物と対峙する時のものとは違う、打撃に特化したダガーだ。ナナシは渾身の力を込め、ダガーを比較的もろそうなゴーレムの足の関節部めがけ突立てる。

 

 キィンッ!

 

「っ! 固っ……!!」

 

 しかし、鋼鉄のような強固な体にあえなく弾かれる。ゴーレムの足を蹴って、ナナシは少し離れた位置に着地した。

 

「アカン!! 固すぎや!! 自分の武器じゃ話にならんで!」

 

 攻撃にひるみもしなかったゴーレムが近付く。両手に残る痺れに気を取られたナナシは、一瞬反応が遅れた。

 

「___!」

 

 刹那、ゴーレムの足元から土の手が突き出て、足首を掴んだ。両足の自由が利かなくなったことで、進もうとした勢いのまま、ゴーレムは上半身を大きく揺らした。

 見ると、魔力を纏ったアルヴィスがゴーレムに向かって掌を向けている。

 

「ナイスフォロー! アルちゃん!」

 

 だがそれも束の間、無理矢理にでも足を上げようとするゴーレムの動きに、アルヴィスが魔法で作り出した土の手にひびが入っていく。

 

「くっ! 地魔法じゃやはり駄目か」

 

 魔法は同じ属性の術に対して耐性が働く。石でできたゴーレムに地魔法で攻撃しても、たいした効果は望めない。

 

「この空間で使えるもの…………風!!」

 

 室内で炎や濁流を起こすわけにもいかないと判断したアルヴィスは、魔力の色を変え、魔法の種類を切り替えた。

 再度手を振りかぶり、ゴーレムに風の渦をぶつける。 

 だが鋭い風の刃も、石の巨人の動きも止めるのに留まり、決定打とまでは至らない。

 

「……大きすぎる……!」

「この空間でこのデカさは反則やな!」

 

 苦しむ様子もない敵に、アルヴィスの近くまで下がったナナシも舌打ちをする。と、背後から新たに壁が派手に崩れる音が響いた。目の前の奴に気を取られているうちに、更にもう一体が目覚めたようだ。

 

「! まだいるのか!」

「アルちゃん! ひとまず奥行くで!!」

 

 囲まれてしまう前にと、ナナシとアルヴィスは広間の奥に見える通路へ走った。攻撃の余波で動けないゴーレムの足元を潜り抜ける。

 

「道、こっちで合ってるのか!?」

「わからん! でもこーいうんは大抵奥にお宝があるって決まっとる!!」

 

 通路にはいくつもの出入り口があったが、ナナシの言葉に従い二人は一番奥のものを目指した。後方からは、先程の広間を出ようとするゴーレム達の足音が届く。

 ゴーレムが通路へ踏み込んだと同時に、ナナシ達も奥の部屋へ着く。即座にナナシはベルトに引っ掛けたカンテラの火を消し、出入り口の影に身を潜めて耳をそばだてた。

 近くに光源はない。この暗がりではこちらと同様、向こうも自分たちを視認しにくい筈だ。

 

「……今んとこは大丈夫そうやな。なんか聞こえたりする?」

「……近くの部屋から探しているようだ。数は……あの二体だけだ」

「流石エルフと言ったところやね。あんな大きい守護魔物(ガーディアン)、初めて見たわ」

 

 声を抑えながらどこか楽しそうな口調のナナシに、アルヴィスは少し呆れた顔をする。

 

「……感心するのはいいが、あそこまでの大きさとなると倒すのは難しいぞ。オレの魔法でも足止めが精一杯だ」

 

 今はまだ見つからずに済んでいるが、侵入者を撃退する罠(トラップ)であるゴーレム達は直にここへも来るだろう。迎え撃つ術がほとんどないこの状況で、追い込まれたら最後だ。

 

「あの様子やと、倒しても延々出てくるやろしなぁ……。ここはさっさとお宝見つけて、トンズラしましょか」

「…とんずら?」

「“逃げる”ってこと。……別にこれ、“クォーツ”とかみたいに外来語やないで?」

「……悪かったな。知らなくて」

 

 むくれた声が視線を逸らした気配に、ナナシは密かに笑いを堪える。知ったかぶりをせずに疑問を口にする素直さが、彼の良いところだと思う。

 

「とりあえず、あいつらにバレんようこの部屋を調べるで。アルちゃん、小さい火お願いできる?」

「………」

 

 唇を尖らせたままだったが、ナナシの言葉に応じてアルヴィスはまた魔法を発動した。

 蛍火のような小さな火が手元に生まれ、アルヴィスの横顔を照らす。

 

「……」

 

 と、アルヴィスがじっとこちらを見ていたかと思った瞬間、ナナシの鼻先に火の玉が出現した。

 「どわっ!」と慌ててのけぞったナナシを見て、してやったりといった顔になったアルヴィスは、黙って人差し指を口元に当てた。

 

「……ナナシ、静かにな」 

 

 ささやかな復讐を果たし、満足げな様子で先を行く背中に「…今のは不意打ちやろ」とナナシは独りごちた。

 アルヴィスが照らした部屋は、先程の広間より少し手狭のようだった。一応気配を探るが、魔物もゴーレムの仲間もいないようなので、二人は小さな灯りを頼りに部屋を調べる。

 

「お、また燭台発見」

「……点けて大丈夫か?」

「入り口から結構離れとるから、平気やない?」

「じゃあ点けるぞ」

 

 壁の両サイドにある燭台に、魔力を高めたアルヴィスが一気に火を灯す。すると、今度は文字でなく巨大な壁画が現れた。

 

「……これは……山の絵か?」

 

 図形に近い絵の中には、線が何本か横に引かれ、空間を分断している。それぞれの段に人や工具らしき絵があることから考えるに、多少色が薄れている箇所もあるが、どうやらこの壁画は、ここヴェストリの鉱山の階層を表しているようだ。

 絵には所々、燭台を入れるスペースとは違う凹みがあった。

 

「穴? ……人為的なもんやな。何か意味があって空けられとるんや」

「ナナシ、こっちの壁にも文字が書かれてる」

 

 壁画に気をとられていたナナシを、入口から左側の壁に立ったアルヴィスが呼んだ。

 そちらの壁にも作られていた燭台に火を点けると、大分部屋が明るくなった。

 

「どれどれ、何て書いてあんの?」

「……“暗闇を支配するのは星である。沈んだ日は、月の上にある”」

 

 アルヴィスが読み上げた短い一文以外に、文字は書かれていないようだった。

 光源が増えたことで視界が広がり、先程は気付かなかった物が目に入るようになる。

 部屋の中央に近いところに、ナナシの腰ぐらいの大きさの石造りの台があった。

 見ると、中にはたくさんの鉱物が納めれられている。

 

「金銀銅に、鈴に鉛……ここでは採れへん鉄もあるやん! 金属オンパレードやな」

「おんぱ……?」

「あー……とにかく沢山! ってことや」

 

 傍にやってきたアルヴィスが、鉱石を注意深く調べるナナシに尋ねた。

 

「これが宝か?」

「……いや、こんな種類バラバラな石が、ヴェストリに伝わる宝とは思えん。ヴェストリで採れないもんすら交じっとるしな」

 

 手に持っていた鉄の固まりを、ナナシは一旦台の中に戻した。

 

「それに宝やったら、こんな風にむき出しで置くのも変や。…っちゅーことはや、“何かに使う”ために置かれてると考えるのが妥当やな」

「! ……だったらあの……」

「ああ。多分この絵の凹みに、こん中の石のどれかを填めればお宝が出てくると思うんやけど……」

 

 穴の数は三つ。対して鉱石の数は十種類近くある。

 

「こーいうのは間違えると罰ゲームがないとも限らんから、慎重にやった方がええな」

「罰ゲーム……って?」

「せやなぁ……天井から岩が落ちてくるとか、またゴーレムさんと戦うとか」

 

 軽い響きの言葉にしては、あまりふさわしくない例えにアルヴィスは眉をしかめる。

 

「……ならまず、正しい答えを見つけるのが先決だな」

「そーゆーこと。……山の絵ねぇ……」

 

 ナナシの呟きにつられ、壁画に視線を移したアルヴィスは、前の部屋で解読した文章を復唱してみた。

 

「……“ドワーフは山と共に生きる。山の理に従えば、宝の扉は開く”……」

「山の理って、何のことやろね?」

「確証はないが……ヴェストリで採れる石と、何か関係があるんじゃないか?」

「あぁ……それいい線いってそうやな!」

 

 ヴェストリで採れるのは金と銀と……銅もあったっけ? 鉛は採れたか? と石を前に考え込むナナシから離れ、アルヴィスは壁に近付き、壁画に指を這わせる。

 すると絵の下の方に作られた穴の近くで、太陽らしき丸い模様があるのを見つけた。

 

「太陽……」

『太陽は男、月は女を意味するの』

 

 アルヴィスの脳裏に、古い記憶がよみがえる。

 

 

『石の仲間では、金は男、対して銀は女の象徴だと言われているわ。昔は逆だったらしいけれど……不思議ね』

 

 

 女の人の声だ。耳に優しくて心地良い、大切な人の。

 眠れない夜、話をせがむ自分に色々なことを教えてくれた。その笑顔を、思い出と呼ばれる過去を想起し、アルヴィスは暫し目を閉じた。

 

 

(……沈んだ日が太陽のことだとすると、星は……)

 

 

 まぶたを開き、アルヴィスは青空に似た瞳を背後のナナシに向ける。

 

「ナナシ。その中の石、具体的に何がある?」

「え? えーっと……さっきも言うたけど、金に銀に銅に、鉛に鉄、鈴もあるな。あと真鍮に、これは……青銅か? ともかく金属大集合って感じやで」

 

 うろたえつつも素早く返したナナシに、アルヴィスは考えを巡らす。

 

 

(星を意味するものは……この中のほとんどが当てはまる)

 

 

 もう一度絵を仰ぐ。

 

 

(ヴェストリで有名なのは、金細工や銀細工……)

 

「きん……ほし……」

 

「! ……金星!」

「え?」

「わかった! ナナシ、穴に嵌める石は……」

 

 ズズン! という地響きがして、アルヴィスの言葉を邪魔した。いつの間にかゴーレムが部屋の入り口まで来て、天井を突き破り侵入しようとしている。

 

「!」

「! 気付かれたか!」

 

 ナナシの表情に焦りが浮かぶ。彼がゴーレムに向き直ろうとするのを制して、アルヴィスは進み出た。

 

「ナナシ、オレが時間を稼ぐ。その間に石を填めろ」

「何やて? 答えわかったん!?」

「ああ」

 

 無理矢理入ってこようとするゴーレムの力で、出入り口は少しずつ崩れてきている。

 この部屋の天井の高さそれ自体は、先程の広間や通路とさほど変わらない。だが普通の民家のように出入り口の高さが低くなっているということは、宝の部屋に守護魔物(ガーディアン)が来るのは、先人たちの想定外だったのだろう。

 急かすような轟音に、アルヴィスが駆け出した。

 

「金を丸い模様の近くの穴に。そのさらに下に銀。そして、山の一番上の穴に銅だ!」

「わかった!」

 

 台の中から、必要な石をナナシは手早く見つけ取り出す。ゴーレムの前に立ったアルヴィスが、ありったけの魔力で風を繰り出すのが目の端に映った。後方で控えるもう一体も足止めしているのだ。

 その姿に頼もしさを覚えつつ、ナナシは自分の役目を果たすべく壁画の前に走り寄る。

 

「まずは金っと!」

 

 目線よりもやや下の場所に、アルヴィスの言った丸い模様が彫られていた。その傍の窪みに金の固まりを入れる。

 ゴトン!

 

「次は銀!」

 

 下へ視線をずらすと、もう一つの穴はすぐに見つかった。二つ目の石を入れる。

 

「よし! あとは……」

 

 数歩後ろに下がって、ナナシは絵を見上げた。すると山の一番上、最も高い階層に最後の穴があった。だが普通に手を伸ばすだけでは届かない。

 瞬時に判断し、ナナシは壁からさらに距離をとる。

 

「っ、おりゃぁあ!!」

 

 走り込み、全身のバネを使い、壁を足場に思い切り飛び上がった。

 

「これで……ラストや!!」

 

 手の先で、石が壁にしっかりと嵌まった。

 すると三つの石が光る。壁の縁も光り出し、鉱山の絵が魔術特有の青白い光で輝き出す。

 部屋を照らし出すそれに、アルヴィスが振り向く。動きを止めたゴーレムをその場に残し、最後の鍵を填め終え危なげなく着地したナナシの傍に駆け寄った。

 分厚い岩の壁にいくつもの亀裂が入り、派手な音を立てて崩れていく。

 岩盤の固まりが落ちる衝撃で、二人の足下が揺れる。

 驚きに目を見開きながら、二人は壁画が変化していくのを見つめる。

 

 震動が収まった。壁画のあった場所には、数人が通れるほどの大きな穴が空いていた。

 

「……こりゃまた、豪快に崩れたなぁ」

「ああ……」

 

 感心したようなナナシの呟きに、アルヴィスも呆然とした様子で同意する。剛胆な気質がドワーフの特徴とはいえ、ずいぶん荒っぽい壊れ方だ。

 開けた空間には、大きな箱のようなものが数個あるのが見てとれた。

 

「お、あれがきっとお宝やで」

「そうか。良かった、答え合ってたのか……?」

 

 ふと足下に淡い影ができ、ゴーレムの存在を思い出した二人が後ろを見ると、ゴーレムたちの体が先程の壁と同じように光を帯びていた。

 魔法で支えられていた腕の部位が地面に落下し、足を押しつぶすように、胴体と頭が崩れ落ちた。

 

「ゴーレムが……」

「宝の封印が解かれたから、彼らの魔法も力を失ったんやな……」

「そうか……役目を終えたんだな」

 

 石くれに戻った人形に近付き、アルヴィスは守護魔物(ガーディアン)の欠片にひっそりと囁いた。

 

「お疲れ様」

 

 

 

 

「……にしても、よーわかったな。どーやって解いたん?」

 

 ナナシが体の土埃を軽く払いながら尋ねる。振り返ったアルヴィスは、今は瓦礫と化した壁画の近くに屈み込み説明を始める。

 

「……山の理は知らないが、星と同じように考えたらどうかと思ってな」

「星?」

「ああ」

 

 アルヴィスは地面に指で図を描いてみせた。

 

「壁に書かれていた“沈んだ日”は、文字通り太陽のことだ。あの丸い模様は、古来から太陽を意味している」

 

 円の中に点が一つある記号。これが太陽の印らしい。

 

「星の理では、金は太陽を形作っていると言われているんだ。だから金はこの模様の傍で、対になる銀は月を意味するから、その下に納まることになる」

 

 丸の下に指で線を引いて、アルヴィスは月の記号を描いた。ナナシもよく知る三日月の形だ。

 

「そして“暗闇を支配する星“……ここで言う“暗闇”は夜ではなく、薄暗いこの鉱山のことだ。そこを支配する“星”は、おそらくこの山で最も貴重とされている石か、多く採れる石」

「……となると、ここの名産は金やけど……」

「ああ。ヴェストリで有名なのは金細工だ。でもただ単純に同じ石を填めるとは思えない。そうでないと、わざわざ下の穴を太陽の記号で示した意味がなくなる。そこで星に対応する鉱石を考えて、名前に“金”の付く星……金星を意味する銅が、暗闇である空に近い、一番上の穴に填まると思ったんだ。銅もヴェストリで採れると聞いたしな」

「なるほど……けど自分にはさっぱりや。そないなこと、よう知ってたなぁアルちゃん」

 

 感心するナナシに、はにかみながらアルヴィスは言う。

 

 

「……昔、姉さんに」

 

 

 そこで言葉は途切れた。言おうか、言うまいか。しばしの間アルヴィスは逡巡していたが、やがて自らに言い聞かせるように答えた。

 

 

「姉さんに、教えてもらったんだ」

 

 

 寂しさと愛しさの交じった表情から、ナナシは彼の言う所を察する。

 

「……さよか」

 

 昼間ちらりと口にした時と似た顔をするアルヴィスに、ナナシは歩み寄った。

 

「ま、生き残れて何よりやわ。お互いな」

 

 ぽんと彼の肩に手を置くと、アルヴィスはまだ淋しそうな顔を残しつつも、小さく笑みを見せた。

 

 

 

 壁の奥にはいくつもの宝箱があり、それぞれ沢山の装飾品をこれでもか、というほど収めていた。ナナシは喜色満面な面持ちになる。

 

「うっひょ〜! こりゃあ大量やわ!」

「……本当だ……すごいな……」

「細工もめっちゃ丁寧やし豪華やん! 全部持って帰りたいぐらいやでホンマ!」

「?  全部持って帰らないのか?」

「ん? 持っていかへんで?」

「何故だ?」

「流石にこの量やと、自分ら二人だけやとちょっと厳しいやろ。それに……」

「それに?」

「これは大昔のドワーフ達が、自分の子どもや孫たちに残した宝や。全部もろてしもたら罰が当たる。せやから自分らの分は、謎を解いたご褒美に少しだけ、な」

 

 装飾を名残惜しそうに触りつつ、穏やかな調子で言ったナナシの言葉に、アルヴィスは感心したように眉を動かした。

 

「……意外と思慮深いんだな」

「『意外と』は余計や余計! 自分そこまでがめつくあらへん!」

「そうか。……そうだな」

 

 照れ隠しに大袈裟におどけてみせたナナシに、アルヴィスは微笑んで相槌を打った。

 それだけで、彼が自分と同じ感情(もの)を感じているのだとわかり、ナナシは何だか嬉しくなった。

 

「それじゃ帰ろか。ゴーレムさん達が消えたってことは、あの迷路の魔法も解けてるはずやから、出口はきっとすぐやで」

「ああ。そうだな」

 

 互いの荷物に、持ち返る分の宝を入れていく。バッグ一杯に詰め、それでも溢れんばかりにある宝を中に残し、箱の蓋をしっかりと閉めて、二人は歩き出した。

 ご機嫌な様子で鼻歌を歌うナナシに、アルヴィスが話しかける。

 

 

「ところでナナシ。ずっと気になっていたんだが」

「なに?」

「ゴーレムと戦っている時に言ってた、“ないすふぉろー”ってどういう意味だ?」

「……は?」

 

 目が点になるが、アルヴィスの顔は至極真面目だった。

 

「……あっはっはっはっは! これも外来語やったか! 堪忍堪忍!!」

「……何がそんなにおかしい?」

 

 涙を流す勢いで大笑いするナナシを、アルヴィスは怪訝そうな顔で見るのだった。

 

 

 

 

「これが銀か……初めて見たな」

「うっひょー、これミスリルやで! しかもこんな細工物なんて、レアもんやな」

「ミスリルって、鋼より硬いという……あの?」

「せやせや! やっぱりこの快感を味わったら、お宝探しはやめられへんな」

 

 宿に戻り、戦利品を楽しそうに広げるナナシにつられるように、アルヴィスの顔も自然と綻ぶ。いくつもの品が手際良く仕分けされていく。

 

「これとこれ。これも価値高いな。あ、これは自分用に貰お」

 

 隣でいつものように作業を眺めていたアルヴィスに、ナナシはぱっと向いた。

 

「アルちゃん、好きなの何個か選び?」

「え?」

「どれか欲しいもんある?」

「いや、お前の仕事の成果を、オレが貰ってはいけないだろう」

「ええって。別に『仕事』なんて、そんな大層なもんと違うし」

 

 生真面目に答えたアルヴィスにナナシはけらけらと笑った。

 だがまだ納得がいかないらしい。困った顔のままの彼を見て、ナナシは少し真剣な面持ちになる。

 

「……自分だけやったら、あの暗闇で謎解きも出来んまんま、ゴーレムの餌食になってたかもしれん。今回はアルちゃんの力あっての収穫や」

 

 彼が受け取りやすいよう、言葉を選びながら言う。

 

「パートナーとして、君にめっちゃ感謝しとる。そのお礼っちゅーことで、君が良ければ受け取ってくれんかな?」

 

 強制はすることなく、ナナシは最後の判断は彼に委ねた。

 アルヴィスはしばらく逡巡する様子を見せたが、控えめに手を伸ばした。

 

「………じゃあ、これを貰う」

 

 彼が取ったのは、銀で出来たバングルだ。手首から肘にかけた長さの、装飾の凝っていないシンプルなもの。

 

「お、アルちゃん趣味ええなぁ」

 

 ナナシの視線が「早く着けてみ?」と促しているような気がして、アルヴィスは早速それを手首に填めてみた。

 パチン、と金具が填まる。アルヴィスの腕にぴったりのサイズだ。

 

 「似合うで」

 

 と言ったナナシに、アルヴィスは照れ臭そうに破顔した。

 

 

 

 それからも二人でお宝を見たものの、アルヴィスはバングル以外の物を欲しいと言うことはなかった。

 

「本当にええの?」

「ああ」

 

 何度確認しても答えは変わらない。欲のない子やなぁとナナシが考えていると、アルヴィスは出し抜けに言った。

 

「なあナナシ、この中から一つ、あの子に持って行かないか?」

「あの子?」

「ほら、ナイフ屋の子だよ」

 

 彼の言葉に、ナナシは昼間会話した見習いの少年を思い出す。

 

「あぁ。そういえばお宝を見つけたら一割くれとか、何とか言うとったな」

「一つぐらい良いだろう? あの廃鉱を知ったのは彼のお陰だし。ちゃんとお礼がしたい」

「……アルちゃん、マメやなぁ」

 

 ナナシの感想にアルヴィスは曖昧に笑う。

 反対の手で、付けたばかりの腕輪をそっと撫でた。

 

 ……時が経ちすぎて、今に馴染めず戸惑っている自分でも、役に立つのだとわかった。

 その切欠を作ってくれた彼に、ささやかでも何か返したい。そうアルヴィスは考えていた。

 

「よし、じゃあ明日持っていこか」

 

 反論する理由はないので、彼の提案にナナシも頷いたのだった。

 

 

 

「え、いいの? これもらって」

「ああ、約束だったからな」

「うわぁ、ありがとう! お兄ちゃん!」

 

 翌朝、ブレスレットを満面の笑みで受け取る少年に、アルヴィスも笑顔になる。

 早速少年はそれを付けようとするが、まだ幼い体躯にはぶかぶかの品だった。

 

「あ〜、ちょっと大きいや」

「すぐに大きくなるさ」

「うん、そうだね! それまで大事にするよ。ありがとう!!」

 

 もう一度礼を述べた少年は、アルヴィスの腕に填まるバングルを目ざとく見つける。

 

「お宝、本当にあったんだね!」

「まぁちょっぴりやけどね。あ、そういえばボウズ、『山の理』って何か心当たりあるか?」

「山のことわり?」

「何かそんな感じの言い伝えとか、話とか聞いたことあらへん?」

 

 少年はしばらく頭を捻っていたが、「あ!」となにか閃いたように叫び、得意げに話し出した。

 

「"ことわり"っていうのかは知らないけど…お兄ちゃんたちは、この山で一番大事にされている鉱物(もの)は知ってる?」

「そりゃあ勿論、金やろ!」

「ぶっぶー、これだから素人さんはダメだね」

「素人……」

 

 渋い表情になるナナシに勝ち誇った顔をして、少年は高らかに言う。

 

「正解は銅! 何でか知ってる?」

「産出量が多いから……とか?」

「さんしゅつりょう……?」

「あ……ええと、採れる量のことだよ」

 

 これまでとは反対に、言葉の意味を聞かれる方になったアルヴィスは、不思議な心地に笑みながら答える。

 へぇ〜ともっともらしく唸った後、えへんと咳払いして少年は説明を続けた。

 

「正解! この鉱山では銅が一番採れるんだ。金や銀より深い場所にあって、掘り出すまでは大変だけど、その分たくさん採れるから色んな物に使ってるんだよ。ほら!」

 

 少年は通りの先にある金物屋を指差した。少年の話す通り、器や鍋など生活道具の大半が銅製だ。中には鉄製の物も見られるが、やはりこの山では採れないこともあってか数は少ない。

 

「なるほど、だから山の理という訳か」

 

 暗闇を支配する星とは、まさしく最も深い場所で多く採れる銅だったという訳だ。

 

「……普通は深い場所ほど当然下になるけど、あの絵は空が暗闇やったもんな。だから一番上に銅やったんか」

「ああ。下に行くほど、太陽の絵のある地表に近い鉱石を填めたんだろう。きっと彼らが重きを置く順番でもあったんじゃないか?」

「山に住んどるドワーフは、知ってて当然ってことやね」

 

 少年はナナシ達が出てきた、廃鉱となった鉱山を見やる。

 

「親方がいつも言ってるよ。『例えもう鉱石(いし)が採れなくても、あの山は俺達にとっては故郷であり、育ててくれた親みたいなモンだ』って。だから離れて生きていくことは出来ないんだって」

「そうか……そやボウズ。そのうちオヤジさんを連れて、あそこ覗いてみたらどうや? ほかにも何か見つかるかもしれんで」

「え?」

「そうだな、それがいい」

 

 得心した様子で目配せし合うアルヴィスとナナシの二人を、少年はきょとんとした顔で見上げていたが、素直に頷いた。

 

「うん、わかった!」

「よし、行こか。じゃあな、ボウズ」

「元気で」

「うん! また来てね、お兄ちゃんたち!」

 

 そう言って、ドワーフの血を半分引く、少し小柄で浅黒い少年は手を上げた。

 彼に別れを告げ、二人は砂塵が立つ街を後にするのだった。

 

 

 

 

END

 

 

 → 第五話  

 

 

 

……何年洞窟の中にいさせたんだって話です。

開始当初の頃からお付き合いの方々、大変お待たせしました。そしてありがとうございます…!

実はこの話は元々プロットにはなかったもので、けど当初のプロットの流れだと「ナナシさん、トレジャハンターらしい事してないじゃん!」と急遽流れの中に足したエピソードです。

結果、洞窟の謎解きに自分が四苦八苦してました。RPGを作る人は凄いなあ…。

 

さて、ようやく次章からギンタ達も出てきます。設定に思い入れもあるし、まだまだ続く予定ですので、今後もまたゆるりとお付き合い頂ければ幸いです。

流石に今後の話は、今回ほど一話自体に時間はかけないよう善処します…。

 

では、最後までご拝読下さり有り難うございました。

 

2015.10.17